龍の墜落 世界の反応
皇城 南麗宮
皇帝の寝室に入り、その場にいた近衛兵2人の拘束と皇帝の遺体の確認を行っていた大野三尉は、サヴィーアとシトスに今後について述べる。
「・・・条件の達成と宣言の受諾を通達しました。我々はこれにて戦闘を終了します。事前の協定に基づき、貴方方も一切の武装を解除して頂き、我々の指示に従って頂きます」
「・・・」
大野三尉たちは返り血が大量に付着した皇女の衣装と、首を刺された皇帝の遺体を見て、ここで何があったのかを悟っていた。
「シトス様!」
その時、シトスに率いられて南麗宮の捜索を行っていたクーデタ軍の兵士たちが合流して来た。
「お前たち、良くやった。戦争は終わりだ」
シトスは彼らにクーデタの成功を告げる。
「では、我々はもうニホンと戦わなくて良いのですか!?」
「ああ!」
クーデタに参加した兵士たちは元軍事大臣のその言葉を聞いて、叫び、抱き合い、喜びを分かち合う。
元老院 大議事堂
クーデタ軍と自衛隊、そしてアメリカ海兵隊によって占拠されていた元老院では、未だ214名の議員たちが軟禁状態にあった。皇帝を追って行ったクーデタ軍の兵士たちから、元老院の制圧を行っていた兵士たちの信念貝に連絡が入る。
「皇帝陛下が討ち取られ、サヴィーア殿下が後継を宣言された後に、降伏勧告の受諾を宣言なされた」
「!」
連絡を受け取った兵士がその内容を伝える。その報告を聞いて、兵士たちはほっとした表情を現していた。自衛隊とアメリカ海兵隊の隊員たちも喜びを顔に出している。
「・・・馬鹿な! その宣言は無効だ! 私こそが正統な皇位継承者だぞ!」
皇太子のルシムはサヴィーアの決定に異を唱える。皇位継承順位第1位である自分を差し置いて、市井出身の皇女が蛮国との講和を決定するなど許せなかったからだ。第二皇子のズサルは実父たる皇帝が殺害されたという事実にショックを受けていた。
「ルシム殿下とズサル殿下、貴方方の皇位継承権を暫定政府の名において停止致します。つきましては御二人の身柄は一時、“ドルシャルケン監獄”に護送させて頂きます」
「なんだと!? そんなことが許される訳が!」
監獄への収監を勧告され、ルシムは再び騒ぎ出す。他の議員たちもざわつき始めていた。その直後、タヴァナー中尉は再び銃を天井に向かって2発撃った。大議事堂は再度静まり返る。
「他の議員・閣僚の方々も一時的に収監させて頂く! 貴方方の行く末については暫定政府と日本政府の決定を待ちます」
誰か1人でもこの場から脱走され、万が一にも身1つで大なり小なりどこかで反抗勢力でも興されてはたまらない。日米の隊員たちは警戒の目を強める。
「ついに他国の足下に下るのか・・・、それも辺境国家の足下に・・・!」
議員席に座っていた宰相のイルタ=オービットは力無くつぶやく。彼は国の行く末を案じていた。その後、皇帝に次いで重要な確保目標であった皇子2人と閣僚を含む元老院議員たちの身柄が首都北西部のドルシャルケン監獄へと移された。彼らはそのまま、日本政府の審判を待つこととなった。
・・・
「あかぎ」 戦闘指揮所
陸上部隊司令の秋山一佐を介して、旗艦「あかぎ」の下へ“クーデタ成功”の知らせが届いていた。
「クーデタは成功! 皇帝は逝去されたが、代わりに国家元首の座に就いたサヴィーア殿下の宣言により、共同宣言は正式に受諾されたとのこと!」
船務士の望月二尉が陸上部隊より伝えられた内容を報告する。
「諸君、この戦争は我々の勝利だ!」
長谷川海将補は「あかぎ」の艦内、そして艦隊の全艦に勝利のアナウンスを発表する。艦隊司令より発せられたその言葉を聞いて、全ての隊員たちが沸き上がった。ガッツポーズを天に突き上げる者、ハイタッチをしあう者、抱き合って喜びを分かち合う者、皆それぞれのやり方で喜びを表現していた。
「・・・」
「あかぎ」の戦闘指揮所が喜びに包まれる。彼らの様子を見ていた長谷川海将補はある考え事をしていた。
元老院と皇城といった重要施設の制圧・確保を現地民にクーデタとして行わせ、彼らの手で全てが完了した後に、漁夫の利的にこれら施設に突入して占拠する。結果として、皇族貴族の当主、閣僚、そして帝国の皇子からなる214名の元老院議員、すなわちアルティーア帝国の首脳を元老院ごと一網打尽にすることが出来た上、上陸部隊による陽動作戦も自分たちだけでなく、クーデタを起こす彼らにとってもかなりの効果を上げた。
皇城の制圧こそ日米軍が行ったが、護衛兵力がほぼ蛻の殻であった為、それもほとんど障害も無く終えることが出来た。さらに言えば、結局、逃走した皇帝を討ち取ったのも現地の人間である。もし当初の予定のまま作戦を行っていたら、これほどの戦果を上げることが出来ただろうか。
(鈴木海将補はここまでの筋書きをたてていたのだろうか・・・?)
