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うっそうと茂る森の中を、名も無い狼が二人、両手に本を持って歩いていました。
「ありがとうございます」
一歩前を歩いている――数十分前にはトートと名乗っていた――男が、首だけ振り返って言いました。
「何のことでしょう。僕はただ、君の言うとおり手柄になるから本を回収しただけですよ」
「手柄が欲しいのなら、あの男を連行すればよかったのでは? 僕たちの権限を持ってすれば、協会の領域関係なく連れて行けたはずですよね?」
そのままでは話しにくいと思ったのか、一歩前を歩いていた茶髪の男は、歩くスピードを落として、耳飾りをつけている男の右側に並びました。
耳飾りの男は小さくため息をつき、言います。
「君も言うようになりましたね。
子供には親が必要なんですよ。自分を守ってくれる親が。特に人と違うとなると、迫害されますからね。自分で立てるようになるまでは、頼ることも覚えないと」
「そうですね。……守ってくれる人もいなくて、頼ることも出来ないのは本当につらいですから」
茶髪の男が相づちを打ってから、二人はしばらく何も喋りませんでした。
木が茂っているせいで空は見えませんが、森の薄暗さから、太陽が大分傾いていることが分かります。
先に口を開いたのは耳飾りの男でした。
「そういえば、火打ち石を持っていますか?」
「ええ、持っていますが……どうしたんですか、いきなり」
「この本を、燃やしてしまいましょう」
耳飾りの男は、いたずらを思いついた子供のように、無邪気な笑顔を浮かべました。
「おばあさんのことはともかく、ライリーちゃんたちのことは言うわけにはいきませんからね」
それを聞いた茶髪の男は、ああなるほど。と呟いてから、耳飾りの男に火打ち石を渡しました。
「おばあさんのほうは、必要な情報は聞き出したので殺した。ということにしましょうか。その分の情報は本の中にあるでしょう。火をつけるので今のうちに読んじゃってください」
耳飾りの男は、火を起こしながら言いました。
「あ、それなら、全部読んだことがあるので大丈夫です」
茶髪の男は本のページを破り取ると、火がつきやすいようにかるく丸めます。
火を起こしている耳飾りの男は手馴れているもので、少し経つとあっという間に火は本に燃え移りました。
空気も乾燥しているので、火はあっという間に本を包み込みます。
「さて、それではさっさと帰って、報告しましょうか」
火をつけた耳飾りの男は、本が燃え切ったのを確認すると、本を足で踏み潰し、土を踏み均しました。
「はい」
しゃがんで本が燃えるのを見ていたもう茶髪の男も、そう言って立ち上がります。そして、迷わないように先輩である男より早く、一歩を踏み出しました。
少し歩いて森を抜けた二人の視野が、急に広がります。二人の視線の先に見える西の空は、傾いた太陽のせいで真っ赤に染まっていました。
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