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女帝の決意

4月25日 アルティーア帝国 ヤワ半島 マックテーユ市


 会議の終了から数日後、暫定政府はアルティーア帝国の領土である「ヤワ半島」を日本国へ割譲することを正式に発表し、その事実は瞬く間に首都市民、そして割譲の該当地域に暮らす人々の耳に届くことになった。ヤワ半島の割譲は講和条約の締結に先だって行われることが決まり、そこに住む人々には1年間の猶予期間が与えられた。つまり、ヤワ半島を去ってアルティーア人として生き続けるか、現地に残って日本国民の国籍を受け取るかの決断を1年以内に決めなければならなくなったのである。

 残留を希望した者には、日本人と同等の基本的人権が付与され、本土の日本人と変わらない義務と権利が与えられることになっているのだが、住民たちの間には“残ったままだと日本人の奴隷にされる”という誤解が広がっており、パニックになっていた。

 そして今、1人の自衛官がそのマックテーユ市を治めていた領主の屋敷を訪れている。彼、大久保利和一等海佐/大佐はマックテーユ市の領主であったシュードモナス=エルジノーサ大公と久しぶりに顔を合わせていた。


「既にご存じかと思いますが、暫定政府はこの半島の割譲を認めた様です。本日を以て、この地は正式に、かつ恒久的に我が国の施政下に置かれることになりました」


 日米合同艦隊の副司令を務めていた大久保一佐は“首都上陸作戦”には参加せず、事実上の軍政下に置かれているこの地に残って、同地占領の指揮を執っていた。マックテーユの港には彼と共に首都上陸作戦には加わらなかった艦艇が停泊しており、また同市内には治安維持の為に自衛隊員やアメリカ兵が散開していた。


「・・・約束は守って頂けるのでしょうな?」


 バルコニーから外の景色を見ていたシュードモナスは、大久保一佐に向かって振り返り、彼に問いかけた。


「・・・ええ、勿論。貴方も含めて、エルジノーサ家の人々には『屋和西道庁』の要職が確約されています」


 大久保一佐が答える。シュードモナスは大久保が提示した条件を受け入れ、日本政府がこの地に設置する地方自治体における要職の地位と引き替えに、日本国によるヤワ半島統治に積極的な協力を行うという協定を、日本政府と交わしていたのである。

 その後、この半島は漢字の名前が与えられて「屋和半島」と改称することとなり、マックテーユ市はその語感を残した「幕照」という名前に変えられることとなる。さらに同半島の西部は新国家設立を望む在日外国人へ割譲されることになっており、各国の大使館はその為の準備に奔走していた。


・・・


アルティーア帝国 首都クステファイ


 その頃、総督府と日米合同艦隊によって占領下に置かれていた首都クステファイでは、市民たちは巡回する自衛隊員とアメリカ兵に対して必要以上に怯える日々を送っていた。多くの人々は家屋の中に籠もり、外を出歩いているわずかな人々も、遙か東の海からやって来た異形の兵士を見る度に、逃げる様にしてその場を去ってしまう。

 そんな中で、皇城“ニネヴァ城”内部の宮廷庭園にて、暫定政府代表を勤める第三皇女のサヴィーア=イリアムが演説を行うというお触れが、暫定政府より発表され、参加出来る者は来る様にという指示が出されていた。


「一体・・・どんな発表があるんだろう?」

「決まっているだろ・・・俺たちはニホン人の奴隷にされるんだ・・・」

「そんな・・・列強の一角である我が国が、そんな恥辱を受け入れるなんて!」


 皇城に向かう市民たちは、政府より告げられるという発表の内容について、思い思いの憶測を口にする。皇城の敷地と市街地を隔てる門の両脇には、小銃を抱えた自衛隊員の姿があり、庭園に入ってくる市民たちを厳しく監視していた。市民たちは異国の兵士に怯えながら、演説の会場となる宮廷庭園へ続々と集まって来る。


『暫定政府代表、サヴィーア=イリアム殿下のご入場です!』


 音を増幅する魔法道具である“声響貝”によるアナウンスの声が辺り一面に響き渡る。集まっていた市民や兵士たちは、一斉に皇城2階のバルコニーへ視線を飛ばした。そこには法衣を身に纏ったサヴィーアの姿があり、その恰好が示す意味は、2名の皇子が健在であるにも関わらず、自らが次代の皇帝であると宣言するに等しいものだった。


