3人の企み
3月13日 日本国 首都東京 千代田区 首相官邸
日本国首相の泉川耕次郎がデスクに座る傍らで、応接用のソファに経済産業大臣の宮島龍雄と外務大臣の峰岸孝介、防衛大臣の安中洋介、そして転移により新設された特務大臣「夢幻諸島及び海外開発」担当大臣である笹場茂の4人が腰を掛けていた。
「マックテーユ、並びにウレスティーオ鉱山の確保を完了したそうです」
シオン基地からの電話を受けていた防衛大臣の安中は、受話器を下ろすとその内容を報告する。
「これで・・・我が国の重工業に救いの光が差し込まれましたな」
経済産業大臣の宮島は伝えられた戦勝報告を聞いて笑みをこぼした。
「しかし、まだまだ不足している資源は多い。これらを如何にして手に入れるかですな・・・」
国家戦略特別区域担当・夢幻諸島及び海外開発担当の特務大臣を務める笹場は、右手であごを摩りながら、未だ拭いきれない資源供給への不安を見据える。
「鉛、亜鉛は国内鉱山の再開発が進められていますし、また、国内での産出が見込めず、夢幻諸島でも確認されていないボーキサイトやカリ鉱石は、セーレン王国にて大規模な鉱床が存在している可能性が、現地の自衛隊資源調査団より報告されています」
再び防衛大臣の安中に語り手が移る。セーレン王国のシオン基地には資源調査団が派遣されており、セーレン島内における資源の分布状況について調査を行っていた。
「セーレンとの戦後協議においては彼の国に対して、“戦費支払い義務の破棄”を餌に“国土全域に渡る新たな資源の採掘権”を認可させましょう」
外務大臣の峰岸が、セーレン王国に対する今後の外交方針を述べる。
「アルティーア帝国の方はどうしましょうか?」
今まで沈黙していた首相の泉川が口を開いた。
「まずウレスティーオ鉱山、炭鉱確保とアメリカ建国のために“ヤワ半島の割譲”は必須です。その他帝国領内の資源ですが、こちらはセーレンと同じく“すでに開発されているものを除く資源の採掘権”を認めさせるという方針でどうでしょうか」
「・・・それでいいでしょう。我々が護るのは“日本の平和と繁栄”です」
泉川は峰岸の提案を受け入れ、外交方針の最終決定を告げる。その後、外務省はセーレン王国と締結する条項案と、アルティーア帝国に対する休戦協定の条項案を作成する作業へと入る。
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ショーテーリア=サン帝国 首都ヨーク=アーデン 皇帝の居城 国家会議室
ウィレニア大陸を治める2つの大国の内、大陸の西側を統治する「ショーテーリア=サン帝国」の首都ヨーク=アーデンは、大理石製の建築物が建ち並ぶ芸術性の高い街であり、人々はこの都市を「白色の都」と呼ぶ。
その白い街でも世界魔法逓信社の報道は駆け巡っており、首都に住まう60万の市民たちは突如現れた軍事強国の存在を知って大騒ぎになっていた。そしてこの国の皇帝が住まう城では、国の中枢を担う者たちが集められて緊急会議が開かれていた。
「今や長年の宿敵、アルティーア帝国は虫の息! 攻めるならこれ以上の好機はありませぬ!」
軍事を司る“軍事卿”オクタヴィアス=クローヌスが、皇帝であるセルティウス=ミサル=アントニスにアルティーアへの出兵を訴える。現在は停戦状態が続いているものの、かつて両国は互いにウィレニア大陸の統一を目指して幾度となく戦火を交えたライバル同士であった。
「・・・駄目だ」
皇帝セルティウスはオクタヴィアスの提案を静かに否定する。
「なぜ!? 初代皇帝の悲願たる大陸統一を果たす唯一無二の好機なのですぞ!」
オクタヴィアスは皇帝に詰め寄る。正規軍をイロア海にてほとんど失い、軍事的にはほぼ丸腰の状態となった現在のアルティーア帝国は恰好の餌であった。
「・・・ニホンによるアルティーア帝国そのものの陥落は、おそらくもう遠くない。すなわち今、兵を出せばニホンとぶつかる可能性が高い。さすればアルティーア帝国の二の舞になりかねんぞ」
宰相コンティス=アルヴェオリスが、興奮するオクタヴィアスを諫めるように説明する。彼らはアルティーアへ兵を差し向けた場合に、日本国と対峙する可能性を憂慮していたのである。
