ダウンフォール 弐
首都クステファイ・中心街 大議事堂 元老院
その頃、帝国元老院では戦争の行く先について議員たちが紛糾していた。講和を唱える派閥と抗戦を訴える派閥の間で、激しい討論が繰り広げられている。
「一刻も早い講和を!」
「いや、徹底抗戦だ!」
「戦力はほとんど残ってないのにか!?」
「降伏は我が国の面子に関わる!」
「国が滅びるかどうかの瀬戸際で面子も何もあるか!」
アルティーア帝国の主要都市の1つであるマックテーユが占領されたことは、政府首脳陣に激しい動揺を産んでいた。目前まで迫って来た敵の脅威を前にして、元老院議員は講和を唱える者が多数となっている。
「首都警備隊の竜騎兵も全滅! 工場地帯も壊滅! この状況で一体どのようにして戦争を続けるおつもりですか!?」
「・・・」
講和派議員の1人が事実を突きつけて皇帝を追及する。ウヴァーリト4世は沈黙するばかりであった。これ以上、日本との戦争を続ける力など無いことは、まともな者が見れば火を見るよりも明らかだっただろう。
「属領に散らばる治安維持軍を集めれば戦える!」
「それでは属領を治められなくなるぞ!」
「首都と属領のどちらが大切なのだ!」
「そんな時間は無い! 講和をすべきだ!」
「極東の辺境国相手に降伏など出来るか!」
「だから面子を気にしている場合ではない!」
先の見えない会議は踊る。その時、1人の行政局員が血相を変えて大議事堂に入ってきた。彼はその場に跪き、議員たちと皇帝に報告をする。
「首都海岸より敵と思われる軍団が上陸! 港を警護していた首都警備隊の陸上部隊と海上部隊、及び国境警備隊はすでに全滅しました! その後、奴らはこの中心街に向かって進軍を開始したとのこと!」
「な、何だと!」
「は・・・早すぎる!」
マックテーユの占領から9日後、謎の敵国“日本”はついに首都にまで攻め込んで来た。皇帝や議員たちはその報告を聞いて狼狽を隠せない。アルティーア帝国が列強の1つに名を連ねてからおよそ100年、この首都クステファイに敵が攻め込んで来たことなど1度も無かった。
「近衛兵の出撃も許可する! 海に追い返せ!」
「はっ! ではその様に!」
皇帝の指示を拝聴した行政局員はその場を退出した。突如として差し迫った戦火を前にして、議員たちは一様に恐怖の表情を浮かべている。だがその中で1人だけ、明らかに違う表情をしている者が居た。
(来た・・・!)
第三皇女のサヴィーアは“日本軍の首都への襲来”という待ちかねていた一報を、議員席にて静かに聞いていた。
「陛下! お話があります!」
その直後、彼女は声を張り上げると突如として席を立った。その場にいた全員が視線を彼女の方へ振る。サヴィーアは自らの席から歩き出すと、玉座に座る皇帝へ視線を送りながら、大議事堂の真ん中に位置する証人台へとその足を進める。
「どうした・・・サヴィーア?」
突然謎の行動に走った娘を、皇帝ウヴァーリト4世は冷たい眼差しで見つめていた。
首都クステファイ 市街地
軍事局に代わって一時的に軍の指揮権を委譲されていた行政局から、首都全ての兵力に対して命令が下る。
『首都に存在する全戦力は港へ向かえ!』
命令は信念貝を介して各部隊に伝達される。海から来た上陸部隊を押し戻すため、首都中から集った残存の首都警備隊の兵士たち、そして皇城を護っていた近衛兵の内、3分の2が皇帝の勅命により派遣された。その総数は約5千人、正規軍をほとんど失った今、首都を護るために用意できる最大の戦力が東の港へと押し寄せていた。
『総力を挙げ、全力を尽くしてニホン軍を追い返せ!』
最後の砦・首都クステファイを護る為、首都警備隊第2陸上部隊隊長を勤めるラムドイド=スューチャ佐官は兵士たちを率いて港に急ぐ。正に背水の陣と言うべき状況に陥ってしまった兵士たちの士気は、異様な程に上がっていた。
