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トートが、おばあさんが持つパンケーキに手を伸ばします。しかしおばあさんはトートの手をかいくぐり、パンケーキを飲み込みました。
ライリーとルボが唖然としている前で、おばあさんは血を吐いて倒れてしまいます。
「しまった!」
ルボが慌てておばあさんのそばに駆け寄りますが、もう、手遅れでした。
ライリーの目は虚ろです。
「どうしたんですか!」
開けっ放しになっていた扉から、男が入ってきました。男は、森の反対側の村に住んでいる狩人でした。
狩人は、おばあさんを見て一瞬眉をひそめましたが、ライリーを見た次の瞬間、目を見開きました。
「カリーノ! もしかしてカリーノじゃないか?」
狩人が呼んだその名は、もうほとんど使われていなかったライリーの本当の名前でした。カリーノとは「かわいらしい」と言う意味です。
「失礼ですが、あなたは?」
ルボが尋ねます。
「この子の父親です。以前は妻と暮らしていたのですが、ある日突然妻と共に居なくなってしまって」
「そうですか。――ところであなたはこちらの方をご存知ですか? 石自体には興味が無いので、お知り合いでしたら埋葬などはそちらに」
「石……?」
「ああ、すいません。どうしても回りくどい話し方をする癖がありまして。錬金術では身体を象徴するのが石でして」
ルボが話を進めていきます。その傍らでライリーは、おばあさんの死体をじっと見つめていました。
トートは、おばあさんの目を閉じさせると、身体の向きを変えてライリーを――ずきんを見つめました。トートが始め模様だと思っていたそれは、ルボの言ったとおり、血痕でした。
「ああ、なるほど。しかし、初めて見た方です。……ところで、あなたは錬金術師なんでしょうか。それに、状況も教えていただきたいのですが」
狩人が困惑した表情で尋ねました。
「あなたの疑問ももっともです。しかし、申し訳ないながらお教えするわけにはいきません。ただ、教皇様のご意思とだけ……」
その返答を聞いた狩人は、深く頷きました。この国の人々にとって、教皇の意思は絶対なのです。
「分かりました。では、その方のご遺体は」
「ええ、こちらが責任を持って埋葬させていただきます。ただ、問題はその子ですね。引き取られますか? この森を西に行った村に、母親も居るそうですが」
ルボと狩人の視線がライリーに向けられます。
トートが口を開きました。
「どうする? おとうさんと一緒に住むか? それともおかあさんのほうが良いなら――」
「おとうさんと一緒に住む」
トートの言葉をさえぎって、ライリーが言いました。それまでとは打って変わって、きっぱりとした口調でした。
そして、ライリーは狩人を見上げ付け足しました。
「だって、おかあさんは死んじゃったもの」
ライリーの顔には、笑顔が浮かんでいました。