「もし、ニホン軍が逓信社の発表通りの力を有しているとすれば、彼の国と衝突した場合、こちらが受ける被害が甚大だ!」
「くっ・・・それは!」
宰相の的確な指摘に反論出来ず、軍事卿のオクタヴィアスは黙り込むしか無くなった。その後、会議の結論として、ショーテーリア=サン帝国は日本=アルティーア戦争の静観を継続することとなった。
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同日・夜 アルティーア帝国 首都クステファイ 南地区
東方世界を駆け巡った世界魔法逓信社の報道は、日の光が落ちてからも人々をざわつかせている。そして今、当事国であるアルティーア帝国の首都クステファイにある貧民街の一角にて、戦争を終わらせる為に奔走する者たちが居た。
「いつまで待たせるつもりだ? “ある方”とは一体誰のことだ!?」
首都から脱出しようとした途中、帝国兵たちに囲まれてしまった軍事局大臣のシトス=スフィーノイドは、家族と共に貧民街の中にある「ウィルコック神殿」へ連れて来られていた。収監、そして死刑から助け出されたのはいいものの、自身の末端の部下である筈の兵士たちに囲まれ、神殿の中に監禁されている今の状況は彼らに過度の緊張をもたらしており、自分と話をしたいお方というのも現れない。シトスと彼の妻と子たちの不安と不満は増大していた。
その時、礼拝堂の両開き扉から兵士が勢い良く入ってきた。
「お見えになったぞ!」
兵士が礼拝堂へ入って来た直後、扉の向こうから高貴な衣装に身を包む人影が現れる。兵士たちを私的に動かすことが出来、シトスと話をしたいという人物、彼が思案しても思い浮かべられなかったその正体が姿を現した。
「ごきげんよう、シトス殿」
「サ、サヴィーア殿下!」
シトスは目の前に現れた予想外の人物に驚愕する。兵士たちを率いて彼を此処へ連れて来た人物とは、帝国第三皇女のサヴィーア=イリアムだったのだ。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。少し時間が取れなかったもので」
「い、いえ。私もお救い頂き感謝しております・・・が、なぜ殿下が帝国軍の兵士を動かしておられるのですか!? それにどうやって我々の動向を把握して・・・?」
アルティーア帝国内には、サヴィーア皇女に動かせる軍隊は無い筈だった。それに彼女たちがシトスらの居場所をどうやって把握したのかも謎であった。サヴィーアは古ぼけたソファに座ると、今の状況に至るまでの経緯について説明する。
「彼らは、ニホンとの初戦闘である『ロバーニア王国沖海戦』から命からがら逃げ延びてきた、3隻の軍艦に乗船していた兵士たちです。『ズサ』艦長であるゴルタ=カーティリッジ佐官を始め、3隻の艦に乗船していた上位武官たちは現在、精神の異常を疑われたため、貴方の命令で自宅謹慎の憂き目に遭っております。
加えて、先程述べた3隻に乗船していた兵士たちは全員、軍の名誉に泥を塗ったということで軍から除名されました。それ以降、彼らはこの神殿を根城としています。私は彼らの意思に同調して此処へ来ました。貴方の動向については、貴方の屋敷に監視を付けていたのですよ」
「な、成る程、ですが・・・彼らの意志とは?」
「ニホンとの“終戦”です」
「・・・!」
サヴィーアは恋人であるゴルタの言葉、そして探りを入れた時のシトスが見せた態度から、彼が「イロア海戦」に関して何らかの情報を隠していることを悟っていた。さらに今朝、“イロア海戦大敗”の報道が駆け巡り、日本軍の真の力が明らかとなった。
「貴方をここにお呼びしたのは他でもありません。貴方が持つニホン国の情報が必要だったからです。そしてあなたはニホン軍との音信手段を持っているんじゃないんですか?」
「・・・」
現在のアルティーア帝国は正規軍のほとんどを失い、属領・属国に反乱の動きが多発している。隣国のショーテーリア=サン帝国も何時まで大人しくしているか分からず、日本軍が首都へ攻め込んで来る日もそう遠く無い。この国は既に、滅ぶまであと何年も無いという状況に追い込まれていた。
