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バトルものにおける数の暴力や連携プレー

作者: 兵郎桜花



よくある仲間の力とか結束の力はチートにも匹敵する。チートは単体で最強となるものだが数が集まることで敵より強くなる、というのはどうだろうか。


作戦担当の参謀、猪突猛進なパワー型、相手を翻弄するスピード型、そもそもトリッキーな技を使う者、防御や回復担当、それぞれが役割を担うことで敵を倒す。


一人では最強ではなくとも仲間が集まって協力することで最強となるのだ。


連携プレーだけでなくなぜ彼らは協力するのかというのを描くことでも物語は描ける。


そもそも組織に入りたまたま同じチームになったのか、組織ではないが共通の敵を倒すため仲間になった等である。


しかも彼らは容易に連携プレーを行うとは限らない。共闘はよしとしても連携プレーや馴れ合いを好まない人間もいる、そういう人間を描くか否か、どうやってその人間も他の仲間と連携プレーができるようになるかが重要になる。


馴れ合いを拒否していたが個人的な事情が絡み連携プレーをするようになるか、仲間の一人で多少でも無理矢理絡んでくることで連携プレーのよさを覚えるかというのがおおまかなパターンだ。



そもそも連携プレーはしないが強力な敵が出たのを機にやるようになるというパターンもある。



連携プレーなどしなくとも人数が多いと手数が多いと敵はその分対応が遅れるたり防御や回避に手が回らないため大人数で戦うのは有利になる。


一人が面倒な根性や頭脳を使わずとも有利になるので大人数は大きなメリットだ。


というわけでチートの代わりに大人数で戦うのもいいかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  いつかはバトルものも書いてみたいと思っていますので、凄く参考になる内容でした。 [気になる点]  基本的に過去の戦争において数の論理は2000年前のカエサルの時代からありますよね。ガトリ…
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