11.気付いたことは
「エリザベス様はガドウィ様を愛していらっしゃるのですか」
ここには二人しかいない。本音で話をできたらいいな。
するとエリザベス様は、ちょっとはにかんだ笑顔で答えてくれたのだった。
「ふふ……実はそうなの。もう子供の頃からね。だから結婚が決まったときは私はとても嬉しかったのだけど、残念ながら彼は口うるさい私ではなくてあなたを好きになってしまった。だから今、彼を幸せにしてあげられるのはあなただけなの。私はあなたに彼を幸せにしてあげて下さいと、私は怒ってはいないからと伝えるつもりで来たのだけれど」
「…………」
私はただひたすらに申し訳なくて黙ってしまった。
「そして、彼のそんな根強い寂しさをもしご存知なかったら知っていただきたくて。彼はあの容姿や地位という表面的なことではちやほやされがちだけれど、実はずっと寂しい人なのよ。昔からずっとひたむきな愛を求めているの。だから優しくしてあげてって、お願いしたかったのだけれど」
「……すみません」
その表面的な見かけだけできゃあきゃあ言っていて本当にすみません。愛がなくて、すみません。
エリザベス様は困ったように黙ってしまった。
私もすっかり困ってしまって沈黙する。
私にはエリザベス様ほどの愛がガドウィ様には無かった。全然無かった。どこを探してもなかった。断言できる。
正直困った人だとしか思っていなかったし、寂しさなんて全然気付かなかった。
むしろガドウィ様に呼ばれてエーリクの元を離れるときの、エーリクの寂しそうな顔の方が何倍も気になっていた。
そして今、ガドウィ様が悲しむと言われても王都を出ようという決心も変わらなかった。
ガドウィ様の寂しさ? そんなもののためにエーリクと別れて私の一生を捧げる気には全然なれない。
私は言った。
「ガドウィ様はエリザベス様と結婚するべきです。心からガドウィ様を愛している方と結婚する方が、ずっとガドウィ様も幸せになれます。今はきっと間違った思い込みで勘違いされているけれど、ガドウィ様はエリザベス様の気持ちを知るべきです」
「でも、彼は私のことは口うるさい友人としか思っていないの」
寂しそうに言うエリザベス様。
「ならば告白するべきではないですか? きっとガドウィ様はエリザベス様のお気持ちに気付いていらっしゃらないのです。エーリクは私を好きだと言ってプロポーズしてくれました。私は最初彼のことは兄のように思っていたから彼の気持ちを知ってとても驚いて、でもその後とても嬉しかった。そして今では、彼はもしかして誰よりも大切な人なのではないかと思っています。ガドウィ様も今までは親しいご友人という関係が近すぎてよく見えていなかったかもしれないけれど、私みたいに一度ちゃんと改めて考えてみたら、違う気持ちが見えてくるかもしれません」
言いながら、ああそうかと思った。私、エーリクのことがすごく大切で、好きなのかもしれない。
だって、ガドウィ様のために自分が身を引いてでも彼を幸せにしたいと思うエリザベス様の気持ちが今、ちょっとわかってしまったから。
そしてガドウィ様の話なのに、何故か私の頭の中にはエーリクが浮かんでしまうから。
今のエリザベス様の立場を自分に置き換えてみて、私はやっと実感を伴って考えることが出来たのだと思う。
ガドウィ様みたいにエーリクが他に好きな人が出来て、私との婚約を解消したいと言い出したら。やっぱり君は親友の妹というだけだった。真実の愛に目覚めたんだと言い出したら。
そう考えたら、とても悲しい気持ちになってしまった。
私を見つめてくれていたあの瞳がこれからは別の人を見つめる。今までの彼の様々な気遣いが、これからは全て他の誰かに向けられる。そして私には冷たい視線を向けるとしたら。
彼が他の女性に腕を差し出し微笑みかけて、そして優しく見つめ、愛を告げる。私には背を向けて。
それはとても……とても嫌だ。
だけど、では婚約解消を渋る? 私が婚約破棄を承諾しなければ、彼は私と結婚するしかない。
多分一度は考える。だけど、彼が他の人を好きなまま私と結婚しても、彼は幸せにはなれない。
たとえ制度で彼を私に縛り付けたとしても、そのために彼が不幸になってしまうとしたら。
ましてや相手の人もエーリクのことを愛しているのだとしたら。
やはり、彼を解放するべきなのだろう。
好きな人には幸せになって欲しいから。ずっと笑っていて欲しいから。
とても悲しいことだけれど。
だけど私の幸せよりも、彼の幸せの方が大切だと今なら思える。いや思ってしまった。
誰よりも私を心配して寄り添ってくれた優しいあの人が、もし望むのなら。
きっと言うのだ。
今までありがとうと。そして、さようならと。
それは身を引き裂かれるような、想像以上の悲しさだった。
ああ私はなんて馬鹿なのだろう。
私は今まで本気でエーリクが私から離れて行くなんて思っていなかったらしい。
私に一番近い人はエーリクで、そして彼に一番近い人は私であって、それは当たり前のことだと思っていた。彼が私に笑いかけてくれる日々に終わりが来るとは、今まで考えたことがなかったのだ。
ずっとこの心地よい関係が当たり前に続くと、なんとなく無邪気に信じていた。エリザベス様の話を聞くまでは。
だけどその全ては当たり前では無かったのかもしれない。
私はエーリクを手放したくないと、初めて心から思ったのだった。