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接触

3月13日・深夜 首都クステファイ 南部辺縁区域


 我々の世界の大都市がそうであるように、この世界の華やかな列強の首都にも当然暗部がある。それが此処、首都南部区域のスラム街だ。強盗、殺人、強姦等凶悪犯罪が日常的に発生し、他のエリアと比較して治安は数倍悪く、また、そういった犯罪に巻き込まれた犠牲者の死体が腐敗したまま放置されており、さらには性病の流行など衛生環境も劣悪で、他の区域の住民たちは、決してこの南部区域には近寄らない。

 13人のフォース・リーコンは、水陸両用強襲輸(AAV7)送車7型に乗って無人の海岸に上陸し、陸路を走って首都の南端部に到着した。上陸に成功した13人のアメリカ海兵隊員の内、11人がここで下車する。隊員たちを降ろした水陸両用強襲輸(AAV7)送車7型は、首都の南部にある森の中へと向かって行った。


「さてと、行きますか・・・」


 大陸風の装束に身を包んだ第5武装偵察中隊の分隊は、隊長を務めるアルベルト=デイビス軍曹に率いられて危険な暗黒街へと踏み込む。




首都南部区域 スラム街内部


 彼らが足を進めるスラム街には悪臭が立ちこめていた。隊員の1人が思わず文句を漏らす。また、大の男が11人で固まってこそこそと行動している様は、なにやら怪しいものを感じるのか、変装しているにもかかわらず、時々、街中の至る所にたむろしているチンピラたちに睨み付けられる。


「ああ!? 何見てんだ・・・」


「やめろ、からむな」


 チンピラの視線を不快に感じた隊員の1人が、彼らにガンを飛ばし返そうとしたのをデイビス軍曹が止める。今はそんな連中といざこざを起こしている場合ではない。そして、25分ほど歩くと目標となる建造物に到着した。


「目標となる地点を確認。あれが“ウィルコック神殿”です」


 彼らが辿り着いたのは、2対の塔からなる高さ70メートル程の石造りの建造物だった。その外見はかの有名なパリの“ノートルダム大聖堂”を彷彿とさせる。神殿の周りには多数の兵士たちが巡回していた。


「止まれ・・・何奴だ?」


 兵士の1人が神殿に近づく海兵隊員の前に立ちはだかる。指揮官であるデイビス軍曹が彼らの前に出た。


「我々は日本軍の使いだ、あんたらの大将に会いに来た」


 彼は自分たちの素性を明かす。デイビス軍曹の言葉を聞いた兵士たちは、驚いた様子で目を見開く。


「・・・待っていた! さあ、此方へ!」


 日本軍の到着を待っていた兵士たちは、彼らアメリカ海兵隊員を神殿へと案内する。デイビス軍曹たちは促されるまま、神殿の中へ入って行った。




ウィルコック神殿 礼拝堂


 神殿の中には数多の元アルティーア兵士が潜んでいた他、礼拝堂の最奥に位置する彫像の真下には、華美とは言わずとも高級そうな服飾に身を包む2人の男女が立っていた。その2人が皇女と軍事局大臣であることはすぐに予測出来る。デイビス軍曹らは礼拝堂の中を奥に向かって進み、サヴィーアとシトスの前に立つ。


「日本軍の使者として此処へ来ました、アルベルト=デイビスと申します」


 デイビス軍曹は敬礼をしながら、サヴィーアとシトスに自らの素性を告げる。彼に続いて他の隊員たちも敬礼をした。混乱と説明の手間を避けるため、此処では彼らは日本軍人として振る舞う。


「アルティーア帝国軍事局大臣のシトス=スフィーノイドだ。此方は帝国第三皇女のサヴィーア=イリアム様」


 シトスは自身の名を名乗ると、サヴィーアの素性を紹介する。


「宜しくお願いしますね、デイビス殿」


 シトスの紹介に与ったサヴィーアはデイビス軍曹に右手を差し出した。彼は皇女のきめ細やかな手をしっかりと握り返す。シトスや他の兵士たちは、彼らの常識からすれば異様な姿をしている海兵隊員の姿をまじまじと眺めていた。因みに彼らは今、“DESERT MARPAT”という砂漠用デジタルパターンの迷彩服を着用している。


「では早速打ち合わせに入りましょうか・・・と、その前に、少々この部屋の周りを調べさせて頂きますよ。誰かよからぬ者に聞き耳を立てられては敵わないのでね」


 日本政府としては、彼らが帝国政府と繋がっている可能性を完全に捨てた訳では無い。故に彼らはスパイや盗聴の類に十二分に警戒する様に厳命されていたのである。


「・・・! は、はぁ」


 サヴィーアは一瞬目を見開くが、歯切れの悪い返事で捜索を了承する。直後、デイビス軍曹の部下である10名の海兵隊員たちが、礼拝堂の中で散開して行った。シトスは自分たちのことを一切信用していない日本軍の使者に、わずかながらの不快感を抱いたが、これも互いに信頼を築く為として彼らの捜索を静観していた。

 およそ40分後、盗聴や密偵の類が近辺に潜伏していないことを確認したところで、話はとうとう本題へと入る。


「まず・・・貴方方の作戦内容を聞かせて頂けますか?」


 デイビス軍曹はサヴィーアらが企てたクーデタ計画の内容について尋ねる。


「全ては貴軍がクステファイへ上陸する日次第になるが・・・我々としては、国の要職に就く者たちが一同に会する『元老院議会』を制圧するのが最も早道だと考えている」


 説明を始めたのは、サヴィーアの隣に立っているシトスであった。


「元老院?」


「そうだ・・・皇帝や閣僚の他、有力貴族の当主からなる214名の議員たちが集まる唯一無二の会合。本来であれば7日に1度のペースで開催されるのだが、現在は国家の非常時ということで、ほぼ毎日の様に開かれているのだ」