『この国の戦士たちは、1度の敗北で心を折られてしまうほどの弱輩ばかりなのか? 風紀の乱れを感じるぞ・・・世界で最も気高き7カ国の一角を成した帝国臣民としての誇りと威厳はその程度のものなのか?』


「!!」


 サヴィーアの第一声は聴衆への叱咤であった。小言を発していた彼らは一斉に口を閉ざし、庭園には張り詰めた空気が漂う。


『聞け・・・確かに我が国は戦に敗れた。列強に名を連ね・・・ウィレニア大陸の統一、さらに“東方世界”の覇者とならんとした我らは何故敗れたのか』


「・・・?」


 自身に向かって数多の視線を向ける聴衆に、サヴィーアは敗戦の理由を問いかけた。市民の間に困惑が広がる。


『それは・・・列強という名の聖なる座に奢った(・・・)からだ。ロバーニア王国やセーレン王国にて大敗したにも関わらず、ニホン国を“辺境の蛮国”と侮り続け、情報の精査や早期終戦の模索すらも怠った悪しき権力者たちが、この国を亡国の縁にまで追い遣ったのだ』


 サヴィーアは先代皇帝のウヴァーリト4世や皇子、元老院議員たち、そして現実から目を背け続けた者たちに敗戦の理由を見出していた。日本を侮った彼らの失策が、祖国を敗北に導いたと結論づけたのだ。


『そして・・・偉大なる初代皇帝アシュールがウィレニア大陸の統一に乗り出してから今までの130年間、その間に配下とした数多の属国・属領は反旗を翻して我らの手元を離れてしまった。だが、国そのものが滅びた訳では無い。そして臣民は奴隷に身を落とすことも無く、今後も帝室は存続し、この世からアルティーアの名が消えることは無い!』


「!!」


 力を失った宗主国に対して、圧政の下に置かれていた属国や属領は次々と反旗を翻し、彼らの支配から脱していた。そしてアルティーア帝国の領域は、戦前と比較すると3分の1にまで縮小してしまったのだ。凡百の国々に対して圧倒的であった筈の力を打ち砕かれ、堕ちた列強に対して、世界の反応はシビアであった。だが、まだこの国には微かな希望が残されていたのである。


『前の権力者たちの過ちを繰り返してはならない。我々は国の復興を君たちに約束しよう。その為には敵であったニホン国とも手を取り合わなければならない!』


「ニホン国と・・・!?」

「どういうことだ?」


 敵国であった筈の日本と手を組むというサヴィーアの発言に対して、聴衆にどよめきが生まれる。彼女はそんなどよめきを掻き消す様に言葉を続けた。


『牙を折られた列強に対して、世界の声は余りにも容赦が無い・・・。惨めな思いをすることもあるかも知れない。だが、世界からどんな目で見られようとも、私は決して諦め、折れることは無い! 下を向くな、立ち上がれ! この国が再び息を吹き返す為には臣民の力が必要不可欠なのだ!』


「!!」


 女帝が発した力強い演説は、敗戦によって生気を失っていた国民の心に再び灯を点していた。聴衆は感情の昂ぶりによってわなわなと震え上がり、新たな皇帝(おう)に賛美の言葉を捧げる。


「サヴィーア殿下・・・万歳!」

「いや・・・皇帝陛下、万歳!」

「皇帝陛下、万歳!」


 新たな女帝の誕生を祝う声が響き続ける。それは首都市民が彼女の存在を認めた瞬間であった。その後、この演説の様子はアルティーア帝国の各地へ伝えられることとなる。


〜〜〜〜〜

 

