戦後処理
3月20日・戦争終結直後 アルティーア帝国 首都クステファイ
クーデタ軍の兵士と陸上自衛隊の隊員によって、総勢214名の元老院議員の身柄が大議事堂から連れ出される。彼らは敵兵たちが持つ銃に怯えながら、大議事堂の側に停車していた73式大型トラックの荷台に乗り込んでいく。
「おい・・・1つ聞きたいことがある」
元老院議員の1人であり、第二皇子のズサル=バーパルは73式大型トラックに乗る直前、側に立っていたクーデタ軍兵士の1人であるスペランカ=ヴァーヴァティーに話しかけた。
「ニホン国はこの国の手綱を・・・本当にあのサヴィーアに握らせるつもりなのか?」
「・・・! はい、それが殿下が結ばれた協定です」
「それが決まったのは何時のことだ?」
「・・・5日前です」
5日前といえばサヴィーアがズサルの屋敷を訪れた2日前のことである。サヴィーアがあの時から今日のシナリオを組み立てていたことを知ったズサルは、自嘲と失笑が入り交じった笑い声を上げる。
「フフ・・・ハハ、まんまとしてやられた訳か。オイ、可愛い我が末妹に伝えておいてくれよ。“国政”はお前が考えるほど甘くないってな」
「・・・」
ズサルは捨て台詞を残した後、自ら73式大型トラックに乗り込んだ。
「良し・・・これで我々の任務は終了だ」
彼らを監獄に護送するトラックの群れを見送った後、近衛兵に変装していたアルベルト=デイビス軍曹は、身に纏っていた甲冑を脱ぎ捨てた。他にも数名、近衛兵に紛れ込んでいた海兵隊員が居り、彼らも変装を脱ぎ捨てていく。
その後、海から上陸したおよそ3000人近い日米の隊員たちによって、アルティーア帝国政府の主要施設は艦隊司令部の管理下に置かれることとなった。
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3月22日 日本国 東京都千代田区 首相官邸 小ホール
停戦から2日後、戦後処理と今後に関する事柄を協議する為、閣僚や議員、官僚たちが集まっていた。
「アメリカ建国を知った各国の大使館や組織からの要求が出ています。『自分たちの国も作れ』と。特に民団や総連、中華系団体からの要求が激しい・・・」
「アメリカ合衆国」の建国を日本政府が支援するという情報は、たちまち各国の大使館に知れ渡っていた。外務大臣の峰岸は諸外国の圧力が高まっていることを伝える。
「よって各国の建国を日本政府が行う代償として、軍事技術や科学技術など、我々日本政府が求める全ての機密情報の開示に応じることを、各国の大使館には条件として通告致します。また建国にかかる費用はある程度、彼らが日本国内に所有する資産から負担させます。アメリカは祖国を作るために身を切って戦争に協力してくれたのですから、それくらいはして貰わなければ割に合いませんね」
次に防衛大臣の安中が戦後処理について説明する。
「占領統治についてですが、自衛隊と米軍で治安維持を行うのは、首都クステファイと現在我々の占領下にあるマックテーユ、そして今回の攻撃対象にはなっていない海上貿易の中枢都市・ノスペディとその周辺の街のみで、他の地方都市については属領に散らばる治安維持軍を本土に引き上げさせ、任務に当たらせます。帝国は正規軍が壊滅しているため、これは急務となるでしょう」
安中はアルティーア帝国の治安政策について語る。その後、彼がプレゼンした内容は次の通りである。
アルティーア帝国の占領統治はサヴィーア=イリアムを代表とする「暫定政府」を介した、所謂“間接統治”の形で執り行う。故に数日後、主に外務省と防衛省の官僚たちをアルティーア帝国に派遣して、暫定政府を監督して共同宣言の内容を執行するための「総督府」を設置する。
そして28の属国と51の属領、アルティーア帝国による過酷な搾取や民族強制移動に遭い、経済力が貧しく将来的な市場価値の低いこれらの地域については、独立を望む地域についてはそのまま独立させる。これにより、後に日本への割譲を要求する「ヤワ半島」も除くと、アルティーア帝国の支配領域は戦前の3分の1にまで減少する。
