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停戦協定

3月28日 シオン自衛隊基地司令部 司令執務室


 日本から出発した「いせ」がシオンの港に寄港していた。シオンの港では自衛隊に捕獲されていたアルティーア帝国海軍の軍艦20隻が出航の準備を進めている。サヴィーアを首班とするアルティーア帝国暫定政府が、日本政府が提示した協定を遂行し、共同宣言を受け入れた為、アルティーア帝国軍の捕虜たちは故郷への帰還が認められたのだ。帰国の一報は捕虜となっていた兵士全員に伝えられ、4000余人の兵士たちはその一報に歓喜していた。


「準備の進捗具合はどうですか?」


「今日にも出航できます。・・・我々は国に帰れるのですね」


 司令執務室に呼び出されていたアルティーア帝国海軍の将官であるテマは、鈴木海将補の問いかけに答える。


「当然ですよ。いつまでも置いてはおけません。ここは宿屋じゃあないのでね」


 鈴木は湯飲みをすすりながら答える。彼らの軍艦に積まれていた食糧はすでに底を突いており、自衛隊は隊員の食糧を削りながら彼らの食い口を養っていた。自衛隊にとってみれば、やっかい払い出来て清々したという思いだろう。


「本当にお世話になりました。貴方方にはなんとお礼申し上げたら良いか・・・」


 テマ将官は繰り返し感謝の言葉を述べる。


「いえ、これは義務ですから」


 鈴木海将補は微笑みながら言葉を返す。


「ここで見聞きしたことの全ては、私にとって大きな糧となりました。今後は捕虜を末端の一兵士までも厚遇する貴方方の慈愛を、志として生きたいと思っています」


 鈴木の手を握りしめてテマは別れの言葉を告げた。このシオン基地におけるアルティーア帝国軍兵士に対する接遇は、彼らの一般的な認識を超えた好待遇であり、捕虜となったアルティーア帝国軍の兵士たちの対日感情は極めて良好となっていたのだ。

 その後、彼らは寄港していた「いせ」と共に、故国であるアルティーア帝国の首都クステファイに向けて出港する。


〜〜〜〜〜


同日 アルティーア帝国 首都クステファイ 皇城「ニネヴァ城」 南麗宮・寝室


 戦いが終わって8日後、首都クステファイは一時的な措置として日米合同艦隊司令部の半軍政下に置かれている。首都陥落と皇帝の死、そして暫定政府の誕生はアルティーア帝国の各地方を治める地方領主の耳にも届けられており、彼らは政府代表であるサヴィーアに恭順の姿勢を示す者、または実父たる皇帝を殺害し、皇子たちを幽閉した彼女を認めない者に大きく別れていた。

 この国は貴族が私設の軍隊を持つことは禁じられており、大規模な反乱などが起きる可能性は無いのだが、イロア海戦によって国軍も壊滅状態である為、サヴィーアが率いる暫定政府に反発する者たちの制圧に向かうことはしばらく出来そうになかった。

 改めて国の元首となったサヴィーアは、皇帝の住まいである皇城「ニネヴァ城」の南麗宮に入っている。暫定政府の重役たちもその顔ぶれが大体は決定しており、あとは日本から役人が派遣されるのを待つばかりとなっていた。


「あの日以降、殿下は度々あの様に気が抜けた様子になることがある」

「親子の情は無いに等しかったとは言え、仮にも父親殺しだ。やはりお辛いのだろうか」


 彼女の寝室を警護するクーデタ軍の兵士たちは、部屋のバルコニーから外を眺める皇女の後ろ姿を見てひそひそと話している。サヴィーアは日本軍が首都に上陸した日、首都から逃亡しようとした皇帝の命を獲ることで戦いを収め、それ以降は混乱に陥った政府をまとめようと気丈に振る舞っていた。

 だが、戦場で戦う兵士でも無い19歳の彼女にとって、人を殺めたという事実は心に重くのしかかっていたのか、こうしたふとした時にぼうっとしてしまうことがあった。兵士たちはそんな彼女の様子を見て不安に感じていた。


