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ダウンフォール 参

首都クステファイ カルフニルムド通り


 上陸した装甲車輌の群れとアルティーア帝国軍との間で、激しい銃撃戦が繰り広げられている。人々は聞き慣れない音に怯えていた。


「きゃあああ!」


 自軍の兵士たちが一方的に惨殺され、足を進める敵軍の陸上兵器によって彼らの骸が踏みつぶされる様を見て、家屋の中に閉じこもっていた1人の女性が悲鳴を上げた。


・・・


少し前 上陸部隊の揚陸直後 クステファイ 元老院 大議事堂


 第三皇女のサヴィーアは突如立ち上がり、皇女と皇帝は到底親子とは思えない冷たい目で見つめ合う。一時の沈黙が大議事堂を支配した後、サヴィーアが口を開く。


「父上、いや陛下。今日で現・アルティーア帝国は終わりにしましょう」


「なんだと!!」


 皇女が発した言葉に、議員たち、皇太子と第二皇子、そして皇帝のウヴァーリト4世は驚愕する。沈黙に包まれていた大議事堂は再び喧々囂々に包まれた。


「サヴィーア、お前気でも狂ったか!?」


 皇太子のルシム=バーパルはサヴィーアの正気を疑う。だが、サヴィーアは極めて冷静な態度で言葉を返した。


「私は正気です、兄上。私は約束したのです。ニホンとの戦争を終わらせ、この国を未来へ存続させるために!」


「馬鹿な! 蛮族への降伏などそれこそ帝国を滅ぼすというものだ!」


 この期に及んでまだ日本人を蛮族呼ばわりするルシムに、サヴィーアは軽蔑の目を向ける。彼らが蛮族ならその蛮族に負け続けた我々は何だと言うのか。


「・・・我々は既にニホン国の政府と密約を取り交わしております。我々が元老院と皇城を占拠し、皇族や議員の身柄を抑えてニホン軍へ協力する姿勢を見せれば、帝室と国家の存続を認め、ニホン国によるこの国の占領統治を我々に委任して貰えると」


 サヴィーアは自身が日本国と関係を有していたことを暴露する。彼女のカミングアウトを聞いたルシムは怒りの余り、額に血管を浮かび上がらせた。


「貴様・・・この国を売ったのか! やはりお前正気ではないな!」


 サヴィーアの告白はルシムの耳に、“皇族や議員の身柄を引き替えに、自分が皇帝の地位に就くことを日本に保障して貰った”と聞こえていた。彼にとって、サヴィーアが行ったことは売国以外の何者でも無かった。

 その一方で、第二皇子のズサル=バーパルは3日前の出来事を思い出していた。3日前の晩、サヴィーアは彼の屋敷を訪れ、彼に日本国との講和をウヴァーリト4世とズサルへ進言する様に頼んでいた。彼はすぐさまその要求を突っぱねたが、今思えばすでにあの時、サヴィーアが今回のシナリオを立てていたのであろうことに気付く。


「近衛兵! サヴィーアをとり押さえろ!」


 皇帝は自身の周囲に控えていた近衛兵団に命令を発した。皇帝に従属する兵士である彼らは、皇女であろうが関係なくサヴィーアを取り押さえようと近づいてくる。サヴィーアは懐からナイフを取り出し、戦闘の構えをとる。


「こいつ・・・! 抵抗するならば切り捨ててかまわん!」


「はっ!」


 殺しの認可を下された近衛兵団は瞬く間にサヴィーアを取り囲んだ。その中の1人が彼女に近づいて来る。


「殿下、これも陛下のご命令故、どうかお許しを・・・」


 その近衛兵はサヴィーアに向かって剣を振り下ろした。


「くっ!」


 サヴィーアは咄嗟にナイフで防御の体勢を取る。しかし、屈強な近衛兵が振るう剣の前にそんなものは役に立たない。ナイフは簡単にはじき飛ばされ、その刃が彼女に襲いかかった。




