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急展開

割り込みの順番を間違えてしまい、少し混乱してしまいました。

 二人の演出仲間がそれぞれ動いている頃、セイは食堂の入り口付近のテーブルにいた。

 電気もつけず、何やら考え込んでいるところに、話しかけてきた男がいる。

「……さっきの対処は、何だ?」

 見上げると、見知った役者の男が険しい顔で見下ろしていた。

「危うく、うちの倅が、人殺しに落ちちまうところだったじゃねえかっ」

 抑え気味ながらの言い分に、セイは、穏やかな笑顔を浮かべた。

「いいんですか? こんな、誰が見ているか分からない所で、地を出してしまって?」

「ちゃんと確認済みだ。お前こそ、よく平然と、休んでいられるなっ。あんだけ、あからさまな妨害をされて、緊張のかけらもねえとはっ」

「この現場自体が、緊張の塊ですよ。今更気負って、どうすると言うんですか」

「気負わねえから、あんな対処になるんだろうがっ。あいつの狙いがずれたからよかったものの、当たってたら、只じゃ置かなかったぞっ」

「……すみません」

 笑ったまま謝る若者に、男は変装したままの顔を近づける。

「謝れとは言ってねえ。何ぼうっとしてた? あそこまで演技に呑まれるってことは、よっぽどなんだろうが。一体どうした?」

「何でもありません。ただ、ちょっと、想像してしまったんです。逆の立場だったら、ああいう結末があったかもしれない。それなら、今の現状はましな方なのかって……」

 目を見開く男から目を逸らし、セイは小さく笑った。

 自嘲気味の笑いだ。

「カスミは、こちらの後悔すら、餌にして取り込んでくる、本当に嫌な奴です。それも分かっているから、覚悟していたんですが、読み合わせの時とは、違う空気があるんですね、ああいう現場は。やっぱりあの選考は、行き過ぎだった」

「……」

 珍しいほどに気落ちしているのが、付き合いがあまり長くない男にもはっきり分かる。

 軽く咳払いした男が、取り繕うように言った。

「ま、まあ、反省しているならいい。運も実力の内だ。今度から気を付ければいい。しかし……オレの思い違いだよな? 銃弾のすり替えが出来る奴が、限られてるなんて事は?」

「貴方も、そう思うと言う事は、他の役者たちも、そう思っているでしょうね」

 穏やかな声音に戻ったセイの答えに、男は眉を寄せた。

「おい、何かの間違いじゃねえのか? うちの倅が、捜査物件で、問題を起こす訳が……しかも、自分が人殺しに落ちるようなやり方を、するはずがねえだろうがっ」

「そろそろ、伝達が来るはずです。日本の警察が、この国の重役と話を通して、本格的な行動をする準備が整ったと。それをそれとなく、あの子に知らせてやれば、少なくとも、自棄行為は慎むと思いますよ」

「……人を、手にかけるのが自棄行為か? ったく、人様に迷惑かける奴が、被害者ぶりやがるのかっ」

「……まあ、正確には、少し違うんですが、それには同意します」

 死人に口なしの論理なのか、裁判でもその傾向が出ることがあると、知り合いの検察官が言っていた。

「しかし、拳銃の中身が、二つとも実弾に変わってたのは、どういう事だろうな。妨害するにしても、そこまで、策を講じる奴じゃねえ筈だが……」

 念のために、自分も狙われているように見せる程、性根が曲がっているとは、思っていないコウの父親の呟きに、セイは顔を上げて男を見上げた。

「そこまで信じてるのなら、もう少し先まで、信じてあげて欲しいですね。軽い父親不信にかかっているので、それを覆す事例が、欲しいんです」

「そう言われてもなあ……セイや、レンが父親に不信を抱く気持ちは、分かる。あの赤毛親父に至っては、騙されてる時点で、信用できねえし、セイの親父にしても、ああいう人だからなあ」

 騙されているのがヒスイ一人なら、レンも少しは、邪見にするのだろうが、ヒスイの母親である、メルまでが完全に騙されてしまっていた。

 ヒスイの子供と、「レン」とは血が繋がっている。

 だが、ヒスイとの繋がりは、余り濃くない。

 ロンが、本当のヒスイの子供を見つけられず、苦肉の策で腹違いであると聞いていた、レンを紹介した。

 主に、容姿がそうさせるのだろうと、レンも苦々しい顔で言っていたが、特にヒスイは何かと、構いたい気持ちになっているらしい。

「一昔前なら、そこら中にあった事例だが、未だに、そんな奴がいるとはな。博物館にでも、展示してもらったら、楽なんだがなあ」

 周囲の兄弟や、幼馴染がすぐに助け出しそうだが、男はそんなことを、半ば本気でぼやく。

 それから、セイの言葉を反復し、考える顔になった。

「あいつは、自分も狙われたと、思わせる程の策を講じる奴じゃねえ。それは断言できるが、その先? それはつまり、実弾の一つに関しては、あいつじゃねえと?」

「……どうして、そんな細かい話にするのやら。間違ってはいませんが」

 小さく溜息と共に、セイは呟き、むっとした男の顔を見上げた。

「どうでもいいですが、そろそろ部屋に戻った方がいい。ひと騒動起きそうな気配が、近づいてくる」

 言いながら立ち上がった時、食堂の向こう側の廊下から、誰かが歩いてくる気配があった。

 その気配が二人分で、その内の一人が、男の息子だと分かる頃には、セイは音もなく歩き始めている。

 男も、二人の緊迫した様子に戸惑いながらそっと歩き出したが、いらいらした男の声に立ち止まる。

「話は手短に済ませろよ。今日は色々ありすぎて、余計な事は、考えたくねえんだよ」

 コウの声に、怖い笑い声を立て、もう一人の男が返す。

「作戦失敗で、イライラしてるのは分かるが、あそこまで露骨な事やっておいて、よく逃げ出さないもんだな」

「……逃げられるもんなら、最初からここに来ねえよ。ようやく入り込めたってのに、逃げられるか。何とか最小限の被害で、この狂った現場を、取り押さえたい」

「最小限?」

 コウの言葉を繰り返して笑った声は、更に固く低くなった。

「関係ない奴を、人殺しにしかかっておいて、よくそんな綺麗ごとが、言えるもんだな」

 その言葉で、コウに対峙しているのが、若い役者のゲンだと分かった。

「念入りに刃物を研いで、人に他人を傷つけさせて、時間稼ぎしようとする暇があるなら、この狂った現場とやらを、あんたの職場の連中に、取り押さえられる手はずを整えたら、どうだったんだっ?」

