1.初恋の人
12/23に電子書籍化します。
電子書籍の方は後半を書き直し量も倍増、全くの別ルートである直接対決とガドウィ様の鮮やかな手のひら返しによる大団円となっております。
よろしかったらそちらの方も楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「ガドウィ様がご婚約ってどういうこと? ちょっとエーリク、どういうこと!?」
とある伯爵家のパーティーが佳境に入り、煌びやかに着飾った男女が軽やかにダンスに興じたり談笑したりしている中、私はパーティーなんてそっちのけで兄の親友であるエーリクを問い詰めていた。
「どういうって、そういうことだよ。残念だったねフロレンス」
エーリクは会って早々その話かよとでも言いたそうな顔で言った。
「待って! そんな話は初めて聞いたわよ。突然そんな話が出るっておかしいんじゃないの?」
私の驚きとは対照的に全く興味のなさそうなエーリクに少々苛立ちながら問い詰める。
「いやおかしくはないだろう。だいたい政略なんだからお偉方が内々に決めてからの発表だろう。今回はそれが発表前に漏れたというだけだ。よかったじゃないか、正式発表を突然聞いてショックを受けるよりは君も心構えが出来る」
「よくない! ああ私の美しいガドウィ様……憧れていたのに……私の楽しかった生活よさようなら……」
憧れの人をひたすら拝むこの生活の充実具合をこの男は全く理解していない。
「まあこれからはちゃんと現実を見ろよ。あの王子も見かけだけで中身はそんないいもんじゃないぞ。他にも若い男なんて山ほどいるじゃないか。そろそろちゃんと中身を見ろ。いい機会だ。ほら、ここにもいるだろう一人」
そう言ってエーリクは自分を指さしているけれど。
なによ失礼ね。私の五年に及ぶ乙女の夢をなんだと思っているんだこの男。だからモテないんじゃないの? 顔はいいのに。
いやそれより今はガドウィ様だ!
「エーリク、ちょっと相手は誰だか聞いてきてよ。せっかく殿下とスクールの同級生なんでしょ? こういう時にこそそういう人脈を使うべきでしょ。ほらあそこにいるから!」
「相手はエリザベス嬢だよ。ロスターニャ侯爵家の」
「ああ! なにそれ! お似合い! 銀髪の君とブロンドの美女とか、なんなの出来すぎ! 美しすぎ!」
打ちひしがれる私。ああガドウィ様……五年前にその美しすぎる存在を知ってからというもの、ずっと私はあなたに憧れ続けてきたというのに。あなたはとうとう他人のものになってしまうのね……。
なのにそう言って打ちひしがれる私のことを冷めた目で見て追い打ちをかける目の前の男。
「俺を使って情報収集するのももうやめろ。趣味とか好きな色とか紅茶の好みとか。もう学校も卒業したんだろう? そろそろ大人になれ」
「エーリク、私は使えるものは使う主義なのよ。私みたいなしがない男爵の娘なんて、なかなか王族とお知り合いにはなれないの。だったら今や侯爵様でガドウィ第二王子と同窓でもあるあなたにお願いするしかないじゃない。もちろん使うでしょ。あーよかったわーあなたが兄と仲良しで。しょっちゅう我が家に来るからどんだけ兄様が好きなのかと思っていたんだけど」
「俺がお前んちに入り浸っていたのはそんな理由じゃねえんだが……」
「ああ、ずっとお父様がご病気だったからでしょ? 一人っ子だし寂しかったのは仕方がないと思うわよ。でもガドウィ様のご婚約を知っていたならせめて手紙でも書いて教えてくれてもよかったんじゃないのかしら? それもめんどくさいなら、この前うちに来たときに教えてくれたってよかったのよ。なんでしょっちゅう来るくせに教えてくれないのよ。なんで私パーティーに来て初めて知るの」
お父様の喪が明けてやっと公にパーティーに出てきはじめたから社交もしないといけない人を、早速捕まえて責める私もいかがなものかとは思うけれど。
でもそれほどショックだったのよ。ああ私の憧れの君……。
銀の髪、白い肌。その美しい容貌はまさに私の好みど真ん中だった。
線の細い体格も中性的でまるで男を感じさせない。
眺めているだけで幸せになれる美しさ、それはまさに天使。現実に姿を現した天使そのもの。
その容姿が、私の初恋を思い出させるのだ。
名前も知らない私の初恋の天使。
細い体に銀糸の髪、白い肌、整った目鼻立ち。そんな少年というよりは天使そのものではないかと思うような男の子に、私は過去に出会ってしまったのだ。私が多分五歳とか、それくらいの時のこと。
――かわいいね、フロレンス。
そう言って頭を撫でてくれた年上の天使。
エメラルドの瞳がどこまでも澄んでいてキラキラと綺麗だった……。
「ああ私の天使様……」
「まーた言っているのか。その昔の天使ももういいかげん大人だろ。人は変わるんだよ。いつまであの王子に重ねて夢見てるんだ。現実を見ろ」
「うるさいわね。そんな風にデリカシーが無いから女の子にモテないのよ」
「俺はモテないんじゃねえよ! 寄せ付けないだけ!」
「はいはいそういうことで」
エーリクは去年お父様である前侯爵がお亡くなりになって侯爵位を継いだ身分の高い人だけれど、私の兄様とパブリックスクールで知り合って、その後大学に入ってからは親友と呼べるくらいまでに仲良くなったらしい。
そして大学のお休みの時などはなぜか兄様と一緒に、自分の実家ではなく我が家に帰省しては休暇を過ごしているような人だった。だから私にとってはもはや家族同然で、いろいろ遠慮なく接することの出来る数少ない人となっている。
「まあなんだ。せっかくパーティーに来て踊らないのもつまらないだろう、踊るか?」
「ちょっと、私は今傷心なのよ。それなのになにが嬉しくて踊らないといけないの。踊るなら勝手にどうぞ。行ってらっしゃい」
エーリクは勝手にすればいい。私は一人で壁の花になって傷心に浸るのよ。ふん。
手をひらひらと振りながらもう用は無いとばかりに送り出した。
ガドウィ様を遠くから初めて見た時には私の天使がとうとう私を迎えに降臨したのかと、それはそれは感動したものだった。
そしてその時、燻っていた私の初恋が再び息を吹き返したのだ。
そりゃああの線の細い少年が成長してもそのままなんてことはないかもしれないし瞳の色も違うから、もちろんガドウィ様とは別人なのはわかるけれど、それでも私はガドウィ様を通してあの初恋の少年の夢を見るのだ。
あれは我が国の有名な保養地だったから、もしかしたら彼は病気だったのかもしれない。それなら色の白さもはかなげな雰囲気も、そして弱々しい微笑みも理解出来る。
ほんの数日だけの交流。
五歳くらいだった私は彼を一目見て、あまりの美しさに興奮したまま真っ直ぐに彼のところに行って一方的に自己紹介をした上で、
「お友達になって」
とお願いしたのだった。
幼児の私、無敵だったな。
でも彼はそんな私を優しく受け止めてくれて、幼い私に根気よく付き合ってくれた。その優しさにますます私は彼に惹かれたのだった。ああ名前もわからない私の天使。五歳の私にもっとちゃんと名前を聞いて記憶するという知恵があったら良かったのに。
私の一家は旅行の途中でその保養地に立ち寄っただけだったから、数日滞在した後はまた次の旅行先へと移動してしまったのだった。当時幼児だった私には反対する術も説明する語彙も全く足りなかった。私に残されたのは、ただただ美しい数日間の思い出のみ。