皇帝に対して反旗を翻した連中とは言え、敵国人の力を借りようと告げられた時には、この上無い不安とそれを決めた鈴木海将補に不信感を抱いたが、結果として最良の形で作戦を終えることが出来た。長谷川海将補は鈴木海将補に対して、指揮官としての経験と力の差を感じていた。
「俺も、まだまだだなぁ・・・」
長谷川は自嘲しながらつぶやく。その後、救急車輌や衛生科隊員、医官などの医療スタッフを乗せたエア・クッション揚陸艇が首都の海浜に到着した。彼らは戦死者の埋葬、負傷者の治療などの“戦争の後始末”に当たることになる。
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セーレン王国 暫定首都シオン 自衛隊/日本軍基地
その頃、遠く離れたセーレン王国のシオン基地では、基地司令である鈴木海将補の部屋に幹部たちが集まっていた。
「日米合同艦隊より連絡! 首都の占拠、並びに要人の確保に成功したとのこと! またクーデタも成功し、国家元首の座に就いたサヴィーア=イリアム暫定政府代表の名において正式な共同宣言受諾が公布されました!」
「おお・・・!」
基地幕僚の1人が艦隊より通達された戦勝報告を伝える。それを聞いた他の幕僚たちは喜びを顔に出した。
「艦隊に祝電を送って! また、直ちに防衛省へ報告を!」
鈴木海将補の命令により、戦勝報告は日本政府へも届けられた。
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首都クステファイ 市街地
激戦が繰り広げられていたカルフニルムド通りから銃声が止み、身を潜めていた住民たちは恐る恐る窓から外を見る。
「一体どうなったのだろうか・・・?」
上陸した敵軍が突如その歩みを止めていた。緑色とやや茶色がかったまだら模様の服を着ている敵国の兵士たちは、なにやら慌ただしく動いているように見えた。
中心街 宮前広場
クーデタ軍の兵士が広場に設けられた壇の上に立つ。彼の声は「音響増幅魔法」を用いるための魔法道具である「声響貝」により、通常の何倍もの大きさで広場に響き渡っていた。
『これより、アルティーア帝国暫定政府による緊急発表を行う!』
緊急発表の知らせを聞きつけて人波でごった返す宮前広場には、中心街に住む貴族たちだけではなく平民たちも集まっていた。また、その中には当然「世界魔法逓信社・クステファイ支部」の記者たちも紛れこんでいる。
そしてこの国の今後を決定付ける発表が、壇上の兵士の口より語られ始める。伝えられたのは“皇帝の死”、そしてその代わりに国家元首の座についた皇女殿下の決断により、日本国より提示された文書を受け入れるという“終戦宣言”であった。
はっきりと“負けた”と発表された訳ではないが、逓信社によって報道された数々の敗戦、アルティーア帝国軍の壊滅、首都への敵軍上陸と、この2ヶ月半の間に起こった全ての出来事、そして今回の発表は、国民の心に“敗戦”の2文字を刻み込むのに十分過ぎる衝撃を残す。膝をついてうつむく者、泣き出す者、力なく座り込む者、首都市民は悲しみと不安に暮れていた。
そんな中で、1人違った理由で涙を流す男がいた。
(よかった・・・サヴィーア! 無事だったんだな! 俺はもう心配で・・・)
謹慎中だったアルティーア帝国海軍佐官のゴルタ=カーティリッジは、日本軍の首都上陸の為に監視の衛兵がいなくなった自宅から出て来ていた。彼は恋人たるサヴィーアに終戦を託した日から、そのことについて夜な夜なうなされていた。まだ20歳にも満たない彼女の双肩に、“国を救う”というこの上ない重圧を与えてしまったことを悔いていたのだ。
この時、同時に「共同宣言」の内容も公開され、全ては世界魔法逓信社により直ちに発信された。七龍国家・アルティーア帝国の完膚無きまでの敗戦というこの大事件は、瞬く間に世界中へ知れ渡っていくことになる。