「だから、そんな余裕も、隙もねえところだから、困って……って、ちょっと待て、お前の時のあれまで、オレの仕業になってんのかよっ」

「あんた以外に、それをやる理由のある奴が、他にいるか?」

「……マジかよ。一気に犯罪者。これじゃあ、親父に何言われるか……」

 日本語で呟く声には、嘆きが入っている。

 そんなコウを、まだ険しい顔で睨みながら、ゲンは二つ折りにされた、手のひら大の紙を差し出した。

「さっき、ドアの下の隙間から、差し込まれた。あんたの部屋と、間違えたんだろう」

 つい、受け取ってから若い男を見直し、コウは紙をその場で開いた。

「……差出人の名も、受取人の名も、ねえじゃねえか。お前宛てかも知れねえぞ。いいのか? オレに見せちまって?」

「オレの目的地は、ここじゃないからな、あんたの方が、これをするのは妥当だろ」

 ゲンは、答えてから天井を仰いだ。

「多分、それを入れた奴も、部屋を、間違えて入れたんだ」

「? 入れた奴を、見たのか?」

「いや。差し込まれた後、すぐにドアを開けて確認したが、誰もいなかった」

 厳密に言うと、誰もいなかったわけではない。

 ドアのすぐ近くで、セイの飼い猫が、床に寝そべっていた。

 ゲンを見上げた後もそうしていたが、頭を抱えているように見える仕草をしたのは、気のせいだろう。

「動物を、飼う機会がないから、はっきり分からないが、たまに、そう見える仕草をするんだろ」

 肩をすくめて言うのを背に、セイが足を止めて、足下に戻っていた猫を見下ろす。

 顔をそむけたのを、そばにいた男も同じように見下ろし、納得した。

 心が穏やかでないのは、何も飼い主たちだけでは、ないようだ。

「ふうん、中々、素早い奴がいるんだな」

 コウは、気のない相槌を打ってから、改めて、紙に書かれた内容を読む。

「……この際だから言うが、オレは、この現場で命を懸ける気は、微塵もない。ここは、生死の確認が取れない場所だ。それじゃあ、オレからすると、意味がないんだ。だから、奴らを捕えたいのなら、協力するから、あんな真似は二度とするな」

「オレ一人に言っても、どうしようもないだろうが。今日の件だけならともかく、先日のまで、罪を被らせられるのは、納得いかねえ」

「だから、あんた以外に、こんな事やる奴、いないだろう?」

「お前は、どうなんだ? 使う予定の道具を、加工するくらい、出来るんじゃないのか?」

「あのなあ……自分でやったんなら、わざわざあんたに、こんなこと言いに来るはず、ねえだろうがっ」

 不意に、言葉が崩れた。

「大体、さっきも言ったが、オレの目的地は、ここじゃねえ。ただ、この国に入るのに、都合がいい場所が現場だったから、入り込んだだけだ。もっとも、女だけが選考されると、調べがついてたんで、ダメもとだったがなっ」

 すんなり入り込めただけでなく、警察関係者や、他国の実力のある者達まで選考されているから、ここの現場を、押さえてからでもいいかと考えていた。

 そう白状したゲンに、コウは目を丸くしながら、問いかけた。

「お前、まだ学生だろ? いや、親父さんの後を、すでに継いでるとしたって、こんな所まで出張る必要、ねえだろうに、一体、何しに来たんだ?」

「あんたには、関係ねえだろうが。行き当たりばったりの、人殺し野郎に、これ以上、こっちの事情を話す気は、ねえよ」

「いや、だから待てっ、確かに、二発目の実弾は、オレが入れ替えたが……」

 背を向けて、部屋に戻りかけていたゲンが、足を止めて天井を仰いだ。

「二発、目?」

「それ以外は、オレじゃねえっ」

 コウを振り返った男の顔は、珍しいものを見るような、それでいて、呆れているような顔だった。

「あのヒスイって人が、偶々見過ごしたくらいしか、オレには考え付かねえが、他に可能性があるか?」

 主張の後の勢いを殺しながら、コウがゲンに問いかけると、男は呆れ顔のまま見返した。

「あんた、馬鹿だろう」

「何だとっ」

「ここの現場の事は、調査済みなんだろ? 外部との連絡が取れていない時に、自刃行為なんかやったって、ほんの少し事が遅く進むだけで、結果は変わらない。自己満足のために、こんな所まで来たわけじゃ、ないんだろ、河原巧さん?」

 ぐっと詰まりながら睨み、コウは唸る。

「やっぱり、知ってやがったか、塚本のガキ」

「あんただって、ここに来るとき、調べたんだろ? オレも、ここに来る面々を、入念に調べ上げてきた。見ただけで、危なそうな現場だったからな」

「……完全に、調べ上げられたのか?」

 慎重な問い掛けに、ゲンは天井を仰いで肩を竦めた。

「大体、だ」

 その答えに、内心安堵したコウに、物凄い勢いで、近づいて来た者がいる。

 同じように近づこうとしていた男が、その勢いに思わず、足を止めたほどの迫力があった。

 コウの胸倉を攫んだレイジが、睨みながら吐き捨てた。

「自刃行為だってっ? ふざけるなっっ」

 そのレイジが来た先で、レンが溜息を吐いて、首を振っている。

「本当に、馬鹿じゃないの?」

 その後ろから、女の声が同じように吐き捨てる。

 ゲンが大事になってきたと、肩を竦めているのに構わず、マリーは呆れ顔でコウを見る。

「何がしたかったのかは、知らないけど、失敗する確率が多い方法で、自刃行為も何もないと……」

 アンも不思議そうに言いながら、台本の内容を思い浮かべた。

「あ、そうか。サラを撃った後、頭に銃口をつけての自死なら、失敗しようもないですね」

「そっちはあり得るから、他の二人も注意してたんだよ。まさか、もう一人実弾を手に入れてたとは。いや、持ってる可能性は承知してたんだけどねえ」

 レンが言いながら、ちらりとサラを一瞥した。

 見返した女が、顔を伏せるのを見る前に視線を外し、溜息を吐く。

「まさか、あんなぎりぎりで、対処されるとは」

 あくまでも、そちらの方が気になるらしい。

 無言で立ち去るセイを、今度はそのまま見逃し、その場に立ち尽くしたままの男が見守る中、シュウが考えながら呟く。

「二発目だけが、コウの細工だってのを信じるとしても……あの、ヒスイって人が確かめた後に、拳銃を触ったのって、コウだけでしょ? どこで、本物とすり替わったの?」

「その答えは、その人が、知ってるんじゃない?」

 マリーは、レンに視線を流しながら答え、その視線を受けた若者は、僅かに苦笑した。

「知ってると言うか、見てたからね。その現場を」

 肩を竦めたコウと、黙ったままのサラを交互に見ながら、若者は、しみじみと言った。

「中々、手先が器用だな」

「それで、終わり?」

 やんわりと言いながら、マリーは小柄なレンを見据える。

「そこで、一度止めてくれれば、サラが怪我することも、無かったんじゃないの?」

「向こうで、止めてくれると思ったんだ。まさか、直前で気づくとは。お蔭で、弾弾くにも遅すぎて、軌道を逸らしきれずに、あの様だ」

「いい加減すぎるよ、それは」

 シュウの責める口調にも、レンは無感情に返した。

「この間は、オレが止めたんだ。あいつらに少しくらい働いてもらっても、罰はあたらないだろ。同じような成り行きになったのは、偶然だよ」

 この間の、とは模擬刀の件だろう。

 その時には、レンではない誰かが、異変に気付いたと言う事か。

 サラが目を見開いて、ティナを振り返った。

 見返す女も、驚いた顔だ。

 その様子を見て溜息を吐き、マリーが呟いた。

「人生相談なんて、柄じゃないんだけど、そうも言っていられないかしら」

「そうですね。多少でも、この現場を安全に終わらせたいし。でも、どうやって切り出せばいいのか……」

 アンも困ったように言い、考え込む。

「え、何の話?」

「いえね、どうして、こんな所で、わざわざ自殺したいのかって話なの。よほどの事情だろうとは、思うんだけど……」

 シュウは答えたマリーをまじまじと見つめ、次いで目を剥いた。

「ええっ? だ、誰がっ?」

「誰がって……」

 答えようとした女は、見返した女の動揺に目を据わらせた。

「ちょっと、シュウ? あなたも、まさか……」

 その問いに、激しく否定の意を表したが、無言での激しい首振りでは、不信感しか抱かれない。

「……仮にも役者なら、嘘の一つも、上手について下さいよ」

 アンが、溜息を吐いてシュウの様子を見、マリーも、呆れ顔で首を振った。

 そして、天井を仰ぐレンを見る。

「偶然、にしては、多くないですか?」

「そうでもないよ。オレ達があんたらを選んだ条件は、こういう事態も、考えられるものだったし。まあ、選んだ方は狙ってたんだろうね。その割にあの様だから、呆れてるんだけど」

