3ー2
「こんな感じでどうですかね?ハーデスさん」
「完璧ですな。しかし私に攻め入るための将軍を任せてくださるとは。恐悦至極」
「わたしが来るまでずっと魔王城の地下にいたんでしょう?なら地上も経験してみないと。どうせ今回のことは失敗してもいいんですから。失敗が起こり得ないようにしましたけど」
「私のためにそこまで骨を折っていただき、感謝しかありません」
「いえいえ」
魔装具の機能を切って、ヴァルランチの様子を映写機のような魔装具で眺める。アンドラシア帝国の砦を再利用して魔王軍の臨時拠点にさせてもらっている。今回攻め入る将軍はやったことのないハーデスさんにしたけど、ドラゴン部隊には休暇と、もしもの時のために魔王城で待機してもらっている。
ファルボロスさんは世界中の様子の観測をお願いした。さっきの宣言は世界中に流したから、これで転移者たちがどう動くか。他の国々がどういう選択をするのか。これに乗じて攻めて来るなら予備戦力を出さなくちゃいけないので、それを見極めてもらっている。
それで、今回の作戦において失敗条件なんて奴隷になっているエルフを殺すことだ。救援部隊を三個中隊で編成しているし、エルフの皆も協力してくれているから、本当に戦うだけでいい。逃げ出した人間を追わせることはないし。
逃げたという事実は重くのしかかる。国の上層部の人間や、力のある人間であれば逃げ出したことを疎まれる。お前たちのせいでたくさんの人が死んだとか、民を見捨てたのかとか言われるだろう。そうしたらもう勇者にも偉い立場にもなれない。生きるだけならできるかもしれないけど、生きるだけだ。
国の機能を潰せるだけの戦力を用意して。逃げる時間をあまり与えなかった時点でこうもなるだろう。それでも逃げ出したら、まあ見捨てたとか言われる。
転移者なんて基本この世界で成り上がろうとしている人たちばっかりだ。進んでこういうファンタジーの世界を望んだんだから。魔王を倒そうと躍起立っている人たちはそのちっぽけな自尊心を傷つけられないようにと、逃げるという選択ができない。
ここで逃げたら、勇者なんて名乗れなくなるから。たとえ魔王を倒したとしても、完璧な、世界を救った勇者とは認められないから。
この世界なら、加護があれば自分はできる。なんでもできるって思ってる人ばっかだろうし。加護で浮かれてるとも言えるかもしれない。そんな人たちが、前の世界のようにまた失敗する、なんてこと認められるはずがない。
だってそれを認められたら、あの天使たちの甘言に引っかかるわけがないんだから。
すでに判別している転移者二人の姿を確認する。やっぱり戦うみたい。転移者のステータスも確認できるけど、加護まではわからなくても身体のステータスはわかる。うん、高くない。念には念を押すけど。
「ハーデスさん。やりたいようにやっちゃってください。わたしは観戦しつつ、世界の状況も見ておきますから」
「何か注文はありますかな?」
「うーん。エルフの救助活動が誤魔化せるくらい、それこそ世界に届かせるくらい派手に、ですかねえ。時間もいっぱいかけてください。短すぎるとエルフを助けられませんから」
「如何様にも」
ハーデスさんが胸に手を当ててお辞儀をして、戦場へ向かう。顔は隠すために魔法で誤魔化すんだって。素顔のまま行けばいいのに。どうせわたしは表舞台に出ないんだからさ。
さて。今回の件で最後の一人がわかればいいんだけど。というか何で女の人一人増えてるの?まさか見えてなかっただけで女の人はわたし以外に三人いたんだろうか。謎だ。
「あ。セラさんもミューズも飲み物でも飲みながら観戦しましょう。でも一応いろんなモニターを見ていてくださいね。わたしも見逃しちゃうかもしれないので」
「はい」
「アユ様が見逃したりするでしょうか……?」
「ほら。ハーデスさんが派手なパフォーマンスをしてそっちに注目しちゃうかもしれませんし。他の魔物にも見てもらってますけど、念のためですよ」
さて。初めてこの世界の人間たちの戦いをみる。わたしが知っている戦いっていうのは科学兵器、軍事兵器が用いられた戦争しか知らない。それだってそういうものを使って昔戦争をしていたってだけで、間近で見たわけでもなし。
だからわたしの常識なんて通じないんだろうな。なればこそ、ハーデスさんの手腕から戦い方を学ぼうってだけ。次があるかわからないけど。
魔法があるけど、武器については銃やミサイルがあるわけでもなし。魔装具による兵器とかも確認できていない。この戦いは、魔法がある以外は昔の殴り合いのような戦いだ。罠とかもあっても、勝負の付け方は接近戦が主流になる。
戦国時代かな?