首都クステファイ 海岸
主に陸上自衛隊とアメリカ海兵隊によって構成される日米合同艦隊の上陸部隊は、東の港から首都クステファイへの上陸を果たした後、海岸に司令部となる陣地を形成していた。そして首都の南部に位置する“ウィルコック神殿”に潜伏中のフォース・リーコンより、日米合同艦隊の上陸部隊司令部に通信が入る。彼らはサヴィーア=イリアムとシトス=スフィーノイド率いるクーデタ軍に接触する為、1週間前に首都へ潜入していた。
『こちらフォース・リーコン、首都各地の戦力が東の港に向けて進軍を開始している』
「了解」
アルベルト=デイビス軍曹率いる13名のフォース・リーコンは、首都の各地に散らばって敵の様子を監視している。海浜に陣地を作成していた上陸部隊司令部の82式指揮通信車の内部にて、上陸部隊の指揮官である秋山武史一等陸佐/大佐は全部隊に指示を出す。
「全隊進軍を停止! その場で敵を迎え討つ!」
指揮官の指示を受けて、首都中心部の皇城に向かって、市街地の大通りを進軍していた装甲車の大群は進撃を止める。
首都クステファイ 市街地 辺縁部
指揮官の命令を受けた上陸部隊は、市街地を貫き、宮前広場から東の港まで延びる大通りである「カルフニルムド通り」の途中で停止し、10式戦車、装甲車及び水陸両用輸送車7型などからなる、横に広い隊列を形成していた。
前方を見ると、中心街の方から現れた敵軍が砂埃を上げながら迫って来るのが見える。鬼気迫る表情が双眼鏡越しに読み取れた。
「かかったな・・・!」
戦車から敵の様子を見ていた田代 美津夫 三等陸佐/少佐は、死への恐怖を断ち切るような必死の形相を浮かべる帝国兵士とは対照的な、余裕のある笑みを浮かべていた。
「よく引きつけろ・・・周辺の家屋には当てるなよ!」
隊員たちは各車輌に取り付けられた機関銃やてき弾銃へと手をかけ、迫り来る敵に対してそれらの銃口を向けた。
・・・
日米合同艦隊 旗艦「あかぎ」 艦橋
首都クステファイに上陸した部隊から、戦況の様子が旗艦に伝えられている。艦隊司令の長谷川海将補は、フォース・リーコンからの報告を受けて作戦を次の段階へと進める。
「上陸部隊は言わば“囮”だ。残っている首都警備隊を、あわよくば近衛兵たちを引きつけるためのな。ここからが本当の作戦だ」
彼は敵の陽動が上手くいったことで笑みをこぼしていた。強襲揚陸艦の「おが」と「こじま」の飛行甲板では、計4機の大型輸送ヘリコプターが離陸準備を終えていた。
「チヌークと、スーパースタリオンの出撃準備、完了しました!」
「よし! ヘリ強襲部隊は出撃! 直ちに離陸させろ!」
部下からの報告を受けた長谷川海将補は、甲板で待機していた各機に発艦命令を下す。直後、陸上自衛隊のチヌークと米海兵隊のスーパースタリオンが2機ずつ、計200名近い隊員を乗せて発艦した。彼らの目標はただ1つ、敵の中枢である元老院と皇城の制圧であった。
・・・
首都クステファイ カルフニルムド通り
日米の上陸部隊がアルティーア帝国の兵士たちに対して浴びせる機関銃の雨は、彼らが築いたバリケードを貫き、大通りの上に再び骸の山を築いていた。
「ひ、怯むな! ここは首都、なんとしても護らなければこの国は滅亡だ!」
機関銃の攻撃を受けた彼らは、周辺の民家や建物の家具を徴用し、急ごしらえで2列のバリケードを作っていた。兵士たちの指揮を執るラムドイド=スューチャは、奥側の第2バリケードの内側で指揮をとっている。前方の第1バリケードはすでに盾としての用を足さなくなっており、それの内外には兵士たちの死体が散乱していた。
首都警備隊と近衛からなる兵士たちは、剣を振り上げ、銃を取り、400m以上先から一方的な射撃を行う上陸部隊に対して勇敢に立ち向かって行く。しかし、彼らの所有する最新兵器である「銃」よりも、圧倒的な有効射程と貫通力、射出の早さを持つ機関銃の前に、次々と兵士たちは沈んで逝った。敵の圧倒的な暴力を前にして、すでに逃げ出している兵士もいる。