 ぽかんとして、その会話を聞いていたゲンが、我に返った。

「選んだって、何を、どうやって?」

「最悪の事態を考えて、命は、助けられるような、保険、みたいなものだな」

「命を助ける? あんたたち、一体何を言ってるの? 妨害の話じゃ、ないよね?」

 シュウが困惑の表情を浮かべるが、アンの不審の目を受け慌てて言い訳した。

「あたしは、別に、大それたことは、考えてないよっ。余命が尽きかけてる、って分かったから、大きな仕事で幕を閉じたい、と思っただけで、自殺までは……諦めたっていうか……」

「一度は、考えたんだ……」

「華々しく、散ろうと思ったんだよっ。でも、人の目が沢山あり過ぎて、諦めたの」

「華々しく散る……」

 自棄になっての告白の言葉を反芻し、アンが突然手を打った。

「ああ、そういう手もあったか」

 一人納得している最年少の女優を、マリーが呆れ顔で見る。

「あのなあ、あんたらがどういう思惑で、小細工したかは兎も角、華々しく散るなんて、この現場では、無理だからなっ」

 まだ混乱しているが、職業柄の何かを思い出したのか、コウがきっぱりと言い切った。

「え? そうなの?」

 アンが、きょとんとして男を見ると、コウは大きく頷いた。

「散ったところで、この映画撮影現場じゃあ、華々しいニュースにならない。それどころか……」

「おい、あんたには、分別ってものがないのかっ。この人たちを混乱させて、どうするっ?」

 思わず、拳を固めたゲンの言い分で我に返り、男は咳払いした。

 慌てて顔を逸らして黙り込むが、女たちの目線が、それを許さない。

 代表して、マリーが当然の疑問を投げかけた。

「あなた達、俳優じゃないでしょう? 一体、何者?」

「何者って……あんたが言うか?」

 動揺するコウの隣で、ゲンがやんわりと返した。

「あんた、この国出身のマリーじゃないだろう? 本物は、数年前に癌で他界してる。あんた、何者だ?」

「何だって? 引退しただけじゃなかったのかっ?」

「ああ。確実にこの世にいない。アン……本名はアンナだが、その人の方は、この地に入ったという事実は分かったものの、その後の消息は不明だ。恐らくは、この現場にいたんだろう」

「……やっぱりアンは、ここに来たのっ?」

 確信を込めた言葉に、コウが唖然とする中、アンが血相を変えて男に詰め寄る。

「来た後の消息が分からないって、どういう事っ?」

「どういう事って……」

 喋り過ぎたと、今更ながら思いゲンは言葉を濁したが、アンはその顔を覗き込んだまま、顔を強張らせた。

 震え始めた体が、そのまま座り込む。

「そ、んな、アンナ、そんなはず……」

 突如、訳の分からぬ展開になり、戸惑っている女達とレイジは、食堂に通じる廊下から、静かな足音が近づいてくるのに気づいた。

 この場にはいなかった、三人の男だ。

 内二人は連れ立って、その後ろからもう一人歩いてくる。

「どうしたんだ、向こうの部屋まで聞こえてるぞ」

 トレアが軽く声をかけ、揃った面子に首を傾げる。

「コウを尋問、って空気じゃないな、意外に」

「言い争いが聞こえたから、そうだとばかり思ってた」

 カインも人の悪い笑顔で言い、その場にいた者たちを見回した。

 そして、ゲンの前に座り込んだ、アンを見つけた。

「おい、若造が一丁前に、女泣かせてるのか」

「あ、ああ。ちょっと、な」

 謝ると言うのも違う気がして、男は曖昧に返した。

 そんな、微妙な空気になった面々を見回し、ジムは気のない声で言った。

「どうでもいいが、このややこしい現場で、ややこしい行動はやめてくれ。余計にやる気が失せる」

「おいおい、そういう正直な事は、言うなと言っただろうがっ」

「あからさまな、妨害する奴もいるんだ。取り繕うのも、面倒になってきた」

 投げやりな言葉に、シュウが堪らず声をかけた。

「ちょっと。妙に意味深な言いようだけど、一体、この映画撮影の現場が、何だって言うのさっ?」

 不安が混じった女の目を見返し、ジムは面倒臭そうに答えた。

「今頃知ったところで、どうなるんだ? 抜け出すのも難しいと言うのに?」

「……別に、逃げる者を、追う気ないけどな」

 無感情な声が言い、男はそこに若者の一人が混じっているのに今更気づいた。

「……そうなのか。だ、そうだぞ。もう手遅れかも知れないが、戻ったらどうだ?」

「殴るぞ。この間も言っただろうが。覚悟は出来てるってな」

 見上げての言葉にはトレアがすぐに返し、ジムを見下ろした。

「それにお前だって、間に合うかもしれないだろうが」

「こっちは手遅れだ。間に合う訳がない。知っているだろう」

「おいっ」

「こらこら、折角こっちは、そこまで泥沼じゃないのに、お前らが、諍い起こしてどうする」

 小柄な男の胸倉を攫んで、すごむトレアを、カインがやんわりと諫めながら、ジムから引きはがす。

 そして、余計な事は、全く口にしないレンを見やった。

「あんたも、少しはフォローしてくれよ。この二人にしろ、そっちの二人にしろ、立場や性格的に、衝突する確率が高いのは、知ってたんだろ?」

「……知ってるからって、個人の事にまで関われるほど、今は、暇じゃないんだよ」

 静かに答え、レンは薄っすらと、笑みを浮かべた。

「あんたの思惑も、はっきり分かってるけどね」

「……」

「こちらとしては、この現場が無事終わった後なら、あんたたちが何をやろうが、構う気はないよ。世を儚んで自刃しようが、復讐に明け暮れようが、ご自由に」

「……ちっ、聞いた通りの奴だな。相方は、あんたらと、敵対したくないと言い切ってたんで、オレが直接来る事になったがなるほどな、見た目に惑わされては、足元をすくわれるか」

