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1. 運命の人に出会いましたの



 ある昼下がりのお茶会でのこと。


 「あっ、クリストファー様よ!」

 「はあ……今日もお美しいわ」

 「本当、奇跡のような容貌ですこと」


 令嬢たちがささやく中、『絶世の美少年』と言われる殿方__クリストファー・ディアス伯爵令息が、私のもとへ歩いてくる。


 「やあ、ソフィア嬢」


 そう言ってクリストファー様が微笑むと、黄色い悲鳴が上がり、何人かの令嬢が気を失った。


 「ごきげんよう、クリストファー様」

 「ソフィア嬢、僕を見て何か気づかない?」

 

 突然なんでしょうか……面倒くさい令嬢のような質問ですわね。


 「ええっと……あら、もしかして痩せましたか?」


 クリストファー様のまるまるとしたお顔が、ほんの少しだけすっきりしたような気がします。


 「そうなんだ! 最近は腹筋20回できるようになったんだよ」


 クリストファー様が目を細めて__ほとんど埋もれていますわ__笑った。


 「君の理想の男に近づけているかな」

 「(1nmくらいは)近づいていますわね、ほほほ」


 だって、クリストファー様。私は自分の好みに忠実なんですの。

 贅肉がたっぷりついた身体に、埋もれた瞳。香油をつけてぺったりとした髪の毛。ニキビが散った肌。そう、それが一般的な美人の条件と言われていますね。

 しかし、私は違いますのよ。引き締まった身体に、澄んだ瞳。さらさらorふわふわの髪の毛。触り心地の良さそうなすべすべとした肌。そう、それこそが私の美人の条件ですわ!


 趣味が悪いと言われたってかまいません! 私は理想の殿方と結婚いたします!


 それにしても、どうしてクリストファー様が私の理想に近づこうとしているのでしょうか。

 ああ、すべては1ヶ月前のお茶会のせいです……



 

 * * * * *




 私、ソフィア・クラークはクラーク伯爵家の12歳の一人娘。両親も私をかわいがってくれて、かわいい弟もいて。見た目も平凡、至って()()の令嬢だけど幸せでした。

 

 私の普通が崩れたのはいつのことだったでしょうか。ええ、違和感は感じていました。おとぎ話に出てくる王子様は馬にも乗れないような体型で、かっこいいとは思えない。友人の令嬢たちが噂する殿方にも、ちっともときめかない。私っておかしいの? 誰にも恋できないのかしら? と不安に思っていましたの。

 

 そんなとき、私はローリー様に出会ったのです。

 ローリー様、もとい、ローリー・エバンズ男爵様。『ある日突然プリンセス!?〜王子様、私を助けてください〜』に出てくる悪役キャラですわ。

 『ある日突然プリンセス!?〜王子様、私を助けてください〜』(通称あるプリ)とは、令嬢たちの間で大流行していた恋愛小説です。

 「私、貧乏子爵令嬢アリス。成金男爵の醜男ローリーにプロポーズされちゃった……誰か助けて! ええーっ!? 昔、命を救った美少年は王子様で、私を迎えに来た!? 私、どうなっちゃうの〜!?」

 あらすじを聞かされてもあまり興味はわきませんでしたが、表紙の端っこに小さく描かれたローリー様を見て、私は恋に落ちました。

 さらさらの黒髪に琥珀色の透き通った瞳。綺麗な肌にすらっとした体型。

 ああ……かっこいいってこういうことなんだわ。主人公もこんな素敵な方と結婚できたというのに、ぶよぶよ王子を選ぶなんて、見る目ないですわね。ローリー様、私と結婚してくださいませ!


 残念ながら、ローリー様と結婚することはできません。淡い初恋の想い出だわ。ローリー様が好きだと言ったら、友人たちに熱を測られ、本気で言っているとわかると、『悪趣味』とまで言われました。

 でも私は心に誓いましたの。ローリー様のような素敵な殿方と結婚してみせると。



 そう誓いを立てたのに……私はディアス侯爵家が開催するお茶会に招かれてしまいました。お茶会とは実際、12歳になった長男クリストファー様の婚約者選びです。クリストファー様は『絶世の美少年』と言われるお方……つまり私にとっては範囲外。茶色の髪と瞳に中肉中背の私が選ばれることはまずないと思いますが、絶対に婚約はお断りです。


 そして、お茶会の日が訪れました。ディアス侯爵夫妻は、ええ、とても大きな方々ですね。健康が心配になるほどですわ。クリストファー様も12歳にしてご立派な身体……歩くのが辛そうです。美人薄命と言うけれど、不健康な太り方が原因ではないかと思いますの。


 クリストファー様はでっぷりとした令嬢とばかり話し続けています。腹肉をちらちら見ていますね。すけべですわ。


 婚約者になる心配はないだろうと安心して、あたりを見渡したところ、隅でうつむく一人ぼっちの令嬢を見つけました。せっかくだから話しかけてみましょうか。


 「ごきげんよう、私、ソフィア・クラークと申しますの」


 顔を上げた令嬢はとても美しかった。私基準で。


 「えっ、わ、私ですか? あっあの」


 絹のような銀色の髪を揺らし、エメラルドグリーンの瞳が大きく見開かる。細くて触れたら壊れてしまいそう。


 「ええ、あなたとお話ししたいと思いましたの」

 「あっあ、わ、私、ふ、フローラ・ゴメスと申します」


 だんだん声が小さくなり、顔もうつむいてしまう。もったいないわ。


 「ねえ、こっちを見てくださらない?」

 「そ、そんな。こんな不細工な顔を晒したくありません」

 「そんなことないわ。私、あなたのこととても綺麗だと思いますわ。瞳がきらきらして宝石みたいだわ」

 「か、からかわないで……」

 「本当ですわ。私、一般的な美の基準がわからなくて、悪趣味って言われますの。でも、そんなのおかしいですわ。価値観はそれぞれあっていいのに。私は心から美しいと思うものを、美しいと言い続けます」


 フローラ様がおずおずと顔を上げた。


 「ほら、やっぱり綺麗ですわ」

 

 そう言うと、白い頬が真っ赤になる。かわいいですわ。


 「フローラ様、あるプリをご存知かしら?」

 「あ、はい。王子様、かっこいいですよね」

 「いえ。ローリー様が一番かっこいいですわ」

 「えっ! ローリーですか!?」

 「ええ。私、ローリー様と結婚したかったのです」

 「ソフィア様って、本当に……ふふ、素敵な感性をお持ちなんですね」


 フローラ様は笑顔の方が似合いますわね。


 私たちが楽しく談笑していたときだった。


 「おい」


 声をかけられて振り向くと……クリストファー様が仁王立ちしていた。存在感がすごいですわ。

 一体どうしたんでしょうか。



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