1-4 メインヒロインが起きた
突進してきた女の子は、ものすごい勢いで僕とノエルちゃんの間に割り入った。
気まずい空気もろとも、僕らを両手でグイッと引き離すと、そのままするりと僕の腕に絡みついてきた。え、ちょっ、と思う間に腕が引っ張られる。
「ねえノエル!ディオン伯爵だけじゃ飽き足らずラルクにまで手を出すつもり!?やめて!ラルクはメルのだよ!」
「…………うるさいわね」
え、ちょ、ちょっと!腕痛いって!というかむ、胸というか柔らかっていうかちょっと待ってくれ!?
ふにふにした感触に向こうとする意識を慌ててノエルちゃんに戻すと、バチバチと火花の音が聞こえてきそうな剣幕で2人はにらみ合っていた。不機嫌な腕を引っ張る女の子と、冷たいノエルちゃん。
ノエルちゃんの冷ややかな視線が、女の子から僕に移動してくる。どうすんのよ、あんたが説明しなさいよ、とそのジト目が語っている。う、はい……分かりました。
「あ、あの……ゴホン、初めましてメル。僕は神の使いとして、ラルクの身体を借りてこの地に降り立った白河晴斗です。なので、ラルクではありません」
「……え?」
やばい……勢いよく顔をこっちに向けたのか、ピンク色の髪がなびいた拍子にふわっと甘い香りが漂う。シャンプーなのかな……やばい、視界の端でちらつく桃色の頭を恥ずかしくて直視できない。
もちろん、このピンク髪の子のこともよく知ってる。
恐る恐るちら見すると、青いラムネ色の瞳と目が合ってしまった。
やっぱり、ラスト・ファンタジアのメインヒロイン、『メル・クラウディア』だ。
僕の顔を見上げ、口をポカンと開けていた。
「アンタの大好きなラルクは、ストーカー男に乗っ取られちゃったみたいよ。可哀そうに」
「は……え……?」
ノエルを見て、そしてもう一度僕の顔を見る。
「え、でもラルクだよ?ほら、首元のこの位置にほくろ、顔だって、声だってラルクだもん。何?メルをからかってるの?」
って、おいいいい!
メルの手が、唐突に僕の身体をべたべたと触り始めた。ちょ、背中はやめて、く、首も!腕も待って!待って動くなまたシャンプーみたいな香りがするだろ!?
メルの強引な動きを止めることも押し返すこともできず、しどろもどろで目が回る。待て待て待て待ってくれ!
すると、突然メルが僕の手を離した。ラムネ色の目が大きく見開かれる。
「ラルクが、こういうことしても怒らない………」
茫然と、ショックを浮かべた顔で僕を見ると、今度は間髪入れずに僕の胸倉をつかみ詰め寄ってきた。
「なんで!どういうこと!?メルのラルク返してよ!キミのせいなの!?なんでラルクじゃない人がラルクなのーーーー!!」
ぐあ!!
タ、タンマ!視界が揺れる!
「メルのラルクは、こういうふうにベタベタする時は『ハイハイ』って言いながらメルを雑に引き離すの!!!こんな、顔を赤くしてデレデレするようなのは絶対ラルクじゃない!キミは誰!誰なのっ!」
「ちょ、ごめん、落ち着いて!だから、僕は白河晴斗だって!大丈夫、多分ラルクは帰ってくる!」
「多分!?そんな適当なの許されないよ!ラルクと私はこの戦いが全部終わったら結婚しようって約束してたの!絶対に死んでも連れて帰る!そのくらいしてしてして!!」
「はい!ごめんなさい!」
ものすごい剣幕で揺らされガクガクと揺れる視界に酔い、またもぱたりとその場に倒れる。何度目だ今日倒れるのは。
地べたにひっくり返った僕を見下ろす、激しく燃えるジト目と氷のように冷ややかなジト目。
女の子2人からの辛辣な視線が痛い。
ツンデレ女王ノエルちゃんならともかく、ほんわかヒロインのはずのメルのオーラまで鬼気迫ってる。この子こんなに激しかったっけ…?僕がゲームでプレイしてた時にはもっと優しいヒロインだったはずなんだけど…
その刺すような視線に耐えられず、天を仰ぐ。
あー、どうしよ。いよいよカオスだぞ。
でもそうか。僕がこの身体を使ってるってことはラルクの意識は今どこにあるんだ?
