商人たちの賑わい
2025年11月23日 ノーザロイア島 イラマニア王国 スーサ市
この日、日本国のODAにより、イラマニア王国西部の港街であるスーサ市に貿易基地が完成した。港に設けられた宴会場には、日イ両国の政治家や官僚、この基地の建設に関わった民間企業の上役などが集まり、完成記念祝典が催されている。その中には、イラマニア王国の近隣国である「キサン王国」や「ミスタニア王国」といった国々から派遣された役人たちの姿もあった。
「いやはや、本当に1ヶ月でこれ程の港を・・・貴国の建築技術は素晴らしい!」
かつてイラマニア王国使節団の長として、日本国との交渉に当たった外交局長官のミヒラ=スケレタルは、上機嫌な様子で日本酒を嗜んでいた。
「お褒めに与り光栄です。我々としても貴国の仲介のお陰で、ノーザロイア島の5王国全てと滞り無く友好関係を築くことが出来ました」
そう答えたのは、国土交通大臣である石川良信である。食糧輸入をスムーズに行うことを目的としたこの貿易基地の設営は、国土交通省が主体となって行っていた。
このノーザロイア島には5つの王国が存在している。イラマニア王国を含んだその5カ国は総称して「ノーザロイア5王国」と呼ばれており、文化的に殆ど似通っているこの5カ国は、互いに固い友好関係で結ばれていた。日本国がこの5カ国の輪に入ることが出来たのは、一重にイラマニア王国の熱心な仲介のお陰だったのだ。
その後もミヒラと石川は歓談を重ねる。周りを見れば彼らと同様に、イラマニア王国と日本国の有力者たちは、非常に和やかな様子で歓談をしていた。
宴会場の一画では、日本国の企業員や官僚たちがブースを設けて、日本製品の展示やデモンストレーションを行っている。スーサ市の領主であるジュゼ=クララセルは、日本国の伝統工芸品を見て、ため息をついていた。
「これは・・・美しい刀剣だ」
ジュゼの両手には日本刀が握られていた。鞘の中から少しだけ顔を覗かせている刀剣の面に反射した光が、彼の顔を照らしている。他にも輪島塗や西陣織などの漆器や織物、その他の陶器やガラス細工などの工芸品に、参加者たちは釘付けになっていた。
「工芸品は受けが良いな」
「まあ、この世界の人にとって、1番価値が分かり易いだろうからね」
ブースを受け持っている2人の官僚が、日本の伝統工芸品に夢中になっている異世界人の姿を眺めている。彼らは他にも「VR」などの最新技術の展示も出していたのだが、体験した人々からは“酔う”、“何だか良く分からない”と言う感想が続出し、思いの外不評だったのだ。
その後も、記念祝典は非常に友好的な雰囲気で執り行われる。だがその中で、大多数の参加者たちとは違った心持ちの人物が居た。
「あの巨大な柱は何だ?」
イラマニア王国の近隣国であるキサン王国から派遣されていた外交官のリムル=パイエルは、港に建設されていた“奇妙な柱”を指差して部下に尋ねる。
「はっ・・・! あれは“くれーん”と申すものらしく、ニホン国の積荷を彼の国の船に乗降させる機械とのことです」
彼が指差したのは、コンテナの積み卸しに使うガントリークレーンだった。人の手を使わず、一度に大量の荷物を積み込むことが出来る。クレーンの他にも、コンクリートで舗装された道や強靱化された湾港など、日本という国の力を示すものがあちこちに散らばっていた。
「これ程のものを短期間で築き上げるとは、やはりニホンという国は侮れないな・・・しかし、このままイラマニア王国がニホン国との関係を独占すれば、我が国を含むその他4王国との力関係に不釣り合いが生じてしまう」
謎の国「日本国」と最初に接触したアドバンテージ、そして費用を全て日本側が負担して作られたという新たな港・・・リムルはイラマニア王国が日本国の恩恵を占有している今の状況に危機感を抱いていた。
「ニホン国との外交関係において、イラマニア王国が数歩先に居る今の状態を何時までも放っておくわけにはいかない・・・国に帰ったら、ニホン国との外交により注力する様、政府に進言しなければ・・・」
日本の力を間近で見たリムルは、日本との外交に力を入れる必要性を見出していたのだった。
斯くして、この祝典に参加したノーザロイア島各国の役人たちは、このスーサ市の貿易基地で見聞きしたものを自国へと持ち帰り、日本という国の凄まじさについて自国政府に報告した。彼らの報告を聞いた各国政府は、今後より一層、日本国との外交に注力することになる。
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11月30日 日本国 九州地方 長崎市
スーサ市の貿易基地が開港して1週間後、ノーザロイア島からの玄関口として開かれた長崎の港に、5王国の1つである「ヨクサン王国」の貿易帆船が来港していた。
その船に乗せる予定の積荷に対して、長崎税関本関に属する税関職員が現物検査を行っている。職員はヨクサン人の船乗りから渡された積荷目録を見ながら、念入りにチェックをしていた。