首都・中心街 大議事堂の外


 サヴィーアとシトスに付き従うおよそ300名のクーデタ軍は、元老院の周辺や皇族貴族の居住域である中心街の至る所に身を隠していた。


「シトス様より連絡! 元老院へ突入せよ!」


 元老院の様子を監視していたシトスから、信念貝を介して彼らに命令が下る。軍職から追放された元アルティーア帝国軍兵士から成るクーデタ軍が、元老院正面門扉へと突撃を開始した。


「襲撃だ!」


 元老院の門を護っていた衛兵たちは、突如現れた大軍に驚きながらも応戦態勢をとる。


「なんとしても門を開き、内部の要人たちを確保するのだ! この国の存続のために!」


 クーデタ兵を率いるスペランカ=ヴァーヴァティが声を上げる。すでに日本の力を嫌と言う程思い知らされた彼らは、戦争を集結させる為、本来自分たちが護るべき存在である政府首脳、そしてかつての仲間たちに刃を向ける覚悟を決めていた。




元老院 大議事堂


 近衛兵の剣は容赦無く皇女の御身に降りかかろうとしていた。サヴィーアは命の終わりを覚悟する。


(・・・これまでか!?)


キインッ!


 皇女が死んだ。誰もがそう思ったその時、信じられない光景が目の前に現れた。皇女へ振り下ろされる一太刀を別の近衛兵が受け止めていたのだ。


「お前、何をする!? 一体何者だ!?」


 サヴィーアに剣を振り下ろした近衛兵は、自身の行動を邪魔したその近衛兵の正体を尋ねた。


「・・・この命は、今の我が主サヴィーア=イリアム殿下より賜ったもの。殿下の身に火の粉が及ぶなら、この命尽きるまで火の粉を防ぐ盾となりましょう!」


 サヴィーアをかばった近衛兵は口上を述べながら、その兜へと手をかける。


「お前は・・・!」


 兜を脱ぎ捨てて素顔を現したその正体に、その場にいる全員が驚愕した。


「シトス=スフィーノイド!!」


 謎の近衛兵の正体は、投獄から逃れる為に首都から逃げ出していた筈の元軍事大臣だったのだ。アルティーア帝国を欺き、正規軍を壊滅させた指名手配犯が再び元老院に現れたのである。


「殿下、ご無事で?」


 シトスは近衛兵の太刀を振り払うと、自身の後ろで床にへたり込んでいた皇女の身を案ずる。


「クーデタを切り出す前にこちらに合図を送る手筈だったでしょう。焦りましたよ」


「!」


 シトスの言葉を聞いたサヴィーアはハッとした様子で懐を探り、手鏡を取り出した。


「申し訳ありません・・・。緊張のあまり頭から抜け落ちていました・・・」


「全く間に合ったから良いものを、危うく命を落とすところだったのですよ。貴方は抜け目の無い方だと思っていましたが、意外と弱いところもあるのですね。ある意味で安心しましたが」


 シトスはそう言うとサヴィーアの手を引き、彼女を立ち上がらせる。サヴィーアは少し後ろへ下がり、離れたところへ避難する。それを確認したシトスは再び視線を前へ、皇帝の方へと向け直す。


「国を裏切り、今や札付きとなった国賊が洒落た騎士の真似事か? かまうな、まずはシトスを切れ!」


 皇帝の更なる命を受け、近衛兵たちは標的を皇女から元軍事大臣に切り替える。だがその時、連続した銃撃音が元老院の中に響き渡った。


ズダダダダッ!!


