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拘束されたクリスマス

作者: バイニク

 クリスマス小説を描いたので投稿します。


 年末のこの時期に、毎年恒例(実際は3、4年に一度)で鬱積した感情を小説で吐き出したくなることがあります。


 今年は『巨漢』と『拘束』をテーマにクリスマス小説に仕上げました。


 400字詰め換算で、11枚ほどの短編です。


 読んで頂いた方々に有意義な時間を過ごしていただければ幸いです。また、なにかしら作品に刺激を受けて、元気を与えることができたなら、それが私の何よりの本望であります。

 

 1


 せっかくのクリスマスに参加できない言い訳を並べてみます。

 私は36歳の無職です。名は三枝大地と言います。

 私、三枝が太り始めたのは幼少の頃からでした。無類のお菓子好きでありまして、過保護な親にカラムーチョを大量に買ってもらって、自然と手を伸ばしておりました。

 お菓子で膨れ上がった体は、小学生に上がる頃には60キロを超えておりました。身長は背の順でも前の方で、巨漢というわけでもなく、ずんぐりしたあんこ型の体つきでした。

 いわゆるチビでデブなものですから、苛烈なイジメはもちろんありましたよ。

 こうして今改めて思い返すと、いじめっ子達と戦えば勝てたのではないかと。なにせ太っているので力はありましたから。

 しかし頭の中は常にお菓子のことで一杯で、そういう機転や判断力というものにどうも欠けておりました。

 だから自分の力で動けなくなるまで、食べ続けることを止められなかったのだろうなと思います。

 実はそうなんです。私は現在253キロまで膨れ上がりました。余りにも太りすぎたため、ベッドから自力で起き上がり、家の中を歩くことすら不可能です。

 まるで手足に重い枷をはめて、ベッドに拘束されている気分です。

 実際にそうなのですから乾いた笑いがもれてしまいます。ははっ、ははっ。笑ってやってください。せっかくのクリスマスですから、この世に哀れな肥満ブタが存在することで皆様の心に少しでも安らぎを与えることができれば幸いです。

 卑下していますが、私もこれで結構幸せな生活を送っているんです。

 20代の頃から拘束生活が始まり、はや10年になるでしょうか。職にも就けず、両親が先立つ不幸が重なりました。それでも両親の貯めた莫大な遺産を私が譲り受けたので、一生食うに困らない生活が保障されています。

 お金は私に人を拘束できる力というものを与えてくれました。マネーイズパワーです。

 現在の妻となる女性ですが、若くて美しい女性のヘルパーを雇いました。婚姻した今でも月々の多額なお小遣いを与えているので、彼女の奉仕ぶりは熱心なものです。

 私が動けなくても温かい食事は必ず朝昼晩と出てきますし、便意をもよおせば、彼女が処理をしてくれます。性欲が溜まればフェラチオさせますし、時にはトランポリンのような腹の上で跳ねるように腰を振らせます。

 彼女の目はどこか私を侮蔑しているようにも見えます。その目の光が逆に快感といいますか、私のお金で彼女の人生を拘束した征服感がたまらなく嬉しいのです。

 今日はクリスマスです。きっと街はお祭り騒ぎでしょう。たくさんのツリーやネオンで彩られた街並みを私も歩いてみたいですが、残念ながらそこには参加できません。太ってしまった私のせいであり、甘んじて受け入れなければならない代償です。

 ですが、私のような人生を歩める人は数を数えるほど少ないでしょう。

 あえて言いますが、私は幸福です。間違いなく幸福です。

 人の心を知らなくても、人は買える。人はお金があれば私を愛する。嬉しいものです。全て拘束してしまえばいいのです。例え私のことを醜悪なデブと心の中で見下していても、どれだけ嫌われていようとも、全てお金で拘束してしまえばそれで私は豊かになれるのです。

