降伏勧告
3月15日 日本国 東京 首相官邸 総理執務室
日米合同艦隊がアルティーア帝国の第三皇女であるサヴィーア=イリアムと軍事局大臣であるシトス=スフィーノイドに接触したことは、艦隊の司令部から日本政府へ通達されていた。彼女たちの意思と要求を知った日本政府は、自分たちの要件を伝える為にある文書の作成に取りかかっていた。
「では以上の要項を共同宣言としてアルティーア帝国に提示しますがよろしいですか?」
内閣府の職員が作成された書面の内容を提示し、内閣総理大臣の泉川耕次郎に同意を伺う。
「・・・うん、問題ないな」
泉川は間を置いて答える。その後、一礼して退出する職員の後ろ姿を見て、彼は先程の書類の内容について考えていた。
(一体、何のあてつけなのだろうねえ、あの文書は。あれじゃ、ほとんど“あれ”と同じじゃないか・・・)
3月15日、日本政府からアルティーア帝国の革命軍へ返答が送信された。それは日米合同艦隊の司令部から首都に潜入したフォース・リーコンを介して、サヴィーアらの下へ届けられることとなった。
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同日 アルティーア帝国 首都クステファイ ウィルコック神殿
アメリカ海兵隊のデイビス軍曹は、サヴィーアとシトスに日本政府から送られて来た内容を提示する。
「これが・・・日本政府からアルティーア帝国への要求です。これ以外に日本政府が講和を受諾する選択肢は無いと思ってください」
「・・・拝見します」
サヴィーアは恐る恐ると言った様子で、デイビス軍曹から1枚の紙を受け取った。それにはウィレニア大陸語で以下の様な条項が書かれていた。
・・・
3カ国共同宣言
・ 日本国首相、極東海洋諸国連合最高理事およびセーレン王国臨時政府代表は、自国民を代表して協議した上でアルティーア帝国(以下帝国)に対し、終戦の機会を与えるということで意見が一致した。
・ 我らの条件を次に述べる。これについては譲歩せず、これに変わる条件は存在しない。
・ 我らは帝国から覇権主義が駆逐されるまでは東方世界に平和、安全が生じ得ないことを主張する。従って此度の開戦という過ちを犯させた者の権力と勢力は永久に除去する。
帝国から覇権主義が駆逐されるまでは、帝国領内の諸地域は我らの目的を達成するために占領されるべきだ。
・ 帝国は過去に行った侵略と略奪を反省し、独立を望む全ての属領・属国の独立を認めるべきだ。
・ 帝国は日本国の指定する領域外に所有する全ての権益を放棄すべきだ。
・ 我らは帝国国民を虐げる意図はないが、一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。
・ 帝国は公正な損害賠償の取り立てを可能にするように産業を維持することを許される。
・ 前記の目的が達成され、かつ、帝国国民の意思に従って、平和的な政府が樹立された場合には、日本国の占領軍はただちに帝国より撤収する。
帝国は日本国の監視・指導のもとで、最小限度の防衛能力を持つ武装組織の所有を許される。
我々は帝国政府が以上の占領政策に対して積極的に協力することを要求する。
我らは帝国政府がただちに帝国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつ同政府の誠意によって適正かつ十分な保障を提供することを同国政府に対し要求する。これ以外の帝国の選択は、迅速かつ完全なる壊滅があるだけだ。
・・・
「・・・」
シトスとサヴィーアは黙りこくってしまう。日本政府が求めるもの、それはアルティーア帝国の無条件降伏と一時的な占領統治であった。
「・・・こ、これはいくら何でも!」
シトスは日本政府の要求に異議を唱える。かつてのアルティーア王国が大陸の統一に乗り出した130年前から今まで、この国が異民族の支配を受けたことなどなかった。さらに列強の一角となった後の時代しか知らない彼らにとって、異国からの占領を受容することなど到底出来なかったのである。
