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新天地に求めるもの

9月23日 日本国 首都東京 首相官邸


 サッカー日本代表が2026カナダワールドカップ本大会出場を決め、日本全体がその余韻に浸ること2日後の2025年9月4日、日本国は突如としてその姿を消し異世界へ転移した。

 政府は、天皇陛下による玉音放送で日本国民に冷静な行動といつも通りの日常を求め、その不安と騒乱を抑えていたが、故郷を失い絶望する在留外国人による暴動などに端を発して、いよいよそれも限界に達し、物資の買い占めや時には暴力による略奪も横行していた。そんな混沌と混乱のなか、「転移」から19日後、テレビ、ラジオによって転移後初の政府広報が全国生中継で発表される事となった。


 そして今、首相官邸の1階にある記者会見室に、各新聞社やメディアの記者や取材班たちが集められている。彼らの視線は、まだ誰も立っていない演台へと注がれていた。

 記者たちから見て上手の側に当たる舞台袖では、この国の最高責任者、即ち内閣総理大臣が、気を引き締めて会見が始まる時刻を待っている。


「・・・総理、お時間です」


「分かった」


 部下に会見の始まりを告げられた総理はそう答えると、遂に記者たちの前へ姿を現す。数多の目映いフラッシュライトが、彼の身体に向かって一心不乱に浴びせられた。


『第105代内閣総理大臣、泉川耕次郎による政府発表です』


 記者会見室内に、女性の声でアナウンスが告げられる。壇上の中央に位置する演台の前に立った総理は、大量に設置されたマイクに口を近づける。この会見の模様は全国へ生中継されており、全国民がテレビやラジオに釘付けになって固唾を飲んで耳を傾けていた。


「日本国民の皆さん、かの天変地異から19日が経過しました。資源や食料の枯渇を予想し、悲観的な思いを抱いている方も多くいらっしゃると思います」 


「総理! この国が他の世界へ飛ばされたというのは本当ですか!」

「政府の陰謀では無いかという説がありますが!?」

「電力供給や食糧についてはどの様な見通しになっているのですか!?」


 首相・泉川の発言に続いて、記者たちが次々と質問を投げかける。


「確かに・・・確かに! 余りにも突飛過ぎる話故に、信じられないと思われる方も多いでしょう。だが現実として、日本列島の西にあった筈のユーラシア大陸は消えているのです。しかし、絶望することはありません!」


 記者たちの声を切り裂いて、泉川は発言を続ける。第2次大戦後最年少である若き総理のこの言葉に国全体がざわめいた。


「ここ数日にわたる哨戒機や戦闘機による周辺海域の探索の結果、日本列島から北西の方向に文明が存在する大型の島を発見致しました。また数回に及ぶ調査によると、この島は全体が肥沃な穀倉地帯になっているようです。我々はこの島に存在する国家に使節団を送り食糧輸入のための国交開設交渉を行う予定です」


 彼はさらに続ける。


「またこれとは別に沖縄よりさらに南方に諸島を発見しています。こちらは先程紹介した島とは異なり無人であることが確認されています。日本政府はこの諸島を無主地であると断定、この諸島を『夢幻諸島』と命名し6日前この地に駐屯地を設置致しました。さらに2日後、官民共同の資源調査団を派遣することになっています。また早急ではありますが、この地に巨大農園を建設するために手を貸してくださる開拓団を国民の皆さんから急募致します!

簡易的な検査結果によるものではありますが、夢幻諸島の細菌環境や植生は元の世界の東南アジア地域とほぼ同一であることが確認されています。詳しい応募資格は後ほど発表しますが、この度の転移で職を失った方も多くいらっしゃるでしょう。我こそはという方は是非ご応募ください!」


 記者たちはどよめきを見せる。画面の前にかじりつく国民たちは総じて、政府による突然の人員募集に戸惑いを露わにしていた。


「今、我が国は先の戦争を遙かに凌ぐ国難に立たされています。国民の皆様には我慢を強いる事になるでしょう。ですが、全ての国民が力を合わせれば、この危機を乗り越えられると私は信じています」


