極東の新国家
2025年9月13日 日本列島より西北西へ進んだ海上
眼下に静かな海が広がる空を、灰色の飛行物体が群れを成して飛んでいる。日本が第二次世界大戦後、初めて保有した航空母艦である「あかぎ」から飛び立った、彼ら「海上自衛隊・第41航空群第1飛行隊」計9機は、一路西北西へ向けて進路を取っていた。
内訳は艦上戦闘機である「ライトニングⅡ・F−35C」8機に加え、早期警戒機「ホークアイ」が1機後ろに控えている。一見すれば奇妙な航空機に見えるホークアイは、機体の背面に鎮座する巨大な円盤型レドームを回転させながら、その強力なレーダーによって周辺の空域を監視していた。
『各機に告ぐ。前方375km先に飛行物体発見、数は10前後!』
ホークアイのオペレーターである大門旭海曹長/兵曹長は、自身の頭に装着したインカムを通じて、彼らが向かっている先の様子について伝える。
『航空機か、それとも鳥か何かか?』
第1飛行隊の隊長機を操る笹沼豪祐三等海尉/少尉は、前方に現れた飛行物体が何なのかを尋ねる。
『それは不明です。ですが、このまま前進すれば45分後に接触します』
ホークアイが誇るレーダーには、先日の調査で発見した「文明のある島」の沿岸部付近で飛び回る飛行物体の群れが出現していた。1つ1つの大きさはそれなりにあるが、大門海曹長の目には、まるで海鳥が飛び回っている様に見えていた。
『・・・よし、各機警戒態勢! このまま不明飛行物に接近する』
『了解!』
隊長機の命令を受けた各機は、戦闘への心構えをしつつ、未確認飛行物体が待ち構える島の上空へと向かう。だが45分後、彼らの目の前に現れたのは、信じられない光景だった。
「あれは・・・竜!?」
笹沼三尉は驚きのあまり絶句する。他のパイロットたちも声が出ない。彼らの前に現れたもの、それは人を背に乗せて飛ぶ「龍の群れ」の姿だったのだ。
・・・
同刻 ノーザロイア島東部 イラマニア王国 首都アリナーの沖合
この世界の東側・・・「極東世界」とも呼ばれる地域に位置する「ノーザロイア島」には5つの王国が存在する。その中の一国である「イラマニア王国」では、先日ある事件が起こった為、異様に緊張した雰囲気が政府内に漂っていた。
それは2日前の事だった。轟音を棚引かせながら高速で空を飛ぶ灰色の剣が東の空から突如として現れ、首都の上空を旋回したのだ。王はすぐさま、首都の空域を守る竜騎隊を出撃させる様に命じたが、竜の発進準備が整う頃には、すでに“空飛ぶ剣”は東の空へと帰った後だった。
王国政府は謎の飛行物体の次なる襲来に備える為、竜騎隊を常時飛行させて哨戒を行うことを決定した。そしてこの日の哨戒任務に当たっていたのは、王国軍の佐官であるサクサ=クローディンが率いる第2首都竜騎隊である。彼らは首都の沖合を飛び回りながら、東の空への警戒を行っていた。
「・・・未だ異常無しか」
部隊を率いるサクサは、老兵である事を感じさせない鋭い視線で、東の水平線を眺めている。哨戒を厳としてから2日目、首都を騒がせた“空飛ぶ剣”は未だ現れてはいなかった。
だがその時、東の空に突如として黒い点々が現れる。徐々に大きくなっていくそれらを見て、サクサは何らかの飛行物体が近づいていることを悟る。
「東の空より多数の飛行物体! 各騎、攻撃態勢を取れ!」
「了解!」
隊長の命令が部隊内に伝わって行き、竜に乗る兵士たちはその頭を東へと向ける。先頭を行くサクサに続き、他の竜も東に向かって最大速度で羽ばたき出す。
「なあ・・・あれって例の空飛ぶ剣か?」
「・・・」
1人の兵士が不安を露わにする。彼に話しかけられた兵士は何も答えなかったが、その顔には冷や汗が滲み出ていた。
「・・・?」
兵士たちが不安に駆られる中、サクサはある異変に気付く。明らかに相対速度が早すぎるのだ。空に浮かぶ点の様に見えていたそれは瞬く間に大きくなっていき、凄まじい轟音と共に目にも止まらぬ速さで彼らの近傍を通り過ぎて行く。
「・・・うわ!」
「な、何だ!?」
轟音に驚き、竜騎が暴れ出す。兵士たちは自らが乗る竜を宥めながら、真っ直ぐに首都へ向かって行った謎の飛行物体を目で追っていた。
(・・・紅龍や青龍・・・ましてや銀龍でもない。一体・・・あれは何なのだ!?)
