ダウンフォール 壱
3月20日 10:00 首都クステファイ沖 旗艦「あかぎ」
マックテーユを出港した日米合同艦隊は、クステファイの沖合にまで接近していた。マックテーユ占領から9日間待ったにも関わらず、アルティーア帝国からの正式なコンタクトは確認されず、それどころか他地域に展開している戦力を首都へ移している様子が、潜入した海兵隊員によって確認されていた。それは、皇帝とアルティーア帝国政府に抗戦の意思があるということを意味していた。
(首都の海浜への上陸から、皇城・元老院への強襲攻撃の間に生じるタイムラグが、この作戦の1番大きな不安要素だ・・・。潜入した海兵隊員によって皇城・元老院を監視させてはいるが、彼らの位置から全てを見渡せる訳じゃない。より確実に政府首脳を確保するには、皇城・元老院に出入りできる現地人にやらせるのが一番殉職者を出さずに済む手段だ。だが、所詮は敵国人・・・そう上手く成功するのか?)
艦隊司令の長谷川海将補は、第三皇女のサヴィーア=イリアムが率いるクーデタ軍との連携に不安を感じていた。だが、作戦はすでに彼らとの連携を前提として進んでおり、最早後戻りすることは出来無い。
「まもなく作戦決行時刻です!」
船務長の飯島二佐は、思案にくれる長谷川海将補に時機が来たことを伝える。
「全艦、首都へ向かって進撃開始!」
長谷川海将補の命令を受け、各艦のスクリューが回りだす。海上自衛隊の強襲揚陸艦である「おが」と「こじま」、そして再合流した「しまばら」、米海軍のドッグ型輸艦「グリーン・ベイ」のウェルドッグ内では、揚陸艇や水陸両用強襲輸送車7型の中に、陸自隊員と米海兵隊からなる上陸部隊が各種兵器や装備品を携えて待機している。この時ついに最後作戦、「首都上陸作戦」が動き出したのだ。
・・・
アルティーア帝国 首都クステファイ 大議事堂
その頃、アルティーア帝国の首都クステファイの中心街に位置する「大議事堂」では214名の国政議員たちが集まっていた。この日も日本国への対処について話しあう為、元老院議会が開催されていたのである。
議員には貴族の他に閣僚や皇族たちが名を連ね、玉座には皇帝が座っている。彼らは今から起こることを何も察知していなかった。ただ1人、自衛隊と接触していたサヴィーア=イリアムを除いて・・・。
(とうとうこの日が来た・・・失敗は許されない!)
議員席に座るサヴィーアは冷や汗を流しながらその時が来るのを待つ。彼女の配下であるシトスや元兵士たちも、別の地点で待機してその時を待っていた。
「では、本日の元老院議会を開廷致します」
進行役を務める宰相のイルタ=オービットが、元老院議会の開廷を宣言する。この時ついに、アルティーア帝国の歴史上最も長い1日が始まったのである。
・・・
首都クステファイ沖 旗艦「あかぎ」
ヘムレイ湾のほぼ中央に陣取っていた日米合同艦隊は首都への進撃を開始し、首都クステファイの沿岸から35kmのところまですでに接近していた。
『もうすぐ首都へ到達する。各上陸部隊はぬかりなく準備せよ!』
総司令のアナウンスが艦隊の各艦に伝達される。ついに迎えた最終作戦を前にして、参加する各員の表情は階級に関わらず緊張感を湛えていた。
「たかなみ」 戦闘指揮所
首都へと続く海上では、ガレオン船ほどは大きくないが、全長30mくらいはある首都警備隊海上部隊の軍船が哨戒活動にあたっていた。各艦の対水上レーダーにそれらの姿が映し出されている。
「旗艦より連絡! 艦砲発射せよ!」
「あかぎ」からの命令が全艦に届けられる。上陸部隊の妨げになるものは全て排除しなければならない。
「艦砲用意!」