「これ以上は犠牲が増えるばかり、敵の進撃を止めることなど不可能です!」
「左様! 奴らが行っているのは人の所業ではありませぬ!」
圧倒的な劣勢に立たされる中、ラムドイドは部下の注進を受ける。彼自身もそんなことは分かっていたが、国の最後の防衛線である彼らには撤退の2文字はなかったのである。その時、さらなる追い打ちが彼らに降りかかる。今まで亀のように止まっていた敵の上陸部隊が徐々に前進を始めたのだ。
「何だ!?」
敵の動く巨大な箱が近づいて来るのに従い、奥側の第2バリケードにも敵の弾丸が届き始める。敵が近づくにつれて、弾丸の雨はその勢いを増していく。
「第1のバリケードを放棄! 総員、第2バリケードへ後退せよ!」
指揮官の命令を受け、兵士たちは後退を開始する。だが、弾丸の雨は背を向けた彼らにも容赦無く降り注いだ。首都を護るために集められた5千人の兵士たちは、すでにその3分の2が失われていたのである。
上陸部隊の各種車輌は第1バリケードを踏みつぶし、それらを乗り越えてラムドイドたちが陣取っていた第2バリケードへとその足を進める。
「総員、覚悟を決めよ!」
ラムドイドは死への恐怖を絶ち、残存の兵士たちを鼓舞する。しかし、既に敗北を悟っていた兵士たちの表情は暗かった。
パタパタパタ・・・!
その時、新たな羽音が海の向こうから聞こえてくる。それらの羽音とそれを発する飛行物の群れは徐々にラムドイドたちの方へ近づいていた。それらは彼らの真上を飛び去ると、まっすぐに首都の中心街へと向かって行く。
「や、奴ら皇城へと向かっているぞ!」
ラムドイドは狼狽する。元老院と皇城はそれらを護っていた兵力のほとんどが敵の上陸部隊を押し返すために派遣されていた為、今や戦力的には丸腰とでも言うべき状況であったのだ。
「陛下の御身が危ない!」
ラムドイドは敵の目的を悟る。しかし、その直後に彼の意識は事切れる。12.7mm機関銃の弾丸を頭に食らったラムドイドは、自身の死因も分からぬままに地面に倒れる。チヌーク2機とスーパースタリオン2機の計4機の大型ヘリコプターは、指揮系統を失った彼らの上空を通過して行った。彼ら首都最終防衛線が全滅、崩壊したのはそれから間も無くのことである。
首都上空 チヌーク機内
首都クステファイの上空を行く4機のヘリコプター空中強襲部隊は、すでに目標のすぐ近くまで接近していた。元老院と皇城への強襲の指揮を執る安田忠裕一等陸尉/大尉は、指揮下の各機へ通信を入れる。
「全機に告ぐ。現在、目標の内部では、我らと連携する第三皇女サヴィーア=イリアムとその配下の軍によってクーデタが敢行されている筈だ。我らは彼らが元老院議員と皇帝の身柄を抑え、元老院を制圧したところを見計らって元老院と皇城へ突入する!」
強襲部隊のヘリコプターは現状把握のため元老院と皇城の周辺を旋回する。すると元老院の正門扉の前に、衛兵たちの死体が転がっているのを見つけた。
「すでにクーデタは始まっていたか・・・」
それらの死体はサヴィーアとシトスが率いるクーデタ軍によって殺害された元老院の衛兵たちであった。その直後、地上に潜伏するアメリカ海兵隊員から通信が入って来た。
『こちらフォース・リーコンのアルベルト=デイビス! ただちに元老院へ突入されたし!』
「・・・了解!」
元老院の内部では既に戦闘が開始されていた。現在の状況を知った安田一尉は上空を飛ぶ各機に命令を発する。
「4号機は元老院前に降下して内部に突入! 他3機は皇城内に着陸出来そうな場所を探せ!」
指揮官の命令を受けたヘリコプター空中強襲部隊は二手に別れ、それぞれの目標へと向かう。