その上で属国・属領については、領内の治安が比較的安定しており、尚且つ利用価値のある資源が認められる国家に限り、こちらから国交樹立の使節を送る。向こうから使節が訪れる場合には勿論拒否しない。
また、国境地帯については、アルティーア帝国軍事局隷下の「国境警備隊」にそのまま警備に当たらせる。戦力が不足する場合には暫定政府の求めに応じる形で陸上自衛隊を派遣する。属領を失うことにより、アルティーア帝国内の食糧事情が危うくなる場合には、帝国本土内における農村地帯に農業指導員を派遣する。その他、細かい内容については現場の判断にゆだねる。
おおざっぱに説明するとこんな感じだ。ちなみに暫定政府を監督する“府”の長の役職名については、「総督」にするか「統監」にするか、それともただ単に「長官」にするかを各省の間で少し揉めていた。説明を終えた安中が着席すると、次に経済産業大臣の宮島が立ち上がる。
「経済産業省からは先程のお話にも上がった“資源”について詳しく説明させて頂きます。現地の資源調査団の報告に依ると、セーレン国内にはボーキサイトとカリ鉱石の豊富な鉱床が存在する様です。これらの採掘権は我が国がセーレンへの請求権を持つ“王国奪還の見返り”として彼の国の政府より差し出させます。その後、セーレンには“治外法権”と“免税特権”を外交交渉によって認めさせます。これによって、まだ王国の手が入っていない全ての地下資源を、王国の法に煩わされることなく自由に調査・採掘することが可能になります。我らが欲する資源は、どちらにせよまだこの世界ではまだ価値が低いか、その有用性が見いだされていないものばかりです。セーレン国内でも、金銀銅鉄石炭はすでに各地に鉱山が開発されていますし、これらの条件を飲むことは彼の国にとってもさしたる損失にはならないでしょう」
宮島はここまで説明したところで、ペットボトルの茶を口に含んで一息ついた。
「次にアルティーア帝国に関する資源についてお話します」
宮島は続いて手に持っている資料の頁をめくる。
「まず勝者の権利として“ヤワ半島の割譲”を彼の国に要求します。皆さんご存じの通り、ここには良質な鉄鉱石を出土する鉱山と、その精製に必要な石炭を産出するための炭田が各地に散らばっており、我が国の鉄鉱業、重工業を再燃させるために、必須の資源地帯であります」
宮島が開いていた頁にはアルティーア帝国の大まかな地図が載っていた。その後、彼はアルティーア帝国の“他の領域”の地下資源について語り始める。彼が語った内容は以下の通りだ。
まず、属領・属国の扱いは防衛省の説明の通りであること、次にアルティーア帝国本土領域内についての地下資源は、賠償金の減額を譲歩として、セーレン王国へ求めるものと同じく、“すでに開発されているものを除く資源鉱床の調査採掘権”を要求することを述べる。実際にどんな資源が眠っているかはセーレン島以上に情報が無いため、新たな調査が必要となるだろう。
「先程の経済産業省の説明に捕捉する形ですが・・・」
説明を終えた経産大臣が席に座ると、防衛大臣の安中が手を上げて発言を開始した。 彼は新たな資料を手に取ると、次の説明を始める。
「今後新しく製造する軍事品は、これら新たな資源供給源から国内へ搬入される材料を元に1から作ることに成ります。自衛隊が使用する外国製の武器兵器についてですが、アメリカ製の武器については、大使館との協定により、拳銃から戦闘機、イージスシステムまで、その製造技術も含めてそれらのブラックボックスが全て明かされることになってはいます。ライセンス料も免除されることになりました。
しかし国産品はともかく、外国製のミサイルや兵器などはその生産体制が整うまで、しばらくはライセンス生産で作るよりも製作費が高騰する可能性があります。これへの対策として、アルティーア帝国やセーレン王国などでの資源採掘では、現地人を我々の価値基準からすれば破格の安価で雇用することを提案します。さらに・・・」
