1-2 推しに嘆願した
う、うわ。あああああ。
ほ、ほんものだ!!!!!!!!!!!!!!!!!
か、かかかかかかっか、
かわいすぎねええええええ!?!?!?!?!?!?
紅く、鮮やかなその瞳に見つめられ、ぐらりと心が揺れる。息も止まる。
次いで、放心状態の僕の耳に、鈴が鳴ったような上品で愛くるしいノエルちゃんの生ボイスが届いた。
「…………は?」
史上最強に、不機嫌な顔と共に。
「アンタ、何ふざけてんの?」
すごい。やっぱり夢だ。こんなセリフはゲームにない。やばい新規ボイス聞けるなんてアツすぎる!しかも僕のためだけに言ってくれた言葉だ。
どうした僕!いい夢すぎるじゃないか!!
「なんてことだノエルちゃん!僕の夢に出てきてくれてありがとう!!」
「なんなの?情け?私なんか殺す価値もないって?ふざけないで!」
ノエルちゃんは叫んで、防御に回っていた姿勢を素早く正して構えた。画面の中で何度も見た羽根ペンの杖を僕の顔の前に突き出し、その先から氷のつぶてが飛ぶ。
い、、、、、え?
咄嗟に身体をよじったものの、肩に刺さった氷の石は僕の身体の肉にめりこみ、神経を切り裂いた。途端に肩が熱を持つ。
「い、、、、、、イアアああああぁぁぁ!?!?!?」
イタイイタイ!!!痛すぎない!?死にそうなんだけど?無理なんだけど耐えられないんだけど!
ああ、折角会えたのにもう夢から覚めてしまうなんて……短すぎる、それに痛かった……でも、会えてよかった……
が、覚めない。
ま、待ってくれ。
これ、本当に夢なのか?
夢にしては、感覚がリアルなんだけど。痛すぎるんだけど!?
「アンタには負けない。アンタたちを倒して、ディオン様の理想の世界を創り出す。さあ、死んで」
ノエルちゃんは、肩を抑えてうずくまる僕の心臓のあたりを羽根ペンで狙いをつけ、呪文を詠唱し始めた。羽根ペンの先に、細かい氷の粒子が集まり始める。
その間にも、僕の肩は熱く熱くしびれていく。
生暖かい液体、恐らく血が、たらぁと腕を伝い始めた。
「ラルク、さようなら。大丈夫、あそこで倒れてるメルもすぐにアンタの元に送ってあげるから」
「ちょ、ちょっと待てノエルちゃん僕はラルクじゃない!」
「ついに命乞い?そんなみっともない嘘ついてまで逃げたいの?無様ね。生き恥を晒すくらいなら死んだ方が身のためよ」
「ちがう!僕はラルクじゃない!晴斗だ!白河晴斗!なんかよく分かんないけど急にすり替わっちゃって!君のことが大好きで、君を殺したいなんてこれっぽっちも思ってない!!」
「………アンタ、頭おかしくなっちゃったの?」
「おかしくない!よく分からないけど僕はラルクじゃない!」
ジトっとした目で僕を見てくる。気でも狂ったの?と、その顔が語っている。
その間も手をゆるめることなく詠唱を続ける。今にもとがった氷の刃が完成しそうだ。僕にアレが突き刺さるのはあと何秒後か?
これは夢なのかそれとも現実なのか。
分からないけど、もし現実なのであればこれはチャンスかもしれない。
僕は、嘆願した。
「君はこのままだと破滅する!だから僕になんとか君を救わせてほしい!!」
僕の嘆願に対し、数秒の沈黙。
そして、
「…………は?」
眉を思いっきりひそませたノエルちゃんは、さっきよりも明らかに不機嫌度の上がった顔で僕をにらんだ。
「もういいわ。死んで」
僕の叫びは全く届かなかった!
冷えた低い声と共に、完成した氷の刃が至近距離から放たれる。
やばい、と僕はとっさに脇に置いてあった大剣を掴み、痛む腕を無理やり動かして身体の前に構えた。刀身に氷の刃を当て、はじく。
「なっ!」
思わず驚き、後ずさるノエルちゃん。
あっぶね。これはノエルちゃんの体力が20%を切ると使うようになる、『エペピストレ』だ。当たるとダメージが大きい技だけど、攻撃が主人公に当たる瞬間にガードをするとノーダメージではじくことができる。このシビアなタイミングを骨の髄まで沁み込ませていて本当に良かった…!
