3ー3
「では、アユ様。開戦の口上を」
「わかりました。ご活躍を、ハーデスさん」
「ええ。素晴らしき余興となるよう務めます」
通信でアユ様にお願いをして、先ほどのように世界全域へ音が伝わる。私の声で、アユ様が宣言を為す。
『では、時間だ。互いの奮戦を心待ちにしよう。──魔王軍、進め』
「ウオオオオオオオオ!」
その叫び声と共にアンデッド部隊が前線へ駆ける。骨の戦士ボーンナイト、ドラゴンの骨アンデッドドラゴンがまずは突っ込んでいった。第一陣は回復がしやすいアンデッド部隊に任せていたが、それでもアンデッド部隊の半分しか送っていない。
まずは様子見も兼ねている。
アンデッドは聖属性の魔法に弱いが、それ以外の魔法耐性は高い。物理防御も高いので突っ込ませるには良い種族だった。ボーンナイトもアンデッドドラゴンも地を駆ける。とにかく突っ込み、魔法や弓矢を避け、最前線へ到達した。
「オアアアアアアッ!」
「うわっ⁉︎」
ボーンナイトの部隊が持っていた剣で切り裂き、アンデッドドラゴンがその巨体で蹂躙する。聖属性の魔法を使う僧侶も姿が見えるが、数が不足しているな。エルフであれば聖属性も使えただろうに、戦場には引っ張り出していないと見える。もしくはエルフがその系統の魔法が使えると知らぬのか?
諜報部隊の調査結果から、人類側で警戒しなければならないのはテンイシャ二人と、名の知れた剣士が二人、高名な魔法使いが三人、人間側の宗教の教主が一人いること。それ以外に強者という強者はいないと言っていたが。アユ様が観戦していらっしゃるのだ。無様な戦いなど見せられぬ。油断して兵を損耗させるわけにはいかぬ。アユ様は余興だと口にしていたが、完全なる勝利を捧げねばならぬ。
これの目的は魔王軍の力を世界に知らしめることだ。そして捕らわれたエルフを救い出すことだ。エルフを一人でも失ってはならぬ、その上で魔王軍の損耗も少なくしなければならぬ。難しいが、それができる布陣と場を整えていただいた。これでできなければ、幹部の中でも上に立っている私の面目が潰れる。
「しかし、これが本当に人類で最大の国なのか……?」
疑問が浮かんでしまう。兵力、人口、生産性の観点から間違いなく最上の国だという。世界最大宗教の総本山もあるということで、悪魔などに有効な聖属性の魔法が使える者も他の場所に比べたら多いと聞いている。だから手早くこの国を落とそうと思っているのに。
たとえ能力があっても、戦いには不慣れだったか?まともな陣形も作れず、崩壊している。いや、この国固有の戦力はまだ崩壊していないな。そうなると崩壊しているのは冒険者や傭兵などの、普段は集団で動かない連中か。
少数の単位で動くことが主であるため、こういった集団戦に慣れていないと見える。戦局を変えられる強力な個が、それこそドラっちやドラゴン部隊の面々がいれば向こうもやりようはあるのだろうが。それだけ突出した個はいないようだ。人間は土壇場でありえない力を発揮することもあるから気を抜くなとアユ様には言われている。
さすが、人間の御姿のためか、人間にも詳しい。
隣の副官であるリッチーが報告にやってくる。
「ハーデス様。敵戦力の一割を間引きました。特に僧侶と思われる存在を優先的に撃破しております」
「もうか?……エルフの救出も恙なく行わなければならない。スモールデビル部隊と、リザード部隊を投入してアンデッド部隊を下がらせろ。リザード部隊に前線維持を。スモールデビル部隊に嫌がらせをさせろ。回復をさせても構わん。強者には必ず数の優位で手数を多くさせることを忘れるな」
「そのように通達いたします」
小さい悪魔たちで構成されたスモールデビル部隊がひっそりと前線へ向かい、デザートアリゲーターやジャイアントボア、ヨロイネズミといったような獣系統で組織されたリザード部隊が堂々と前線へ向かった。それと入れ替わるようにアンデッド部隊が下がりだす。リザード部隊なら聖属性の魔法は絶対の効果を発揮せぬ。それに俊敏性も高いから攻撃を喰らわずに戦況を掻き乱してくれるだろう。
スモールデビル部隊はアイテムを盗んだり魔法を一時的に使えなくしたり、足場を崩したりといったような嫌がらせに特化した部隊だ。それを嘲笑って糧とする、悪魔らしい者たち。
遠見の魔法で戦場を俯瞰するが、どこも大きな損害など出ていない。むしろ我々が終始押している。テンイシャと思われる黒髪の男二人よりも、よっぽど中年に差し掛かった金髪の剣士や、遠くで黒いローブを身に纏った老人が放つ魔法の方が厄介である。
魔法使いが厄介なのでそちらを潰すように指示を出すが、護衛の数が多くすぐにはたどり着きそうにない。
「私が魔法を放ちますか?」
「それは最終手段だ。これは魔王軍にとっても戦争経験を積ませるためのものだ。魔物とばかり訓練をしていたために実力を理解していない魔物が多い。自信をつけさせるためにも、彼らだけにまずはやらせる。それでも被害が出そうになったら介入しようとは考えている」
「人間にもやる者は少なからずいますが、あのテンイシャは本当にアユ様が恐れるほどの人物なのでしょうか……?」
「わからん。諜報部隊が間違えたのか、諜報部隊でも掴めない秘密の力があるのか。仮にも天使とやらの加護を受けているはずだが」
アユ様ほどの力を感じないのは事実だ。いや、確かに不快な何かを感じる。運命を弄られているような、本人の素質ではなく、どこか身体そのものを組み替えられている不快感は覚えている。
それが脅威かどうか判断はつかなかったが、アユ様ほどではないと感じる。あの方ほどの力を感じない。それはあの方と異なり、借り物の力だからだろうか。それとも、奴らがあくまで人間の範疇に収まっているからか。
判断がつかないが、戦場を注視する。もし得体のしれない力を使うとなれば、全力で阻止しなければならないからだ。
「アンデッド部隊の回復はどうなっている?」
「ほとんどの者が完了しております。死者なし」
「元々死んでいるではないか」
「……我々もそうですな。ああ、今ばかりは生の肉体がある他の魔物たちが羨ましい。アユ様と生の実感を共有できる。飲食や睡眠などを共にできる。ふふ、我らも初心に帰って生者を恨みますか?」
「恨みに脳を支配されたら、軍としての行動に支障をきたすな。無しである」
「ですな」
リッチーとそんな、小粋なジョークを交わしながらも、緊張感は保ったまま戦場の様子を把握する。戦士や剣士はまだ前線で頑張っていたが、魔法使いたちは魔力がなくなったのか、肩で息をする者が多かった。人間の魔力の絶対量は、魔物の魔法が扱える者と比べると少ない。人類の頂点と魔物やエルフの頂点で比べたら、人間は絶対に下になる。
先ほどから大きく派手な魔法を使ってはいたが、それで限界なのかと思ってしまう。
人間という器をなくせば、そんなところで躓きはしないのに。
「アユ様へ連絡をしたい」
「はっ。どのような案件ですか?」
「なに。戦力増強の提案である」
次も20時に投稿します。
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