眠ってるのか?消えてしまったのか?おいおい、もし消えてなんかいたら、このラルク大好きヒロインのメルから間違いなく僕は消し炭にされるぞ。
分からない。どうしてこうなったのか、どうやったら元の世界に帰れるのか。
分からないなりに、色々考えてみる。
そして、ふと1つ思いついた。
ラスト・ファンタジアは、ディオンを倒すとそのまま強制的にエンディングムービーが流れる。エンディングが終了すると物語はリセットされ、また最初から2周目のプレイを始められるようになる仕様だ。
つまり、エンディングで一度世界がリセットされる機会がある。
僕がどうして急にこっちの世界に来ることになったかは分からない。分からないけど、そのきっかけで何かが起こるかもしれない。今のところ他の戻り方に心当たりないし、とりあえずディオンを倒せばワンチャンある気がする。
それに、ノエルちゃんを救うためにも、ディオンを倒すのはマストだ。
「ディオンさえ倒せばラルクは戻ってくるかもしれない」
「『かも』?神の使いなら、神様と交信するなりなんなりして確実な方法探して!適当なこと言ってたらただじゃおかないよ?」
メルさん、かわいく言ってるけど目が笑ってねえ。
後悔。神の使いとか言わなきゃよかった。既に設定破綻しそうだぞこれ。
僕だってラルクの身体ずっと借りてたいとか思ってない。ノエルちゃんは救ってから帰りたいけど……
ぎこちなく強張る口を無理やり動かしてなんとかスマイル。内心は冷や汗だらだらだ。
「ディオンを倒せばこの身体はラルクの元に戻りゅ」
噛んだ!
ごめんって、やめて、そんながっかりした顔で見ないで。
「ごほん。大丈夫だ。頑張るから」
メルは僕に変わらず疑いの目を向ける。
でも、しばらくすると「分かった、止まっててもしょうがない、メルも頑張る」とぽつりと声が聞こえた。怒りに燃えていた目が今度は強く輝きだす。
「じゃあ、ディオンのことサクっと倒そう!」
「だめよ、私が許さないわ」
そんなメルの出鼻をくじく、冷たい声はノエルちゃん。
「じゃあノエルのことサクっと倒そう!」
「それはだめだ僕が許さないッ!!!」
毅然と僕も言い放つ。
「………じゃあどうしたらいいのっ!!!!」
そして僕が叩かれる。痛い痛い痛い!おま、グーはやめろって!
ごめんって!大好きなラルクがどこかに行っちゃって悪かったって!でも僕だってどうしたらいいか分かんねえんだよ!ちくしょう!できるだけサクっと片付けてやらあ!
僕は、強引だけど1番速く片が付く策をメルに耳打ちする。
(分かったじゃあメル!ノエルちゃんのことを押さえてくれ。僕がその間に1人でディオンを倒しに行く)
(え、1人でなんて倒せるの?)
(大丈夫、僕は神の使いだ)
ディオン戦をやったのは半年くらい前だが、それはもうコテンパンのギッタギタにした。
1番苦しむ方法で倒したかったから徹底的に攻略サイトで勉強して、ディオンの全ての攻撃にカウンターをきめてフルボッコにした。
怒りで思い入れも強かった、印象にも残っている。僕1人でも大丈夫だろう。
(その代わり、ノエルちゃんは絶対倒すな。良いか?)
(……分かった!)
(よし、じゃあせーので)
「「せーの…!」」
僕は洞窟の奥、次のフロアへつながる通路へ。メルはノエルちゃんの方へ。
僕たちは、一斉に走り出した。
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