「こんな所で、本性なんか出すなよ。部外者がいるんだから」

 睨んだ目が一瞬、獣じみたものになったが、カインはすぐに目を閉じてそれを隠す。

「……」

 そんな様子を、無言で見守るのは、女優の二人だ。

 マリーは、他の仕事仲間も見回し、静かに口を開いた。

「この際だから、訊いておきたいんだけど。あの監督、本当は何者なの? 有名な実業家だと言うのは知っているんだけど、私たちを見る目が尋常じゃないわ」

 あの監督だけでなく、初めに主役を張るはずだったが、今は雑用に甘んじている、二人の男も女たちを見る目に奇妙な光がある。

 マリーがそう指摘すると、居心地悪そうに、ゲンが目を逸らした。

 コウが代わりに、控えめな答えを返す。

「そりゃあ、あんたたちが、世に埋もれるには惜しい、別嬪さんだからだろ、きっと」

「パッと見、安産型だからな」

 ジムが次いで答え、コウがぎょっとして睨む。

「おいっ」

「あんまり、そういう事、言われる機会がないけど……そうかな?」

 シュウが首を傾げ、他の男に確認すると、カインも無言で天井を仰ぐ。

「子供を、楽に産めそうな体って……代理出産してくれる人を、探してこんなことしてるの?」

 不思議そうなシュウに続いて、気を取り直して立ち上がっていたアンは、居心地悪そうに首を竦めて言った。

「それなら、私は無理ですね」

「それ、私も無理よ」

 苦笑しながらマリーも言った。

「無理って、何で?」

 カインが問うと、アンは苦く笑いながら答えた。

「何度か結婚したけど、子供が出来なくて。どうも、不妊の疑いがあるんです。検査した訳じゃないけど」

「右に同じ。子供を産むのには、あこがれるけど、ね」

 マリーも続けて頷くと、シュウがあっさりと言った。

「それを言うなら、私だって無理だよ。子宮がないもの」

「へ?」

 ゲンが間抜けな声で返すと、それがおかしかったのか笑った。

「家が貧しくってね。売る物が限られてたんだ。そのせいで、早いうちに子宮に腫瘍ができちゃった」

「……そう。あなた、本当の苦労したのね」

 サラがしんみりと言い、続けた。

「私は、子供を一人産んだ後だったから、迷いもあまりなかったけど、随分嫌な選択だったんじゃない?」

「そんなことないよ。どうせ、子供出来ても、養えるか分からなかったし」

 男たちの間の戸惑いに構わず、女たちは比較的のどかに会話を続けている。

「という事は、候補になれるのは、ティナくらい?」

「それはないわ。私の国は、長子しか、子を残せない決まりがあるの」

 可能性のあった女もあっさりと、信じられない事を告白した。

「お国柄、小さな土地を大切にしててね、必要以上に、国民を増やさない法が昔からあるのよ。私、四女だから。昔は、それこそ固い貞操帯みたいなものを、強要されてただけだけど、最近は医学も発達して、子宮の摘出とか、無料でしてくれるのよ、国が」

「……」

 ゲンが妙な顔をするのを見て、ティナも苦笑して言った。

「国にいる時は、それが当たり前だと思ってたけど、やっぱり他の国からすると、古いわよね。まさか、老衰や病での死が、恥さらしと罵られないなんて、知った時は、ショックだったわ」

「そんな国、古い時代には、あったことないんじゃ?」

「一昔前の日本は、病気で軍隊に入れない人を恥、って言ってたことが、あったらしいけど……」

「知らないだけで、色々な風習が、まだまだあるのかも知れないわね」

 女たちが盛り上がる中、それを見守っていたカインが、ちらりとレンを見た。

「ヒビキは、そんなことまで分かるのか?」

 若者は見返しただけだが、構わず頷いた男は、ふと浮かんだ疑問をぶつけた。

「そこまで下準備してた割に、今日のあれは、ぎりぎりすぎじゃあ?」

 それまで無感情だったレンの顔が、露骨に顰められた。

「だから、さっきから、それを言ってるだろっ」

「そうなのか」

 吐き捨てるように返され、意外に思いながらもカインは言った。

「まあ、コウを拘束すれば、もうあんなことはないんでしょ? 手伝おうか?」

「必要ないよ。その人だけ捕まえても、無駄だし」

「じゃあ、ゲンも、ついでに……」

「……濡れ衣だっての。あんなまだろっこしい妨害行為、オレはしない」

 名を出されたゲンが、うんざりとした声で返す。

「それに、その妨害自体、あんたが考えてるものと違うみたいだぞ」

 コウも言い、先程の女たちを交えたやり取りを話した。

「……そうか、生憎、耳はあまり良くないから、そこまではっきり聞こえなかったんだ。なるほどな」

 カインが頷いてサラを見た。

 やんわりとした笑顔を浮かべ、念を押す。

「もう、持ってないんだよな?」

 一瞬、体を強張らせたもののすぐに立ち直り、女は頷いた。

「持ってても、やりません。肝心な事を、失念してたから……相手を犯罪者にするかもなんて、考えてなかったの。御免なさい」

 神妙にコウの方へ頭を下げると、ティナもしんみりと言った。

「そう、それよ。私も、自分の事ばかり考えてて、他の人との思考の違いを失念してたの。本当に、申し訳ありませんでした」

「まあ、オレの方は、実際に危害を加える事には、ならなかったし、構わないが……」

 ゲンが答えて、呆れたように続けた。

「よく五割もの小道具を、加工できたものだな、あんな短時間で」

「研ぐだけだったもの。簡単だったわ」

「調べた限りでも、そんな国あるのかって思ったが、その技能を見ても、現実味がないな。アジア圏内にある国の中に、そんな所があるとは」

 あっさりと言われて、ゲンは呆れ半分で、感心している。

「まあ、色々話題のある国と違って、本当に、国の土壌だけを大事にしてて、後ろ黒いところがない国だからね。昔からの決まり事だって、民が納得してるから、抗争も起こってないみたいだし。過去の方にこだわり過ぎて、裏で他の国を脅かしてる国もあるけど、はなから他国に興味のない国柄だから、知られる機会はないだろうね」