砲雷長である高橋陽次郎三等海佐/少佐の指揮の下、「たかなみ」の砲が敵の軍船を標的に捉える。他にも今回の首都攻撃に参加している各艦の艦砲が、その弾道上に首都警備隊の軍船を捉えた。
「撃ち方始め!」
高橋三佐の命令と共に、「たかなみ」のオート・メラーラ127mm砲から砲弾が放たれる。81式射撃指揮装置2型によって管制されるそれは、瞬時の計算によって弾き出された敵艦の未来の位置に向かって砲弾を放った。他の艦も次々と砲弾を放ち、海上には不規則な砲撃音が響き渡る。
・・・
首都クステファイ 沖合25km
首都へ接近する日米合同艦隊の姿は、首都の防衛を司る「首都警備隊・海上部隊」に属する各軍船からも発見されていた。兵士の1人が東から突如迫って来る灰色の巨大艦隊を発見する。そこに現れたのは、この世界のどの国が所有する軍艦とも違う異形の姿であった。
「巨大艦、発見! ニホン国の艦かと思われます!」
「至急首都に連絡! 総員戦闘体勢を取れ!」
ついに現れた敵が首都へ侵入することを阻止する為、海上部隊の兵士たちは迎え討つ体勢を取る。
「敵艦、発砲!」
だがその時、敵艦の砲が閃光と硝煙を放った。その直後、前方を進んでいた軍船が次々と木片を巻き上げながら沈没する。それに遅れて、海上に不規則な砲撃音が響き渡った。
「ばかな、まだ遠すぎるぞ!」
海上部隊の隊長を務めるプラーク=スカベンジャー佐官は、目に入って来た光景が現実として信じられなかった。逓信社の報道により、前情報として日本軍の実力についてはある程度頭に入っていたが、実際に目の当たりにすると、自分たちとはあまりにも隔絶された次元の違う攻撃力の差に絶望する。
「これが・・・現実なのか・・・?」
遙かなアウトレンジからの反撃の余地もない一方的な殲滅が、目の前で繰り広げられている。隊長のプラークは次々と海の藻屑に消えて行く部下たちの悲鳴を耳にしながら、力なくつぶやいた。
・・・
「あかぎ」 戦闘指揮所
首都警備隊海上部隊の軍船は破片を飛び散らせながら次々と沈んで行く。そして1時間もかからず、首都への航路を護る船団は全滅した。
「敵海上戦力の排除完了」
数十分後、首都警備隊海上部隊の全滅が確認される。前方を行く各艦の航海員たちは、すでに目視出来るほどに接近していた首都クステファイへと目を向ける。
「そろそろ時間だ。全部隊に作戦開始を伝えろ!」
後方を行く旗艦から戦況を注視していた長谷川海将補は作戦の次段階を発動する。艦隊総司令の命令を受けて、上陸部隊発進を告げるコードが全部隊へと発信された。
「日ノ出ハヒロシマト、ムロラントス!」
その通信を合図に、すでに海水の注水が完了していた強襲揚陸艦の「しまばら」「おが」「こじま」、そしてサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦に属する「グリーン・ベイ」のウェルドックからは、多数の水陸両用強襲輸送車7型とエア・クッション揚陸艇が9隻、そしてアメリカ軍から借用した上陸用船艇4隻が、10式戦車を含む各種車輌や陸上自衛隊の水陸機動団と米海兵隊合同の上陸部隊、計1000人前後の人員を乗せ、首都クステファイの海浜へ向けて進軍を開始した。
さらに「しまばら」「おが」「こじま」の飛行甲板からは、陸上自衛隊とアメリカ海兵隊に属するコブラやアパッチ、ヴァイパーと言った攻撃ヘリコプター、ツインヒューイやイロコイと言った汎用ヘリコプターの群れが、港へ向けて飛び立ったのである。
・・・
首都クステファイ 沿岸部
首都クステファイの沿岸では、港に配置されていた「首都警備隊・陸上部隊」の兵士たちが、哨戒中の軍船からの緊急連絡を受けて迎撃体勢を取っていた。海浜では日米合同艦隊の上陸に備えて、大砲やバリスタ、投石機が横一列に並べられ、刀剣や銃を携えた兵士たちが首都への進撃を阻む壁のように固まっている。
