1-8 エクスカリバーを見つけた
「あった!エクスカリバー!」
メルはフロアの中央にお目当てのものを見止めた途端、走り出した。
ふう、少し肩の荷が下りた。これでメルの機嫌もちょっとは直るだろ。あとはどうやって帰るかだな、とのんきにも考えていたその時。
「――」
キーンと、超音波のような音が響いた。
メルにも聞こえたようで、びくりと動きが止まる。
辺りを見回すも、何もない。
気のせいかと思った。メルも動き出し、エクスカリバーを手に取ったその時、
ザパアアアアアアッッン
僕の右手にあった川の水が、派手な水しぶきを上げて突然大きく噴出した。
大きな音に反射的に視線を向ける。川から、にょろにょろと細長い何かが出てきていた。
遅れて、噴き上がった水が僕の上に降り注ぐ。ゲリラ豪雨のようなザーザー降りの中、そいつはものすごいスピードでメルの目の前に降り立った。
全長10メートルはありそうな、胴の長いドラゴンだ。
アジアの伝承によく出てくる龍のようなフォルムに、ムカデのように足がにょろにょろと沢山付き、さらに顔の少し下に前足のような立派な手が左右1個ずつ付いている。ぎょろりと光る黄色い目が、僕とメルの顔を交互に見た。
ごくりと生唾を飲む。
やべえ。絶対こいつやべえ。
「ギャアアアアオオオン!」
そいつは鼓膜が破れそうな濁った音で鳴くと、メルが胸に抱えるエクスカリバーを前足で掴んだ。
「ちょっと!これはだめなの!!ラルクの剣に触らないで!!!」
メルは果敢にも、ドラゴンに負けずにエクスカリバーを引っ張る。オイオイオイよくそのドラゴンに張り合えるね?勇者ですね!?
「ほらキミ!早くこのモンスターの弱点教えて!」
メルはぐぐぐとしかめっ面で僕に怒鳴る。
それがさあ本当に申し訳ないんだけど、こいつ、僕もお初なんだわ……こんなやつ知らないの。見たこともない。多分隠しモンスターなんだと思う。
だって見るからにやばいじゃん。何あのいかつい顔。でかいし速いし。こいつ絶対ここの主でしょ?こんな水晶とか鉱物でキラキラで意味深な広いフィールドとか、どう考えてもボス戦用のフィールドだもんなぁ。もし1周目で出会ってても戦うのめんどくて多分逃げてた。
ということで、僕が出した結論は。
その場でしゃがんで小石を握りしめて。
ブンとドラゴンに放り投げた。よっしゃ!頭に命中!!ナイスショット!
その瞬間、黄色い目がぎょろりと見開かれ、僕にロックオンした。
「ギュオオオオオオオオ!!」
やべえええええ!!こっち来た来た来た!!!
僕は猛スピードで突っ込んで来るそいつを、ギリギリで横っ飛びでかわした。
「メル!今のうちに出口まで行け!逃げよう!」
「なんで?そんなことしなくてもキミがいたら無敵でしょ?」
「ごめんちょっとここ神様との通信弱いみたい!電波届かないな~なんつって!」
「何それ何それ何それ!全然役に立たないじゃん!さっきちょっとは見直したのに!!このすかぽんたん!」
「面目ない申し訳ない!なんでもいいからとりあえず逃げよう!逃げるが勝ちだから!ほら僕が今引きつけてるからほら早く!ってうわあああ!」
ドラゴンのしっぽが僕めがけて振り下ろされた。なんとかかわしたものの、トゲトゲとした鱗が頬をかすめ、摩擦でピリッと切れた。さらにしっぽを打ち付けた衝撃で地面が揺れる。体勢を崩し、ぐらりと膝をついた。
すぐにドラゴンが息を吸い込む。その目は僕を捉えている。やばい何か撃ってくる様子だ。でもこれじゃ咄嗟に動けない。やべえ……!
「ヴァンブリュイヤール!」
ピカリと一瞬光った後、ビュゴウという音と共に、僕の足元を風が走る。
ドラゴンは光に一瞬気を取られた後、口から炎を吐き出した。鋭い火球が僕めがけて飛んでくる。
僕に到達する直前、僕の足の下から突風が吹き上げた。崖に落ちそうになった時にメルがかけてくれた魔法だ。そのまま即座に身体が持ち上がる。間一髪で火球は僕の下を通過していった。
「メル!ありがとう!」
「ラルクの身体はメルが守る!ほら、こっち!」
メルはそう言って、右手の指先をクイッと振った。指を振った方向に風向きが変わり、僕はそのままメルの隣まで運ばれた。よし!
「逃げろおおおおおおお!!」
僕らは一目散に出口まで駆け出した。後ろであいつが鳴いてる。空間がびりびり揺れるほどの轟音と共に、またゴウと炎の音がした。咄嗟に振り向き飛んできた火球を見て、身体をひねって避ける。僕の頬のすぐ横を炎が通過し、熱を感じた。
出口に着いた!よし!メルを先に出口に押し込む。来た時同様口が狭く、1人ずつしか通れない。
僕も慌てて後ろに続いた。ドラゴンは頭からものすごいスピードでぎゅるぎゅると僕の方に突っ込んでくる。大きく開けた口の鋭い歯。こええええ!死ぬ死ぬ!早く!早くメル!
今にもかみつかれる!
という直前、ギリギリ出口にその身を滑り込ませた。やべええええ走れ走れ!
猛ダッシュで出口から離れる。
背後から聞こえてくる鳴き声は少しずつ小さくなっていった。追ってはこないようだ。
モンスターのいない安全な場所まで来たところで、ようやく僕らは立ち止まった。
ふうう、と、大きく息をつく。
あっっっっっっぶなかったぁぁ………
「死ぬかと思った……メル、ケガとかしてない?」
「はぁ、はぁ……大丈夫……危ない、怖すぎて泣きそうだった……」
「その割には果敢にあのモンスターと剣の奪い合いしてたよな……」
2人で息を整える。まだ心臓がバクバク言っている。
「ってそうだメル、エクスカリバーは……!?」
「ふっふーん!」
メルは、僕にキラキラ光る大剣を見せた。まさしく、僕がぶん投げた大剣、エクスカリバーそのものだった。
「よっしゃーーー!」
「やったぁーーー!」
嬉しくて思わず僕らはハイタッチを交わした。
死闘をくぐりぬけ、任務を達成した。
エクスカリバーも戻ったし、なかなか順調だな!
「まあでもね、キミがエクスカリバー投げなきゃよかったし、ちゃんと神様と交信してあのモンスターの弱点聞いて来てくれたら、こんなことにはならなかったんだけど」
う、ハイ…ごめんなさい…
「でも、本当に良かった……」
そう言って、メルはふっと笑って、エクスカリバーを大切そうに抱きしめた。
はぁ、良かった無事に戻って来て。
これからは安直な行動は控えよう。メルに殺されないためにも。うん。
「あとはどうやって上に戻るかだね。って、あれ……?」
メルは、僕の背後を指さした。
「あの光ってるのって何?」
「あれ?………ってああああ!!!」
僕のすぐ後ろに、筒状に光が差している場所があった。傍らには円盤。
間違いないゲームで見たことがある。これはラストダンジョンとこの地下を結ぶ転移装置!
「やったぞ!これで戻れる!」
「本当に!?ツイてる!」
急いで駆け寄る。すると円盤の足元に、もう1つキラリと何かが光った。
「なんだ?これ」
近づいて見てみると、それは古びた1冊の本だった。