 無感情に言い、レンが部屋に戻ろうとするのを、マリーが止めた。

「何を苛立ってるの? あなたらしくない」

 足を止めた若者がゆっくりと振り向き、答える。

「別に。苛立ってると言うなら、いつもなんだろ」

 いつも通りの無感情な声だが、マリーは微笑んだ。

「助かったとはいえ、守る対象を傷つけたんだもの。苛立つのも仕方ないけど、それでだけじゃ、なさそうね」

「……」

 歩き始めた若者に、アンが揶揄い交じりの声をかけた。

「もしかして、あのお話、実話だったんですか? あなた絡みの?」

 再び立ち止まった若者はまた振り返ったが、先程とは動きが違った。

 立ち止まったレンは、睨むように女を見ながら振り返る。

「そうなら、ここまで戸惑ってない。ヒビキの実話である可能性も考えられないし、セイは論外だ。残るはオレだけなのに、心当たりが全くない」

「何で論外なのさ。あの人の事だから、その手の話一つくらいはあるんじゃあ?」

 きっぱりと言い切る若者に、シュウが思わず反論するが、レンは頑固に首を振る。

「甘い。あいつはな、そういう感情には、全くの無知なんだよ。見かけで判断して、誘惑する女もいたらしいが、気づきもしないで結局、女の方から去られてたらしいし」

「嘘」

「女は、自分の魅力で男を靡かせようとするから、それですむけど、男の場合は、そうもいかないだろ。だから、あいつは恋愛感情を、理解できないんだ」

「うわあ……」

 男の中には、相手にその気があると思い込んだら、多少抵抗されても力ずくで済ます者がいる。

 それが勘違いでもお構いなし、そんな相手にしか会わなかったのだとしたら、変哲的な恋愛論を持ってしまうのも無理はない。

「それ以前に、相手にふらっと来たら、襲うような人もいるものね」

 サラが言い、女たちもめいめいに頷いている。

 天井を仰いでいたカインが、難しい顔で唸る。

「読み合わせの時思ったんだが、あの脚本書いた奴、あんたらの知り合いなのか?」

「……ああ」

「あんたたちの事を、面白おかしく、盛り込んでいるんだな?」

 舌打ちするレンに、男はずばり訊いた。

「何個くらい、あんたの事が、盛り込まれてたんだ?」

「…そ、んな事を聞いて、どうするんだ?」

 僅かに、引き攣らせた顔で返す若者の珍しい反応に、女たちも興味津々な顔で、身を乗り出した。

「……オレは、一つだけだった」

「他の二人は?」

「聞いてない」

「何で?」

 妙に食いつく一同に引きながら、レンは聞き返した。

「あんたらは訊けるのか? そんな個人的な事を?」

「……時と場合によるかな」

 カインは、自分の相棒を思い浮かべて答えた。

「オレの相方は要領がいいから、ドロドロな関係には、ならないらしい。切羽詰まってて、どうしようもなくなったら、向こうから相談してくれるからな」

 要領が良い、と言うよりも、屁理屈で女を納得させるのが得意なだけなのだが、それは言わないで置く。

 そんなカインの相棒を、知っているはずのレンは男を一瞥したが、それについては突っ込まず話を切り上げるつもりで言った。

「こっちも似たようなものだよ。向こうから相談があるとか、こっちに矛先が向いたとか、そんな事情でない限りは、そんな話はしない」

「そうよね、あの話からすると、随分大事の話だもの」

 錯乱状態の女を、正気付かせる為に、己の命と女が身籠っていた命を、賭けた男。

「これに関しては、全くの作り話と考えた方が、しっくりと来るはずなんだ」

 それなのに、二人までもその話で動揺していた。

「どこまでが作り話で、どこまでが真実なのか、か」

 その真実の部分が濃厚過ぎたのか、作った部分が、余りに予想外だったのか。

「……」

 シュウが首を傾げたまま、レンに尋ねた。

「逆の経験の、心当たりはない?」

「? 逆?」

 何を言い出すのかと、眉を寄せる若者に、ゆっくりと問いかけた。

「つまり、あなたの子を身ごもった女を、手にかけてしまった、あなた自身が心許した男、いなかった?」

 天井を仰ぎ、レンが考える。

 その様子は、いつもの表情と裏腹の、無邪気なものだった。

 童顔は得だな、などと考える男がいる中、若者は答えたが困惑気味だった。

「似たような事態は、あったけど……あんたが、言う話でもない」

「どんな、話なんですか?」

思わず身を乗り出すアンに、呆れ気味な目を向けつつ、レンは慎重に答えた。

「一時、付き合ってた女が、不慮の死を遂げたことはあるけど、それは……」

 躊躇った様子に、アンは目を見張り、目を泳がせた。

「……」

「それは?」

 口を噤んだ女に構わず、カインが何気なく問いを重ねると、若者は咳払いして言った。

「いや、それは、色々、かけ離れてる、と言うか……大体、その女は、身ごもってはいなかった」

「それは、あなたが知らなかっただけ、ってことは、ない?」

 マリーが意地悪く問うと、レンはきっぱりと否定した。

「それはない。その場に、ヒビキもいたからね。もし、女が、そんな大事な時期だったのなら、命の危機を、あんな冷酷に見守れる奴じゃない。女の方も、取り乱してたから、今回の話の通りかも、はっきりしないし」

 言いながらも、レンの表情は曇っていた。

 別な可能性に思い当たっての事だと、役者たちが唸る中で……四人が、目線だけをある方向へ向けた。

 それは、一瞥、と取れるほど一瞬の間だったが、その先で静かに立つ者の、気配の変化に反応しての事だった。

「……ヒビキの感覚が、どういう優秀さかは知らないが、女は、あんたが信用していた男に嘘をついた、と?」

「……言葉にしてほしくなかったんだけど」

 トレアが考えながら口にすると、露骨に顔を顰めながら、若者は言葉を吐き捨てた。

「でも、そう考えると、昼間の件は納得できる。昼間の件は、ね」

 何もかもの感情を、その短めの言葉に込め、レンは気を取り直した。

「あんなことは二度とないように、オレも気を付けておくから、今の話は、聞かなかったことにしてくれ」

「はあ」

 これは、弱みを握ったことになるのか、と男たちが目を交わす中、若者は今度こそ食堂を後にした。

「……話がついたのなら、喧嘩なんかやめて、早く寝てしまいなさい」

 女たちも言いながら、ゲンとコウを促して食堂を後にする。

「やれやれ」

 カインも、ジムと連れ立って歩き出したが、小柄な男が、長身の相棒を振り返った。

「どうした?」

「……いや、ちょっと、何だ……」

「? 訳分らん事言ってないで、早く休め。明日も大変だぞ」

「あ、ああ」

 何かを気にしながらもトレアは頷き、後の二人に続いて、部屋へと戻って行った。

 全員が部屋に戻っていく背を見送り、一人残ったレイジは、大きく溜息を吐いた。

 人が集まる場だ、こういうこともあるだろう。

 そう思いながら、自分も部屋に向かおうとしたが、思い直して別方向へと歩き出す。

 先に、雇い主へと電話連絡をしようと、思い立ったのだ。

 食堂の脇の、なぜかドアも階段もない壁の、行き止まりに続く廊下の前に据えられている、昔懐かしい公衆電話に向かって足を進め、受話器に手を伸ばした時、そこに立ち尽くす人影に気付いた。