 銃撃を受けた近衛兵たちは為す術も無く倒れていく。議員や他の近衛兵たちが辺りを見回してみると、謎の武器を持った近衛兵が銃口らしきものを向けていた。それはアメリカ軍が有するカービンの「M4カービン」であった。


「・・・何者だ!?」


「・・・」


 正体を問われたその近衛兵は、先程のシトスと同様に兜を脱ぎ捨てた。


「我々は日本軍さ・・・」


 その正体はクステファイに潜入していたアメリカ海兵隊「フォース・リーコン」のアルベルト=デイビス軍曹であった。彼もシトスと同様に近衛兵に扮装して元老院議会に侵入していたのだ。そして議員たちが騒然としていたその時、傷だらけの衛兵が息を切らしながら大議事堂の扉を開ける。


「ご、ご報告申し上げます! 元老院の正面門より多数の帝国軍兵士が押し寄せて来ております! 門を護っていた衛兵は全滅! 議員の方々と陛下は早くお逃げ・・・」


 全てを言い切る前にその衛兵は倒れた。後ろから一突きにされてもう息は無い。倒れた兵士の背後を見れば、数多の帝国軍兵士の姿があった。


「やっと来たか、遅いぞ!」


 シトスはようやく現れた同志たちの姿を見て安堵する。此度のクーデタに参加した元帝国軍兵士約300名が大議事堂に到着したのだ。


「申し訳ありません! 衛兵の抵抗が思いの外激しく、元老院入口の確保に手間取りました!」


 元老院の正面玄関はすでに占拠されており、こじ開けられた門扉からは衛兵の骸を越えて、クーデタ軍の兵士たちが次々と元老院の中へ入って来ていた。


「まあいい、殿下は無事だ! 一部は議員たちの身柄を確保しろ! 他の多数は私を援護してくれ!」


 シトスの命令を受けて兵士たちは速やかに二手に分かれる。一方は議員席を取り囲み、もう一方はシトスの周りに付いた。


「議員の皆様方はその場から動かぬようお願い致します。我々も無駄な犠牲は出したく無い故・・・」


 クーデタ軍の兵士たちは議員たちに剣を向ける。たまらず議員たちは震え上がり、手を挙げて降参のポーズを取った。


「帝国を守るために存在するお前たちが、このようなことをして無事に済むと思っているのか!?」


 剣を向けられ怯える議員たちの中で、皇太子のルシムは兵士たちに向かって叫ぶ。


「これはこの国を護るための行動です! 皇太子殿下もここは我々に従って頂きます・・・」


「くそっ・・・!」


 抵抗の術は無く、ルシムは捨て台詞を吐くことしか出来ない。第二皇子のズサルは唯々頭を抱えるだけであった。この時、皇族貴族からなる元老院議員214名の確保が完了した。


「陛下、ここは危険です。皇城へ退避を」


「・・・うむ」


 玉座から騒乱の様子を見ていたウヴァーリト4世に、2人の近衛兵が元老院からの避難を注進する。彼は乱闘騒ぎとなった元老院を尻目に、2人の近衛兵を引き連れて大議事堂を密かに退出した。


(父上・・・!)


 退散しようとする皇帝の姿をサヴィーアは見逃さなかった。彼女は乱闘の合間をぬって父親の後を追いかける。


・・・


ヘリ強襲部隊 元老院上空到着時


 そして十数分後、大議事堂では引き続き、元帝国軍兵士と近衛兵との激しい戦いが繰り広げられていた。


「このっ! 敵が多すぎる!」

「うわあああ!」


 その戦いは元兵士からなるクーデタ軍の一方的な優勢であった。数の差に圧されて一気に追い込まれてしまったのだ。


「抗戦の意志が無い者は武器を捨てよ!」


 乱闘の騒音と悲鳴が渦巻く大議事堂に、シトスの声が鋭く何度も響き渡る。その声に導かれて近衛兵たちはまた1人、また1人と手にしていた剣を床に落として行く。瞬く間に兵力の圧倒的な差で圧され、すでに全滅間近だった近衛兵団は、生き残った者も武器を捨て降伏した。ここにクーデタ軍による元老院制圧が達成されたのだった。