4月28日 日本国 東京 首相官邸 9大臣会合


 この日も国家の重要課題について協議するため、閣僚たちが集まっていた。主な報告内容はセーレン王国との交渉における成果とその内容である。


「セーレンに対しての治外法権要求は少し過剰だったのでは? 仮にも立場的には共通の敵を持つ同盟国だったのでしょう」


 国土交通大臣の石川は、峰岸の対セーレン外交方針に苦言を呈する。


「正式には戦前はまだ同盟国ではありませんでしたし、ロバーニアの様に協定に基づいた軍事支援要請をしてきた訳でも、日本にとって重要な国家であった訳でもない。さらには、サファントでの会談において我々日本人を蛮族と罵る始末ですし、それに相手が弱い立場である以上、これを活用させて頂かない手は有りません。それが“外交”でしょう。それに結果だけ見れば、日本の資本参入に依る経済力の向上と、この世界で最強の軍隊による防衛が約束されたのです。彼らにとって何も損失はありませんよ。むしろ他の国々よりかなりの好条件と称すべきでしょう」


 峰岸は自身の外交に何ら不可解なことはなかったと説明する。そもそも外務省がこれらにこだわる理由は、日本人と日本企業をセーレン政府から守るためであった。“治外法権”は日本国民を、捜査能力が圧倒的に低い現地の警察機関による誤認逮捕や、セーレンにおいて取り調べの手法として普通に行われている拷問などの自白強要、及び斬首、鞭打ち、車裂き等々の現代日本の価値観からすれば残虐と言うべき数々の処刑から回避するためのものであり、一方、“免税特権”は日本による経済浸食を恐れたセーレン政府によって、妙な税金や法を新設され、日本企業に損害が出るリスクを回避するためのものであった。


「いい例がジンバブエで出された“外資系企業は保有する株式の半分をジンバブエ政府に納めなければならない法”でしょう。似たようなものを出されては、たとえ鉱山を掘っていいと言われても、日本資本は撤退するしかない」


 峰岸は説明を終える。


「確かに自尊心の高い一部特権階級には反発を買う内容でしょうが、資源については相手の技術レベルを考えると、わざわざ共同事業にするよりかは、全部こちらでやってしまった方がてっとり早いでしょう。それに自衛隊はすでに平民の多くに支持されているし、今後、鉱山運営が本格化し、さらに日本企業が進出すれば多くの雇用が生まれ、平民の経済は活気づきます。さすれば平民の日本に対する支持は益々上がります」


 経済産業大臣の宮島も、峰岸の持論をフォローする。


「セーレン全国民の9割以上を占める平民の支持さえ得ていれば、全国民の数%にしかならない特権階級の反発など、気にとめる様なものではありません。まあ、いずれ特権階級も骨抜きになりますから。それにこの“日セ安全保障条約”は永遠に続くものではありません。いずれこの世界に産業革命が波及し、この世界の民が、人権・国民・国家・民族・国際協調という概念を明確に意識するレベルに到達した時、セーレンでも条約改正や日本の資本によって建設された鉱山の国有化を要求する動きが平民の間に出てくるでしょう。そうなった時に新たな関係を模索すれば良いのです」


 峰岸は日本とセーレンの関係の今後の展望について述べた。


「アルティーア帝国における法の改正についてですが、“立憲君主制への移行”など国政の形態に関わるものを除けば、“拷問・私刑の禁止”と“刑罰・処刑方法の統一”などは絶対として、あとは現場の判断に任せることになりますが、恐らくはさして変わりません。身分制はそのままにする様ですし、“魔法に関する犯罪”も日本人は魔法が使えませんから関係ありませんし」


 法務大臣の岩田が話題を変える。彼はアルティーア帝国における施策について説明した。その後、各方面からの報告とその内容についての協議が終了し、この日の9大臣会合は閉会した。


〜〜〜〜〜


6月29日 ウィレニア大陸 ヤワ半島/屋和半島 東部


 戦勝によって獲得し、日米軍の隊員や総督府の官僚たちによって、移住のための下準備が終了した新領土「屋和半島」に、この時ついに民間人が足を付けた。


「ここが・・・新しい“アメリカ”か」


 アメリカ合衆国海軍のドック型揚陸艦「ハーパーズ・フェリー」から、米軍とその家族から成る移民団第一陣3000人が、屋和半島東端の街ヴィオラに上陸した。その中の1人である在日アメリカ軍司令官のロベルト=ジェファソン空軍中将は、新たなフロンティアに思いを馳せる。


