5.王子ご乱心1
「ねえ? じゃないでしょうよ! おめでとう! 今一番結婚したい男性ナンバーワンを射止めたご感想は!?」
ガッチガチに緊張して参加した公爵家のパーティーで、女学校時代の親友のリリアナに捕まって早速聞かれる私。
「は? ナンバーワンって、なによ?」
思わず素で睨んでしまった。目が据わっているかもしれない。
「ちょっと……あなたの未来の旦那様のことでしょうが。知らないとは言わせないわよ。今をときめく若い侯爵様で、かっこよくて優しいと評判の独身男性。前侯爵の喪から明けてやっと社交界に復帰したから、さあこれから頑張って射止めようと数多の令嬢とその母親たちが手ぐすね引いて待ち構えていたのに、あっさりあなたと婚約してしまうなんて! あなたそんなこと全然言っていなかったじゃないの」
「ええぇ? なにそれ! あれが? そりゃあ若いっちゃ若いけど……。まあ私もちょっと展開の早さにはびっくりしてるのよ。なにしろ急な話で」
私はちょっとあさってを見ながら言った。
なにその手ぐすね引いていたって。本当に知らなかったよ。どうりでエーリクといるとたまに知らない令嬢から睨まれると思っていたんだ。どれだけ私はガドウィ様しか見ていなかったんだ。
「で、なになに? 密かに愛を育んで……って感じ? 昔から仲良かったもんねえ。実は本当は前から好きだったとか? それとも突然ビビッときたの? で、告白はどっちから? 彼は跪いてプロポーズしてくれた?」
「ああ……うん、そんなところ……はは……」
愛……愛ってなんだろう。これは愛なのかしら。
もちろん彼を嫌いではないわよ? むしろ好きだけれど、いやとっても大切にも思っているけれど、これは愛なの? 恋ってどういうもの? 女学校出たての私には今まで恋だの愛だのは物語かゴシップの中のものだったから、どうにもピンと来ない。彼が近くに来るとちょっと緊張してドキドキしてしまうようになったのは、これが恋なの?
もっとこうぽーっとなってうっとりして、そしてデレデレするものなのかと思っていたんだけど?
でも今私たちは表面上は幸せな二人でないといけなくて、こんなことを言ってはいけないくらいはわかるから有耶無耶にしてしまう。ましてや婚約することになった原因なんて不名誉過ぎて、こんなどこに耳があるかもわからないところでなんて絶対に口には出せないのだよ。
「こんどじっくり聞かせてもらうからね? 二人だけで話しましょ。いつなら空いてる? そう? じゃあその日に」
と怒濤の勢いでやってきて質問攻めにした上に約束も取り付けて去って行く親友をあっけにとられつつ見送る私。
これは……根掘り葉掘り聞かれる予感がする。婚約の経緯はエーリクと口裏を合わせておいた方がいいかしら。ちょっとこんど彼に聞いておかなければ。
まあ、それでもパーティーの主催者のサックス公爵夫妻から婚約の発表と祝福をしていただいて、それを見た他の方々からも次々と祝福をしていただいたのだった。私たちは公に婚約を認められてこのまま丸く収まりそうだとほっとした。
その時。
「僕は認めないぞ! 突然婚約なんておかしいではないか。きっとフロレンス嬢は脅されたか何か弱みを握られたに違いない! 僕の目はごまかされないぞ!」
そう叫んだのはなんとこの問題の原点、ガドウィ第二王子だった。
はいー?
なぜガドウィ様がそんなことを言い出すの?
会場の人々の目がガドウィ様と私たちを一斉に見る。
「ちっ。自分が手を出そうとしたのを横取りされて、惜しくなったか? 厄介だな」
小声でエーリクがつぶやいた。
ええ、なにそれ……。私はおもちゃじゃないのよ。やめて。
「フロレンス嬢、その婚約は突然過ぎて不自然だ。もしその婚約が不本意なら僕が力になろう。何か困ったことになっているのではないか? 可愛らしくて繊細な君にこんな粗野な男は似合わない。嫌々婚約なんてすることはない。僕なら助けてあげられる。だからこちらにおいで?」
そう言って貴族の方々の面前でキラキラのオーラを振りまきながらこちらに歩いてきて、私に微笑むガドウィ様。
ええ……? いったいぜんたいどういう思考回路? まさか私の演技力が足りなかったとか?
でもけっして脅されたわけでは……ないよね? たしかに心理的にはいろいろあったとはいえ、ねえ?
戸惑う私。
「フロレンス、ここはちゃんと断れ。じゃないとつけ込まれるぞ」
とエーリクは私に言うけれど。
いや断れって言ったって、相手は王子だよ! 出来るわけがない! 無理!
「エーリク・ランドール侯爵、なに小声で彼女を脅しているんだ。見ろ、彼女の怯えた顔を。お前みたいな卑劣なやつに彼女の人生を任せるわけにはいかない。さあフロレンス嬢、こちらへ。僕が助けてあげる」
なんだかエーリクが悪いって確信している様子だよ?