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アルティーア帝国属国 トミノ王国 首都ペイズ
アルティーア帝国敗北の事件は、彼の国に支配されていた各属領と属国にも知れ渡って行く。イロア海戦におけるアルティーア帝国の正規軍の壊滅を知り、反乱を起こしていた被支配民たちは、アルティーア帝国敗戦の一報に沸き上がっていた。
「これで我が国の屈辱の歴史に終止符が打たれたな!」
アルティーア帝国の属国の1つであり、ウィレニア大陸南端の半島に位置する「トミノ王国」の国王であるヴァシュサルタ1世は、喜々とした表情で述べる。
「左様! 国を挙げて祝杯を上げましょうぞ!」
王国宰相のフーレイ=テューモアは顔をほころばせつつ、王の言葉を拝聴する。国王と国の重鎮たちは、長きに渡って帝国の傀儡としての存在だったトミノ王族と王国政府の地位が回復されたことを喜んでいた。
「ロムネア=サラミックの墓前にも、この報告を致せ!」
「はっ! 直ちに部下を参らせます!」
王の命令を受けた宰相は、軽やかな足取りで王の部屋を退出する。
首都郊外
この国の首都であるペイズの郊外には、ある女性が眠る墓があった。アルティーア帝国の支配下に抑えられていた間は、国民の誰もが足を運ぶことを許されなかったその墓は、トミノ王国の独立の為に民を率いてアルティーア帝国の圧倒的な力の前に散っていった“女傑”、ロムネア=サラミックの墓である。彼女の墓前には今、歓喜に沸く国民たちが集結していた。
「アルティーア帝国がニホン国に負けた! 帝国の支配が終わったぞ!」
「トミノ王国、万歳!!」
国民たちは国の独立を喜ぶ。自由を祝う宴は今日も明日も明後日も続く。そして「日本国」という国の名は、アルティーア帝国の支配に苦しめられていた彼らの記憶に深く刻まれることになる。
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ショーテーリア=サン帝国 首都ヨーク=アーデン
アルティーア帝国と並んでウィレニア大陸を二分する大国である「ショーテーリア=サン帝国」でも、彼の国の敗北は一大事件として世間を騒がせていた。
「やはり墜ちたか・・・」
国の首脳が集う会議室にて、皇帝のセルティウス=ミサル=アントニスは逓信社の号外紙を見てつぶやく。
「出兵は避けて正解でしたな。まさかここまで早くアルティーア本土にニホン軍が上陸するとは」
「左様、本来我が国とアルティーア帝国の軍事力はほぼ互角。それを3ヶ月足らずで滅したニホンとの戦は避けたいところ・・・」
宰相のコンティス=アルヴェオリスと外務卿のハドリス=ムーコウスは、日本との衝突を回避したことに安堵する。
「ニホン国は今後どのように動くのでしょうか?」
「この国にも彼の国の魔の手が伸びる可能性は!?」
軍事卿のオクタヴィアス=クローヌスと財務卿のホルテウス=トーヌスは、今後の日本の動向を不安視していた。
「彼の国の最高法規として位置づけられている“憲法”には、“侵略戦争の放棄”が明確に記載されていますし、元々戦端を開いたのはアルティーアの方です」
外務卿のハドリスは日本に潜入していた密偵が調べていた内容について述べる。
「しかしそれが“法”である以上、改正される可能性があるのでは・・・?」
軍事卿のオクタヴィアスは、日本の指針が変わってしまう可能性を示唆する。
「・・・とにかく、様子を見ることにしよう」
皇帝セルティウスはさらなる静観を決める。
「やはり今回の事実を見るに、大陸東部へ出兵してニホンと対峙するのは得策とは言えません。彼の国の情報をさらに集めて、時期を見てニホンとの公式な接触を図るべきです」
「・・・うむ!」