首都クステファイを護る「首都警備隊・陸上部隊」には第1部隊と第2部隊の2つの部隊が存在する。本来ならば陸上部隊の司令部は首都の内陸に位置する基地に置かれているのだが、日本軍の襲来を危惧した「首都警備隊本部」によって沿岸部に移されていた。よって陸上部隊の司令部は、沿岸部に建設された仮設テントの内部に設置されている。
「海より敵軍が接近! 増援求む!」
その仮設テントにて兵士たちの指揮を執っていた第1部隊隊長のオルガ=レティカラム佐官は、海上部隊の全滅と敵艦の出現を受けて、中心街に位置する首都警備隊本部に敵襲来の緊急連絡を行っていた。
『何!?』
信念貝を介して敵軍襲来の報告を受けた、首都警備隊総隊長リーン=スプレーン将官は驚愕の声を上げた。
『良し・・・国境警備隊の竜騎部隊を直ちに海に向かわせる!』
「了解!」
リーン将官は沿岸部に増援を送ることを決定する。その後、国境警備隊より移動されていた竜騎、計20騎が、市内各地の仮設竜舎から海に向かって出撃した。
・・・
「きりしま」 艦橋
艦隊の前方を行く「きりしま」航海長の安岡礼治二等海佐/中佐は、海浜の防御を固める首都警備隊の様子を双眼鏡越しに眺めながら、敵の諦めの悪さに少し呆れていた。
「この状況下で、未だに抵抗する心を保てることに感動するな」
安岡二佐はため息をつきながらつぶやく。この時、日米合同艦隊は首都海岸からおおよそ20kmのところまで接近していた。
「敵航空戦力発見!」
竜騎の群れが首都から接近する様がレーダーに映し出される。首都警備隊に属する竜騎は、先日のオリンピック作戦にて「しまばら」に殲滅されたはずであった。
「あれが、首都警備隊の竜が全滅したことを受けて“国境警備隊”から移された竜か・・・。潜入した海兵隊員によると、20騎ほどいるらしい」
サヴィーア=イリアムとシトス=スフィーノイドに接触する為、首都クステファイに派遣されていたフォース・リーコンは、首都の様子についても旗艦「あかぎ」に逐一報告していた。よって、本来ならば国境警備隊に配備されていた筈の龍が、首都クステファイに移動されていたことも、すでに彼らの知るところとなっていたのである。
ミサイル巡洋艦「シャイロー」 戦闘指揮所
「ドラゴンのお出ましだな・・・」
艦隊に迫って来る竜騎の群れがSPYレーダーに映し出される様子を見て、「シャイロー」艦長のアントニー=ロドリゲス大佐がつぶやく。
「旗艦より命令、『きりしま』『たかなみ』『ベンフォールド』『シャイロー』の各艦は対空戦闘用意! 艦砲にて敵航空戦力を撃破せよ」
戦闘指揮所 に勤める通信員が旗艦より伝えられた命令を伝達する。
「良し・・・艦砲、用意!」
艦長の指示を受けて、「シャイロー」の前方に装備されているMk.45・5インチ砲がその砲身を上空へと向ける。SPQレーダーに追尾された竜の群れは、砲射撃指揮装置によって寸分違わず目標として捉えられる。
「発射!」
砲術士が発射装置に手をかけた。直後、砲撃音が海上に響き渡る。また他の3隻からも同様に砲弾が発射された。
・・・
海上
首都の各地から飛び立った国境警備隊に属する20騎の竜騎は、海岸と日米合同艦隊の間を走る水陸両用強襲輸送車7型とエア・クッション揚陸艇、上陸用船艇、そして各種ヘリコプターからなる上陸部隊に迫っていた。
「首都へ到達する前に沈めるんだ!」
国境警備隊第1竜騎部隊隊長を勤めるカスプ=プルモナニィ佐官は、自身が乗る龍の手綱を引きながら、背後を駆ける部下の竜騎兵たちを鼓舞する。その時、敵艦からの砲撃音が彼らの鼓膜を響かせた。
ドン! ドン! ドン! ドン!