「主に陶器や織物などの工芸品、その他化粧品や書籍、軽工業品・・・目録と相違は見られませんね、ありがとうございました」
職員はそう言うと、積荷が封入されている木箱の蓋を閉じて、船乗りたちに一礼する。税関の検査を受けたその木箱は、水夫たちの手によって船の倉庫へと運ばれていった。
「それにしても陶器やら、織物やらの衣類が大人気ですねぇ・・・」
積み込まれていく木箱を見送りながら、職員はぽつりとつぶやいた。彼の言葉を聞いていたヨクサン王国の商人は、興奮した表情で口を開く。
「いや〜、だって本当にこの国の職人は腕が良いんですよ! ウィレニア大陸の列強国からしか手に入らなかった様な織物や陶器、ガラス細工が、それらの国から輸入するよりも安く手に入るんだ!」
「・・・成る程ね」
基本的に手工業でしか物品を生み出せないノーザロイアの人々にとって、ある程度機械化された製法で量産され、比較的安価で手に入る日本の陶器類やガラス製品、衣料品は、とても魅力的な商品だった。
加えて、彼らが日本との貿易に力を注ぐのにはもう1つの理由があった。
「それに最近、『セーレン王国』がアルティーア帝国に滅ぼされたせいで、今までの貿易路では大陸の品物が手に入らなくなったから、ますますこの国との貿易に精を出す商人が増えると思いますよ!」
「・・・『セーレン王国』?」
聞き慣れない国名を耳にして、職員は首を傾げる。
「おや、ご存知なかったか。セーレンとはノーザロイア島よりさらに西、ウィレニア大陸へ向かう航路の途中にある島国です」
ヨクサン王国の商人は、新たな国についての説明を始める。その後、彼が述べたのは以下の様な事だった。
セーレン島という島を領土とする「セーレン王国」は、ノーザロイアの貿易商人にとって、ウィレニア大陸を支配する列強国家の生産品を手に入れる事が出来る重要な「中継貿易港」だった。大陸を支配する2列強とノーザロイア各国の間には、正規の貿易関係が築かれておらず、大陸の物品を購入する為には、“中継貿易”という形で彼の国の商人から転売して貰うのが1番確実だったからだ。
「・・・しかし、彼の国は区分上『ウィレニア大陸文化圏』に属していましたからね、我々の様な『極東世界』の国々を見下す風潮があったんです。儲けの為とは言え、随分屈辱的な思いをしてきましたよ」
ヨクサン王国の商人は、今までセーレン王国で行って来た商取引のことを思い出し、苦虫を噛みつぶしたかの様な表情を浮かべていた。彼らはセーレン人の貿易商人から、高慢な態度で“蛮族”と見下されながらも、大陸の産物を故郷へ持ち帰る為、その屈辱に長らく耐えてきたのである。今、日本へ来ているノーザロイアの貿易商人は、そういった苦い思いをしてきた者たちなのだ。
「ですが・・・確か2ヶ月半ほど前に、彼の国は突如アルティーア帝国の宣戦布告を受けましてね、今月の上旬には首都を含む主立った都市の殆どが陥落した様で、彼の国の政府はわずかな王族と共に『サファント王国』に逃れることになったんです」
わずか3ヶ月足らずで完全に敗北し、国を追われたセーレン王国政府首脳の一部は東へと逃れて、今はノーザロイア島の北西に位置するサファント王国の庇護下にある。アルティーア帝国軍に捕縛された王族は尽く処刑され、貴族を含む国民たちは過酷な占領統治下に置かれているらしい。
「・・・我が国を含むノーザロイア島の5カ国は、いずれ食指を伸ばして来るやも知れないアルティーア帝国に備え、共同で軍の強化に当たっています。万が一の時には、貴国の軍の力を借りたいものですね」
ヨクサン王国の商人はそう言うと、長崎港に停泊していた護衛艦「あしがら」に視線をやる。彼に限らず、ノーザロイア島に住まう人々は、謎の国・日本の軍が自分たちの味方をしてくれることを大きく期待していたのだった。
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12月7日 ウィレニア大陸東側
ノーザロイア島から更に西へ進んだ先に、歪な平行四辺形様の形をした大きな大陸がある。その大陸にはかつて数多の国があったが、今はその全てがある2つの列強国に飲み込まれてしまっている。この「東方世界」で列強の支配下に置かれていないのは、ノーザロイア島の各国や極東洋に点在する島嶼国家など、大陸から離れた国々を残すのみなのだ。
そして大陸の中央を南北に縦断する“ウィニレノン山脈”を境にして、大陸の東半分を収めているのが、世界を牛耳る7列強の一角に数えられる「アルティーア帝国」だ。皇帝を中心とする強固な中央集権国家である。
その首都クステファイには70万人の人口がうごめいており、この世界において5本の指に入る大都市である。その中心部には、この国を治める皇帝と皇族が住まう“皇城”があり、広大な領土や属領・属国を支配する権力の中枢となっている。
その皇城の一画にある皇帝の執務室に、1人の文官が入室していた。直立不動の姿勢で皇帝の面前に立つ様子から、彼が緊張しているのが分かる。