でも王族に逆らうなんて下手をすると首が飛んだり家そのものが飛ぶやつだよね?
だけどここで王子の妄想に素直に付き合うのも危険すぎる。そっちの道の先は愛人だ。
私は是が非でも穏便に済ませたい。でも愛人も嫌だ。絶対に嫌だ! 仕方ない、頑張れ私!
「カ、ガドウィ様、ご心配ありがとうございます。でもわたくし、脅されてなんておりませんわ。ランドール侯爵は素敵な方です。わたくし今幸せですの」
引きつった笑顔で言う。いや嘘じゃあないよ? 彼は素敵でいい人だ。なにしろ困っていた私にプロポーズしてくれた。世間の評判も良いらしい。
私の台詞を聞いてちょっと隣でにやけた気配がするけれど、まあそれはさっくりと流すことにして。 というか今それどころじゃない事態だと思っているのはわたしだけじゃないわよね? まさかね?
エーリクの私の腰にまわした手に、私を励ますように力が入った。温かい。
しかしその様子がまたガドウィ様の気に障ったようだった。
「可哀想に。そう言うように言われているんだね……。でも大丈夫。僕が君を救ってあげる。とにかく僕はランドール侯爵とフロレンス嬢の婚約を認めない。 フロレンス嬢、君には他に好きな人がいるだろう? 君は僕と結ばれるべきだ!」
ちょっとおおぉ?
何を言い出したの?
なんで胸を張っているの?
こんな公衆の面前でなに爆弾落としてくれてるの!?
私が驚いて固まっていたら、ずいとエーリクが私の前に出て言ってくれた。
「ガドウィ様。お言葉ながら、フロレンス嬢に私はプロポーズをして、彼女はそれを受け入れてくれました。私たちはお互いに結婚する意思をもって婚約をしたのです。ガドウィ様も近々ご婚約とお聞きしております。おめでとうございます。私たちのことは私たちにお任せください」
さすが侯爵様、そしてガドウィ様の同窓。頼もしい。私も後ろでコクコクと頷く。
だがこの勘違い王子、なぜか全然めげなかったのだ。
なーぜー?
「だがお前、彼女のことは妹のように思っていると言っていたではないか。どうせ近くにいるときに彼女の弱みでも握ったに違いない。もしやお前、俺の妹の降嫁先に選ばれそうになって、それが嫌だったのか? その為に彼女を脅してさっさと結婚しようとしているようにしか見えないな。それとも僕が彼女に惹かれたのを見て突然惜しくなったか?」
エーリクを睨んで言うガドウィ様。
って、なにそれ! 王女の降嫁なんて話、初めて聞いたよ!? そんな話が出てたの!?
ほおら周りの人たちもどよめいている。
王女を振って男爵の娘なんて、なんてもったいないことをするんだこの男!
王宮や政府での立場が段違いになるだろうにもったいない……。
だけど苦い顔をしてエーリクが小声で文句を言った。
「なんだ降嫁って。知らねえぞ。いやそれよりもそれ、殿下の自己紹介じゃねえか。てことは結婚が決まってそれが嫌で、焦ってちょっかい出そうとしたら逃げられて惜しくなったな? 自分がそうだからって、俺までそうだと思うなよ?」
だけどさすがに正面切って王族にそれは言えないよね。
だからもちろんガドウィ様には聞こえていない。
ということでガドウィ様の勢いは止まらなかった。
「彼女の可憐さに今頃気がついたのか。だが残念だったな。彼女が本当に好きなのはこの僕だ。彼女は身分を気にして言えないかもしれないが、いつもうっとりと僕を見つめてくれていたのは君も知っているだろう。私はそんな彼女に気付いていた。なんと可憐で健気なのだ! きっと僕が婚約したと知って悲しかったのだろう。だから自棄になってランドール侯爵のプロポーズを受けてしまったんだね、可哀想に。でもフロレンス嬢、安心して欲しい。僕は真実の愛に気付いたんだ。僕は君との愛を育みたい!」
は い ?
いやちょっと待って。いったいほんとに何を言い出したの? なんなのその超展開。え、ごめんなさい、あれはただの憧れであって別に愛していたわけでは……。
なんでこうなる。
……あっ! まさかこれはどこぞで流行っているという婚約破棄ってやつ!? たしか王子が高貴な婚約者を捨てて爵位の低い男爵令嬢とかと真実の愛とやらにとち狂うっていう……って、ああ!? そういや私、男爵令嬢だった! てことは私の立場って……。
……やーめーてーーー!
私はむしろガドウィ様とエリザベス様の見目麗しいカップルをにやにや鑑賞していたい側なのですよ。おめでとう~とにこやかに拍手しているその他大勢がいいんですよ。
そうモブ。私はモブ! まちがっても王子に愛されるヒロインではないの!
お願い私を巻き込まないで~!