 青白いその顔にぎょっとして、思わず悲鳴が口から洩れた。

「ひっ…」

「驚かせて、すまない」

 長々と、悲鳴を上げる前に口をふさがれ、やんわりと声を掛けられた。

 やんわりとしているが、落ち着いた声音が誰のものか思い当たるのを察して、若者は男の口から手を放す。

「せ、セイさん、いたんですか?」

「いたと言うか、避難していた、と言うか……」

 避難? と首を傾げるレイジに、セイは穏やかに説明した。

「ああいう場は、得意ではないんだ。やり過ごそうと、こちらに避難していたんだが、中々切り込んだ質問をしていたな、あのレン相手に。私ではできない事だ」

「こんな所に来ようとする人たちですから、好奇心は、人並み以上なんでしょう。それより……」

 男は若者が、右手を軽く振っているのを見て、顔を曇らせた。

「今、そちらの手を、使いませんでした?」

「ああ、つい、とっさに。だが、丁度良かった。少し冷静になれたから」

「……」

 穏やかに笑う顔を少し見下ろす形で見つめ、躊躇いがちに問う。

「あの、大丈夫ですか?」

「勿論。傷が開くほどでもなかった」

「そうじゃなくて……」

 あっさり答える若者に首を振り、レイジは思い切って問いかけた。

「混乱してませんか? いや、そうじゃないな……」

 さっき感じた事を、何とか言い表そうとしている男を見つめ、セイは溜息を吐いた。

「ああ、少し、腹が立ってる」

「……へ?」

 思わず、間抜けな声を上げたレイジの肩を軽く叩き、そのまますれ違いざまに呟いた。

「思い当たらなかった。本当に」

 立ち尽くした男をそのままに、セイはその場から立ち去った。


 平和な稽古場が、戻って来た。

 あの夜の会合が、いい方へと事態を進展させてくれたようだ。

 しかし。

 気づいている者は気づいていた。

 演出三人の間に、僅かな溝が入り始めているのを。

 その一人レイジは、ちらりとセイの方へ目を向けた。

 いつものように、舞台となる場所についた面々は、動きを確認するために、周囲に散っている。

 戦闘を主に行うそこは、ある富裕層の別宅の土地を、丸々借り受けたため広く、伸び伸びと動くことができる。

 本日監督は不在だが、相変わらず赤毛の男が目を光らせていた。

「庭の方は好きにしてもいいが、破壊防止のため、建物の方には近づくなと言うお達しだ」

「承知しました」

 頷いてセイは、それを役者たちに告げる。

 いつものように、役者たちの準備が整うのを、待っているように見えるのだが……故意に、目を合わせないようにしているものがある。

 一つは、気安いはずの若者レンだ。

 仕事の合間には、多少話しているようだが、どちらかと言うと、セイの方が会話を永く続かせないように、避けているように見える。

 そして、今日はもう一つ、なぜか、二階建ての建物の方に目を向けない。

 近づかせないと承知しているから、近づく役者たちには目を光らせているが、その建物自体には、興味を持っていないように「振舞っている」ように感じた。

「どうしたんだ?」

 気になって、周囲の警戒を疎かにしていたレイジに、声をかけてきたのはカインだ。

「いえ。あの建物、何かあるのかな、って思って」

 一個人を気にしているのが、少し照れ臭くなって、男は全く違う気になることを口にした。

「……建物? ああ。この辺ではよく見る類の、木製の建物だな。変わっていると言えば……」

 カインは、建物を振り返って言った。

「……留守のはずの建物に、薬物まみれの生き物がいる、って事くらいだ」

「え?」

 思わず聞き返したレイジに、男は小さく笑って声を潜める。

「気づいてはいるが、あの人はここで騒いでも、悪い事態にしかならないと、分かってるんだろ。だから、故意に建物から目を背けてるんだ」

「悪い事態って……」

「オレたちがいる今は、その事態に陥らないはずだ。調べたとおりのものならな」

「?」

 全く、意味不明の言葉を後に、男は稽古に戻っていく。

 この場所での撮影は、全員が出演する予定だ。

 台詞がある役もあるが、ない役もある。

 だから、役者は全員、忙しそうだった。

 暇をもてあそんでいるレイジは、それとなく全員の様子を伺っていたが、背後で息を呑む音が聞こえ、振り返った。

 セイが、ある方向を見て、目を見張っていた。

 その方向に目を向けたが、変わったところはない。

 ただ、建物の勝手口らしい扉が、半分ほど開いている以外は。

「あ、あれ? いつの間に……」

 呟くレイジに構わず、セイは足早にそちらに向かったが、その時には新たな問題が発生していた。

 その近くにいたサラが、見るともなく扉の方へ目を向け、偶々奥まで見えたのだ。

「……!」

 凝視した後、思わず扉に近づくのを、セイが鋭く制止する。

「近づくなっ」

 いつにない、厳しい声音に一瞬驚いたが、サラはすがるように若者を見た。

「で、でも、あれ……」

「落ち着け、見なかったことにしろ」

「そんなっ」

 更に、言いつのろうとした女に近づいたカインが、静かに言った。

「やめとけ。この国の法は、国の貧民層に、優しくない」

「……?」

「下手にオレたちが騒いだら、罰せられるのは、そこにいる奴だってことだ」

 男がサラを宥めている間に、セイは扉をしっかりと閉め、近くにいた若者の一人を、鋭く睨んだ。

 見られた小柄な若者は、しれっとした顔で見返す。

「……あんた、この仕事を、失敗させる気かっ?」

 鋭い口調に、目を見張る役者たちに構わないセイを見返し、レンがゆっくりと答えた。

「お前、そこまで信用してないのか、オレたちを?」

「は? 何を言ってる? これは、信用云々の話じゃあ……」

「そういう話だよ」

 眉を寄せての言葉を遮り、小柄な若者は言い切った。

「お前、オレやヒビキが、この程度の綻びで、仕事を失敗させると思ってるんだろう? 随分、甘く見られたもんだな」

「……」

「まあ、そういう事だ」

 いつの間にか、傍に来ていたヒビキが、のんびりと言った。

「お前が気になるんだったら、この場でやっちまえ。この程度のアクシデントで後手に回る程、オレらは素人じゃねえぞ」

「おい、折角、こっちは説得できそうなのに……」

 カインが呆れた声を上げるが、その説得されていたはずの女が首を振った。

「何か方法があるなら、私も協力しますっっ」

「いいのか?」

 扉を、透かし見るように目を細めたゲンが、水を差す。

「今やっても、既に手遅れかも知れないぞ」

「……ああ。これは、危うい薬の量だな」

 カインの言葉で、反応したのは、セイだった。

「……知らないぞ、どういう結果になろうが。私は、我慢していたんだからな」

「分かってる。よく我慢したよ」

 呟く様に低く言う若者に、レンが珍しい声音で答えた。

「だけど、初めからそういう期待はしてない。お前は、お前のまま、この仕事を成功させろ」

 きっぱりとそう言われ、セイは顔を上げた。