「皇帝は何処だ!?」


 1人のクーデタ軍兵士が叫ぶ。前方の玉座にはすでに皇帝の姿は無かった。元老院の本会議場である「大議事堂」の出入り口は2つあり、正面門扉から続く“正門”と皇城との連絡通路につながる“裏門”である。皇城の「南麗宮」と元老院は渡り廊下でつながっていた。正面門扉はクーデタ軍が抑えており、クーデタが発生して以降、如何なる要人の出入りも正門では発見されていない。


「・・・となると、陛下は裏門から逃亡されたということだ。3分の2の兵士は私と共に南麗宮へ向かえ!」


 皇帝の行方を考察したシトスは、議員たちの制圧に必要な人数を元老院に残して、クーデタ軍の兵士たちと共に裏門へと急ぐ。

 元老院に残ったクーデタ軍の兵士たちは、彼らの後ろ姿を目で追いながらクーデタの成功を祈る。そしてシトスたちが元老院を後にした直後、新たな軍勢が大議事堂の扉から侵入してきた。


「我々は日本軍だ! ここは我々が占拠する! 全員武器を捨てろ!」


 奇妙な装束に身を包んだ兵士たちが突如現れた。その1人である海兵隊員のダレン=タヴァナー中尉が、2発の威嚇射撃を天井に向けて撃ちながら武装解除を呼びかける。


「『ニホン軍』の兵士か・・・」


「!?」


 クーデタ軍の兵士の1人がつぶやく。それを聞いた議員はついに現れた敵国の兵を前にして再び震え上がった。その後、クーデタ軍の兵士たちは議員たちに向けていたその剣を次々と床の上に落とす。彼らにはすでに日本に反抗する意志は無い。


「お、お前たち、何をしている! 早く奴らを追い返せ!」


 皇太子のルシムはためらいも無く武装解除するクーデタ軍に驚愕していた。


「殿下、これがこの国を護るための行動です」


 クーデタ軍の1人であるスペランカは淡々と答えた。全員が武器を捨てたことを確認したタヴァナー中尉をはじめとする日米の隊員たちは、小銃の銃口を下ろした。タヴァナー中尉は強襲部隊隊長の安田一尉の下に無線で任務完了の連絡を入れる。


「元老院の占拠を完了しました!」


 斯くして、1機のスーパースタリオン(CH-53E)から降り立った陸上自衛隊員と海兵隊員により、元老院は占拠されたのであった。


「ニホン軍の方々、私はクーデタ軍のスペランカ=ヴァーヴァティと申す者だ。皇帝陛下を除く214名の議員の身柄を確保した」


 剣を捨てたスペランカがタヴァナー中尉に近寄る。


「話は聞いている。我々は貴方方の勇気に敬意を表する」


 タヴァナー中尉はそう言うと、兵士に向かって敬礼した。


「・・・皇帝は何処に?」


 タヴァナー中尉の後ろに立っていた陸上自衛隊員がスペランカに皇帝の行方を尋ねる。


「・・・取り逃がしてしまった! 今、シトス様と我々の仲間が後を追って南麗宮へ向かっておられる」


 それを聞いたタヴァナー中尉は、チヌーク(CH-47JA)に乗って飛行中の安田一尉に更なる報告を入れる。


「第一確保目標はすでに皇城へ逃走した! 身柄の確保を頼む!」


『了解!』


 タヴァナー中尉からの報告を受けた2機のチヌーク(CH-47JA)と1機のスーパースタ(CH-53E)リオンは、最重要目標を確保する為に皇城へと急ぐ。




皇城 南麗宮


 元老院の裏門から続くかなり長い渡り廊下を進むと、皇城を成す4つの建物の1つである「南麗宮」にたどり着く。南麗宮は皇帝・皇后の執務及び居住の為の施設である。


「なんとも五月蠅い音だ・・・」


 皇城の周りでは、チヌーク(CH-47JA)とスーパースタ(CH-53E)リオンが着陸可能な地点を探して飛んでいた。クーデタ軍と日本軍から成る2つの軍勢が、皇帝を血眼になって探している。早急に皇城から避難しなければ命が危ない。そんなことを考えながら、2人の近衛兵と共に南麗宮の廊下を進んでいた皇帝は、ある部屋の扉の前に立つ。そこは南麗宮の2階に位置する皇帝の寝室であり、その部屋にある机の下には隠し扉が設けられていた。