前にファルボロスさんの最強魔法を見せてもらったから魔法の怖さはわかっているつもり。だって平原に馬鹿でかいクレーターを開けるような魔法だったんだよ?そんなものを遠くから使われたらと思うと、そりゃあ怖い。
けどファルボロスさんや、魔法が得意なエルフの人曰く、同じ魔法は人間では無理なのだとか。まず魔力が全く足りないこと。ファルボロスさんほどの魔力じゃないと使えず、習得に百年以上かかったために、寿命の観点から人間には無理。ファルボロスさんの魔力Sの最高値だから、そんな人間がホイホイいるとは思わないけど。
エルフも自然を愛するという種族柄、強力な攻撃魔法は覚えないのだとか。エルフと人間のハーフたるハーフエルフはその矜持を守らず、寿命の問題も解決しているが、魔族に伝聞される魔法だから習得なんて無理らしい。
魔法を覚えるにはかなりのプロセスを踏まないといけないようで、人間側に残っている魔法はエルフが教えたものばかりらしい。エルフ以外では魔法の才能がある者は少なく、長年の研鑽が物を言うので、寿命という利点から魔族に敵う魔法使いはごく少数なのだとか。
そういうのを解決しちゃうのが天使の加護なんだよなあ。それに、魔王軍がこれだけ強いとなると人間側にも逆転の手段があるかもしれない。慢心ダメ、絶対。
「そういえば二人とも。ハーフエルフの見分け方ってあるんですか?エルフは耳を見ればわかりますけど」
「ハーフエルフは色鮮やかな髪をしていて、人間の耳をしていればまずハーフエルフですね。人間の髪の色は金・茶・白がほとんどで、たまに黒がいるくらいです。それ以外の鮮やかな色の髪だと、ハーフエルフであることが多いです」
「……髪を染めてしまったらわからないのでは?」
「え?染めるだなんて、ペンキでも被るんですか?」
あー。染髪なんて発想がまずないのか。髪や爪塗るなんて、普通思いつかないよなあ。ウンウン、現代知識が邪魔になることもあるのね。特にエルフだと自然そのままを愛するから、生まれ持った物を変えようとするのは禁忌なのかもしれない。
「いや、ほら。変装の魔法とかあるでしょう?」
「なるほど。確かにミラージュの魔法がありました。でもエルフほどの感性があれば、誤魔化しているとわかります。魔法も長時間保てないと思いますし」
「潜入とか誤魔化しで使っても、いっときの誤魔化しにしかならないんですね。うーん。魔法の数が多すぎる」
「そうなんですよ!私たちエルフの魔法をよくわからない風にこねくり回して、何に使うのっていう魔法が多いんです!人間って無駄なこと好きだなって思いますよ!」
お、おう。元人間の身からしたら耳が痛いよ、ミューズ。
でもそういうのって研究の過程で生み出された魔法だろうし。実用性があるかどうかもわからないまま生まれた魔法もあるんだと思うよ。魔王軍でもそういう魔法を偶然でも結構生み出してるって言ってた。
特にサキュバスたちが、区分けの難しい魔法をいくつも作るから細分化がめんどくさいって研究職の魔物が言ってたっけ。
「魔物のものは実用的。エルフのものは生活的。人間は雑多。そんな感じですからね。ある程度共通点も見えますが、同じ雷系統の魔法でも名称がいくつもあったりして覚えられないんですよね。威力以外何が違うのかもわかりませんし」
「効率化とか、詠唱の短さとか差も色々あるらしいですけど、私も全部は覚えていないです……」
「私もそこまで詳しくありません。申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。魔法を使おうとしたら察知できますし、即死魔法とかがあるわけでもないですし」
魔力の流れが見えるようになったから、魔法を使おうとしたら黄緑の粒子がその人に集まるからすぐわかる。ファンタジー世界ってすごいなあと思うよ。もう人間なんて名乗れないね。立ってる時は常時浮いてる奴が人間なわけない。どこの猫型ロボットだって話。
「あ、始まるみたいですね。……戦力比、3:2ですか」
3が魔王軍で、2が人類。数でも勝っちゃったかー。ハーデスさんにはできたら数で負けるけど、質で勝るっていう戦い方をするところを見せてほしかったのに。目論見がズレてしまった。
さあ、人類。今まで戦ってきた魔物とは違う、先鋭たちとの戦争だ。どうやって格上に勝つつもりか、見せて欲しい。その戦い方で、問題点を学ばせてもらうから。
次も20時に投稿します。
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