「大丈夫さ・・・そういうのじゃない」


「ゴルタ佐官!」


 2人の兵士の背後から、彼らの話を聞いていたゴルタ=カーティリッジが現れる。元海軍佐官の登場に兵士たちは驚いていた。


「殿下は必ず立ち直られる。国を立て直すという確固たるご意思が、殿下の心を突き動かすからだ」


 ゴルタは恋人であるサヴィーアの心が折れないことを信じていた。大きな傷を負ったこの国にとって、彼女は復興への筋道を示す道標であったのだ。


〜〜〜〜〜


3月30日 アルティーア帝国 首都クステファイ 港


 それから2日後、日本国より派遣された護衛艦「いせ」がクステファイに着港した。日本政府の官僚たちはタラップを降りてアルティーアの地を踏みしめる。彼らは首を左右にキョロキョロさせながら、初めて目にする異世界の地をしかと目の当たりにしていた。


「左遷か栄転か・・・どっちか分からん」


 その中の1人に、文句混じりの独り言を言いながらタラップを降りて来た男が居た。彼の名は後藤嘉人、防衛省事務次官を勤める男である。今回、アルティーア帝国暫定政府の監督を行うにあたって設置が決まった「アルティーア帝国総督府」の総督として、白羽の矢が立ったのだ。

 階段を降りた先には、上陸作戦に参加した2000人近い自衛隊員と海兵隊員たちが、隊列を組んで後藤の到着を待ちかねていた。そして彼らと「いせ」から降りた役人たちとの間にはテーブルと椅子が場違いのようにぽつんとおかれていた。そして上陸部隊司令の任に就いていた秋山武史一等陸佐が後藤に駆け寄って、彼に耳打ちする。


「まもなく、アルティーア帝国代表団の方々がこちらへ到着されます」


「分かった」


 後藤はそう言うと、左手首の腕時計をちらっと見る。しばらく待つと、豪華な外装の1頭立ての馬車2台が後藤たちの前に現れた。その中から、2人の男女と少数の護衛からなる代表団が降りてくる。


「アルティーア帝国暫定政府代表サヴィーア=イリアム殿下、次いで外務局大臣代理ヘリング=アイレット氏がお着きになりました」


 秋山一佐が彼らの素性を官僚たちにアナウンスする。馬車から降りたアルティーア帝国代表の2人は駆け寄って来た自衛官の説明を聞きながら、その足をテーブルへと運んだ。後藤とサヴィーア、国の代表である2人の距離は徐々に近づいていく。


「初めまして、サヴィーア殿下、そしてヘリング殿。日本国防衛省事務次官の後藤嘉人(ヨシト=ゴトウ)と申します」


 後藤は軽い自己紹介をすると握手の為に右手を差し出す。


「初めまして・・・アルティーア帝国第三皇女サヴィーア=イリアムと申します」


 サヴィーアは後藤の手を握り返す。サヴィーアは戦勝国の代表という立場でありながら礼を尽くす彼の様子を意外そうに見つめていた。


「では、早速ですが調印の方を・・・」


 後藤が指し示した例のテーブルの上には書類が置かれていた。題目は「停戦協定」、事実上の降伏文書である。すでにセーレン王国代表ヘレナスと極東海洋諸国連合代表アメキハの署名は終えてあり、あとは日本代表とアルティーア帝国代表の署名を待つのみとなっている。

 最初に署名したのは日本政府代表の後藤嘉人であり、その後、サヴィーアとヘリングが順に座って署名を終える。港や「いせ」から自衛官と役人たちが見守る中、停戦協定、事実上の降伏文書の調印が終了した。


「これでようやく、貴国と我が国の間で正式な終戦を迎えることが出来ましたな」


 後藤は特に何の感情を抱く事も無く、客観的事実を淡々と述べる。当然ながら敗戦国代表の2人の顔は暗かった。その後、日本から派遣された役人の1人である外務官僚の東江義隆が、代表3人の前に立って今後の予定を説明する。


「早速ですが日本政府は本日をもって、この護衛艦『いせ』に『総督府』を設置します。なお、日本政府により任命される総督は、アルティーア帝国内において帝国政府や皇族の上に立つ存在だということをお忘れのないようにお願い申し上げます」


 列強国の一角であったアルティーア帝国が、名も知られていなかった他国の支配を受け入れる。東江のこの言葉を聞いたサヴィーアは、アルティーア帝国の敗戦をひしひしと思い知らされた。戦争の幕引きを宣言したのは自分だが、いざこの日を迎えると、かつて7大国の一として世界に名を馳せた母国の凋落を強烈に実感することとなった。


