8.評判と真実
私のことは早く飽きて忘れて欲しい。
その願いも空しく我が家には、今日も王宮から大きな花束が届いています。
なんなの? 本当に。
下々の者を振り回すのもいい加減にしてください。
あの困った王子様は、本当にエリザベス様との婚約を破棄しようとしているらしいです。新聞で知りました。
『第二王子は真実の愛を貫けるのか!?』
とかいう見出しが踊っていましたよ。
ええきっと今までお偉方がいろいろ考えた末の結論だったはずなのに、全ておじゃんですよ。
しかもお可哀想に、何も悪くないエリザベス様は私を虐めた罪であのガドウィ様に責められたらしいです。そして今も謹慎中とか。
虐めるも何も会話さえほとんどしたことがないのに、どうやったらそんなことが出来るというのでしょうね? 都合良く出てきた証人とかいう王子の取り巻きのどこかのボンクラなんて、私会話どころか会ったこともない気がしますよ? なんなの? ゴマすり? 全くもって迷惑。
理不尽にも程がある。
「私は真実の愛を知ったのだ。彼女の熱い眼差しに私は応える」
とかうっかり言っているんじゃないってんですよ。だからあんな見出しになるんじゃあないですか。
そりゃあうっとり眺めていた時もありました。たしかに期間も長かったです。ええそれは否定しませんが、別にそれはただ憧れていただけで、しかも私の過去の「天使様」を重ねていただけで、別に「真実の愛」ではないと思うのよ。
ガドウィ様はなんていうか、見て楽しむ鑑賞物。
はあ~美しいわねえ眼福~というのが楽しかったのですよ。
まさかそんなうっとり眺めていたいわば絵姿から実際に飛び出してきて突然執着とか、そんなものは望んでいなかったんですよ。
私は初めてのシーズン、若い男性とキャッキャウフフしながら素敵なロマンスを経験してみたかった普通のデビューしたての小娘だったのに。
いったいガドウィ様は何をとち狂ってしまわれたのか。
今や私は分不相応にガドウィ様をたぶらかす悪い女だと世間に思われているのよ。解せない。
エーリクと兄様が出来るだけ手を打ってくれてはいるけれど、世間の人の口に戸は立てられなかった。
しかもリリアナ情報によると、私がエーリクをもたぶらかしていることになっているらしい。昨日もエーリクととあるパーティーに行ったら、相変わらずガドウィ様が待ち構えていて結局侍らされ、そしてその隙を見て近寄ってきたどこぞの令嬢には、
「エーリク様を早く解放してあげて」
などと言われる始末。
むしろ私を解放して。
私は平々凡々な取るに足らない末端貴族なんですよ。貴族社会の隅っこで、のんびり楽しく過ごすはずだったのに、なにが嬉しくてゴシップ新聞の一面を飾らないといけないのか。
今朝のゴシップ新聞の見出しは
「とうとう二人が対決!? 王子と侯爵に挟まれて、私どうしたらいいの!?」
とかなんとか書いてあって、本当にね!
この事態、私どうしたらいいの?