16騎の竜騎とそれに乗っていた竜騎兵が、その砲撃音と時同じくして人成らざる姿と化し、海に向かって落ちていく。
「ばかな! 奴らの砲はあの距離から寸分違わず、船だけでなく空を飛ぶ我々をも狙えるというのか!?」
カスプは敵艦の砲が有する力を目の当たりにして驚きを隠せない。海の上を見ると、無残な姿で墜ちて逝った部下が海上に浮かんでいた。
「おのれ! 悪魔め!」
長きに渡って寝食を共にしてきた部下の仇を取らんと、カスプは敵艦に向かって突撃する。だがその直後、砲撃音が響き渡り、残りの竜騎兵は撃墜された。既に全滅していた海上部隊と部下たちの仇をとる間も無く、カスプはこの世を去ったのである。
首都クステファイ 海浜
海浜に集結していた首都警備隊の兵士たちは、艦の中から不思議な形をした船が出てきたのを確認していた。それらは轟音をたてながら猛スピードでこちらに向かっていた。そして空からは奇妙な羽音を轟かせながら、見たこともない飛行物がこちらへ近づいている。あれが逓信社の報道にあった「ヘリコプター」とか言うものだろうか。
彼らがそんな事を考えていた時、後方の首都クステファイから20騎の竜が飛来した。それらは彼らの上空を通過すると、海岸へと近づく敵の揚陸部隊に向かって行った。誰しもが彼らの活躍を祈ったが、彼らの期待は無残にも打ち砕かれた。敵の艦から砲撃音が聞こえたかと思うと、20騎の竜は瞬く間に全滅したのである。
「・・・」
あまりにも信じがたい一瞬の出来事に、その場に居た誰もが唖然としていた。
「う、うろたえるな! 必ずつけいる隙はある! 国境警備隊の仇を取るのだ!」
陸上部隊の指揮を執る首都警備隊第1陸上部隊隊長のオルガ佐官は、呆然とする兵士たちを鼓舞する。しかし、見せつけられた現実を前にして、皆の顔は一様に暗かった。
・・・
首都クステファイ 沖合の上空
首都警備隊が海浜を固めている様子は、海浜に向かっていたヘリコプター部隊からも見えていた。
「敵の部隊が上陸予定の海岸に固まっています!」
陸上自衛隊の汎用ヘリコプターであるイロコイから、海浜の様子を観察していた右崎公三等陸尉/少尉は、旗艦「あかぎ」に報告を入れる。このままでは海浜に歩兵を上陸させることは出来ない。
「我々の方で攻撃しますか?」
上空を飛ぶヘリ部隊の各機には、ヘルファイアやTOWといっ対地ミサイル、ハイドラ70ロケット弾、機関銃などの兵器が搭載されている。それらを使えば大砲やマスケット銃しか持っていない敵兵を排除することなど容易いと思われた。
『いや・・・敵の地上部隊に対しては、艦隊の方から対地支援攻撃を行う。各ヘリは低空飛行に以降し、左右に展開してくれ』
「了解」
長谷川海将補は空中を飛ぶヘリ部隊に指示を出す。その後、各機は艦隊から繰り出される対地攻撃に巻き込まれるのを避ける為、左右に展開していった。
強襲揚陸艦「しまばら」 飛行甲板
強襲揚陸艦「しまばら」と輸送艦「おおすみ」の飛行甲板に、陸上自衛隊の車輌が固定されている。ヘリコプターの離着陸スペースの邪魔にならない様に設置されているそれらのコンテナには数多のロケット弾が装填されており、首都クステファイの海浜に照準を合わせていた。
それらは「多連装ロケットシステム」と呼ばれる自走多連装ロケット砲の一種であり、各々のMLRSが旋回発射機に2基ずつ搭載するコンテナ型発射筒には、6発のロケット弾を装填、即ち1輌当たり計12発のロケット弾を発射することが出来る。
『発射!』
陸上自衛隊の秋山武史一等陸佐/大佐は、2隻の甲板に固定された計4輌のMLRSに発射命令を下す。直後、アルティーア帝国軍の兵士が展開する首都クステファイの海浜に向かって、ロケット弾が飛び出した。多連装ロケットシステム指揮装置によって統制されたそれらは、迅速かつ正確、そして効果的に敵を殺傷する為、着弾地点の重複が無い様に飛んで行く。
・・・
首都クステファイ 海浜
「敵の飛行物をよく引きつけろ・・・。有効射程に入り次第、発砲せよ!」
ヘリコプター部隊は羽音を響かせながら首都の海岸へ近づく。それらを迎撃し、首都上空への侵入を阻止するために、首都警備隊の兵士たちはあらゆる飛び道具の発射準備をしていた。だが、接近していたヘリコプター部隊は突如左右に分かれて行く。その直後、日米合同艦隊の後方、即ち水平線の向こうから、白煙を棚引かせる光の群れが現れた。
「何だ、あれは!?」
オルガ佐官は首を傾げる。だが彼はすぐに、それらが自分たちの居る方へ近づいていることに気付いた。