そんな状況下で、皇帝の気が変わるのを待っている余裕は無かった。故にサヴィーアたちは、敵である日本国と独自に接触することを狙って、シトスを此処へ連れて来たのである。
「確かに・・・ニホン侵攻艦隊の指揮を執った私の腹心の部下が、セーレン王国で捕虜として捕らわれている。敗戦の一報は彼の信念貝を通じて送られて来ました。恐らく此方から彼の信念貝にかければ、敵軍の将との通話が可能かと思います」
シトスは包み隠さずに事実を告げる。彼が述べた部下とは海軍将官のテマ=シンパセティックのことである。終戦への希望を見つけたサヴィーアは喜々とした表情を浮かべると、部下の兵士に“長距離用信念貝”を持ってくる様に指示を出した。
「やはり・・・貴方は敵とのパイプを持っていたのですね、ならば今すぐ連絡を付けて頂きます。奥方とご子息には別室にてお休み頂きましょうか・・・」
サヴィーアはシトスに日本軍と連絡を付ける様に求めた。シトスは断るという選択肢が与えられていないことを察し、無言のまま頷く。その後、彼の妻であるティン=スフィーノイドと子供たちは、兵士の案内でベッドが用意された別室へと移動し、礼拝堂にはシトス1人が残された。
「・・・では、かけますよ」
「宜しくお願いします・・・」
長距離用信念貝を渡されたシトスはサヴィーアや兵士たちが見つめる中、テマの貝への発信コードを唱える。発信から数十秒後、貝の中から声が聞こえて来た。
『はい、こちらシオン日本軍基地』
貝の向こうに居たのは、セーレン王国のシオン基地に駐留する自衛隊員であった。この瞬間、非公式ながらアルティーア帝国と日本との間で対話が持たれたのである。
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同時刻 イロア海 セーレン王国 暫定首都シオン 自衛隊基地司令部
自衛隊がセーレン王国を解放したことで、この国に設置されていた世界魔法逓信社の支部が復活した為、自衛隊を取材したグランドゥラたちが書いた記事はこの国でも出回っていた。
「鈴木海将補、イロア海戦後に鹵獲したテマ将軍の“信念貝”に通信がありました」
司令部に勤務する隊員の1人である大間禄福陸士長/兵長が、執務室の鈴木海将補の下を訪ねていた。彼の手にはテマが持っていた信念貝が握られている。他の貝からの音信を受信したそれは輝きを発していた。
「すぐに・・・マイネルト君を呼んでくれ!」
「はっ!」
基地司令である鈴木実海将補は、捕虜の1人であるアルティーア帝国軍兵士のマイネルト=イノミニットを此処へ呼ぶ様に指示を出す。
体内に魔力を持たない日本人は信念貝が使えない。故に、貝を使う時に必要な魔力を供給して貰う為、アルティーア帝国軍の音信兵として働いていたマイネルトがその役に選ばれていた。彼は貝が受信した時に備えて常に司令部内部に待機している。
「マイネルト=イノミニット、来ました!」
呼び出されたマイネルトは、すぐに執務室へ入って来た。大間陸士長が彼に貝を持たせる傍らで、鈴木海将補は敵からの初コンタクトを記録に収める為に録音機の用意をする。
「出ますよ、いいですね」
「O〜K〜!」
マイネルトの問いかけに対して、鈴木は少し興奮気味な様子で答える。マイネルトは通話スイッチを押した。
「はい、こちらシオン日本軍基地」
鈴木海将補はマイネルトが持つ貝の向こう側に呼びかけた。すると、向こうからも声が聞こえて来る。
『お時間頂き恐れ入る。私はアルティーア帝国軍事局大臣シトス=スフィーノイドと申す者です』
「!」
シオン基地に連絡を寄越して来たのは、アルティーア帝国の軍事を司る男だった。シトスの素性を知った鈴木海将補らは、驚きの表情を浮かべる。
「軍のトップがお目見えとは・・・講和交渉の申し入れならば大歓迎ですが」
テマとの交渉を思い出していた鈴木は、少し意地の悪い言い方で要件を問う。
『残念ながら違います・・・が、この戦争を終わらせたいという意思は同じです。我々は貴国との戦争を終わらせたいという意見で一致し、行動を起こすために結託している者たちなのです!』
シトスは強い口調でサヴィーアたちの意思を代弁した。実際のところ、彼自身も自国が勝てないことは既に分かりきっており、日本が勝てば自分や家族が皇帝に処刑されることはなくなると考えていたのである。
