10.エリザベス・ロスターニャという人
我が家のささやかな応接室に、絶世の美女がたたずんでいた。
ああ眩しい……! 夜の少し暗い部屋の中なのになぜだかオーラが眩しい……!
「こんばんは。突然おじゃましてしまってごめんなさい」
そう言って寂しげに微笑むエリザベス様は、よく見ると心なしか前より少しやつれた感じがした。
私はエリザベス様に座っていただき、お茶を出す。
彼女からは敵意のようなものは感じなかった。でも考えてみれば、世間的には私は彼女から婚約者を奪おうとしている悪い娘。良い感情を持てるはずはない。
「あの……今日はどのようなご用件でしょうか」
ドキドキしながら切り出した。
罵倒されたらどうしよう?
恨み辛みをぶつけられることも覚悟した。
でも。
「突然来てしまって本当にごめんなさいね。私があなたに何かを言うなんて、本当はそんな権利は無いのかもしれないけれど、でもどうしてもお伝えしたいことがあって、謹慎中なのに抜け出して来てしまいました。体調がお悪いと先ほど聞いたのですが、お体は大丈夫ですか?」
と、とても申し訳なさそうに言われてしまった。
エリザベス様、いい人だった。美しくていい人だなんて、本当にこういう方に王室に嫁いでいただきたいと思う。
「エリザベス様、ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。実は体調不良というのは口実で、本当はこうしてピンピンしていますから」
思わずネタばらしをしてしまった。だって、嘘なのに心配されるなんて申し訳なさすぎて。
「まあ良かったわ。誰しも社交界に出たくない時はあるものよね。では少しお話ししても?」
エリザベス様が茶目っ気のある笑顔を見せる。今までほとんど会話もしたことがなかったけれど、この方、本当にいい方なんだなと思ってしまった。こんな優しいいい方を悩ませるなんてガドウィ様、なんて罪深いのでしょうか。
私はそんなエリザベス様を見て、この人には正直に言っても理解してもらえるのではないかと感じたのだった。というよりは、理解してほしい。
私はけっしてガドウィ様をこの方から奪おうと思っているわけではないと、理解して欲しくなったのだ。
明日には私は王都を出る。そしてエリザベス様は謹慎中。話すなら今しか無かった。
「もちろん大丈夫です。ただ私も少々最近の事で疲れてしまいまして、明日、田舎へ帰ろうと思っておりますの」
そう言ってみた。ある意味賭けだった。王族との付き合いを、しかも王族からの紛れもない好意を、「疲れた」と吐露してしまってよいものかどうか。でもそこからできれば私に悪意は無いのだと、ガドウィ様を取るつもりは無いのだと読み取っていただけたら。
でもそれを聞いたエリザベス様は驚いたようだった。
「まあ、それではガドウィ様がお悲しみになります。ガドウィ様の昔からの友人としてお願いします。もう少しここに留まるわけにはいかないのですか? 今ガドウィ様を笑顔に出来るのはフロレンス様だけなのです」
心底悲しそうにおっしゃるエリザベス様は、あんな仕打ちをしたガドウィ様を恨んではいないのかしら?
でも私が見たエリザベス様の表情は、本当にガドウィ様を案じているようで。
「でも私はエーリクと結婚の約束をしておりますし、そのような状況でガドウィ様と一緒にいるのはガドウィ様に対してもエーリクに対しても不誠実だと思うのです。私としてはガドウィ様はエリザベス様とご結婚されるのが一番良いと思っています」
そう言うとエリザベス様は驚いたように目を見開いた。
「あの、差し出がましいようですが、フロレンス様はランドール侯爵との婚約を解消するお気持ちはないのですか?」
「ありません」
「まあ……」
私の方こそ、そんな意外そうな顔をされるとは思いませんでしたが。
「わかっていただきたいのですが、私にはガドウィ様に対しては恋愛としてのお慕いする気持ちはありません。今まで単純に憧れていただけなのです。でも立場上ガドウィ様のおっしゃることに逆らうこともできません。そのためずるずるとこのような状況になっております」
「まあ……」
どうやら私の言葉はエリザベス様の予想とは違ったらしかった。
「ですので、このような状態が続くのも心苦しいので少し田舎に帰って頭を冷やそうと思います」
「でもそれではガドウィ様がそれは落胆されるでしょうね。前から『私をうっとりと見つめてくれる可愛らしい令嬢がいるんだ』と、それはそれは嬉しそうに私におっしゃっていたのよ。彼はやっと真実の愛に目覚めたからと、今まで彼を甘やかし放題だった愛人の方ともお別れしたと聞いています。あの方は愛に飢えていらっしゃる。王陛下や他の誰も彼もがどうしても王太子殿下に注目して期待をしてしまうから、第二王子であるガドウィ様は昔から放っておかれがちだと感じていらして……あの、少々ひねくれてお育ちになってしまって」
そう言って寂しそうにするエリザベス様。
「そうなのですか……?」
「そうなのです。どうしても昔から何でも二の次にされてしまって、誰も自分をちゃんと見てくれない、誰の一番にもなれないと昔から悩んでいらっしゃったの。だからあなたがずっと何年も変わらずにうっとりと彼を見つめているということが、きっと彼にはとても嬉しかったのね。私にはずっと一番だったのに、私はついいろいろ口うるさく言ってしまうものだからどうやら嫌われてしまって」
ふふっ、と寂しそうに微笑むエリザベス様。
ええ!? 「エリザベス様には一番」だったの? いまさらっと告白したよね? そうだったの!?
ええ……それではますます私、悪者ではないですか……。私、エリザベス様から好きな人を取ったみたいになっているじゃないの。
私はただの……ただの憧れだったんです……ごめんなさい……。