 日本国によって正規軍が壊滅し、さらに主要都市の1つであるマックテーユが占領されたことで、アルティーア帝国の元老院は紛糾していた。議員たちは日本との早期講和を唱える派閥と徹底抗戦を訴える派閥で2つに分かれ、激しい対立を見せていたのである。


「・・・成る程、良く分かりました。それは即ち、貴方方が元老院を制圧する時と、我々がこの都市へ攻撃を掛ける時を同じくしたいということですね。貴方方の協力の意思が本物ならば、我々は元老院制圧を貴方方に一任します。我々にとっては無用な犠牲や手間を掛けずに済み、有り難いですからね」


 デイビス軍曹は日本側に連携の意思があることを示す。


「我々の上陸作戦決行日は7日後です。首都警備隊の海軍と竜騎兵を排した後、陸軍兵と各種兵器を揚陸させる手筈になっている」


「!!」


 彼は日米合同艦隊の作戦日程を伝える。サヴィーアとシトスは目を見開いた。


「・・・7日後ですね」


 サヴィーアは日本軍の上陸予定が予想以上に近日であったことに驚く。それは即ち、祖国の存続を賭けた戦いが7日後に迫っていることを示していた。


「おそらく7日後にも元老院議会は開廷されるだろう。そして元老院の開廷はおおよそ昼過ぎ頃、貴軍にはその直前に作戦を開始して頂きたい。国家首脳の確保は我々が行う故、貴軍には破壊行動を最小限に留めて欲しいというのが我々の希望だ。そしてサヴィーア様が国家元首に就かれた後には、貴国と休戦調停を締結したい」


 シトスは自分たちの要望を伝える。彼は自分たちが元老院制圧を行う見返りとして、首都での破壊行動の自制とサヴィーア=イリアムの即位を日本側に求めていた。


「それが貴方方が求める要件という訳ですね・・・すぐに本隊へ伝えましょう。一先ずニホン本国からの返答を待ってください」


 デイビスたちはそれらを判断出来る立場に無い為、彼らの要件を海の真ん中で待つ本隊へ伝えると約束する。そして2日後、日本政府からの返答が届けられることとなった。


〜〜〜〜〜


3月15日 セーレン王国 暫定首都シオン 自衛隊基地 第2執務室


 日米合同艦隊が有志たちと接触を果たした2日後、セーレン王国の自衛隊基地では、護衛艦「ゆうぎり」艦長の大河清栄二等海佐/中佐が鈴木海将補の執務室を訪れていた。


「失礼します!」


「ああ、お疲れ。それで瓦礫はどうだった?」


 シオン基地では2月26日に勃発したイロア海戦以降、同海戦で生み出された大量の瓦礫の処理が行われていた。艦隊の出撃以降はセーレン王国に残った艦船によって行われていたのだが、先が見えない作業に日米双方の隊員たちは頭を悩ませていた。だがここ4日ほどの間、ある不可解な現象がイロア海で起きていたのである。


「はい。やはりどこにも“見つかりません”」


「そうか・・・う〜ん・・・」


 大河二佐は鈴木の問いかけに答える。それを聞いた鈴木海将補は眉間にしわを寄せた。

 実は艦隊が出撃した日以降、海の上に浮かんでいた筈の大量の瓦礫が独りでに減り始めていたのだ。日を重ねるにつれて、清掃作業の進捗状況と比較して瓦礫の減りが早すぎることが判明し、そして昨日には海の上に浮かんでいる瓦礫はついに0になった。


「まあ、あれだけのごみの山を無事片付けられたのだから良かったじゃないか」


 結果としては海の清掃が終了したことになり、清掃作業をこれ以上行わなくて良くなったのは確かに幸いであった。だが、作業に参加していた誰もが腑に落ちなかった。あれほど大量の瓦礫が一体何処へ消えたのか。


「そのことについてですが、街で妙な話を耳にしました」


「妙な話?」


「はい、一種の伝説の様なものだとは思うのですが・・・」


 鈴木海将補は大河二佐が聞いたというその伝説について尋ねた。


「この世界では、海に沈んだ船と船乗りの魂は“最遠の魔女”の力に奮い起こされて、その残骸を再びより合わせることで“幽霊船”となって蘇り、彼女が率いる“幽霊艦隊”に取り込まれて時折この現世に現れる、と・・・言われているらしいです」


「・・・」


 執務室が沈黙に包まれた。本来なら一笑に付すべき他愛もないおとぎ話だが、それは元の世界であればの話である。実際に瓦礫が消失した事実、そしてここが魔法の存在する世界であるということから、ただの伝説と決めつけるのは尚早というものだ。


「ま、まあ・・・魔女の仕業かどうかはともかくとして、清掃作業が終わったのは喜ばしいことだよ。明日は隊員たちを労う意味も込めて、全ての作業を休止する。各員によく休養を取るように伝えてね」


「はっ! 皆喜ぶでしょう!」


 大河二佐は敬礼をすると司令室から退出した。


(幽霊艦隊かあ・・・長谷川君たち大丈夫かなあ? まあそんな話しても彼、信じないからなあ・・・)


 誰もいなくなった司令室で、鈴木海将補は敵地で奮闘する同志たちの身を案じていた。後に1人の日本人が、伝説に登場する“最遠の魔女”と呼ばれる存在に遭遇することになるのだが、それはまた別の話。

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