 極端すぎて自分でも笑ってしまいます。そんな捻くれた発想を持つほど、拘束生活で頭をやられたものですから、どうか許してやってください。



 2


 千紗ちゃんの夢は画家になって、最高の絵を描くことだった。

 だが千紗ちゃんの家は貧しかった。六畳一間のボロアパートに家族3人で肩を寄せ合い生きてきた。

 千紗ちゃんが6つの誕生日を迎えたとき、母に大きな画用紙とクレバスを買って貰った。

 千紗ちゃんは絵を描くことが大好きだった。千紗ちゃんの夢や希望を乗せて描かれた作品は、現代的でありどこか独創的な彼女の光るセンスを感じさせた。

 千紗ちゃんは貧しいからこそ、この世界に大きな夢を抱いていた。きっと大人になれば頭の中のキャンバスに描いた作品以上の素敵な体験が待っていると強く信じていた。

 だから両親が早くに他界して、親戚中をたらい回しにされながら育っても、彼女には絵と強い希望があったから挫けずに生きてこれた。

 高校を卒業して18歳になったとき、千紗ちゃんはヘルパーの職に就いた。

 キツイ職業と言われるヘルパーも、千紗ちゃんにとっては楽しかった。ぼけた老人の介護をするのは少しも苦ではなかった。皆優しくて、温かい心を持っている人ばかりだった。

 千紗ちゃんはその体験をキャンバスに描いた。ヘルパーと介護者の老人とが寄り集まって笑顔になっている一枚は、彼女の体温と呼ぶべき温かさがあった。

 そんな充実した日々を送っていたある日、三枝大地という男からヘルパーの要請が来ていることを知った。

 千紗ちゃんは美しかった。本人は全く自分の容姿に関して無頓着だったが、三枝は方々から美人のヘルパーを探して千紗ちゃんに行き着いたようだった。

 多額の報酬がでる個人契約の話だったが、最初は断った。彼女は貧しいことに慣れていて、今の生活に充分な幸福を感じていたからだ。

 しかし断ると、三枝は金の力で圧力をかけてきた。千紗ちゃんは所属していたヘルパーの会社をなぜかクビになった。再就職先を探そうとも、その度に三枝が圧力をかけて潰しにきた。

 困ったことになったものだと、千紗ちゃんは思った。ヘルパーと関係のない職なら勤めることはできたかもしれないが、彼女はヘルパーという仕事に誇りを持っていたのでその選択肢はなかった。

 行く宛のなくなった千紗ちゃんは、三枝の家に行くことになった。

 そこで初めて、ベッドから動けない三枝の姿を見たとき、千紗ちゃんは心の中でほくそ笑んだ。

 なんだ、この人動けないのか。面白いなあ。

「ようこそ、いらっしゃい。今日から俺のヘルパーとして存分に働いてもらうよ」

 口は回るんだと、千紗ちゃんは思った。

「さっそくだけど飯を作ってくれ。メニューは君に任せるが、栄養のバランスが取れたものが望ましい」

 栄養とか、考えるんだあと、千紗ちゃんは思った。

「そしてこれは約束事だけど、これから君が言えるのは、はいとわかりましただけだ。それ以外の言葉は一切聞きたくない。いいね?」

 絶対服従を意味する三枝の宣告だった。千紗ちゃんは少し考えぶる素振りを見せながらも笑顔だった。

「わかりました」

 そう快活に答えた千紗ちゃんの目は、相変わらず夢と希望に満ちていた。

 そこから二人は5年以上も一つ屋根の下で過ごすことになった。



 3


 今日はクリスマスだ。三枝と結婚して三枝千紗となった千紗ちゃんは、クリスマスに向けてずっと絵を描いていた。

 三枝はベッドから動けないから、千紗ちゃんが普段何をしているか全く知らない。

 千紗ちゃんは純粋だ。どこまでも自分の夢に真っ直ぐだった。彼女はインターネット上に絵を投稿して、固定ファンが多数付くほどの一端の画家になっていた。

 それも全て夫の三枝大地のおかげだと、千紗ちゃんはありがたく思っていた。

 なにせこの家に来てから、絵に割ける時間が多分に増えたのだ。夫は金で千紗ちゃんを拘束した愉悦に浸っているようだが、千紗ちゃんはむしろ翼が生えたようにのびのびと絵に没頭していた。