「・・・ロバーニア王国の件はどうなっている?」
「は! 明日には彼の国へ派遣した特使より、ロバーニア王へ通告文が渡される予定となっております!」
机の前に座る皇帝ウヴァーリト=バーパル4世の問いかけに、その文官ははきはきとした声で答えた。
「良し・・・それでいい、ロバーニアにはセーレンの次の標的になって貰おう。そして次はノーザロイアだな」
帝国の版図が拡がっていく様子を想像しながら、皇帝ウヴァーリト4世は邪悪な笑みを浮かべていた。
「ノーザロイア5王国はそれぞれが強固な同盟関係にあります。また、諜報部の報告によれば、既に5カ国共同で我らが帝国に対抗する準備を進めているとのことです。ロバーニアはともかくとして、ノーザロイア島を落とすのは少々時間が掛かるでしょう」
文官はノーザロイア島を攻撃するに当たって、同島内にある5カ国の同盟関係を危険視していた。
「・・・それは分かっている、だが負けはしないだろう?」
「は! 我々列強国と極東の辺境国家ではその力量の差は歴然! 少々手こずろうとも、いずれは勝利を手にすることは間違いありません!」
東方世界では比較的力のある国だったセーレン王国を3ヶ月足らずで落とした彼らにとっては、残る標的国など油断は出来ずとも勝負になる相手では無い。彼らは自軍の勝利を疑わなかった。
文官の答えを満足そうに聞いていた皇帝は、次の話題をその文官に尋ねる。
「そう言えば・・・ノスペディで荷揚げされたというあの品々の出所は分かったのか?」
「はい・・・捕らえたノーザロイアの貿易商人から、有力な情報を手に入れました」
文官は含みのある表情で答える。ここ数ヶ月の間に行われた船舶貿易において、この国ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
アルティーア帝国とセーレン王国が開戦した2カ月半前、ノーザロイアの貿易商人の中には、寄港出来なくなったセーレン王国の代わりにアルティーア帝国の属国を新たな中継貿易港とすることで、大陸の列強国と貿易を行おうと考えた者が居た。
彼らの目論見は成功しており、ここ2カ月の間、ノーザロイア島とウィレニア大陸の商人たちは、属国の港を介すことでこっそりと商取引を行っていた。だが、ノーザロイアの商人たちが、彼らの国の技術では到底作れない、それどころか、大陸の技術を以てしても作れるかどうか分からない様な品物を持ち込んだことで、アルティーア帝国の政財界や社交界は騒ぎになったのだ。
鮮やかな模様や情景が織り込まれた反物、細やかな彩飾が施された漆器や陶器、ガラス細工、丈夫な衣類、そして仕組みさえもわからない機械類などなど・・・事態を知った権力者たちはノーザロイアの商人たちを捕らえて尋問を行い、その結果、ついにこれらの出所が判明するに至ったのである。
「ノーザロイアの商人曰く、あれらの品々は『ニホン国』という新興国から購入したものらしく、このウィレニア大陸にて高値で転売しようとしていたとのことです」
「・・・ニホン国?」
聞き慣れない国名に、ウヴァーリト4世は片眉を吊り上げる。
「は! 恥ずかしながら、私も今回の報告で初めて耳に致しました。何でも、ノーザロイア島よりもさらに東にある島国だそうです」
「ノーザロイアよりも東・・・? そんな場所に国があったとは」
「はい、ノーザロイアの各国もニホン国と国交を結んだのは、ここ数ヶ月の間のことらしく、彼らもその国について詳細は良く分からないと・・・」
「・・・ほう」
ノーザロイア島より東側は国どころか島1つ無い“世界の果て”の筈であり、そんなところに島国が有るなど、聞いた事が無かった。余りにも辺境過ぎた為に、今まで全く知られて来なかったのだろうか。
「・・・何にせよ極東世界の島国ならば、いずれは我が国の領地になる訳だ。ロバーニアとノーザロイアを獲った暁には、そのニホン国とやらにも出兵する。占領した後には全ての職人を連行して、あの工芸品の作成に当たらせよう」
ウヴァーリト4世はまだ見ぬ未知の国に版図を広げる想像をし、再び邪悪な笑みを浮かべる。
その時、執務室の扉をノックする音が聞こえた。皇帝が部屋の中へ入る様に伝えると、外務局に属する役人が部屋の中へ入って来る。
「外務局大臣カブラム=クレニア様の命により参上致しました。陛下にご報告申し上げます、外務局に“ニホン国という国の使節”を名乗る連中が現れています。如何取り計らいましょうか・・・?」
「・・・!?」
ウヴァーリト4世は目を見開く。たった今、話の議題に上がっていた謎の国の使節が、この首都クステファイに現れたというのだ。
「・・・早急に彼らの訪問を受け入れろ。そして、この様に伝えてくれ」
日本国の訪問を知った彼は、羽根ペンと紙を机の引き出しから取り出すと、日本国の使節への言伝を書き記す。それを受け取った外務局の役人は、すぐさま執務室を退出して行った。
斯くしてこの日、日本国とアルティーア帝国のファーストコンタクトが、公式に成されることとなったのである。