第三話 ひょい
腹ごしらえもしたことだし、さぁどうしようかな。
うん、どうしようもないな。
すごい。暇だ。未だかつてこんなにも暇だったことがあっただろうか。
暇すぎてハエになっちゃいそうです。
―――あなたはその姿が完全体なので、それ以上進化しませんよ。
へぇ、そうかぁ~。……へっ?
―――周りを見てみなさい。
いや、見えませんけど。
―――あなたなら分かるはずです。何か気付いたことがあるでしょう。
別にそんな変わったことはないと思いますけど。
あ、でもさっきより明るく、涼しくなった気がします。
―――えぇ、そうでしょう。それは他のうじ達が蛹になるために移動している証拠です。その遺骸はもう殆ど食べ尽くされているのですよ。
あなたが現れたのは、十日ほど経過したあとです。実は私、あなたが転生した場所だけ、腐肉を残しておいてあげたのですよ?
神様がとても優しく感じます。ヤンキーがちょっと良いことをすると凄く良い奴に見える心理と同じですね。
―――あなたの生殺与奪の権限は、私にあるということを肝に銘じておいて下さいね。
神様の発言に、無い毛が弥立った所で通信は途絶え、不意に、ひょいと体をつままれる。
これ、人間の手だ。
親指と中指は横腹を抑え、人差し指は背中に添えられている。寿司を手で食べるときと同じ形だ。うじ虫の寿司とか、微塵も美味しくなさそうだけど。
「おお、良いサシが残ってた。こいつぁ大物が釣れそうだ」
頭の中に男性の声が鳴り渡る。普通のうじ虫なら抵抗などできようもないけど、俺ならイケるはず。
「やめて下さい! 離して!」
「んん? 誰だ?」
「うじ虫です。あなたが今、手に持っているものです」
「うじ虫? ……お前か?」
男はそろそろと顔の前に手を持ってきて、俺をじっと見つめているようだ。ばちばちと視線を感じて、気恥ずかしくなる。そういえば、服も着てないな。
「ちょっと、あんまり見ないで下さいよ」
「今時のうじ虫は喋るのか? 困ったな、情が湧くとサシに使えなくなる……まだ愛のない内に殺しておくか」
「ひどい! 売り物にするならまだしも、殺すはないでしょ!」
「ほう、その手があったか」
「あ、いや、その手やっぱ無し!」
殺されまいと必死に言葉を紡ぎ出す。
「他のうじ虫と俺を一緒にしないで下さい。俺は元人間ですし、それに、俺を殺すのはデメリットの方が圧倒的に多いですよ。なにせ俺は異世界人なので、あなた達の知らないことを沢山知っていますからねぇ、へっへっへ」
自己保身のためとは言え、あまりのクソザコムーヴに自分でも悲しくなってくる。
「そうか。じゃあとりあえずは生かしておいて、あとで考えよう」
意外と受け入れられた。普通、もうちょっと驚くか疑うかすると思うんだけど。
いや、関心がないだけか。
男は握っていたうじ虫を、ポイっと袋の中に投げ入れた。