 結婚はしたが、三枝のことを千紗ちゃんはそれほど好きではない。容姿にはあまりこだわりはないが、人間的な魅力を感じないので愛すべき対象ではない。あくまでヘルパーと介護者としての関係性が延長して結婚したようなものだ。

 しかし感謝はしている。おかげで絵を自由に描けるようになったのだから。夫のために介護以外で感謝の形を表せないかと千紗ちゃんは考えていた。

 色々考えた結果、それはやはり自分の得意分野の絵だった。クリスマスに向けて絵を描き始めたのもそのためだ。

 この間、三枝が独り言のように呟いていた。

「動けなくても俺のクリスマスは充実している。なあ、そうだろ」

「はい」

 はいとわかりましたしか言えないのでその場ははいと答えた。

 遠い目をして窓の外を見る三枝は寂しそうだった。彼と5年以上も供に暮らす内に、三枝が年の暮れに世の中を羨ましそうにするのは理解していた。

 きっと彼は、辛い人生を歩んできたのだと思う。過去のことは詳しく聞いたことないけれど、お金の力を使って、千紗ちゃんを拘束しなければいけないほど精神的に参っていたのだから、彼がとっても寂しさを感じていたのは確かだ。

 素直に、同情している。両親に先立たれた悲しみは千紗ちゃんも理解できる。動けないストレスを推し量ることはできないが、彼を救うことをできるのは自分しかいないのだろうなと思った。

「千紗」

 クリスマスの夜更け、三枝は大声で千紗を呼んだ。

「はい」

 千紗ちゃんは一枚の絵を丸めて手に持ち、三枝の部屋に入った。

「抱かせてくれと言おうと思ったが、なにを手に持っている?」

 三枝の目にはその絵が丸めたこん棒のように見えた。

「はいとわかりましただけでは答えられません」 

「そうだな……仕方ない。何を持っているか言ってみろ」

 三枝の許可を得た千紗ちゃんは、丸めた絵を広げて見せた。

「クリスマスの絵を描いてみました。私とあなたも一緒に外を歩いています。動けないあなたのために、せめて絵の世界ではクリスマスを満喫して欲しい。そう思いました」

 三枝は目を丸くしていた。千紗ちゃんが絵を描けることも知らなかったし、何より頼んでもいないプレゼントを妻が送ってくれたことが衝撃だったようだ。

「私は絵が好きです。はいとわかりましたしか言えないので黙っていましたが、私は三枝千紗です。夫を支えるのも妻の役目ですよね」

 千紗ちゃんはそう言って、その絵を三枝に手渡した。

「キレイだ。とっても」

 しばらく絵を眺めていた三枝は、素直に感想を述べた。その目に薄っすらと涙を浮かべていた。

「いつか、その絵の通りに」

 千紗ちゃんが言いかけると、三枝が顔を上げた。

「ああ、いつか一緒にクリスマスの街並みを歩こう。きっと俺、動けるようになるから」

 その決意がどれほどのものかわからないが、三枝の声は弾んでいた。

「そうなるといいですね。メリークリスマス」

 千紗ちゃんはにっこり笑った。その笑顔で三枝の頑なに拘束されていた心が明るく開けていくような感覚がした。

「ありがとう……メリークリスマス」

 三枝は震えた声を振り絞って言った。

 三枝と千紗ちゃんは顔を見合わせてお互いに微笑んだ。

 結婚してから二人はようやく夫婦になれたような繋がりを感じた。



 了 

いかがでしたでしょうか。


 今年は障害者として、生きることの難しさを感じた一年でした。来年がよりよくなるよう生きようと思う日々です。

 少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。なにかしら気になる点や批評、感想等あればなんでもご連絡ください。

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