さらに日本国の将官へ終戦に協力する意思を見せておけば、戦中に軍指導者としての立場に居た戦争責任を問われても、日本政府から恩赦を引き出せる可能性がある。彼は生き残る術を模索した結果として、サヴィーアたちに全面協力することを決意していた。
「では・・・シトス殿、貴方方は終戦の為、我々にどのような協力をしてくれるというのでしょうか?」
鈴木海将補はシトスが何をもたらしてくれるつもりなのかを尋ねる。一大臣の立場であれば、講和を決める権限も無い筈であり、そうなると鈴木らがシトスに期待するものは1つだけであった。
『貴方方は首都を堕とすつもりでしょう? 確かに貴方方ならそれが出来るでしょう。ですが・・・貴方方はこのクステファイを攻撃するに当たって、あることを大いに恐れている・・・違いますか?』
「・・・何のことでしょうか?」
『皇帝陛下の身柄ですよ。例え首都を占領することに成功しても、そこに我が国の元首である皇帝陛下の身柄を確保したという事実があるのと無いのとでは、その後の状況が大分変わってくるでしょう。万が一にも皇帝陛下を首都から取り逃がし、後に地方の統治を任されている領主や貴族たちと結託して徹底抗戦でも唱えられれば、貴方方は相当な面倒を背負い込むことになる。違いますか?』
シトスは日本側が最も恐れていることを的確に言い当てる。若いながらも軍事局大臣に出世した彼の能力は伊達ではなかった。
日本政府が戦闘計画の最終段階である「首都上陸作戦」において、最も重要視しているのが皇帝を含む首脳の確保だ。これを取り逃がすのとそうでないのとでは、後に背負い込む苦労が大分変わって来るからだ。
仮に帝国首脳、特に皇帝を取り逃がし、ゲリラ化した場合は、適当な皇族を立てて首都に傀儡政権を設立し、帝国領内を治めようという案もあるが、やはり本来の為政者が抗戦を表明している状態では、他国によって祭り上げられた操り人形には、いくら血統の正当性があったとしても帝国全てが付いて行くとは限らない。
さらには、未だ静観を続けているとは言え、ショーテーリア=サン帝国の動きもやはり気になる。属国群の反乱に加え、帝国首脳部がゲリラ化し、その上この国が西から進軍してくれば、アルティーア帝国は完全に瓦解する。そうなれば占領統治どころでは無いし、賠償を取る相手が消滅してしまう。
最悪、資源地帯のヤワ半島だけを確保していれば良いと思っていたが、その場合、開発事業を強行するとなると、開発地域のすぐ隣に日本へ敵意を向ける勢力が存在し続ける状況になり、自衛隊の護衛が就くとはいえ、開発団の身に危険が及ぶ可能性がある。
日本政府の意向としては、この地に反日精神を根付かせないためにも、またアルティーアを国として経済的に依存させるためにも、彼の国に対しては数年間の占領統治を、しかも正統な君主と政府を間に挟んだ間接統治で行う方が望ましいようだ。その場合、アルティーア帝国は“国”としての形が健在である方が良いに決まっている。
「では・・・貴方方が皇帝や政府首脳の身柄を抑えてくれる、とでも言うのですか?」
『勿論・・・ですがその為には、貴方方からの情報提供が不可欠なのです』
シトスはクーデタを成功させる為、ある情報を鈴木から聞きだそうとしていた。
「それはつまり・・・こちらの作戦日程を教えろと、そういうことですね?」
『・・・はい』
シトスとサヴィーアの下に集っている兵士たちは300名程であった。この過小な戦力では単独でクーデタを起こしたところで、首都警備隊や近衛兵団の兵士たちに瞬く間に制圧されてしまう。故に、クーデタは自衛隊の首都上陸と同日に行わなければならないというのが、シトスらの考えであった。
だが鈴木としては、信用に足るかどうかも分からない敵国人に、自軍の行動予定を漏らすことなど出来る訳が無い。
『お願いします、我々を信じてください! 現皇帝・・・父上の性格は娘である私が一番良く分かっています! 彼は帝国がどんな状況に陥ろうと決して降伏を許さない。この戦争を終わらせる為には、我々と貴方方が連携することが最も確実な近道なのです!』