安中は資料をめくると軍事予算に関する説明を続ける。2019年の日中衝突後、日本は国家予算を増やし、軍事費を増大させて来た。しかしこの世界では国家予算の上限額が減っている状況ながら、少なくとも軍事品の生産体制が整うまで、さらなる軍事費の増大を行うという二律背反をこなさなければならない。その代償として、「地方交付税交付金」が削減の筆頭標的に上げられていた。地方の財源は減るが、今の日本に必要なのは安定した“武力”なのである。
地方交付税交付金の削減には、もちろんそれに至る理由がある。都会で職を失った人々が国産食糧の高騰に焚きつけられ、逆転を狙って農業や漁業に従事する為に故郷である地方都市に流出する現象が全国的に発生していたのである。故に、大都市の人口減少と地方の人口増大が急速に進んでいた。予期せぬ形で東京一極集中と地方の過疎化が解決されたのは喜ばしいことではあるが、この為、人口増加に伴う税収増加と第一次産業隆盛による恩恵が地方の財政を潤している一方で、大都市の税収は減っていた。結果、地方と大都市の財政格差が徐々に是正されていたのだ。
「この状況ならば『地方交付税交付金』の予算を多少減らしても、恐らくは問題無いでしょう」
軍事費予算の運用について説明を終える安中は、予算について事前に会合の場を設けていた総務大臣の高岡正則の方を向く。
「総務省としても、防衛省の意見に異論はありません」
安中の視線に気づいた高岡は、地方交付金を所掌事務に持つ総務省の立場から、彼の提案にフォローを入れる。
「もっとも予算がかかるのが、『第42航空群』の完成でしょう。この世界では日本は積極的に海外における利権を持たねばなりませんから、新たな航空母艦はやはり必要です。現在『あかぎ型2番艦』の建造が転移により滞っていますが、これの建造を再開し、搭載する航空群の完成も急ぐ必要があります」
日本が戦後初めて保有を決定した固定翼機の航空母艦である「あかぎ型航空母艦」は2隻の建造が予定されていた。1つが今戦いで初めて実戦投入された1番艦「あかぎ」、そしてもう1つが未だドックで建造途中の2番艦である。また、これら2隻に乗せる日本版空母航空団として、海上自衛隊の航空集団に2つの航空群が新設されており、1つが厚木航空基地を拠点とし、「あかぎ」と共に戦った「第41航空群」、そしてもう1つが長崎の大村航空基地を拠点とする予定の「第42航空群」である。これらに加えて、しまばら型強襲揚陸艦に乗せる日本版海兵航空団として1個航空隊が新設されており、この「第71航空隊」は山口の小月航空基地を拠点としている。
その中でも議題に挙げられた第42航空群は母艦となる2番艦が未完成で、さらに艦載機となるF−35Cの調達が終了する前に日本国が転移してしまった為、航空群としても未完成なままとなっているのだ。
「今年、ライセンス生産による6機のF−35C戦闘機の納入が行われ、同機の保有数は49機となりますが、これ以降は艦上戦闘機の製造を1から自前で行わなくてはなりません。F−35Cを1から作るとなると、先程の原材料費対策を行ったとしても、生産体制が整っていない今では、1機当たりどれほど予算がかかるかは不明瞭です。故に今後しばらくは、空母を2隻同時に実戦へ出す時には、アメリカ海兵隊のF/A−18戦闘機に動員を依頼することになるでしょう」
日本国内にはアメリカ軍の戦闘機が駐留する基地が多数存在するが、その中の1つである山口県の岩国基地には、F/A−18E/F及びF−35Cを運用するアメリカ海軍の「第5空母航空団」とF/A−18D及びF−35Bを運用するアメリカ海兵隊の「第1海兵航空団・第12海兵航空群」が駐留していた。
第5空母航空団は母艦である「ロナルド・レーガン」と共に外洋航海中であった為、転移には巻き込まれていなかったが、第1海兵航空団・第12海兵航空群は日本と共にこの世界に来ていたのである。そして彼らが保有するF/A−18D戦闘機はF−35Cと同じく艦上戦闘機である為、あかぎ型での運用は理論上は可能だった。
「この世界でも日米同盟の維持は大切ですね・・・。それで『ロシア』に関してはどうなっていますか?」
アメリカとの関係の重要性を再認識した泉川は、もう1つの懸念材料について尋ねる。日本国の「転移」に伴い”軍隊”を引き連れて来た国は、アメリカ合衆国だけではなかったのだ。
