7.親友は同レベル
「それで結局どうしたの?」
うららかな日差しと美しいティーセットを前ににっこりと微笑みながらも、そのまなざしがぎらぎらしている我が親友リリアナが言った。
今日はリリアナと約束していたお茶の日だった。お呼ばれした先で尋問に遭うとはこれいかに。
「どうしたもこうしたもないわよ。兄様は激怒しているし、母様はおろおろしているし、エーリクは不機嫌だし。エーリクがあれからずっと我が家にいるのよ。そして何処にでもついてくるの。今日もここまで送ってきたでしょ? それでもガドウィ様からは毎日花が届けられていてそっちの執念も怖い」
ため息をつく。
もうとっくに憧れも消し飛んでいるのにそれが全然伝わらない上になぜだかガドウィ様に執着されている。毎日花がどっさり贈られてきて、もう我が家は花だらけだ。
「なぜそんなことになったのかしらねえ? まああなたのガドウィ様崇拝は有名だったけれど、でも失礼だけどあなたは王族の正妃にはちょっとあまり前例のない身分じゃない? 王族の相手なんて他国の王族か我が国でも最低でも伯爵家以上だと思っていたのに。なんで?」
「知らないわよ。突然話しかけられて……二人でお茶しないかって言われたの。そうしたらエーリクが結婚しようって」
「え、お茶? 二人で? ……あらまあ……本当にあるのねそんなこと」
「あなたは知ってた? その意味」
「まあ、我が家には姉がいるから、ね。姉から情報は入ってくるわね」
「でも私は知らなかったの。で、憧れの君が純粋にお茶会に誘ってくれたと思って返事をしてしまって」
「でも、さすがにあちらも貴族の娘をどうこうしようなんて思ってはいないでしょ……?」
「さあ、それは今のところわからないわ。ただ兄たちは危険だって」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
私はお茶を飲んで心を落ち着かせた。
とりあえず、今のところ喜ばしいのは、この親友は私の話を信じてくれたことだった。
まあ「あなたは嘘が下手だから、わかるのよ」という理由らしいけれど。下手って失礼な。
私もやるときはやるのよ。多分。
「で、フロレンス、あなたはどっちと結婚したいの?」
「え? どっちとって、ガドウィ様とは結婚にはならないでしょう。私男爵の娘よ? 伯爵令嬢のあなたならまだしも、私では正妃にはなれないわよ。しかもエリザベス様という方がいらっしゃるのに」
「でもあれだけ大っぴらに執着されてエリザベス様との婚約まで白紙になんて言い出したのよ? いまさら愛人になんてそれも無理でしょ。少なくとも世間ではその可能性がささやかれているわよ。ガドウィ様と結婚、あるかもよ~?」
「え~? ないわ~それはないわ~。それにすぐに飽きて他に愛人を囲いそうな人との結婚とか、もはや嫌だわ~。ガドウィ様が明日にでも私に飽きて忘れてくれることを祈ってる。エーリクとの結婚はその後でまた考えるわ」
「あら、そんな悠長なことを言っていてもいいの? 今、きっと彼はうちの姉に捕まっているわよ?」
「へ?」
「あのね、エーリク様、それはそれは人気なのよ? あなたガドウィ様ばかり見ていて全然気付いていなかったけれど、エーリク様はそりゃあモテモテなんだから。あの地位、あのマスク、たくましい体と若さ。しびれる低音で愛なんてささやかれたら誰でもイチコロなのに、決してへらへら甘いことは言わないで常に冷静で一線を越えない真面目なところがまたいいのよ~紳士だわ~」
リリアナが身をくねらせて言うのだが。
「低音でイチコロ……?」
身に覚えが……な、無いよ?
「うちの姉もエーリク様のファンだからね。我が家のサロンでは今頃きっと姉が全力で彼を引き止めておもてなししていると思うわよ? 朝から気合いが入っていたから」
へ、へえ?
「へえ? って顔してるけど、あなたいいの? 好きではないの? 彼のこと」
リリアナは心配そうに聞くけれど。
「好きかと言われれば好きだけど……でも正直今まで身近に居すぎてピンときてないのよ。だって恋なんてしたことがなかったし。ねえ、これは恋なの? それともただの好きなの? リリアナは恋したことある?」
「あ、ないわ。うーん恋ねえ……えっと、胸がキュンとしたり、切なくなったりするらしいよ? あ、でもフロレンスの場合はもう婚約しているから、切なくなったりはしないのかな」
「わからん」
「確かに」
うーんと二人で頭をかかえる。これは二人だけではいつまでも結論は出なさそうだった。
でも、リリアナのお姉様はエーリクのことを愛しているの? それとも結婚相手として狙っているだけ?
そして私はそれでもいいの? それとも嫌なの?
おやつをつまみながらつい考えてしまう。
エーリクが他の女の人と仲よさそうに一緒にいたら、ちょっと嫌だなとは思う。でもそれは彼を兄みたいに思っていたからではないのかな。
たとえば彼を見ても切ないかしら?
胸がキュンってなる?
そう考えると……よくわからなかった。
帰りの馬車の中で私はエーリクと向かい合っていたので、しみじみと彼を観察してしまう。
たしかに素敵な部類の人だわね。
背も高くて顔もなかなか精悍で。体格もスポーツにはあれこれと手を出しているから筋肉がついている。 声? そうね、低くてよく響くいい声よ?
でも、エーリクなのよ。
上着を着ないどころかシャツまで着崩して胸元をだらしなく開けて我が家の中を兄様と一緒になってぶらぶらしているあのエーリクなのよ。兄様とお酒を飲んで、部屋で馬鹿騒ぎしていたあのエーリクなの。
今更憧れろといったって無理じゃない?
そんなことをつらつらと考えていたら、エーリクが私の視線に気がついて、目で「なに?」と聞いてきた。
「あらいえ別に。そういえばリリアナは私の話を信じてくれたわ。私の嘘はわかりやすいんですって。で、今回は嘘をついていないって。ガドウィ様の行動にはびっくりしていたけれど」
「ああ……たしかに君の嘘は丸わかりだからな。俺でもわかる。まあ良かったな、信じてもらえて」
「ええ? わかるの?」
「もちろん。というより君は本気で嘘の演技をしたことがないんじゃないか? それくらい下手だぞ」
ええー? た、たしかに。
でも丸わかりとまで言われると……それもちょっと不本意……。