「・・・はい、承知しています」


 少し弱い声でサヴィーアは答える。


「占領政策や賠償金などの詳細については後日お伝えします。その時に再びお会いしましょう」


 東江は言葉を続けた。その後、調印式は解散となり、各隊員と官僚たちはそれそれの持ち場へと戻り、サヴィーアとヘリングは自らの屋敷へと戻った。また、シオン基地にて自衛隊の管理下に置かれていた捕虜たちは、この数日後に帆走軍艦に乗って故郷の大地へと帰還したのである。そして「総督府」設置のニュースは、瞬く間にアルティーア帝国国内に広まって行った。


〜〜〜〜〜


3日31日 「いせ」艦内 多目的区画 アルティーア帝国総督府


 その翌日、クステファイの港に停泊した「いせ」では、政府より派遣された官僚や省庁幹部が艦内に設けられた会議室で一同に会していた。


「日本政府が示した指針としましては、占領政策の大まかな内容についてはGHQの占領政策をモデルとして行う予定となっております」


 会議進行役の東江が政策の概要を説明する。日本政府が総督府に要求した占領政策の内容は、軍事裁判、身分制の存廃の決定、法改正、既存の軍の発展的解消、教育改革、親日政権の樹立等々、とても1年やそこらでは終わらない量だった。


「施策の必要経費についてはご存じのことと思いますが、停戦協定において帝国側が負担することになっています」


 東江は予算の心配が要らないことを前もって伝える。その後、会議は本題へと入っていく。


「では、現段階で決まっている、1つ1つの具体的内容を説明致します。まずは今回の戦争における戦争犯罪者の処罰についてです・・・」


 東江が最初に語り始めたのは戦争犯罪者の処遇についてであった。その後、彼が述べた内容は具体的に以下の通りだ。

 戦中に閣僚や上級役人、軍指揮官、元老院議員の職に就いていた者たちは、今後の総督府による捜査結果に基づき、公職から追放処分、すなわちクビにすることを処罰とし、日本政府が実際に裁判にかけることはない。また、それにより空いてしまう閣僚のポストに就く者の人選については暫定政府に一任する。実際に裁判を行う対象については、アネジア王国やセーレン王国における卑劣行為や日本国外交官殺害などの凶悪犯罪を行った者に限り、彼らに関しては被害を受けた国々への引き渡しを要求し、それぞれの国の法に則って裁判を行う。尚、クーデタ軍を率いた元軍事局大臣のシトス=スフィーノイドについては、戦争の終結を早めた功績を認めて恩赦とする。

 ここまでの説明を終えた東江は、湯飲みの茶を一口含み、喉を潤す。その後、質問が出ないことを確認すると、次なる課題へと説明を進める。


「身分制度の廃止、これは状況を見て慎重に行いましょう。場合によっては残した方が良いかも知れない。ただ、終戦直前まで徹底抗戦を率先して主張していた主戦派の議員たちの財産は没収という形をとり、政策費用に充てます」


 身分制度の急激な撤廃はアルティーア帝国の秩序をさらに悪化させかねない。東江は身分制度の是非について軽く説明を終えると、次の課題へと進む。


「次に属領・属国の扱いについてですが・・・」


 東江は説明を続ける。属領は属国同様に独立させることになっている。共同宣言の内容にも盛り込んだこれは変えようの無い決定事項だ。事実、属領・属国民は独立に沸いている。日本にとってはただのやっかい払いでしか無いが、アルティーア帝国に虐げられて来た彼らの記憶には、“日本国”という名は独立の救世主として刻まれていた。しかし、ここにある問題が生じていた。


「傀儡としてですが、現地住民による統治機構が残されている属国の独立は問題無いと思われます。ですがアルティーア帝国から派遣された知事によって統治されていた属領は為政者を失うことになり、結果として政治が混乱した状態になってしまうと思われます」


 属国と異なり、国内の一地方としてアルティーア帝国に編入されていた“属領”は、本来の為政者とその一族が処刑されてしまっている場合が多く、一部の地域では“君主の末裔”を名乗る者たちが乱立する事態が起きているという情報が入っていた。そういった地域はアフリカ大陸のソマリアの様な内乱状態に陥っていくだろう。