居ても立ってもいられなくなったサヴィーアは、シトスを押しのけて鈴木海将補に話しかける。鈴木は貝の向こうの声がいきなり女性の物に変わったことに驚いた。
「・・・貴方は?」
『アルティーア帝国第三皇女、サヴィーア=イリアムと申します・・・』
「・・・な!?」
鈴木海将補は貝の向こうから皇女の声が聞こえて来たことに驚愕する。彼は戦争の終結を望む派閥が皇族をも取り込んでいることを知った。
「・・・!」
鈴木は悩んでいた。実際のところ、貝の向こうの様子は彼らには一切分からない。サヴィーアたちは救国の為に、露呈すればスパイ容疑が掛かりかねないリスクを犯しながら、敵国の将と連絡を取り合っていたのだが、それを証明する術など無い。
鈴木たちからしてみれば、この2人の側で皇帝や元老院議員たちが聞き耳を立てている可能性だって考えられた。
「・・・帝国の“正統な政府”による共同宣言受諾が通達されない限り、日本軍は作戦を中断することはありません。そして首都陥落を以て、日本軍の作戦は一端終了します。そして・・・その『首都上陸作戦』は近いうちに実行される予定になっています」
鈴木はついに口を開く。シトスとサヴィーアは固唾を飲んで耳を傾けていた。彼は自衛隊がクステファイを占領する用意を進めていることを明かす。
『して、その日付は!?』
「それは・・・まだお教えする訳にはいきません。貴方方が信用に足ると判明するまではね」
クーデタの決行による自衛隊への協力を示されても、鈴木が上陸作戦の日程を明かすことは無かった。
『し、しかし・・・!』
此処で拒絶されては後がないシトスは、顔も見えない敵の指揮官に必死に詰め寄る。鈴木海将補は焦る彼の言葉を遮り、ある提案を示した。
「・・・よって! 我々は貴方方に物理的な接触を行いたい。貴方方の意思が本物であれば、潜伏場所をお教え願えますかね? そこで細かい計画を練りましょう・・・終戦の為にね」
鈴木海将補は互いに信用を築く手段として、面と向かって顔を合わせることを求めた。
『・・・それは最もですね、我々が居る場所は首都クステファイ南部の貧民街に位置するウィルコック神殿です』
サヴィーアは迷うこと無く潜伏場所を伝える。
「承知しました、間も無く其方に我が兵を向かわせます。・・・では」
鈴木海将補はそう言うと、信念貝を持っていたマイネルトにアイコンタクトを飛ばし、その通信を切る様に求めた。
「・・・至急、今の通信内容について日本政府に報告を。そして艦隊の『あかぎ』へ連絡を取ってくれ」
「は、はい!」
鈴木海将補は側に控えていた大間陸士長に指示を出す。基地司令の命令を受けた彼は、すぐに執務室から退出して行った。
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アルティーア帝国 マックテーユ市沖合 旗艦「あかぎ」
その頃、自衛隊とアメリカ軍によって制圧されたマックテーユ市の沖合では、停泊している各艦が次の作戦に向けて準備を進めていた。旗艦「あかぎ」では艦載機の整備を行っている。艦隊司令を務める長谷川海将補は、艦橋から暗闇に包まれた海を眺めている。
「長谷川司令、シオン基地の鈴木海将補より入電です」
「・・・え」
甲板下の戦闘指揮所に勤務する隊員が艦橋に現れ、シオン基地からの入電を伝える。その言葉を聞いた長谷川海将補は、一瞬だけ眉間にしわを寄せた。
「・・・どうかしましたか?」
「いや、今行く」
鈴木海将補からの入電を知った長谷川海将補は、それを伝えに来た隊員と共に戦闘指揮所に降りて行く。
「長谷川司令・・・今一瞬だけ、ものすごく嫌そうな顔をしていましたね」
艦橋に勤務する航海員の中島啓海士長/兵長は、長谷川が見せた刹那の表情変化を見逃さなかった。
「ああ、あの2人は反りが合わないから」
航海長を務める佐浦道幸二等海佐/中佐がその理由を述べる。
「鈴木海将補は時々ひょうきんというのか、ユーモラスな所がおありでしょ。真面目な長谷川海将補には許せないところが有るんじゃないかな? 俺は、鈴木海将補は面白い方だと思うけどね」
「へぇ〜、成る程」
鈴木海将補はかつて第1護衛隊群の司令になったばかりの頃、「東亜戦争」にて指揮を執って南西諸島を守ったことから“海自の英雄”と呼ばれていた。その頃、長谷川海将補はまだ一等海佐で海上幕僚監部に勤務していたが、昇格の後に第2護衛隊群司令に任命されたという経歴を持つ。
