おまじない
私の高校では、ある”おまじない”が言い伝えられている。
それは、『好きな人と同じ文房具を使い始めて、好きな人にバレることなく使い切れればその恋は叶う』という、どこにでもありそうなありふれたモノだ。
いかにもありふれた題材で行う、ありふれたご利益の、ありふれたおまじない。正直作った奴も、それを実行する奴も馬鹿だと思う。そう、思ってた。
それでも、いざ実際に自分の恋心に気づいてみると、分かっていてもおまじないに頼ってしまう自分がいた。
「アキ~! 聞いて~!」
今、授業終わりのチャイムと同時に私の教室に飛び込んで、私の名前を涙声で呼びながら、向かい合うように私の机に突っ伏して来たのは、私の大事な友だちの、ソラだ。
元気で明るいのが特徴で、私もその明るさに幾度となく助けられているのだけど……
「どうしたのソラ? この授業中に何があったの?」
「あのね、さっき国語の授業でグループトークがあったんだけど、バレちゃったの!」
「……何が?」
「あ、えっと、おまじないの文房具」
ああ、なるほど。
「あれ、好きな人にバレちゃうとその恋は叶わないんだっけ?」
「そう、なのにさっきのグループトークで一緒になった青木くんにばれちゃったの~」
「へえ、ソラ好きな人内緒にして教えてくれなかったけど、青木くん好きなんだ」
私の一言にソラは、ハッと気づいた表情をすると恥ずかしそうに俯いた。相変わらず、私と違ってわかりやすい性格をしている。
「どうせソラの事だからウキウキで相手の文房具チラチラ見ちゃって気づかれたんじゃないの?」
「うぅ~、分かってるなら言わないで~。流行りの文房具選んだからバレないと思ったのに~」
「ちなみに、何を選んだの?」
「えっと、今流行ってるボールペンで……あ、今アキが使ってるそれ!」
そう言ってソラは、私が持っているボールペンを指で差す。少しだけ、私の心臓が高鳴る
「というか、アキも同じの使ってるんだ~、もしかしてアキもおまじない?」
図星を突かれ、心臓が止まった気がした。言葉に詰まる、なんて返すのが正解なんだろう。
「……あぁー、やっぱりわかる?」
結局、下手に隠そうとすると余計に目立ちそうだから認めることにした。せめて表情だけはいつも通りにしてるつもりだけど、上手く隠せているだろうか。
「やっぱり? でも意外だね、アキがこういうおまじないするなんて。アキってこういうのあんまり信じてなさそうだし」
「信じてなくても、縋りたくなる時があるの」
「ふ~ん」
ソラは私の顔を見つめてニヤニヤと笑う。さっきまでの落ち込みが嘘のように楽しそうだ。
「ちなみに、アキは誰が好きなの? やっぱり同じペンだし青木くん?」
「ソラだって教えてくれなかったのに教えるわけがないじゃん」
「そっかー、残念」
と、口で言うわりには全然残念そうではない。普段、ソラとはこういう話をしないせいか、私の恋の話が楽しいらしい。
そうこうしているうちに、次の授業の予鈴が鳴り響く。
「あ、もう教室に戻らなきゃ。続きはまたあとでね」
ソラはすっくと立ち上がると、私の机から離れていく。教室を出ようとするソラを見送っていると、ソラが途中で止まってこっちを振り向いた。
「どうしたの、ソラ?」
「わたし、アキが好きなのが青木くんでも応援してるから、アキはバレないように頑張ってね。それじゃ」
そう言うと、私の大切な友人は笑顔で教室を出ていった。自分の友達が恋敵かもしれないのに応援する、とても素直で元気で、素敵な私の友達。
でも、ごめんね。このおまじないはもう失敗なんだ。一番バレたくない人に、ソラに気づかれちゃったから。