表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/22

1-1 目の前に推しがいた


 僕の推し、ノエル・フォルジュは、ラスボス直前に必ず死ぬ。







 テスト期間に差し掛かり、午前中で高校を後にした梅雨のある日。

 湿気でまとわりつく制服に気持ち悪さを感じながら、僕は玄関のカギを開けた。


 階段を上がって自分の部屋に入り、流れるように据え置きゲーム機のスイッチを入れる。起動を待つ間に制服を脱ぎ捨て、シャツ一枚であぐらをかいた。


 モニターに、『ラスト・ファンタジア』のタイトルロゴが浮かび上がる。


 もはや脊髄反射で『セーブデータ7』を選ぶと、数秒のローディングのあと最後のダンジョンの入り口が映し出された。中に入ると画面が暗転、イベントムービーが始まる。


 今日も現れた。

 洞窟の奥から、僕の推しが。


 肩の下くらいの長さの、ゆるいウェーブのかかったミルクティー色の金髪。

 膝よりやや短い丈の白いワンピースには、首元とスカートに赤いリボンが付いている。

 くりっと丸く、今にもこぼれ落ちそうな大きな瞳は、濃くて鮮やかな紅色。長いまつ毛が、愛らしい目元の印象を強くしていた。


 彼女は勇者の前に立つと、今日も口の端を持ち上げて、気の強そうな顔でこう言った。


「ここまで来るなんてご苦労さま。でも、ここがあなたの墓場になる」


 っっっっっっっっかーーーーーー、今日もカワイイ!!!


 僕の推し、ノエル・フォルジュは敵キャラだった。


 奥にラスボスが待つ、ラストダンジョンの入り口。

 彼女はそこで必ず勇者に戦いを挑んでくる。


 負ければゲームオーバー。

 このゲームにシナリオ分岐はないので、勝たない限りシナリオは進まない。

 そして勝つと彼女はその場で息絶える。とどめを刺すのは勇者、つまりプレイヤーの僕だ。


 意味わかんないだろ?僕の最愛の推しは破滅ルートしかないんだぜ?


 初めてこの結末を知った時は泣いた。いつかは勇者のパーティーメンバーに寝返ると信じてたんだよ。このゲームを買ったのだって、ゲーム雑誌でノエルちゃんのスチル画を見て一目ぼれしたからだったのに。そのためにバイトしてお金貯めて高画質で見るためにちょっと良いモニターを買って、高品質のHDMIケーブルまで買ったのに!


 そんな結末、あんまりだろぉ……!


 しかも、ノエルちゃんが死ぬ理由がひどかった。ラスボスのディオンってやつが彼女を騙して捨て駒として使ったんだ。絶対許せねえと思って、その後のラスボス戦でギッタギタのボッコボコにした。仇は取ったとエンディングを見たら、他のキャラはラスボスの去った世界で平和そうに暮らしているのに、ノエルちゃんのカットだけは海をバックにしたお墓の画面で逆にボロ泣きした。この世の非条理に泣いて泣いて泣いて。


 誰のために、この世界を救ったと思ってるんだ。

 肝心の君がいない、こんな世界なんてクソくらえ!


 そんなワケで、僕はもう一度最初からこのゲームを始めた。そしていつでも彼女に会えるよう、彼女のすべての登場シーンの直前でセーブデータを作った。


 このセーブデータ7は、ノエルちゃんと唯一戦える『ノエル・フォルジュ戦』の直前でセーブしたデータだ。普段はムービーで見るだけの彼女も、ここなら魔法を使ったり走ったり、プレイヤーに合わせて動き回る。圧倒的神回。


 そんなこんなで、もうここ半年くらい、毎日セーブデータ7をロードしてノエルちゃんと戦っている。もはやこのゲームは僕にとってはRPGじゃない、ノエルちゃん戦闘ギャルゲーと化していた。


 戦闘が始まった。


 いつものように開幕早々、ヒロインに即死呪文をかけて戦闘不能にする。こうするとフィールドに立つキャラが勇者とノエルちゃんだけになって、3Dのバトル画面を俯瞰で捉えたカメラがぐーんと寄ってくる。よりノエルちゃんのお顔を近くで眺められるようになるんだ、いつもごめんなヒロイン。


「ふん、弱いわね」


 こちらのメンバーが少なくなると毎度そう言うノエルちゃん。っかー、自分では何もしてないのに、自分で倒した気になってるのがかわいくてしょうがないね!