「しばらく、待機しててくれ」

 役者たちにそう言い残し、何事かと立ち尽くしているヒスイに、近づいていく。

 様子は見ていたが、どういう事があったのか理解できずにいるレイジの傍で、若者は男に頼んだ。

「ここの家主と、連絡を取りたいんですが、可能ですか?」

「あ、ああ。何か問題があったか?」

「ええ、些細な問題です」

 曖昧に答えながらヒスイを促し、自動車の中の無線で、別荘の持ち主と連絡を取る。

 ヒスイと変わって持ち主と会話したセイは、ある交渉を始めた。

「? 何を考えてやがる?」

 赤毛の男が困惑する傍で、レイジも困惑していた。

 一通り交渉し、挨拶をして無線を切った若者に、戸惑いながらレイジが尋ねた。

「どうしたんですか? この土地を買い取る、なんて……」

「所有の敷地内なら、多少はましになるはずだ」

 口約束でまずは契約し、権利書が来るまで暫く待つことになったのだが、それが意外に早かった。

 一時間ほどで持ち主が現れ、喜色の顔で権利書を差し出したのだ。

 早口のこの国の言語の会話を聞き、レイジもヒスイも戸惑う。

「……いつ、金を払い込んだんだ?」

 元持ち主を見送りながらのヒスイの当然の質問に、セイは笑顔で答えた。

「先程です。口座は一つ持っていますので、そこから振り込みました」

「だ、だから、いつだっ?」

「ご想像に、お任せします」

 変わらぬ笑顔を凝視していた男が、顔をひくひくと震わせた。

「お、お前、まさか……」

 そんな男を残し、セイは役者たちの方へと歩いていく。

 自主稽古をしながら待機していた役者たちの方へ、慌ててついて来たレイジは、後二人の演出の姿が見えないのに気づいた。

 それに構わず、セイが告げる。

「これより、アドリブの稽古を敢行する。説明は一度だけしかしない。しっかり聞いてくれ」

 真剣に頷いた役者一同に頷き返してから、若者は先程閉じた扉を、大きく開け放った。

「……は? 待てよ、何で、動いてるんだっ?」

 ゲンは、扉の奥にある物の、ある部分を見止めて、思わず声を上げた。

「そんなはずは……あと一時間じゃあ、オレたちまで……」

 目を見張るカインや、顔を強張らせる者たちに構わず、セイはゆっくり頷いた。

「思ったよりは、永く見積もっているようだな。これなら、どうとでも出来る」

「何を、言ってるんですかっ。これ、何のタイマーですかっ?」

「すぐに分かる。説明している間に、時間は過ぎてしまうからな。しっかり聞いてくれ」

 悲鳴に近い問いかけも受け流し、若者は説明を始めた。

 最初で最後の、演出らしい一面だった。


 その後暫くは、先程の緊迫を伺わせない稽古が続いた。

 二人の役者を除き、全員変わった動きを指示されたわけでもないからだ。

「本気なの、これ?」

 地面に絵をかきながらの説明を受けたシュウが、疑わし気な声で確認する。

「いや、出来ないとは言わないよ。でも、今は……」

「あんた、私が今、どれ程の犠牲を強いられてると思っているんだ? 協力してくれないかな。……ここまで、黙って来てるんだろう?」

「……何で、分かるかね? 控えめにしてたのに」

 穏やかに笑いながらの言い分に、シュウは空を仰いで苦笑した。

「仕方ないな、やるだけやるよ」

 了解した女から、マリーへと目を向けると、長身の女は何とも言えない顔で二人を見下ろしていた。

「……私は、何をやるんですか?」

 自分に話が来たと、女も膝をつくとセイは静かに説明した。

「……出来るんですか、そんな事?」

「ああ。後はあんたたちの技量次第だ。出来るか?」

 少し考えてから、女は慎重に返す。

「……切れる武器、もう処分済みじゃあないんですか?」

「ティナに今、研いでもらっている。それで十分、使えるはずだ」

「分かりました、やりましょう」

 出来ないと言えない何かが、今の若者にはあった。

 何かは分からないが、マリーは仕方なく頷いた。

 まもなく、ティナが二振りの模擬剣を持って来た。

 一つは細身の日本刀に似せたもので、もう一つはそれより大ぶりの剣だ。

「……もう、何から突っ込めばいいかの迷いを通り過ぎて、呆れる子だな、本当に」

 剣の方を手にしたシュウが呟くのを聞きながら、マリーも刀の方を手にする。

 鞘から抜いて研がれ具合を確かめ、感心する。

「刃紋も綺麗ね」

「昔日本の方から流れてきた人がいたんです。だから、この手の物の研ぎ方も、教え込まれるんですよ」

「そう」

 頷いてから、マリーは本日の手合わせ相手を見た。

「真剣での手合わせは、したことないんだけど、そちらは?」

「手合わせはないけど……」

 シュウは鞘から抜いた剣を、一度軽く振り回して答えた。

「仕合なら、数えきれないくらい、あるかな」

「あら、物騒ね」

 ティナが言葉を失くしたマリーの代わりに感想を述べ、他の役者たちの方へと戻っていく。

 そんなことをしている間に、セイは建物内を最終確認し、役者たちを集合させた。

「丁度、三十分を切ったところだ」

 その意を理解している男が、小さく息を呑む。

「十五分前から五分前までは、切り結んでもらうが、問題ないな?」

「多分、大丈夫」

 後ろについてきていた女二人に念を押すと、シュウが自信なさげに頷く。

「多分でいい。自信満々に言われたら、余計に心配だ」

 笑顔のまま素っ気ない事を言い、セイは役者たちに告げた。

「後の者は、この周囲から離れ、見学がてら待機だ」

 めいめいに返事して、個々で建物が見えてかつ安全そうな場所に移動する。

「……敵じゃなくて、良かった」

 カインが、そんな一部始終を見守った後呟いた。

 何やらこの半日ほどで、げっそりとやつれているようにも見える。

「……でも、あんな場面を、見なかったことにしろ、なんて冷静に言えるなんて。いくら仕事人間だからって……」

 日本人のサラが、顔を曇らせるのを、アンが微笑んで見た。

「冷静じゃなかったから、ああも厳しく言ったんですよ、あの人」

 そして、カインを一瞥する。

「誰かさんが、余計な事を言ったせいで、我慢が切れたみたいですし」

「ああ……ややこしい事態にしたことは、謝るが」

 別な場所では、ゲンが目を細めて様子を伺っていた。

「何で、タイマーがもう動いてるんだ? 事が起こるのは、いつも夜中のはずなのに」

「お前、知ってたのか? ああいう事件が、起きていたのを?」

 厳しい口調でのコウの問いに、男は頷いた。

「事件と言っても、知られてない事件、だけどな。オレがこの地に入ったのは、この件の大元を追ってたからだ」

「大元?」

「娯楽目的で、やってるんだよ、あれ」

 目は話し合っている女二人を追いながら、続けた。

「ここが現場の一つとまでは思わなかったが、どちらにしろ、助けられないと思ってた。だから、大元を壊滅させて、犠牲者の弔いとしようと考えてたんだが……やっぱ、目の前で見ると、嫌だな。見殺しは」