「ふん、やるじゃない。でもこれで終わりよ」
ノエルちゃんが右手の手のひらを天に掲げた。このモーションは、『フロワパラディウム』。相手の脚に氷を絡みつかせ、動きが止まっている間に頭上から大きな氷を落とす技だ。
これは、足元に氷が伸びてくるギリギリまで引きつけ、直前で後ろに下がるとかわすことができる。
「フロワパラディウム!」
合ってる、よし。僕は脳内イメージの通り氷をかわした。
ノエルちゃんは小さく舌打ちをすると、今度は一気に距離を詰めてきた。羽根ペンを一振りし、氷のレイピアを出して右手で掴む。素早い連撃で相手を突く、『プルミエールダンスーズ』。
それも、右、左、右、左、と身体に沁みついたリズムと方向に横移動してかわす。
ノエルちゃんはさすがに驚いた顔で僕を見た。
「ア、アンタ、さっきから本当になんなの!?もういいわ、面倒だからすぐに殺してあげる!」
パッと後ろに下がって間合いを取り、両てのひらを前に出して詠唱を始める。この構え、ノエルちゃんの足元に現れた巨大な魔法陣、辺りの気温がぐっと下がり冷えていく感覚。間違いない。
ノエルちゃんの必殺技、『グラセ・オーンジュ・ヴェゼ』だ。
この技は回避できない。だが、裏技がある。
僕は、洞窟の壁までダッシュした。いつも使っている1か所だけある安全地帯。くぼんでいるところに身体を押し込み、攻撃に備えて身体の前で剣を構えた。
ぼたぼたと、血が地面にシミを作る。
「グラセ・オーンジュ・ヴェゼ!」
氷でできた無数の刀が、こちらに一斉に飛んできた。
氷の刀が全方位から自分を串刺しにする技だ。だが、くぼみに入っているおかげで横と後ろから狙う刀がキャンセルされ消える。あとは、『エペピストレ』のガードと同様、正面に飛んでくる刀だけタイミングを合わせて剣ではじけばノーダメージだ。
無事に、ゲームでやっていた通りに無傷で必殺技を防ぐことができた。
ノエルちゃんは手をだらりと下ろして、茫然とした顔で僕を見た。
「攻撃が、当たらない……なんで……アンタなんでそんなことできるの…?」
「僕は、君のことならなんだってお見通しなんだ」
僕の話を聞いてもらうなら今だ。
「ノエルちゃん、もう一度言う。君はこのままだと破滅する。だから、僕に君を救わせてほしい。キミが慕っているディオン伯爵、あいつがすべての元凶なんだ。君のことを騙して、世界を滅亡させようとしてるんだよ!」
「アンタ、嘘ばっかり言うだけじゃ飽き足らずディオン様のことも悪く言うなんて……!絶対に許さない!!」
再び素早く振った羽根ペンの先から氷のつぶてが飛んでくる。今度はちゃんと横に飛んでかわすと、カツン、と頭の後ろで壁にぶつかった音を聞いた。
だめだ話し合いにならない!なんとか、なんとか聞いてくれと、僕はとっさに思いついた強そうな人の胸を借りた。
「本当だ!わかる!実は、僕は“神”の使いなんだ!君を幸せにするために天から使わされ、この黒髪の少年ラルクに憑依した白河晴斗だ!」
やべえ大きく出過ぎた気がする!が、もう戻れねえ。それっぽく両手を広げ、僕の背中に神々しい光よ差せと念じながら慈悲深そうな顔をした。イメージはついさっき世界史のテスト用紙でお目見えしたマザーテレサだ。
「…………は?神の使い?シラカワハルト……?嘘ばっかり」
「嘘じゃない!なんなら、君の誰にも言っていないような情報を僕は知ることができる!」
僕は夢中で、必死で、ノエルちゃんに訴えた。
「ノエル・フォルジュ!身長は156㎝!体重42キロ!好きな食べ物はキウイフルーツ!実はかわいいものが好きで、自室は密かに買い集めたぬいぐるみで溢れている!」
これはゲームの公式HPで得た知識。ノエルちゃんのキャラ紹介ページが掲載されるなり、発売されるまで待ちきれなくて1人でアクセスカウンターを何百と回した。
「ちなみに1番お気に入りの、大きいくまのぬいぐるみの名前は『ディオ君』!」
なっ!とノエルちゃんの顔が赤くなる。
「次!孤児院で育った君は、7歳のころディオン伯爵に出会い引き取られた!君が今首元につけている赤いリボンは、養子に迎え入れられた日に『君のきれいな瞳の色と同じ色だ』と言われてディオン伯爵からもらったものである!」
これはつい最近発売されたスピンオフの小説で得た知識。ゲーム本編では語られないノエルちゃんの幼い頃のエピソードが収録されている神本だ。もちろん保存用、観賞用、布教用とそろえた。
咄嗟に首元に手を当てるノエルちゃんが愛おしい。
「さらに!大型犬と、猫2匹。養子だから結婚はできないけど、ディオン伯爵とずっと穏やかに幸せな老後を過ごすのがひそかな夢です!!!」
これはゲーム外のリアルイベントでの朗読劇で得た知識。『なんてこんな話、恥ずかしくって誰にも言えないけどね』とめずらしく照れた顔で独白していた。かわいすぎて悶絶した。
「な……アンタ何言ってんのよ!?」
「君が今まで誰にも明かしたことのない秘密も、僕には言い当てることができる。神の使いだと信じてくれないかもしれないけど、僕は君のことが大好きだから。世界で1番大好きだから。だからどうか、僕に君を助けさせてほしい」
ノエルちゃんは、真っ赤になった顔を両手で抑え、ぷるぷる震えている。
「とりあえず、一時休戦しよう!ほら、怖いんだったらこの剣だって捨てるから!」
そう言って、僕は大剣をありったけの力でぶん投げた。崖に吸い込まれていく。
唖然とした顔でこちらを見るノエルちゃん。そりゃそうだろう、いきなりのトンデモ展開でびっくりするよな。
「だからお願い、どうか、僕に君を救わせてほしい……」
再度嘆願する。そして、
「あと、その前に……この肩の傷なんとかしてもらうことって……できます……か……」
もう、限界だった。
血が足りない。
ちょっと!ねえ!と僕に何かを言う声を遠くに聞きながら、僕は意識を手放した。
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