 何十回もプレイしてるもんで、ノエルちゃんの行動パターンは全部覚えている。今日も余すことなく全技のトリガーを引いて鑑賞していく。あーーもーー怒る顔もドヤ顔も全部かわいい!


 最後はノエルちゃんの戦闘不能ボイスだ。胸が痛いけど、推しの声はどんなセリフでも全部聞きたい……

 ノエルちゃんが息絶える直前にリセットしてまたセーブデータ7を起動すれば、彼女は明日もまた元気に「ここまで来るなんてご苦労さま」って勝気な顔で登場してきてくれるんだ。


 ああ、今日もかわいかった……これが終わったらテスト勉強しないとなぁ、やだなぁ、と憂鬱になりながらとどめのBボタンを入力する。

 勇者が剣を振り上げる。ノエルちゃんが腕をあげ、ガードの姿勢をとった。


 瞬間。

 モニターがピカッと光った。

 視界を奪われ、咄嗟に目を瞑る。



 ***



 まぶしくてチカチカする目を開けると、目の前に、見覚えのあるミルクティー色の金髪があった。

 目の前っていうのは目の前のモニターの中に、とかそういう次元じゃない。

 文字通り“目の前”。対面していた。


 え?


 視線を下ろすと、白いワンピースが目に入る。スカートの左右に赤いリボンがちらついた。よく知っている服だった。


 目の前の人物は、両手をクロスにして頭をかばい、下を向いている。顔は見えない。でも、僕はこの人の顔にものすごく心当たりがある。


 え?


 え!?なになになになにどういうこと!?

 ってかここどこ!?


 辺りを見回すと、岩がむき出しになった壁に囲まれていた。どこかの洞窟の中のようだ。視界の端に女の子が倒れている。その子のピンク色の髪にも覚えがあった。目が、即死呪文で倒れた時特有の“ぐるぐる目”になっている。


 こんな場所も人が倒れている場面も今までの人生で初めてなはずなのに、僕はこの状況をよく知っている。思わず戦慄した。


 これ、ノエル・フォルジュ戦じゃないか……?


 視線を真下におろし自分の格好を見ると、紺の騎士のような上衣と灰色のズボンに、黒いマント。こんな服持ってるはずないけど分かってしまう。勇者ラルクの服じゃねえか!


 そういや僕の手はどこ行った?と神経を研ぎ澄ませると、頭上でピリピリとしびれる感覚。視線を上げると、両手で1mくらいの大剣を振りかぶって構えていた。


 これ、僕。

 夢でも見ちゃったか?


 これはあれだろ、あまりにノエル・フォルジュ戦をやりすぎて、ついに夢の中にまで出てきちゃったパターンだろ。

 急に画面が光ってよくわかんないけど意識が一瞬途切れた。

 TVからよく分かんない光が出た、あのあたりから夢だったのかもしれない。

 それかあれか、二重に夢見ちゃうやつ。夢の中で夢見ちゃう夢ってあるじゃんね、もしかしたら高校から帰宅したとこから夢かも。


 ああーー、でも夢にしちゃ幸せすぎる。ノエルちゃんをこんなに間近で見られるなんて。会えるなんて。も、もしかしてこれ、話しかけれたりしちゃうやつ!?


「あ、あの、もしかして、ノエルちゃん………?」


 試しに声をかけてみる。剣が邪魔だったので足元に置いた。がらんと金属が床にあたる音が鳴る。

 ゆっくりと、目の前の女の子が頭を上げる。


 ドクン。ドクン。


 長いまつ毛が、見える。

 赤い唇が、見える。

 目が、あう。


 バクバクと鼓動がうるさくて、


 !!!!


 目が合った瞬間、心臓が止まるかと思った。


ブックマーク、広告の下の☆☆☆☆☆から、ぜひ応援よろしくお願いします!

いつもありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
↑1日1回投票可能です!ぽちっと応援よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