東亜戦争の終結後、日本とロシア連邦は“面積等分”という形で北方領土問題に決着を付け、それに伴って「択捉島」に陸の国境線が引かれることになり、同島は島内面積のほとんどが正式にロシア領となった。だが、択捉島は他の3島と共に日本国の異世界転移に巻き込まれてしまい、国境警備を主目的としてそこに駐在していたロシア軍の部隊が、多くの住民たちと共にこのテラルスに来ていたのである。
「アメリカ同様に我が国へ吸収されることは拒んでいます。また、ヤワ半島での建国をも拒否しています。あくまで自国領土である択捉島に新たな『ロシア連邦』を築きたいと・・・」
外務大臣の峰岸が答えた。
「・・・まあ、予想通りと言えば予想通りの反応ですね。ロシアについては当初の予定通り、日本の要請に応じて軍を出動させるという条件付きならば建国の支援を行うと伝えてください」
泉川はロシア大使館との間で行われていた交渉について指示を出す。峰岸は彼の言葉に対して頷いた後、再び手元の資料を取って説明を始める。
「早ければ明後日には、各省庁の官僚と“総督”、そしてロバーニア王国沖海戦にて捕らえていたアルティーア帝国軍兵士の捕虜を乗せた『いせ』が日本から出発します。政策内容についてはある程度我々からも注文を付けますが、状況が状況ですし、先程も述べた通り詳細は現場の判断にゆだねる形を執ります」
説明を終えた峰岸が着席すると、泉川は背もたれに寄りかかりながらため息をついた。
「・・・よし、変更点は無しです。このまま行きましょう!」
その後、少しの時間を経て会議は解散された。そして3月24日、役人たちと捕虜を乗せた「いせ」が日本を出発した。多くの国民たちが歓声を送って見送る中、ごく少数の人々がプラカードを持って、日本を去る「いせ」に向かって抗議を行っていたのである。
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3月27日 日本国長崎県 佐世保港
2017年に退役した「くらま」に代わり、第2護衛隊群第2護衛隊に編入された「かが」が、此度の戦争に派遣されていた第2護衛隊と第11護衛隊を率いて日本へ帰還していた。彼らが帰る前には、大海蛇の万歳アタックを食らって戦闘不可となった第3護衛隊群第7護衛隊の「ふゆづき」が、同じく第7護衛隊の「みょうこう」と「ゆうだち」の曳航と護衛を受けながら一足先に帰還していた。
横須賀を母港とする第11護衛隊と途中で別れ、佐世保へ入港する第2護衛隊の隊員たちの目に入ってきたのは、港にて日の丸を振りながら、彼らの帰還と戦果を祝う佐世保市民の人波だった。
「・・・日本だ! 何もかも懐かしい!」
「かが」の艦長を勤める反谷大二郎一等海佐/大佐は、自分たちの帰還を歓迎する市民の様子を見て涙を流していた。
(何もかも懐かしいって言う程、離れてはいないっす・・・)
航海長の坂上承平二等海佐/中佐は感激の台詞を述べる反谷一佐に小声で冷静な突っ込みを入れる。
『甲板に集合!』
その後、反谷一佐は艦内の隊員たちにアナウンスで指示を出す。艦長の命令を受けて「かが」のヘリコプター甲板に集合した自衛官たちは、港に集まる佐世保市民の方を向いて隊列を整えた。
『敬礼!』
再び反谷一佐の声が響く。その直後、彼らは一糸乱れぬ動きで敬礼を取った。その様子を見た市民の歓声は一際大きなものとなった。
・・・
<日本=アルティーア戦争>
○戦闘参加艦艇 計43隻
・海上自衛隊/日本海軍 計 33隻
護衛艦 23隻
航空母艦/戦闘機搭載型護衛艦 1隻
強襲揚陸艦 3隻
輸送艦 2隻
補給艦 4隻
・アメリカ海軍第7艦隊 計 10隻
ミサイル巡洋艦 1隻
ミサイル駆逐艦 7隻
ドッグ型揚陸艦 2隻
○戦闘参加人員 計 19、420人
・海上自衛隊 約9、000人
・陸上自衛隊 約4、000人
・航空自衛隊 約20人
・アメリカ海軍 約3、000人
・アメリカ海兵隊 約3、400人
○人的被害
殉職者 23人
負傷者 982人
文民犠牲者 1人(宣戦布告時)