宰相のコンティスの進言にセルティウスはうなずく。その後、会議の決定事項としてニホンへの将来的な使節派遣が決定された。
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ジュペリア大陸 クロスネルヤード帝国 首都リチアンドブルク 皇宮 皇帝の執務室
七龍の一角が無名の辺境国に敗れたという大事件は、戦場となったウィレニア大陸だけでなく、他の大陸にも駆け巡っていた。世界最大版図を誇る此処「クロスネルヤード帝国」の国民たちも、台風の目となる新進気鋭の“龍”の登場にざわついていた。
「陛下・・・」
クロスネルヤード帝国皇帝のファスタ=エド=アングレム3世の部屋へ、宰相を勤めるヴィルヘン=リンフォイドが入室していた。
「アルティーア帝国がニホン国に対して降伏しました」
ヴィルヘンは執務を行っている皇帝へ、世界を騒がせている事件について報告する。
「10年振り、2匹目の龍の墜落か。また列強が入れ替わったな・・・」
ファスタ3世はどこか影のある雰囲気を漂わせながらその報告を聞いていた。
「100年に渡り、世界を支配し不動の地位に就いていた7列強がここ10年でこうも不安定では・・・」
宰相のヴィルヘンは相次ぐ列強の没落が列強たる自国へ与え得る影響について心配していた。そう次々と落とされては列強の称号である“七龍”の名が威厳を失ってしまう。
「他国がどう移り変わろうと、我が国と民が平穏であればそれで良い・・・」
「・・・はっ! また新たな報告が入り次第お伝え致します」
皇帝が口にした国民に対する慈愛の言葉を拝聴した後、宰相のヴィルヘンは執務室を退室する。
(世界は・・・何処へ向かって往くのだろうねぇ・・・)
ファスタ3世は1人になった執務室で物思いにふけっていた。運命はいずれこの大国と日本を引き合わせることになるのだが、それはまだ先の話である。
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3月20日・停戦直後 日本国 東京 首相官邸
サヴィーア率いるクーデタの成功、そして戦争の勝利の知らせは、セーレン王国のシオン基地を介して日本政府に伝達されていた。
「シオン基地より作戦成功の知らせです! 上陸作戦と同時に発生したクーデタにより皇帝は逝去。代わりに国家元首の座に就いた皇女殿下により、共同宣言が正式に受諾された様です。政府要人の身柄は全員の確保に成功しています」
防衛大臣の安中は受話器を下しながら、シオン基地より送られて来た報告を述べる。
「これで、ようやく1つ肩の荷が下りましたね」
「大変なのはこれからも同じでしょう。アルティーア帝国の内政を整え、また戦時中に滞っていた西方の国々、特に列強との外交交渉には力を入れねばなりません」
内閣官房長官の春日は終戦に安堵していた。 だが外務大臣の峰岸は今後の課題について憂慮する。
「それに駐日大使と約束を交わしたアメリカ合衆国の建国も行わなければ」
副総理と財務大臣を兼任する浅野はさらなる課題について述べる。日本政府はアメリカ合衆国大使館に対して、在日アメリカ軍を参戦させる見返りとして新国家建設を援助することを約束していた。
「米国大使館との例の交渉はどうなっていますか?」
首相の泉川は安中にアメリカとの間で行っていた秘密交渉の成果を尋ねる。それは戦争と同時並行で行われていたものであり、日本の将来を左右する交渉であった。
「快く承諾してもらえましたよ・・・。どちらにしても、アメリカがこの世界で成り立ち、自衛していくためには、我が国による経済援助と軍事品提供が必須ですからね・・・」
安中は微笑みながらその結果を伝える。この日、記者会見で伝えられた日本=アルティーア戦争勝利の発表は瞬く間に日本国内を駆け巡ることになる。