4. ちょっと納得がいかない
一夜明けて、私はあまりの状況の変化におののいたまま朝食の席に着いたのだった。
あのあと兄様と母様にもみくちゃにされてお祝いされたけれど、私は一人でまだ実感がなかった。なぜなら嬉しいという感情よりは、ずっとずっとショックと戸惑いの方が大きかったから。
なのに。
「おはよう、今日の朝食は一段とおいしいね。一番最初に君の顔が見られて嬉しいよ、フロレンス」
とかのたまいながらご機嫌で我が家で朝食を摂っているのは、そもそものこの頭の混乱の原因であるエーリクだ。
相変わらずの実家のようなくつろぎ具合で、朝からハムだのソーセージだの卵だの山盛り取って来ては次々と胃袋に放り込む様子をぼんやり眺める。
これがあの「病弱で静養していた天使」?
ちゃっかりまたいつものように我が家に泊まって朝も遠慮無くもりもり食べているこの人が?
あまりに来るものだから我が家に専用の部屋とベッドが用意されているこの男が?
だけどどうしてもまだ信じられないけれど、たしかに彼の話す記憶と過去の私の記憶は一致しているのだった。二人しか知らないであろう会話や状況。そして兄様も一応、かつて彼から教えられたあと調査もしたらしい。
結果は白。つまりあの美しくも儚げだった天使は今目の前にいるこのガタイの良いスポーツバカ。
やーめーてーなんて残酷な現実!
神様、人はここまで変わるものなのですか?
エーリクは昨日、全く真実に気付かない上に「思い出の儚げな天使」について繰り返しうっとり語る私に幻滅されるのが嫌で、今までなかなか言い出せなかったと語った。
まあ、実際に即座に否定して幻滅したしね。
だってしょうがないわよね?
これで「あらそうなの?」なんて言う人がいるならぜひ会ってみたいものだ。
全く信じられない。たとえどんなに証拠を並べられても。
私の美しい思い出がなんていうことでしょう、こんなに無残に砕け散るなんて!
はあ……。
これが私の「天使」のなれの果て。
思わずため息も出るというもの。
大人になるって残酷なのね。本当に神様って容赦ないわ。
「……まあまあフロレンス。ため息もいいけどそろそろ大人になって現実を受け止めような? ほーら俺が君の初恋の男だ。ところで君は食べないの? 君の好きなパンもあるじゃないか。取ってあげようか?」
朝食用の料理が並べられた戸棚にスタスタとお代わりに行って、ついでに声をかけてくるかつての天使。
「ああ……じゃあ二つお願い」
そして私の前に私の好きな白パンと、ついでに私の好きなオムレツものせたお皿を置いてくれるエーリク。
いつもの光景よ、ここまでは。家族のような気軽さ。私も今まで遠慮なんてしたことが無かったし彼もいつもの優しさだ。
でも今日はその後が違った。
「ちょっと、なんで隣に来るの。あなたあっちに座っていたでしょうが」
思わず睨む私。しかし全然気にしないで私の隣に腰を下ろすエーリク。
「んー、でも話もあるしな。昨日俺たちが婚約したのは覚えているか?」
「そういやそうだったわね」
「ひでえ! 冷たいな。まあ突然だったからしょうがないか。でもちゃんと婚約したからな? 早く慣れるんだぞ? アルバートが証人だからな? で、今後のことなんだが、明日の朝には新聞に婚約が告知される。だから明日の晩はちょうどサックス公爵家のパーティーがあるから一緒に出るぞ。そこで婚約を発表する」
「は? え? 公爵家!? そんな爵位の高い家のパーティーなんて私には場違いよ。うちみたいな男爵家なんてお呼びじゃないでしょう。出たって肩身が狭いったら」
なにさらっと言い出すんだ。そんな高位貴族のパーティーになんて出たことも無い。そして自覚のないままに婚約発表とか、なんかどんどん流されていくよ? すっかり気分が置いてけぼりだ。
「肩身ってお前、俺と婚約したからにはもううちの侯爵家の関係者だぞ? これからは付き合いが増えるから早めに慣れろ。堂々としていればいい。で、多分あの第二王子も来るからな。そこでめいっぱい牽制するぞ。つまり何をするかというと、いちゃいちゃするんだ。気合い入れろよー?」
にやにやと何やらやにさがっているエーリクとは別に、私はその言葉で自分の立場を否応なく自覚させられたのだった。
驚くことに私、大出世していた。そういえばこの男、こう見えて侯爵様だったよ……!
昨日まではひたすら昔の天使様とその天使様にそっくりな容貌の王子様に憧れていた、ただの脳天気な娘だったはずなのに、どうしてこうなった。
いやわかるけど。わかってはいるけど!
すべてはあの王子のせいだ。
突然過去の五年間の憧れが、恨みになって噴出する。
そんな人だとは思わなかった。ショックで自分の婚約だの結婚だののインパクトが薄くなってしまったではないか。
結婚って、乙女の夢なのに、なんで二択なんだ! しかも愛人かこの男の妻かだ。
初めてのシーズンはモテモテでキャッキャウフフと楽しんで、美しくも繊細な理想の男性と素敵なロマンスに酔いしれるはずだったのに。
ああ、あっという間の青春だった……なんて儚い……。
思わずまたため息をつく。
「おいおい、パーティーではため息つくなよ? 婚約早々不仲とか言われるぞ」
「ああ……はい。そうですね。頑張ります」
「頑張らないといけないのかよ……」
エーリクが非常に不本意そうな顔をして私を見るけれど。
だって……ねえ?