12.お忍び
「私はガドウィ様にはこの先も寄り添っていけるような気持ちは、申し訳ありませんがありません。ガドウィ様にはエリザベス様が必要だと私は思います。ガドウィ様にはぜひ、殿下を一番大切に想う方と一緒になっていただきたいと思います。もしガドウィ様が気付いていないならば、ぜひそのお気持ちをお伝えするべきです」
「でも、もう彼は私の話は聞こうともしなくて」
寂しそうに言うエリザベス様。
「そこはなんとか、なりませんかねえ……」
私は明日田舎へ行ってしまう。それに私からそんなことをお願いしてもガドウィ様が聞いてくださるかどうかわからない気がする。
そもそも王子であるガドウィ様に、私が何か言える立場ではない。
そのときノックの音がして、エーリクが入って来た。
「悪いね、ちょっと聞かせてもらったよ」
ええっと、相変わらずの自由な行動ですね。
私、何か恥ずかしいことを聞かれていないわよね?
「エリザベス嬢、もし良ければ俺が力になるよ。俺だったらガドウィ殿下も話を聞いてくれるだろう。今晩か明日にでも王宮に行ってガドウィ様と話をするよ。だから二人で後日話し合うといい。今日はもう遅いから、そろそろ君は一旦家に帰った方が良いだろう。送るよ」
そう言ってエーリクがエリザベス様に手を差し出した。
「まあランドール卿、お心遣いに感謝します」
エリザベス様はエーリクの言葉にどこか安心したような顔で、エーリクの手を取って立ち上がった。
そして私と別れの挨拶をした後、そのままエーリクのエスコートでエリザベス様は部屋を出ていったのだった。
私は二人がこの応接室を出て行ってもまだ、しばらく一人でその場にたたずんでいた。
なぜなら、最後に部屋を出て行く二人がとても絵になっていたから。
そしてそれが私には思いのほかショックだったようで。
手と手を取り合い微笑むエーリクと美しいエリザベス様。
それは先ほど私が想像して嫌だった場面そのものに見えたのだった。
考えてみれば、私はエーリクがこのようなプライベートな場所で私以外の女性に自ら手を差し出した場面を、今まで見たことがなかった。
優しく見つめて美しい女性に手を差し出すエーリク。
状況はわかっている。理由も理解している。
それでも嫉妬と言ってもいい感情が湧いたことに私は驚いていた。
今彼はきっとエリザベス様と二人で馬車に乗っている。
そのことがびっくりするほど嫌だった。
あの手を取るのはいつも私でありたい。優しく見つめる先が常に私であってほしい。そう思うことが傲慢だとわかっていてもなお、そう願ってしまう自分が確かにそこにいたのだった。
驚いたことに、次の日の朝にはなんとガドウィ様がお忍びで我が家を訪問したのだった。
なぜ今度はガドウィ様!?
我が家が連続でこんな高貴な方々に訪問されたことがかつてあっただろうか、いやない。
「突然の訪問で申し訳ない。だが、君が田舎の領地へ今日旅立つと聞いたものだから」
心なしか、我が家の応接室に座る我が国の王子たるガドウィ様が、しょんぼりしているように見えた。
あら、こっそり帰るはずだったのだけれど? どこでバレたかな?
「はい。初めてのシーズンでどうやら疲れが出たようです。無理をして倒れてはいけないと家族に言われまして。突然の旅立ちをお許しください」
という体裁なので、ちょっと私もしょんぼりと疲れたような雰囲気を出してみる。しかし、いつ知ったのだろう。
そこへ、昨日夜遅くに我が家に帰ってきたエーリクが、まるで自分の家のように悠然と応接室に入ってきた。
「おはようございます、ガドウィ様。良い朝ですね」
この異常事態に乗り込んできたわりには驚きもせずに、いつもの顔でにっこり微笑むエーリク。その顔、まさかあなたが何かしたからのこの状況ということ?
「良い朝? まあお前にはそうなのかもな。私には全然良い朝ではないが」
エーリクの顔を見て何か思うところがあるのか嫌そうな顔をするガドウィ様。
「そうなんですか? でもお天気もいいですし。しかしなぜこんな朝早くにしかもお忍びなど」
「おいエーリク、それはお前が昨晩突然来て私にあれやこれや言ったからではないか。だから用件はわかっているだろう。お前ははずせ。監視されるのは好きではない」
「……承知しました」
一瞬躊躇した気もするが、エーリクはそのままお辞儀をしたあとに応接室を出て行った。
それを見届けながらガドウィ様が面白くなさそうにブツブツ言う。
「まったく……あいつはあんな感じでずっとこの家にいるのか? いいのか? こんなか弱い未婚の女性のいる家に入り浸るなんて、なぜ君の父君は許しているのか」
「あの……この家には私の兄も母も住んでおりますし、兄の親友で昔からよくいらしているものですから」
まあお目付役はね、必要ではあるよね。静かであまり出たがらない母様だけれど、一応いるのですよ。体裁大事。
でもこうして部屋の中で二人きりで話してみると、ガドウィ様はパーティーの時とは違って少し親しみやすい雰囲気に感じられた。
パーティーの時にはきらきらしいお衣装でキリッとしていて近づきがたいのだけれど、今のようなお忍びの地味な服装で座っていると、多少は普通の人のような気がしなくもない。だから私も少し、言いたいことが言えるような気がした。
「……まあいい。また邪魔が入る前に言うが、君に聞きたいことがあって来たのだ。知っているかもしれないが、昨晩エーリクが私の部屋を訪問してきた。火急の用だと言ってな。てっきり君のことだと思ったからエーリクに会ったのだが、君のことではなかった。エリザベスのことだ。エーリクはエリザベスと話せという。そして君もそれを望んでいるというのだ。それは本当か?」