「日本政府はこの戦争が終わった後、ウィレニア大陸へ本格的な商業的進出を行う腹づもりです。よって自国から最も近い列強国であるこの国に、反日本的感情が根付いてしまうことを恐れています。故に指導者層の浄化と教育の是正、これを徹底する為の占領統治は絶対なんです」
デイビス軍曹は日本政府の意向について説明する。
「ご心配せずとも、日本政府はサヴィーア殿下に新たな皇帝となって頂くことを望んでいます。あくまで一時的な措置です。日本政府には貴国の帝室を廃す意思はありません」
彼は日本政府にアルティーア帝国を恒久的な支配下に置く意思が無いことを伝える。日本政府はかつてのGHQの占領統治をモデルにした、アルティーア帝国の改革政策を施行することを目標としており、皇帝を廃すつもりは毛頭無かった。
「・・・この要件がいやだというのなら、我々は力を以て全てを制圧します。その場合はこの首都が地図から消え去ることも覚悟しておいてください」
「!!」
デイビス軍曹は明確な脅し文句を口にした。シトスとサヴィーアは彼の言葉を聞いて震え上がる。日本軍の使者は首都クステファイを灰に帰す準備があると述べたのだ。実際には日本政府がそんな行動に出る可能性は皆無と言って良いが、日本国という国の様相を良く知らない彼女らにとって、それは十分過ぎる程の脅迫であった。
(・・・最早、選択肢は残っていない様ね)
意を決したサヴィーアはゆっくりと口を開く。
「・・・分かりました。全てが成功し、この戦争を終わらせることが出来た暁には、我々は貴国の占領統治に全面的な協力をすることを約束します。ですが・・・あくまで占領の形態は間接統治とし、占領期間も一時的なものだという確約を頂くことが条件です」
「それで十分です。すぐに日本政府へ報告致します」
デイビス軍曹はそう言うと、背後に控えていた部下に通信機で本隊と連絡を取る様に指示を出す。その後、サヴィーアの決断は洋上に停泊していた日米合同艦隊を介して日本政府へ伝えられた。
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ジュペリア大陸 クロスネルヤード帝国 首都リチアンドブルク
アルティーア帝国が存在するウィレニア大陸のさらに西には、中央洋という海を挟んだ先に「ジュペリア大陸」と呼ばれる広大な大陸が位置する。世界の中央、“中央世界”と呼ばれる領域に位置するこの大陸には、世界最大版図を誇る帝国が存在していた。その国の首都のある街角で4人の男が話をしている。
「おい聞いたか!? アルティーア帝国のマックテーユが陥落したってよ!」
「えっ! 一体何処の国に!?」
驚いた顔をする男の態度を見て、もう1人の男が呆れ顔を浮かべた。
「お前、新聞読まねえのかよ。アルティーア帝国と戦争中の“ニホン国”といえば今、世界中を騒がせているだろう」
「何でも、極東の外れにありながら高い軍事力と技術力を持っているらしいな。でも、あの記事に書いてあったことは本当なんだろうか? あまりにも現実離れしていてとても信じられん・・・」
「世界魔法逓信社の発信した情報だぞ? まず、捏造や誤報ってことは無いだろう」
「すげぇ国だな、ニホンは。きっとまた“龍”が入れ替わるぞ!」
“龍の入れ替わり”、それは世界に7カ国存在する列強国の入れ替わりを意味する。世界の人々の話題は突如現れた謎の国・日本に関することで持ちきりな様だ。
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3月17日 アルティーア帝国 首都クステファイ 第二皇子の屋敷
アルティーア帝国の第三皇女であるサヴィーアが日本国と接触を果たしてから4日後、第二皇子であるズサル=バーパルは自身の屋敷でくつろいでいた。妾の子であるサヴィーアとは異なり、彼と皇太子のルシムは皇帝の正室から生まれた嫡出子の1人である。そんな彼の下に屋敷の召使いが1人、来客を伝えるために入室していた。