「この城と首都を捨てることになるとはな・・・」


 皇帝ウヴァーリト4世はぽつりとつぶやきながら自身の机へと一歩ずつ近づく。2人の近衛兵が机をずらすと、城壁の外へとつながる隠し扉が床に現れた。


「陛下!」


 その時、部屋の扉の方から女の怒鳴り声が聞こえて来た。彼ら3人が声のした方を向くと、そこには1人の女性が立っていた。


「サヴィーア! ここまで追って来たのか!」


 皇帝ウヴァーリトは予想外の来客に驚く。サヴィーアは息を整えると、必死の形相で口を開いた。


「陛下、いや父上! 皇帝たる貴方が国を置いて逃げ出すのですか!?」


 隠し扉の中へ足を進めようとしていた皇帝に対して、サヴィーアは声を荒げてその是非を尋ねる。だが、ウヴァーリト4世は淡々とした態度で答えた。


「私が健在であれば国など幾度でも興せる。ここは一度引き下がって反撃の機会を待つのだ」


 ウヴァーリト4世は逃亡した後に、日本へ抵抗する為の勢力を整えようと画策していた。彼はあくまでも日本に降るつもりは無かったのである。下野した皇帝が率いる抵抗勢力など、日本政府との密約によってクーデタが終わった後に新政府の代表になることが内定しているサヴィーアや、占領統治を行う日本政府にとっては邪魔でしかない。


「首都70万の民を見捨て、逃げ出す皇帝(おう)など必要無い!」


「逃げるのではない、戦略的な退避だ!」


「違う! 貴方はただご自分の命が惜しいだけだ!」


「っ・・・!」


 皇帝の言葉も、彼女の耳にはただの言い訳にしか聞こえない。皇女が容赦無く突きつけたこの言葉に、皇帝ウヴァーリトは返答に詰まる。


「・・・陛下、貴方はこの国の未来への存続を邪魔している」


 此処で彼を逃がすと国が割れてしまう。覚悟を決めたサヴィーアは、一際冷たい表情を見せて懐からナイフを取り出した。


「一体何をするつもりだ!?」


「そのお命・・・頂く!」


 実父を手に掛ける覚悟をした彼女の脳裏には、庶子として宮中で疎まれ続けた過去がフラッシュバックしていた。直後、彼女はナイフを構えたまま、皇帝ウヴァーリトに向かって突っ込んで行く。


「お前たち、かまうな! 奴を切り捨てろ!」


 動揺する皇帝は近衛兵に皇女を排除する様に命じた。2人の近衛兵が彼女の行方を阻むようにして立ちはだかる。そのうちの1人が一直線に走る皇女に対して剣を振り上げた。


「・・・殿下の邪魔を、するな!」


 間一髪、遅れて到着したシトスが寝室の出入り口から剣を投じる。放たれた刃は剣を振り上げていた近衛兵の顔に突き刺さった。


「ぐわっ!」


 その近衛兵は顔を襲った激痛に耐えきれずに倒れ込む。もう1人の近衛兵も予想外の出来事に気を取られ、意識が一瞬サヴィーアから外れてしまう。


(・・・今だ!)