理解と常識を超える飛行速度、そして生物とは思えない形をして、聞いた事もない轟音を放つ飛行物体・・・長年に渡って空の戦士として勤めてきたサクサは、唯々呆然としながら、遠ざかって行く“それら”の後ろ姿を眺めていた。
〜〜〜〜〜
17日後 ノーザロイア島東部 イラマニア王国 首都アリナー 王城
19日前に突如として現れた空飛ぶ剣、それはイラマニア王国だけでなく、ノーザロイア島の各国で騒ぎを起こしていた。竜騎兵の防空網を嘲笑うかのように連日領空侵犯を行う空飛ぶ剣や空飛ぶ巨大な羽虫は、時に国民のパニックに引き起こし、5つの王国の中には騒動を収めるために戒厳令を布く国もあった。
「・・・ソマートよ、まだあれらの正体は分からんのか?」
玉座に座るイラマニア王国第14代国王のギルガ=シュメリア5世は、玉座の前で片膝を付く王国宰相のソマート=パンクレアに尋ねる。
「・・・はっ、申し上げにくいのですが、未だあの空飛ぶ剣や巨大な羽虫共が何なのか、情報を掴む事は出来ておりません。依然として竜騎隊による哨戒は継続しておりますが、奴らの速度が速すぎて、全く追いつけないとのことでして・・・」
ソマートは心苦しい表情を浮かべていた。相手が速すぎて追いつけないという事は、言い換えれば相手に対して抗する術が全く無いという事であるからだ。
「・・・我が国は大丈夫なのだろうか」
ギルガ5世はそう言うと、不安を隠しきれない様子で頭を抱える。この様な事態は、王国が始まって以来の出来事だった。
そして玉座の間が陰鬱な雰囲気に飲まれつつあったその時、1人の文官が血相を変えて玉座の間に現れた。その文官は片膝を付いて息を整えると、王にある報告を伝える。
「さ、先程港の海軍より緊急の報告がありまして・・・250ルーブを超えようかという灰色の巨大艦が沖合に現れたとの事です!
その艦は白地に紅い丸があしらわれた旗を掲げ、臨検を行おうとした我が国の船に対して『ニホン国の使節団』と名乗ったと・・・!」
「250ルーブを超える艦・・・!? そんな馬鹿な!」
驚嘆の声を上げる王は、事の真偽を確かめる為に玉座を立つと窓へ駆け寄った。街の高台にある王城からは首都と港が一望出来、王は窓に顔を近づけて海の様子を眺める。
「な、何なんだあれは・・・!」
窓から見える光景に、王は絶句する。距離感を見紛うほどの巨大な灰色の艦が、港の沖合に鎮座しているのだ。その周りにある彼らの国の海軍船が、まるで小舟の様に見える。
「奴らは・・・そのニホン国の使節団とやらは何と述べておるのだ!?」
「報告によると彼らに敵意は無く・・・我々と交渉がしたいと・・・それに加えてですが・・・」
文官は王の問いかけに答える。彼に依ると、日本国の使節を名乗る者たちはイラマニア王国と早急に国交を樹立したいと述べているらしい。さらには、19日前より“調査”の為に行わざるを得なかった“領空侵犯”を謝罪したいとも述べているという。
「あの空飛ぶ剣や大な羽虫も彼らの仕業だと言うのか・・・。分かった、一先ず彼らに上陸の許可を出せ。その真意を探ってやる」
「了解しました!」
王の言葉を受けた文官は、すぐさま玉座の間から退出していった。
その後、イラマニア王国国王より、正式に上陸の許可を受けた謎の国の使節団は、王国の兵士たちに先導されながら、ノーザロイア島に脚を踏み入れることとなった。
〜〜〜〜〜
更に3日後 ノーザロイア島東部 イラマニア王国 首都アリナー 王城
日本国と名乗る謎の国の使節団が現れてから3日後、首都・アリナーの沖合には、彼の国からやって来たという超巨大な鉄の船が停泊を続けている。
この巨大な灰色の艦が出現した時は国民の誰もが驚愕し、港では不測の事態に対処するためにイラマニア王国軍が厳戒態勢を布いていたが、船から降りてきた黒服と緑色の服を着た集団は、そんな我らの予測に反して自分たちの国と国交を結びたいと申し出てきたのだ。