「……だな」

 また別な場所で、ティナは女たちの様子を見守っていた。

「……真剣に近いもので切り結ばせるなんて、意外だわ」

「真剣が必要な事態だから、話を取ってつけたってところだろ。今いる現場だけでも大変だってのに、よくやるもんだ」

 近くの木に寄りかかり、ジムが気のない返しをする。

 何をする気かは知らないが、ご苦労様、と言いたい気分だ。

 空を仰いだジムの耳に、傍に立っていた男の息を呑む音が聞こえた。

 顔を上げた男は、唖然として女たちの立ち合いを見つめるトレアを見た。

 そこまで驚くかと、女たちの方へ目を向ける。

 ティナも驚いて、目を見開いていた。

「嘘、あの人たち……」

 その声に構う者はいない。

 ジムも、二人の動きに目を剝いていたのだ。

 最初に剣を抜き、シュウがマリーに飛び掛かったと思ったら、受ける方も素早く刀を抜き応戦する。

 鍔競り合いは長く続けず、すぐに身を離すことで力の消耗を最小限にし、切り結んでいた。

「み、見えないんだが……何もんだ、あの二人?」

 カインが呟く傍で、アンもマリーの動きを目で追って呟いている。

「そんなはずが……」

 自動車の傍で見ているヒスイも、シュウの動きを見つめて呟いた。

「何であの女、オレたちと同じ流派なんだ?」

 セイは、動き出した女たちを遠目に見守りながら、一緒について来たレイジに言う。

「ここにいてくれ。万が一、失敗した時に備えて」

「し、失敗? どうするつもりなんですか?」

 問う声に、若者は答えない。

 女たちを目で追いながら建物に近づき、意識を集中している。

 うまく切り結びながら建物に入った女二人は、問題のモノを見据えた。

「本当に、これ、開くのかな?」

「あの人がそういうなら、そうなんじゃないかしら」

 触るのは、問題のモノの扉が開いてから、そう念を押されていた。

 タイマーは、五分を切り、少しずつ数を減らしている。

「これ、タイマーがゼロになったら、どうなるのかな?」

「爆発、とかしないわよね」

「じ、冗談」

 引き攣り笑いしたシュウの言葉に、微かな音が重なり二人はそちらを見る。

 タイマーは二分を切っている。

 扉は、静かに開いていた。

 二人は顔を見合わせ、その中にいるモノに近づいた。

 微かに息をしているのを確認し、シュウがそれを抱え上げる。

「間に合う?」

 入って来た扉の外は、塀で囲まれているから、再び扉を開け、何かを抱えて避難するには不向きだ。

 何より撮影を装っているのだから、大袈裟な行動が必要だった。

 逆側を切り開いて、逃げる。

「……」

 マリーが見据えた反対側は、板張りの壁だ。

 深く息を吐き、刀を構えてすぐに鋭く切りつけた。

 一番もろくなっている場所を正確にとらえて切りつけ、そのまま横に切り払う。

 残った残骸を蹴り上げて、シュウを振り返った。

「急いでっ」

 走り出した二人が建物の外に出た時、タイマーがゼロを表示し、鋭い警戒音が響いた。

 途端に背後で爆音が響き、地響きが女二人の足元を疎かにした。


 爆風で、建物の残骸が、遠く離れた場所まで飛んで来る。

 思わず悲鳴を上げ、建物に近づこうとするサラを、カインが肩を掴んで止めた。

 他の者がその惨状に唖然と立ち尽くす中、建物の方を見つめていたトレアが、別な方へ目を向け、小さく笑う。

「終わったみたいだな」

「な、何が?」

 ティナが流石に動揺しながら問うと、トレアがそちらを指さした。

 遠くでレイジが走って来るのが見え、その先に立ち尽くす若者が見える。

 その足下で、身を起こした二人の姿があった。

「マリー、シュウっ」

 悲鳴に近い声で呼びかけ、サラが駆け寄っていく。

「本気で、死ぬかと思った」

 腕に抱くモノを地に下ろしながら、シュウがげっそりと呟いた。

「釈然としないわね、これが本番で、起用されないなんて」

 座り込んだマリーも、げっそりとしている。

 背後の煙を振り返り、溜息を吐いた。

「半信半疑だったけど、本当に、出来るとはね」

「本当だな。出来るとは思わなかった。自分でも、驚きだ」

 穏やかに返され、女二人は思わず若者を見上げた。

「え、これ、行き当たりばったり、なの?」

「もしも間に合わなかったら、と言っておいただろう? 本当に、時間ギリギリに出て来るとは、思わなかったからな」

「……あなた、分かってるの? 結構、木の板って、斬りにくいのよ」

「そうだろうなとは予想してはいたが、あんたたちなら、問題ないと思った」

 穏やかに答えてから、走り寄って女たちの前に座り込んだレイジに話しかけた。

「どうだ?」

「かなり、質の悪い薬みたいです、病院へ……」

 言いかけて顔を上げた男を押し倒す勢いで、誰かが体を割り込ませた。

 シュウが抱えてきた小柄な体を、泣きながら抱きしめるのは、現地の住民の男のようだ。

「……近くの病院まで、運んでくれますか?」

 無感情な声が、かかった。

 顔を上げると、先程までいなかった二人が、立っていた。

 ヒビキは、男の妻らしき女に肩を貸している。

 レンが声をかけた先には、目を見張ってセイを見ていたヒスイがいた。

「一刻を争うんですけど、その子供。下手したら、死にますよ」

 無感情な声に冷ややかなものが混じり、赤毛の男が我に返る。

「あ、おう。今、こちらに車を回す」

 慌てて走り出す男を見送り、レンが子供と父親の前に膝をつき、子供の額に優しく触れた。

「……分量オーバーだ。まずいな、やっぱり」

 呟く声に、セイは無言で目を逸らす。

 自動車を傍まで動かして来たヒスイが外に出て来るまで子供に触れ、レンは自然な仕草で離れる。

「あ、僕も、付いていきます。症状の説明をした方が、治療も早いはずです」

 レイジが申し出、それに頷いた男と共に子供とその親夫妻を自動車に乗せる。

「今日はもう切り上げるから、落ち着いたら、ここに寄らずに戻って来てくれ」

「はい」

 セイがレイジと言葉を交わし、自動車は病院へと走り去った。

 それを長い間見送り、金髪の若者は気を取り直したように、役者たちを振り返った。

「お疲れさま。今日は、これで終わりだ」

 穏やかに切り上げる若者を、役者たちは無言で凝視した。

「……何だ? 何か変なものが、顔についてるか?」

「いえ」

 サラが目を細めて答え、ティナが続ける。

「顔にはついていませんけど、さっきの一連の出来事、変でした。説明してくれないんですか?」

「ちょっと、信じられない出来事が目白押しで、このままじゃあ、眠れなくなりそうなんですけど」

「え、そうか?」

 目を見開いて、仕事仲間の二人を見るが、笑い飛ばされただけだった。

「お前な、オレたちは、この場にいなかったんだから、訊かれても困る」

「やりすぎを注意するのを、忘れちまってたな、そういや」

「わざとだけどな」

「……」

 意地の悪い言葉を吐く二人を睨みつつ、セイは役者たちに言った。

「さっきの出来事は、夢、だ」

「はあっ? あんた、ふざけてんのか?」

 思わずコウが言葉を荒げるが、そんな男を見上げて若者は返した。

「仕方ないだろう、どの辺りが変だったのかも、私には分からない」

「うわ、本当に、たち悪っ」

 カインが笑いをこらえ、ジムとトレアが溜息を吐く中、ゲンが疲れた顔で尋ねる。

「……タイマー動かしたのは、どうしてですか? それくらいは、教えてください」

「そうしないと、事を隠滅できないだろう。場所が消えれば、いくらでも言い訳を考えられる」

「あなたが、一介の手品師のお手並みだと言うのは、理解しましたよ」

「……どうしてあそこまでぎりぎりな時間振りをしたのかが、理解不能だけど」

 マリーが言うと、セイは頷いた。

「少しぎりぎりだったのは、悪かったと思っている。理想としては、あんたたちが出て来て、充分離れてから爆発、だったんだが」

「二分弱で、子供助けて、壁破って逃げるなんて、忙しすぎでしょうがっ」

「だから、悪かったよ」

 頬を膨らませるシュウに、笑顔を苦笑に変えて謝る若者を見つつ、トレアが女に声をかける。

「オレとしては、あんたらが意外に動ける、と言うのに驚いたんだが」

「へ?」

 間抜けな声で返すシュウに、トレアは凄みのある声で言った。

「アクション俳優、か。中々、修練された剣技だったな、見直した」

「そ、そう?」

「ああ。だが、それと、これとは、別問題だな」

「いや、ちょっと、待って……」

 焦る女を呆れて見やり、セイを一瞥する。

「まあ、同罪もいるがね。追及は、ここが終了してからでもいいか」

「ほ、本当?」

 あからさまにほっとする女の隣に立ったアンは、レンにそっと話しかけた。

「あの。知っていたんですか?」

「何を?」

「……いえ。何でもないです」

「?」

 しばらく躊躇って首を振る女を見やってから、シュウとマリーの手にある物を見止めた。

「武器を研いだのか、また?」

「はい。セイの指示で」

「へえ」

 ティナの答えを聞いて、ヒビキと顔を見合わせた。

「中々の剣技、か。見て見たかったな」

 笑い合う二人を見て、アンが溜息を吐く。

「……どこまで図ってやってるのか、本当に理解不能ですね」

「色々な事が起こり過ぎて、麻痺してきた。保険どころか、対策じゃないか、これ」

 次いで呟いたカインと同意見の一同は、気抜けした表情で帰路についた。 

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