でも、王子に私みたいな身分の女が口答えなんで出来ないんですよ。
こっちに来いと言われたら行かなくてはいけないし、隣にいろと言われたら逃げたりなんて出来ないんですよ。だって身分が違うからね! 笑えと言われたら引きつった笑いをするしかないし、喜べと言われたらそれに逆らって嫌な顔なんてできるわけがない。
エーリクもそれがわかっているから私には文句を言わない。彼も長い付き合いだから、私がこの状態を喜んでいるどころか心底迷惑に思っていることはわかっている。
だけど侯爵であるエーリクでも我が国の第二王子には逆らえないのだ。主従関係とはそういうものだから。
そして侯爵様に出来ないことは、当然ながらしがない男爵の娘には逆立ちしたって無理なんですよ。
はあ……。
なぜ私なのかはわからないが、パーティーのたびに私を侍らせるガドウィ様はいつもそれは上機嫌で、何かと話しかけて気を使ってはくださるのだけど。
でも自分の望みと違うことをされても全然嬉しくないものなのね。
私は主役ではなくて傍観者がいいです。
ガドウィ様は遠くから眺めているのが一番良かったです。
私の機嫌を取るガドウィ様なんて見たくなかった。
困り果ててエーリクの方を見るといつも目が合って、どれだけ私たちを見ているのかと驚くと同時に、ちょっと嬉しい気持ちになる。
エーリクが見ていてくれる。心配してくれている。
私の気持ちや立場をわかってくれている人が、家族以外にもいることはとても心強かった。
ガドウィ様に連れ去られることがわかっていても、それでも正式な婚約者として私をパーティーにエスコートしてくれるエーリク。そのため私はどこのパーティーに出るのでも必ずエーリクと一緒に来て、そしてエーリクと一緒に帰るのだった。
そこだけが最後の矜持というか、せめてもの抵抗というか。
だってこれがエスコートするのが兄様や母様だったら、家族公認でガドウィ様に差し出されているように見えるじゃない。
だから一応「パーティーには婚約者と一緒に参加している」という体裁がそのまま「けっしてガドウィ様に会いに来ているのではない」という意思表示に……なるといいんだけれど。
まあ一番認識して欲しい人には全然気付いてもらえていないようですが。
「ああ! フロレンス、今日もかわいいね! 素敵だ!」
とか言いながらあっという間にエーリクから引き離される私。
あ~れ~~。
でもそれならばいっそパーティーに出ない方が楽なのではと出かけないでいると、今度はガドウィ様が、やれ体調が悪いのではないかとか、機嫌が悪いのでは無いかとか、医者を送ろうかとか、今晩は会えるんだよねとか、それはもううるさいうるさい。手紙につぐ手紙やさらなる花束攻撃だ。その王族からのお気遣いにいちいちお返事する気苦労は半端なものではなかった。
もう私は心を無にしてガドウィ様の言うとおりにするのが一番楽だと学びつつある今日この頃。
とにかく早く飽きて欲しい。
ああ学んだことは他にもあったわね。
ガドウィ様は隣にいるとその美しさがよく見えない。近すぎて。
あともう一つ。
ガドウィ様がうっとり見つめる先は、私ではなくて他のだれかもっと美しい人の方が私「が」幸せだ。
私ごときにうっとりされると私「が」心底がっかりしてしまう。
ガドウィ様、何か未知の病気にかかってしまったのかしら。美醜が逆転して見える病とかあるの?
なぜ私?
「フロレンス、君が喜ぶかと思ってここの主に、この前君が美味しいと言っていた菓子を出すように言ったんだ。ほら、これ、好きだっただろう?」
そう言って嬉しそうにお菓子を差し出してくださるガドウィ様ですが、王子に美味しいかと聞かれてイイエとは言えないので全てハイと答えているに過ぎない私にはもう、どれがどれだか、なにがなにやら。
王族の機嫌を損ねないように、とにかく必死な私。
なのでここでもモチロンお返事は一つ。
「まあ、ありがとうございます」
以上。
女学校と親の教育の賜物で、もちろん礼儀としての微笑みが脊髄反射で発動中です。それがまたガドウィ様の誤解を深めることはわかっているけれど、もう身に染みついた習慣は変えられないのですよ。はあ。それにどうせ仏頂面なんてしていたら、またガドウィ様がどうした何があったと大騒ぎしそうだし。
私は静かに微笑みつつ、ただひたすらに心から早く飽きて欲しいと願う日々。
「私などより他のもっと美しい方の方がガドウィ様にはふさわしいと思いますわ」
「ああ君はこんなに可愛らしいのに、なんて謙虚で優しいんだ」
そんな虚しい会話を何度繰り返したでしょうか。のれんに腕押しとはまさにことこと。
まったく手応えが感じられない。
そう考えるとこの王子様にビシッと苦言を呈することが出来るエリザベス様、かっこよかったわ……。
彼女を結婚相手に選出した偉い方々は慧眼だった。
私には怖くてとうてい無理です。
だって私は自分の首とは末永く一緒にいたい。