「・・・」


 ヴィオラの住民たちは続々と上陸してくる新住民たちの姿を見て、大きな不安を抱いていた。移民上陸の事実を知ってこの街から逃げ出している者も多く、住民は半分ほどにまで減っていたのである。




 一般人や軍人たちが海からの上陸を続ける一方で、「ハーパーズ・フェリー」の飛行甲板から大型ヘリコプターのキングスタ(CH-53K)リオンが飛び立っていた。その中には駐日アメリカ合衆国大使であるキャルロス=ケーシーが乗っていた。


「大使・・・あちらが新たな“ホワイトハウス”です」


 同乗していた参事官はある建物を指差しながら、地上の様子を眺めるキャルロスに説明する。彼が指し示したのはヴィオラの領主一族が暮らしていた屋敷であった。そして飛行するキングスタ(CH-53K)リオンはその屋敷の庭園へと着陸する。そこでは数名のアメリカ軍兵士が大使の到着を待って敬礼をしていた。


「ようこそ、大使・・・新たなアメリカ合衆国へ!」


 ヘリコプターから降りたキャルロスを出迎えたのは、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「シャイロー」の艦長を勤めるアントニー=ロドリゲス海軍大佐であった。キャルロスが此処へ来た理由は2つ、1つは新アメリカ合衆国建国の宣言をすること、もう1つはこの世界での“アメリカ合衆国大統領”に就任する為であった。


「改めて勝利おめでとう、でも大変なのはこれからよ」


「・・・はっ! すでに準備が整っております、こちらへどうぞ」


 ロドリゲス大佐の案内を受けて、キャルロスは新たなホワイトハウスへと足を踏み入れる。その頂には13本の横縞と50の星が描かれた「星条旗」が美しく翻っていた。

 斯くして6月29日、ヤワ半島東端の町ヴィオラを首都に置き、「アメリカ合衆国」の建国が宣言された。ヴィオラはその名を「ワシントンD.C.」と変更され、旧ヴィオラ知事の屋敷はホワイトハウスへとその名を変えた。そして初代大統領に転移時の駐日アメリカ大使であるキャルロス=ケーシーが就任し、アメリカ史上初の女性大統領となった。ワシントンD.C.には今後随時、在日米軍が移転される予定だ。


 その後、2026年6月末から約1ヶ月に渡り、日本国によって屋和半島の地に4つの新しい国が建国されることとなる。

 アメリカの西隣に在留ヨーロッパ人によって構成される「欧州支分国」、在留アフリカ人による「アフリカ支分国」、主に在留ブラジル人とペルー人からなる「南米支分国」、在留フィリピン人、ベトナム人などの東南アジア人やその他少数のアジア他地域出身者からなる「アジア支分国」の計4カ国が日本政府の支援の元に建国された。

 これら4カ国は1つの連邦として首都をアジア支分国の主都「アジアンスケール」に置き、「新世界連合国(United Nations in New World/UNNW)」という名称でこの世界に新生国家として誕生することとなった。アフリカ、ヨーロッパ、アジア、南米を1つの連邦にまとめあげる、言葉の垣根が無いからこそ為し得た荒技だ。そしてさらに西隣に日本国内の在留外国人最大派閥である在留中国人による「中華共和国」が首都を「洛京」と定めて建国され、国家元首である主席に駐日中国大使である陳健君が就任した。最後に建国されたのが在日朝鮮・韓国人による「新韓共和国」である。この国は首都を「韓京」とし、中華共和国の北側に設置された。

 尚、在日米軍という自前の戦力を持つアメリカ合衆国を除いた他の3カ国は、国防を自衛隊に一任するという安全保障条約を日本と結んでいる。事実上の日本の被保護国である。

 だが、択捉島に居住・駐留していたロシア人とロシア軍については屋和半島への移住を拒否した為、彼らの処遇についての議論は先送りされることとなった。


 そして屋和半島の西部では、此度の戦争には参加していなかった輸送艦「くにさき」に乗せられた日本人移民団第一陣もこの新領土に上陸している。そしてオリンピック作戦に参加した自衛隊員による治安維持の下に置かれていたマックテーユ、和名「幕照」に屋和半島を統治するための行政官庁である「屋和西道庁」が設置されたのだった。

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