「た、退避!」
オルガは本能的に身の危険を察知し、兵士たちに向けて退避命令を発する。火を噴くロケット弾から逃れるため、海浜を固めていた兵士たちはちりぢりになって逃げ出す。
「うわあああ!!」
時すでに遅し、ロケット弾の群れは彼らを襲撃した。ロケット弾の信管は近接信管になっており、弾頭の200ポンド榴弾に込められた炸薬は地面に着弾する直前に爆発を起こす。
「た、助けてく・・・!」
「ぎゃあぁ・・・!」
彼らの頭上で巨大な爆発が起こる。空中で炸裂したロケット弾の爆炎と破片が地上にまき散らされ、それらはまるで散弾の様に地上に居る兵士たちを襲った。何度も繰り替えされる炸裂とともに、兵士たちの肉片が宙を舞う。
助けを請う叫び声、それらをかき消すロケット弾の爆発音、これら全てが交わった巨大な雑音が海岸を覆っていた。海岸付近の住民たちは、浜で行われている一方的な惨殺を震えながら見ている。浜の上に約3000人の骸が築かれたのは、それから約30分後のことだった。
・・・
強襲揚陸艦「しまばら」
「中々・・・上出来な様だな」
秋山一佐は双眼鏡越しに爆発の様子を眺め、満足そうな笑みを浮かべていた。「しまばら」と「おおすみ」の飛行甲板に2輌ずつ並んでいる、多連装ロケットシステムから発射されたロケット弾の群れは、敵の陣地に正確に到達し、次々と爆発を起こしている。
広大な飛行甲板を有する艦の甲板に固定し、ロケット弾を地上に向かって発射するという多連装ロケットシステムの運用方式は、本来「洋上から敵上陸部隊・占領する敵部隊への射撃」「上陸を企む沖合の艦艇・上陸用舟艇の排除」という目的の為に考案されたものであり、陸海合同の模擬射撃訓練が度々行われていた。この運用方式が考案されたのは、MLRSで運用するロケット弾がGPS誘導に対応出来る様になった為である。
だが、この世界には当然GPSなど存在しない。よって今回、この攻撃方法が採用されたのは、多連装ロケットシステムから発射されるロケット弾を、慣性誘導のみでどれほど正確にコントロール出来るかを確認する実証実験の為であった。
隊員たちにとっては、実弾を敵に向かって使用するという、模擬射撃訓練では得られない緊張感を持った貴重な経験となる。さらにインターネットが存在しないこの世界ならば、例え失敗して民間人を殺傷してもマスコミに漏れる心配は無い。
「全車輌、弾切れです」
4輌のMLRSは合計48発のロケット弾を放った。目標地点となったクステファイの海浜からは、うっすらとした黒煙が立ち上っている様子が見える。用を終えた多連装ロケットシステムは、直ちに甲板下の格納庫へと収納された。
・・・
首都クステファイ 海浜 上空
MLRSによる攻撃が終了した為、ヘリコプター部隊は再び首都クステファイの海浜へと向かう。既に敵の指揮系統は壊滅しており、海浜には敵兵の死体や砲列の残骸が散乱していた。生き延びた者たちはそのほとんどがすでに街の方へ逃げ出していたが、未だ闘志を失っていない少数の兵士たちが、上空を飛ぶヘリコプター部隊に対して銃やクロスボウを向けていた。
「敵の部隊は既に離散した。上陸部隊の障害となるものを殲滅せよ!」
ヘリコプター部隊は機関砲とロケット弾を駆使して、敵兵に追い打ちを食らわせる。その後、ヘリコプター部隊の掃討終了に合わせて、揚陸艇が首都クステファイの海浜に上陸した。海の上を走る勢いそのままに、多数の水陸両用強襲輸送車7型とエア・クッション揚陸艇9隻、そして上陸用船艇4隻が首都の海浜に突っ込む。
「総員、上陸開始!」
それら揚陸艇の中から姿を現したのは、大地を振るわせる10式戦車や16式機動戦闘車、87式自走高射機関砲、自走りゅう弾砲、89式装甲戦闘車を含む各種装甲車輌、そしてあらゆる武器を携えた1000人の上陸部隊であった。部隊や戦車、車輌の揚陸を終えたエア・クッション揚陸艇は、さらなる上陸要員を上陸させる為、再び海に転身して4隻の艦へと帰って行く。
「東の海岸からの上陸を完了、速やかに市街地に入る」
迅速に隊列を成した上陸部隊第1陣は、田代美津夫三等陸佐/少佐の指揮の下、首都中心部へ向け、港から皇城へ続く大通りに向かって進軍を開始した。
首都警備隊の全滅を目の当たりにした海岸付近の住民たちは、全てが自分たちの想像を越える異世界の軍隊の上陸を恐れて家に閉じこもり、ある者は毛布の中に身を潜め、ある者は我が子を護るようにして抱きかかえ、上陸部隊の進撃に対して、恐らくはその生涯で初めて味わう程の恐怖心を抱いていたのである。