 サヴィーアはその一瞬の隙を見逃さなかった。彼女は2人の近衛兵をかわすと、あっという間に皇帝の懐に潜り込んだ。


「はあっ!!」


「!!」


 ナイフの一刀が皇帝の首を貫いた。返り血がサヴィーアに降りかかる。


「かはっ・・・!」


 ウヴァーリト4世は声にならない悲鳴と共に倒れ込む。床に横たわる直前、サヴィーアはその体を抱きかかえた。


「お休みなさい・・・良い夢を・・・」


 血の紅色に染まりながら皇帝の遺体を抱きかかえる皇女の姿を見て、その場にいた全員が戦慄を覚えるのであった。




皇城 内部


 皇城の庭に降り立った3機の大型ヘリコプターから降りて地面へと足をつけた強襲部隊は、4つに分かれて皇城を成す「北穣殿」「東祭社」「西迎苑」「南麗宮」の捜索を行っていた。わずかに残った近衛兵たちを駆逐しながら皇城内を捜索し、すでに4つ全ての隊が各施設1階の占拠を終えていた。強襲部隊の隊員たちは2階へと捜索の手を延ばす。


「行け! 行け!」


 大野猛三等陸尉/少尉に率いられた南麗宮の制圧部隊は、無数にある部屋の扉をしらみつぶしに開けながら皇帝の捜索を行っていた。すでに近衛兵はほとんどが倒され、彼らの前には非戦闘員である侍女や文官が逃げ惑うだけであった。制圧部隊は暖簾をくぐるかの様に、これと言った障害も無く南麗宮を走り回る。進撃を続ける彼らは、1つの曲がり角にさしかかった。念の為に1人の隊員が安全確認を行う。

 その隊員は注意深く角の向こう側を覗く。目にしたものはある一室の扉の前に立ち、呆然とした様子で部屋の中を眺めている1人の男の姿だった。その恰好から近衛兵と思われる。


「敵影あり! 近衛兵1名を発見!」


 隊員は久しぶりに現れた敵戦闘員の存在を大野三尉に伝える。


(・・・1人か? 妙だな)


 今まで遭遇した近衛兵たちは、5〜6人の集団となって襲いかかって来ていた。大野三尉はそのことを少し疑問に感じながら、自身の後ろに身を潜めていた隊員たちにハンドサインを送る。直後、曲がり角の向こう側へ8人の陸自隊員が一気に飛び出す。


「武器を捨てろ! 抵抗するならば射殺する!」


「!!」


 近衛兵らしき男は突如現れたまだら模様の兵士たちに驚く。特に抵抗する様子もなく両手を上げる彼の腰には、なぜか剣が収められていない鞘だけが付いていた。


「わ、私はすでに丸腰だ! というより、私はクーデタ軍だ! 貴方方の敵では無い!」


 クーデタ軍の1人であるシトスは、自身に向けられた銃口を前にして必死に弁明を図る。その直後、部屋の中から1人の人影が出て来た。


「!」


 大野三尉は一瞬警戒心を強める。だが、出てきたのは剣も何も持っていない非戦闘員と思しき女性であった。


「・・・」


 大野三尉はこちらを見つめる女性の妖しい目つきに思わず息を飲む。彼女の服を見れば返り血らしき鮮血で染まっていた。


「私は第三皇女サヴィーア=イリアム・・・ニホン軍の方々よ、貴方達が来るのを待っていた。“前”皇帝ウヴァーリト=バーパル4世はすでに逝去なされた。よって今は私がこの国の正統な長だ!」


「!?」


 サヴィーアが発した言葉に大野三尉たちは驚愕する。


「アルティーア帝国暫定政府代表・第三皇女サヴィーア=イリアムの名において、ニホン国との協定に基づく“三カ国共同宣言”の受諾を正式に宣言する!」


「!!」


 元老院議員の制圧、そして皇帝の死、この2つの事実を以て、約2ヶ月半に渡って続いた「日本=アルティーア戦争」はついに終結を迎えた。この場に立ち会わせた大野三尉たちは、この事態をすぐに各部隊へと伝えたのであった。

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