黒い髪に黒い目、そして黄色の肌というあまり見慣れない身体的特徴を持つ彼らの言い分に依ると、4週間程前に突如として異世界から国ごと転移してきたという。
彼らから領空侵犯の謝意と友好の証として譲渡された工芸品や工業製品の数々、そして案内された「あきづき」という鉄の船(護衛艦といって軍艦の一種らしい)の内装や兵装を観察し、日本という国に脅威の技術力と軍事力を見たイラマニア王国政府は、この国とは敵対せずに相手が求める「対等な友好関係」を築くことが最善の道だと判断し、こちらからも彼の国に使節を派遣することを決定した。
・・・
イラマニア王国 王の居城 王前会議
この「王前会議」は本来、国家の重要課題を協議する際に開かれるものであり、普段は使節団派遣について、などという議題で行われることはない。
しかし、今回は状況が違う。2,3週間ほど前、ノーザロイア島の各国では日本という国の航空戦力による連日の領空侵犯を受けた。竜騎でも全く追いつけない速さを持つそれらに対して防空の手立ては無く、異なる世界から来たという彼らとの交渉は国家の最重要課題であると位置づけられたのだ。
「・・・・であるからして、我が国からもニホンに対して使節を派遣することとなった。彼の国の力、特に技術力と軍事力については詳しく調べて来て欲しい。あの『あきづき』という船の他にさらに脅威となるべき兵器が存在するのか、またあのような品々を作り出せるその技術力の根幹は何なのか。
また我が国にとってもニホンとの国交が有益となるように、協議の場においては最善を尽くすこと」
国王ギルガ=シュメリア5世の御前で、王国宰相ソマート=パンクレアは、日本への使節団派遣についての概要を述べる。
「彼らは、ニホンは我々と友好的な関係を築きたいと申しておりましたが、果たしてそれは彼らの真意なのでしょうか」
会議参加者の1人、金融局長官のフェイ=ラテールがソマートに尋ねる。
「・・・確かに、我々の考える友好と、彼らが述べる友好が同じものだとは限りませんな」
ソマートのこの言葉に、参加者たちは一様に難しい顔をする。
会議が進む中、対日本使節団の1人、ピンス=アドヘレンスは腕を組みながら顔をしかめていた。彼は右隣に着席していた使節団代表のミヒラ=スケレタルに小声で話しかける。
「国交開設の前座として、空飛ぶ剣でノーザロイアの防空網をかき回した彼の国が、攻撃的ではないとは到底思えませんが・・・」
「うーむ・・・」
明確に答えはしなかったが、ミヒラも考えは同じだった。
日本国が調査という名目で行って来たという19日間に渡る領空侵犯は、此処イラマニア王国だけでなく、他の4つの王国でも大騒ぎを引き起こしていた。政府内では、これは日本からの脅しだという声が強く、国交を樹立すべきでは無いという意見も多かった。
「ただ、彼らはこちらでの交渉の場で食糧の輸出を要求してきた。おそらく、自国だけでは食糧生産体制が不十分ということでしょう。輸出の見返りとして、あの魅力的な技術の供与を交渉のテーブルに上げることは可能では?」
ミヒラの右隣に座っていた同じく対日使節団の1人のガイラス=ブロードマンは、交渉の場においてこちらが優位に立てる可能性を示す。彼は交渉の中で日本の使節から見せられた、次元の違う機械仕掛けの数々に魅了されていたのだ。
「だが、こちらが調子に乗れば彼らが実力行使に出ないとも限らんぞ」
「それは・・・」
ミヒラの的確な一言にガイラスは言葉が詰まる。日本という国が持つ力の全容を知らない以上、こちらが下手に出るのは悪手と言えた。
「出発は3日後の明朝。滞在日程は7泊8日。皆しっかり準備するように」
宰相のソマートが一通りの注意点を述べた後、王前会議は終了した。
後日、彼らは日本国側が用意した客船で、未知の国へと旅立ったのである。