 総理はそう言うと、カメラに向かって一礼した後に舞台袖へと帰って行く。記者たちは口々に質問を投げかけるが、彼はその何れにも答えることは無かった。


『これにて政府広報を終了致します』


 記者会見の終了を告げるアナウンスが聞こえて来る。その後、開拓団参加の応募資格の詳細がテレビ画面に文字情報で公開された。

 応募者は政府の予想を遙かに超える大人数に達し、その中から第1陣として1,600名が選定されることになる。


〜〜〜〜〜


10月6日 南西諸島より南 夢幻諸島北端 渡名波駐屯地


 開拓団の前座として日本より派遣された「官民共同資源調査団」が、「夢幻諸島」の「渡名波駐屯地」に上陸して、航空画像から目星をつけた場所を音波探査、地震探査で調査すること早1週間、何よりの最優先事項だった油田があっさり見つかったことは政府にとっても想定外だった。

 実際の埋蔵量、採掘可能量まではさらに詳しく調査しなければ分からないが、一年ほど経てば商業的な大規模採掘も可能になるだろうという目算もある。さらに海浜でグアノ鉱床が発見された為、ほぼ全ての肥料を輸入に頼っていた国内農業事情も少しは明るくなるだろう。

 希望の中、2人の男が海岸に立ち、この諸島の真価を見据えていた。


「まるで宝の山だな、この諸島は」


 そうつぶやくのは、資源調査団の海浜方面担当班長を勤める村田義直である。彼は民間企業「三波マテリアル」から派遣された1人だ。


「ええ、転移の後は国が滅ぶかどうかの騒ぎになりましたが、手つかずの資源、豊かな土地、見方を変えれば転移はある意味で幸運なのかも知れません」


 そう返すのは、夢幻諸島第一調査団隊長を勤める山崎寛人二等陸尉/中尉である。


「しかし鉄鉱石の鉱脈が出る可能性は低い。ここは安定陸塊じゃないからね」


 村田はそう言いながら首を左右に振る。夢幻諸島だけでは国内産業を支えるにはまだ不十分であった。

 世界の地形の大まかな区分として「安定陸塊」、「古期造山帯」、「新期造山帯」という言葉が存在する。一般的に「安定陸塊」には鉄鋼石、地球で言うところの北アメリカ大陸・アパラチア山脈が該当する「古期造山帯」には石炭、そして日本列島などがあてはまる「新期造山帯」には石油または非鉄金属が出土するといわれている。

 豊富な油田が存在する夢幻諸島は新期造山帯に属すると思われ、対極的な安定陸塊に出土する鉄鋼石の採掘はほぼ見込めないと推測されていた。


「だが・・・、この世界には我が国を脅かす程の軍事力を持った国は少なくとも周辺には存在しないらしい。元の世界とはえらい違いだよ」


 村田は周辺国に恵まれなかった、転移前の日本の国際状況を揶揄する。


「東亜戦争の時は、私もシナや朝鮮半島に米軍の後方支援として派遣されたPKFの一員でした。お恥ずかしい話、前線に出ないとはいえ、いつ奇襲が来るかとビクビクしていました」


 山崎二尉はおよそ1年前、戦火に飲まれる朝鮮半島に派遣された時の事を思い返していた。


「死を恐れるのは自然の感情だよ。恥じることはない」


 村田はそう言うと、内陸の方に設営されたキャンプ地に戻る為に身体を反転させる。山崎二尉も彼に続いて海岸を後にした。


 現在、ここ「夢幻諸島」には250名前後の調査員が派遣されている。転移によって、ほぼ全ての資源の供給を絶たれてしまった日本国を救う為、彼らは日夜危険と隣合わせの作業に従事していた。

 その一方で、海岸付近の平野では、開拓団の受け入れに備えて自衛隊の施設科隊員たちが数多のプレハブ住宅を建設している。あと数週間もすれば、開拓団の第一陣がこの島に上陸する予定になっていた。表向きは失業者の救済措置だが、政府にとっては棄民の意味合いも大きい。だが、仕事を失い、明日への希望すら見えなくなりつつあった人々にとって、夢幻諸島での開拓事業は一世一代のチャンスなのだ。

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