「ズサル殿下、サヴィーア殿下がお見えになっております」
「サヴィーアが? 何の用だ?」
予想外の来客を知ったズサルは頭上に疑問符を浮かべる。日本軍との密談の最中であった第三皇女サヴィーア=イリアムは、腹違いの兄である第二皇子ズサル=バーパルの御所を訪ねていた。
「何でも急のご用件だそうで・・・お通ししますか?」
「・・・ああ」
少し考える素振りを見せた後、ズサルは答える。その後、玄関から屋敷の中に通されたサヴィーアは応接間へ案内された。
屋敷内 応接間
テーブルを間に挟み、向かい合う兄と妹の姿がある。わずかな沈黙が流れる中、最初に口を開いたのはズサルであった。
「話と言うのは何だ? 私も忙しいのだ。要件があるなら早く言ってくれ」
つっけんどんな態度を取る兄に、サヴィーアは背筋を立てたまま要件を伝える。
「率直に申し上げます。兄上にお願いがあるのです」
「・・・何だと?」
妹の言葉を聞いたズサルはやや怪訝な表情を浮かべる。サヴィーアはゆっくりと口を開いた。
「ルシム兄様と父上にニホンとの講和を進言して頂けませんか?」
「!?」
ズサルは目を見開き、これ以上ないという程の驚愕の表情を浮かべた。サヴィーアは“辺境の未開国”との講和、即ち未開国に対して“負け”を認めよと言ってきたのだ。
「馬鹿な! お前、気は確かか!」
「・・・」
兄が発する怒号にも、サヴィーアは姿勢を崩さず冷静なままであった。彼女が今回この様な行動に出たのは、敵の首都上陸作戦の日程とその内容を知ったあの日、作戦と同時にクーデタを起こす従来の計画ではなく、やはり日本軍が首都へ侵攻してくる前に講和にこぎ着け、首都臣民の被害を避けたいという意思が勝ったからであった。
2番目の兄ズサルにこの要件を伝えたのは、父と皇太子であるもう1人の兄のルシムと比較すれば、彼がまだ理性的な方であると判断した為である。
「はい、私は正気です。兄上も知ったでしょう? イロア海戦の真実を! この国には最早戦う力は無いではないですか!」
サヴィーアは意見を述べる。第3者が見れば誰しもが彼女の言葉を正論だと判断するだろう。
「・・・父上の判断により、いずれ軍は再建される。より練度を高め、策を講ずればセーレンを占領しているニホン軍を駆逐し、彼の国を火の海にすることなど容易いことだ!」
元老院内部において、ズサルは徹底抗戦を訴える派閥に属していた。彼の言葉を聞いたサヴィーアは途端に頭が痛くなる。相変わらず、彼はアルティーア帝国軍を壊滅させた日本が蛮国であるという認識を崩していなかったのだ。
「軍の再建までにどれだけの時間がかかると思っているのですか!? そんな悠長なことをしていれば、間違い無くその間にニホン軍はここへ攻めて来ますよ!?」
「いくら市井の出自とは言え、仮にも皇族ならば、蛮族相手に講和を打診することが、どれほどこの国の品位を堕とすことになるか、分からぬ訳でもあるまい!?」
彼女の極めて正しい反論もズサルの耳には届かない。やはり彼も皇帝や皇太子と同じ穴の狢だったか、そう思い始めていたサヴィーアは、最後の希望をかけてズサルに訴える。
「他国への面子よりも、国の存続が大切でしょう!? このまま戦争を続けては間違いなくこの国は滅・・・!」
「黙れ!」
ズサルの中の何かが切れたのか、いきなり立ち上がった彼はサヴィーアの訴えを断ち切ると、怒りの形相で彼女を怒鳴りつける。
「・・・そんな事は分かっている! だが、父上と兄上が自らの間違いを認めて敵国に頭を下げる様な器か!? ただでさえ気が立っている父上にそんなことを奏上すれば、実子とは言えども命が危うくなるのだぞ! 私は父上の怒りを買って投獄される様なことは御免だ! お前も余計なことだけはするなよ・・・!」
「・・・!」
サヴィーアはズサルの答えを聞いて絶望の表情を浮かべた。その後、彼女は応接間から退室してズサルの屋敷を後にする。
(やはりクーデタしか無いのか・・・!)
屋敷の玄関から出て行くサヴィーアは、苦虫を潰した様な表情でズサルの屋敷を振り返りながら決心を固めるのであった。