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「これじゃあ、任務どころか帰ることすら出来ないじゃないですか!」
相手が先輩と言うことを忘れ、思わずトートがあせって声を張り上げた時です。
「ねえ、どうしたの?」
トートとルボが歩いてきた方向から、少女の声が聞こえてきました。二人が声のしたほうを見ると、少し離れたところに少女が一人立っています。頭にはずきんを、手にはバスケットを持っています。
二人は、道を教えてもらおうと少女のもとへ歩み寄りました。
「どうしたの?」
少女はもう一度、同じことを聞きました。
「人を探していたんだけど、迷っちゃってね。おじょうちゃんが声を掛けてくれて助かったよ」
トートはそう言うと、照れくさそうに頭をかきました。
少女は、大人なのに迷うなんて変なの。と言いましたが、トートは少女の呟きに苦笑するしかありませんでした。迂闊なことを言うと、先輩であるルボへの批判になるからです。
「あなたはなんて言う名前なの?」
好奇心旺盛な少女は、またトートに聞きました。
「俺はトート。この人はルボ。君は?」
「私はライリー。みんながつけてくれたあだ名なの」
「それは、君のずきんと関係があるのかな?」
それまで黙り込んでいたルボが聞きました。
「そうだよ。良く似合うでしょ」
ライリーはそこで初めて、男たちに笑顔を見せました。
トートは「ライリー」と言う言葉の意味を知りません。しかし、ローポがライリーのずきんに目を向けると、黒い斑点が所々についています。このことからトートは、「ライリー」の意味を「斑点」だと、自分で納得しました。
「うん。とてもよく似合っているよ」
そう言ってルボは笑顔で、ずきんの上からライリーの頭をなでました。
「ねえ、ライリーちゃん。君はこんなところで一人、何をしているんだい」
ルボはかがんでライリーと目線を合わせました。
「おばあさんのところに行くの」
「そうか」
「その耳飾り、赤い石がとても綺麗ね」
ルボがかがんだことで耳飾りが近くで見れたため、ライリーが目は輝かせて言います。
「これは大切な人からもらったんだ」
ルボは少し照れくさそうに言いました。そして続けます。
「ところで――」
トートは、ルボのまとう空気が変わったことに気が付きました。さっきまでの温厚な雰囲気とは違い、有無を言わせぬ威圧感があります。
「――おばあさんの家はどこかな?」
「あっち」
そう言うとライリーは、自分が先ほどまで向かっていた方向を指差しました。
「今日は、おかあさんに渡されたワインを持っていかないといけないの」
「そのバスケットに入っているのがそうだね」
ライリーの持っているバスケットには、一本のワインと拳ほどの大きさのパンケーキが入っていました。パンケーキにはいくつか赤い実が混ぜられています。
「このパンケーキは?」
ルボが聞きます。
「それは、おかあさんが『お腹が空いたときに食べるように』って。二つも作ってくれたの」
「そっかー。それはよかったね。ところでライリーちゃん。あそこに咲いている花をいくつか持って行ったら、おばあさんはもっと喜ぶんじゃないかなあ?」
ライリーが辺りを見渡すと、確かに、少し離れたところに花が咲いているのが見えます。風が運ぶ香りは、気分をとても良くしてくれます。
トートはルボに言いたいことがあったのですが、ルボの威圧感に負け、黙っていました。
「でも、遅くなったら……」
花を見て輝いたライリーの瞳は、今はもう、伏せられています。
ルボは立ち上がると、両手を広げて言いました。
「大丈夫だよ。おばあさんもきっと分かってくれるって」
「そうかなあ」
ライリーは、ルボを見上げて言いました。
「そうだよ」
「――じゃあ、行ってくるね」
ルボの言葉にライリーは、うれしそうに花畑の中に入っていきました。