一際強い愛国心を持つ長谷川海将補は、年齢は違えど立場が並んだ鈴木海将補の飄々とした雰囲気が、何処か気に入らなかったのだ。
戦闘指揮所
艦橋から戦闘指揮所へと下りた長谷川は、シオン基地司令部との通話が繋がっている受話器を取っていた。
「もしもし、お電話変わりました。長谷川です」
『鈴木だよ。早速本題なんだけど・・・今日“貝”に連絡が入った。相手はアルティーア帝国の軍事局大臣と帝国の第三皇女だ』
鈴木海将補は早速本題に入る。彼は鹵獲していた敵の通信機に、アルティーア帝国の重鎮たちから連絡が入ったことを伝えた。
『奴さんたち、帝国政府に一発しかけるつもりらしい。敗戦を決して認めないであろう皇帝を引きずり下ろす為に』
「・・・皇女と軍のトップがクーデタを起こすということですか!?」
『そう、その通り! このことは既に日本政府にも伝えてある』
長谷川海将補は係争中の敵国に大きな変化が起ころうとしていることを知り、驚きを隠せない。これは自衛隊とアメリカ軍の今後の行動を大きく左右しかねない重大な一報だった。
「それで彼らは何と?」
『クーデタを起こすのに最適な日、即ち『首都上陸作戦』の決行予定日を教えて欲しいと言ってきた』
「・・・首都上陸作戦の日程を教えたんですか!?」
『いやぁ・・・まさか』
シトスとサヴィーアがシオン基地ヘ音信を繋げて来たのは、自衛隊が首都クステファイに上陸する時を知る為であった。長谷川海将補は鈴木海将補がそれをばらしてしまったのではと危惧したが、鈴木は軽い鼻息を放ちながらそれを否定する。
『日本政府も我々も、彼らが信用に足るとはまだ思っていない・・・。だから、彼らと接触して欲しい』
「・・・! して、その場所は!?」
鈴木海将補は上陸作戦に先立ち、少数の地上部隊をクステファイに送り込む様に求めた。彼の意図を悟った長谷川は、クーデタを起こそうとしているという者たちの居場所を問いかける。
『首都クステファイ南部の貧民街に位置するウィルコック神殿・・・そこに彼らは居るらしい』
「・・・分かりました、すぐに出撃させます」
『頼むよ・・・じゃあね』
要件を伝え終えた鈴木海将補は通話を切った。その直後、長谷川海将補は部下たちに急ぎの指示を出すのだった。
・・・
首都クステファイ 沖合 強襲揚陸艦「しまばら」 ウェルドック内
2日前の「オリンピック作戦」にて、“首都警備隊”が有する竜騎部隊の本拠へ奇襲攻撃を敢行した強襲揚陸艦の「しまばら」は、護衛として付いている「きりしま」と共に首都クステファイの沖合に停泊している。
そして「しまばら」の艦長である大崎一佐の下へ、マックテーユ市沖合に停泊している旗艦「あかぎ」から入電が届けられていた。その内容は“首都クステファイのある場所に少数の地上部隊を送り込め”というものであり、「しまばら」のウェルドッグ内では命令の実行へ向けて、1輌の水陸両用強襲輸送車7型が出撃の準備をしていた。その中では、13名のアメリカ海兵隊員たちが作戦に必要な機材を持って待機している。
今回、首都へ送り込む地上部隊として白羽の矢が立ったのは、アメリカ海兵隊所属の特殊作戦能力保有部隊である「アメリカ海兵隊武装偵察部隊」、通称「フォース・リーコン」、その中でも沖縄のキャンプ・バトラーに置かれている「第5武装偵察中隊」の兵士たちであった。アメリカ海兵隊に白羽の矢が立ったのは、ウィレニア大陸の民の顔立ちが元の世界の西洋人と同系統のものであるため、日本人である陸上自衛隊員の潜入は、目立ってしまうという判断が下されたからである。
「ウェルドック注水開始!」
水陸両用強襲輸送車7型を発進させる為に、ウェルドッグ内に海水が流入される。その数十分後、海水の流入が終了すると艦尾門扉が開かれた。扉の開口部から見渡せる一帯は、か細い月と星に照らされているだけの漆黒の海である。
「AAV7発進!」
フォース・リーコンを乗せて、水陸両用強襲輸送車7型がアルティーア帝国本土の海浜へ向けて出撃する。13名のアメリカ海兵隊員たちは、敵地の真っ直中であるクステファイへと向かって行った。