「・・・と言っても属領は範囲が広く、その管理は日本国にとって少々負担が大きすぎる。それにアルティーア帝国の敗戦と共同宣言の受諾を受け、本来の為政者の子孫やその血筋を引く者を立てて、新政府樹立を宣言している属領もあるという。いずれ落ち着いていくんじゃないか?」


 防衛事務次官の後藤は東江の言葉に対して少し間を置いて反論する。


「たしかに、数が少ない自衛隊を広大な属領全域に派遣するほどの余裕はないですね」


 防衛官僚の1人である加治原良樹が後藤の発言に共感する。


「しかし、一部の元属領では為政者を名乗る者が乱立し、紛争状態となっております」


「・・・局地紛争にいちいち関与してやる必要もないだろう」


 後藤は属領で起こり得るいざこざについては、その当人たちが解決すべき問題であり、日本政府が関与すべきものでは無いと考えていた。東江はこの問題についてそれ以上何も言うことは無くなり、次の課題へと話を変える。


「奴隷制についてはどうしましょうか?」


「当然・・・廃止だろう。そんな制度を残せば政府も世論も納得するまい。国内世論への良いパフォーマンスにもなる」


 後藤は奴隷制の廃止を即決する。会議参加者たちも一様に頷いていた。


「しかし、鉱山採掘はこの世界では大体奴隷の仕事です。それを廃止すれば賠償金として受け取る金貨が鋳造出来なくなるのでは? それに農業に従事する奴隷も居る・・・」


 経済産業省から派遣されていた官僚の1人が、奴隷制の廃止に対する懸念を示した。


「賠償金欲しさに奴隷制の廃止を延ばせば、間違いなく国内世論の反感を買う。賠償金の支払い期限については少々長めに設けて、アルティーア帝国政府には元奴隷を正式に労働者として雇わせて、金の採掘を行わせれば良いだろう。別に鉱山労働を否定する訳じゃないんだ。それにどうせ賠償金の減額と引き替えに、アルティーア帝国内における資源採掘権を認めさせることになるからな。そうなれば日本国内の様々な企業がアルティーア帝国へ進出し、雇用は増えて元奴隷が浮浪者としてあぶれる心配も無い。安価な労働力が手に入るから企業連も喜ぶだろうよ」


 日本国内の各大企業はかねてより、ウィレニア大陸への商業進出の認可を日本政府へ強く訴えている。国交を結んでいた「ノーザロイア島」の各国や「極東海洋諸国連合」はその経済力の低さから市場として価値が低く、十分な利益を出すことが難しかったからだ。その為に事実上、日本政府の意のままに法律を作り替えることが出来る「列強・アルティーア帝国」は、彼らにとってとても魅力的な市場だった。


「では次ですが・・・」


 東江は説明を続ける。占領政策の詳細について討議するために行われた政策会議は、1日6時間、合計して6日間にも及んだ。




「いせ」艦内


 経済産業省・資源エネルギー庁に所属する役人である瀬口浩二と真鍋幸直の2人が、アルティーア帝国産業局から押収した資料を読み漁っていた。その題目は“鉱床目録”、アルティーア帝国の領土内とかつての属領・属国に存在するすべての地下資源についてまとめられた資料である。それには鉱山の所在、産出する資源名、年間産出量などが細かくまとめられていた。


「う〜ん、これ何て読むんだっけ?」


 瀬口は読んでいた頁を指でキープしながら、脇に置いていた翻訳書へと手を伸ばす。2人はこうして、見たことも無い文字を簡易的な翻訳書を片手に片端から読んでいた。文字や書き言葉の翻訳がある程度進んでいるのは、話し言葉の垣根が無いおかげだ。


「おい、これ見てみろよ!」


 慣れない作業に苦戦する瀬口に、真鍋は自身が解読していた目録のとある頁を指さす。そこにはこう記されていた。


“属領 カシイート ピエールキ鉱山 出土:ガラス着色剤鉱石(黄色、緑色)”

“属国 トミノ王国 ヨーヒム鉱山 出土:ガラス着色剤鉱石(黄色、緑色)”


「こいつは・・・!」


 瀬口は驚いた表情を浮かべる。ガラスの着色に使われる鉱石として、彼らの脳裏にはある資源の名前が浮かんでいた。このことはすぐに、総督府の長である後藤の耳に届けられた。

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