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「だから、覚えていると言っているんですよ」
トートは語気を強めて言いました。
「いいですか? ちゃんと確認してくださいね」
そう言った後トートは、ルボたちには分からない言葉を喋り始めました。それは抑揚がほとんど無く、脳に直接響くような、心臓を誰かに握られているような、気分の悪くなる発音でした。
トートが言葉を紡げは紡ぐほど、本を見ている狩人の顔色は青くなっていきました。
その様子を見たトートは、最後に小さく、今までとは少し違う言葉で二、三語呟くと、一度大きく手を打ち合わせ、呪文を中断しました。
「どうです? 合っていましたか?」
肩を竦めるトートに、狩人は言い捨てました。
「このっ、外れ物!」
トートの目つきが鋭くなります。
「俺のことをいくら外れ物と言おうが構いませんがね。それよりも、自分の親を見捨てて、自分の娘を使ってこんなことしてるあんたのほうが、よっぽど化け物だよ。どうせ、娘を実験台に差し出す代わりに、この子を術に耐えられる身体にしてくれ、とでも言ったんだろ」
トートの口調は本来のものに戻っていました。狩人に歩み寄るローポの爪先が、円に触れました。
「ちょ、この円を消したら結界が……」
狩人が今まで以上に慌て始めました。地面に書いてある模様が崩れると、狩人を守っている結界が壊れ、狩人がこの世から消えてしまうのです。しかし、円から出ることの出来ない狩人には、成す術がありません。
「そんなこと知るか」
トートは爪先を捻り、円の一部を消しました。
「うわあ!」
狩人は頭を抱えてしゃがみ込みます。
「何をやっているのですか?」
そこにライリーを連れたルボがやってきました。ルボはライリーと手を繋いでいます。
ルボはトートが狩人と話している間、ライリーを円の中から無事に連れ出していたのでした。トートに言われた手順にしたがって模様を消していったのです。
「……え?」
狩人は何も起こらないことに疑問を抱き、つぶっていた目を開けて、トートたちを見上げました。
「どうして、何も起こらないんだ。術の反動が来るはずだろう?」
呆然と呟く狩人の腕を、トートが掴み、そのまま引き上げました。
「術を中断するのにもちゃんとした手順があるんだよ。そんなことも知らずに術を使うな」
「まあまあ。トート君、落ち着いてください」
今にも噛み付きそうな勢いのトートに、ルボが声をかけました。そして、安堵している狩人にも言葉をかけます。
「あなたもそこでじっとしていてください。逃げたらどうなるか……分かりますよね?」
狩人はルボの鋭い視線に射抜かれて、呆然と立ちすくみました。
ルボは、今度はライリーのそばにしゃがみ、目線を合わせて言います。
「ライリーちゃん、あの後君の家に行かせてもらったけど、おかあさんは血を吐いて倒れていたんだ。残念ながらもう死んじゃっていたけど――」
「残念なんかじゃないよ」