暴かれた真実
3月11日 アルティーア帝国 首都クステファイ 皇城
首都警備隊への攻撃、そしてマックテーユの陥落はこの国の皇帝であるウヴァーリト4世の耳にも届けられていた。
「本土が攻撃を受け、あまつさえ主要都市が敵に占領されるとは・・・一体どういうことだ!?」
皇帝の怒号が玉座の間に響き渡る。その目は血走り、額には血管が浮かび上がっていた。壁際に並ぶ近衛兵たち、そして玉座の間に呼ばれていた宰相のイルタ=オービットは冷や汗を流す。イルタは弁明を図る為、すぐさま口を開いた。
「私にも何が何やら・・・恐らくは軍事局大臣のシトスが全てを知っているかと」
「ならばすぐにシトスを呼び出せ!」
ウヴァーリト4世は更なる怒号を飛ばす。イルタはその拍子に身体をびくつかせた。
その後、玉座の間を退出した彼は行政局に連絡を取り、シトス=スフィーノイドを呼び出す様に指示を出す。だが、信念貝の向こうから伝えられた報告は、彼の予想を大きく裏切るものであった。
『今朝は・・・シトス様は軍事局にお見えになっていないとのことです』
「・・・何だって!?」
イルタは驚愕の声を上げる。もしかしたら、シトスは姿を眩ます気なのかも知れない。そう考えた彼は貝の向こうの行政局員に指示を出す。
「すぐに奴の邸宅に早馬を向かわせろ! 何としてもシトスを引き摺り出せ!」
このままでは、自分が元老院で糾弾されかねない。最悪の事態を避ける為、イルタは何としてもシトスを元老院に出廷させなければならなかった。
首都クステファイ 中心街 スフィーノイド家邸宅
宰相であるイルタの命令を受けて、3人の役人が馬に乗ってシトスの屋敷へ急いでいた。程なくして、彼らはスフィーノイド家邸宅の門の前に辿り着く。だが、彼らは異常に気付いた。シトスの邸宅は正門が開けっ放しになっており、内部から人の気配が感じられなかったのだ。
役人たちは馬から降り、屋敷の敷地内へ入る。彼らは正面玄関の前に立つと、屋敷の中に向かって呼びかけた。
「我々は行政局だ! 軍事局大臣シトス=スフィーノイド、貴殿には元老院への出廷命令が出ている。即刻、我々と共に来て頂くぞ!」
役人の1人であるビスタ=リップスはそう言うと、玄関扉の取っ手を握って扉を開いた。
「・・・?」
ビスタたちは驚愕する。屋敷の中には汚い掃除夫が1人居るだけであった。彼は小テーブルの上に置いてあった壺を物色しており、他にも銀製の燭台を腕に抱えていた。周りを見れば絵画や彫像、その他の置物があったと思しき場所から物が消え失せ、その跡があちらこちらに残っている。その様子はまるで集団強盗にでも遭ったかの様だった。
「お前は何だ! 此処で何をしている!?」
ビスタはその掃除夫に向かって問いかけた。掃除夫は盗人と勘違いされては堪らないと思い、シトスの屋敷がこの様な状況に至った理由を偽り無く説明する。
「本日の未明・・・シトス様が突然、我々に解雇を宣言なさって、その代償に屋敷から何でも好きなものを持って行けと言われたので・・・」
「・・・は!? それで軍事局大臣は何処だ!?」
「奥様と3人のご子息・ご息女と共に、何処かへ行かれました・・・」
ビスタたちは掃除夫が告げた言葉に再度驚愕する。軍事局大臣シトス=スフィーノイドは、家族と共に首都からの逃亡を図っていたのだ。
「・・・くそッ、動きが速すぎる! 奴はこうなることを知っていたのか!」
国家防衛の責任者をこのまま逃がす訳にはいかない。ビスタはこの世界の通信機である信念貝を懐から取り出すと、行政局庁舎に報告を入れた。
「此方ビスタ! シトス=スフィーノイドの所在は不明! 彼は妻子と共に逃亡を図っています! 早急にシトスを指名手配し、首都の封鎖を!」
彼の報告は即刻、宰相であるイルタにも届けられた。事態を知ったイルタはシトスを捕らえる為、首都内に駐屯する“首都警備隊”に捜索命令を下すのだった。
首都クステファイ 郊外
その頃、シトスとその家族たちは、藁を積んだ貨物馬車の荷台に身を潜めて首都からの脱出を図っていた。馬車を引く御者は彼の腹心を部下である執事長が変装しており、人々は見た目には何の変哲も無い荷馬車に見向きもしない。イルタから命令を受けていた首都警備隊の兵士たちも、まさかそんなところに公爵家の当主が潜んでいるとは思わず、彼らを見逃していた。
「すまない・・・こんなことになってしまって、だが・・・此処に居ては、私だけでなくお前たちの命も危ないんだ」
シトスは自らの失態で妻子を危険な目に遭わせてしまったことを心苦しく思っていた。成人間近の長男は怯えながら震える幼い妹2人を抱きかかえ、妻のティンは不安げな表情を浮かべていた。
「それで・・・此処から何処へ?」
彼女はこの後の行き先を尋ねた。
「一先ず・・・内陸の都市エイラントに住む遠縁の“カティーシュ家”を訪ねる。恐らくあそこなら捜索の手が伸びることは無いだろう。お前たちはそこで預かって貰うんだ」
「あ・・・貴方は!?」
「私は最早、国家反逆の重要指名手配犯だ。私と居ればお前たちも危ない・・・!」
「・・・!」
シトスは愛する家族たちと別れる覚悟を決めていた。その言葉を聞いたティンは無言のまま首を左右に振る。家同士が決めた婚姻相手とは言え、非常に仲が良かった妻とその子供たちと別れるのはシトスにとっても辛かったが、妻と子を生き長らえさせる為にはこれが最善の策であり、彼は別れを拒むティンを説得する。
「・・・分かってくれ、お前たちの為なんだ!」
シトスはティンの両肩を掴み、必死の表情で訴えた。だがその時、突如として馬車が停車したのである。
「何事だ!?」
シトスは荷台に積み上げられた藁の中から、見窄らしい御者に変装していた執事長に問いかける。
「て・・・帝国兵たちが!」
執事長はそう言うと、馬車を取り囲む兵士たちを震える指先で指し示した。シトスは恐る恐る藁の中から顔を出して外の様子を覗く。
「・・・ひっ!?」
恐れていた事態に遭遇したことを知り、思わず悲鳴を漏らしてしまう。彼の妻であるティンと子供たちは恐怖で顔を青ざめ、藁の中でガタガタと震えていた。兵士たちは此方へ徐々に近づいて来る。
(に、逃げねば・・・!)
しかし、四方八方を囲まれた状況では退路が無い。そうこうしているうちに、ついに荷台の藁が取り払われてしまった。シトスは腰に差していた剣の柄を握り、決死の突破を覚悟する。
「・・・シトス様、ある方より貴方様と個人的に対話の場を持ちたいとの申し出がございます。身の安全は保障します故、どうか我々と共にお越し頂きたい」
「!?」
シトスは兵士が発した言葉を聞いて目を丸くする。どうやら彼らは政府の追っ手とは違うらしい。その後、彼らに言われるがまま、シトスとその家族は首都のスラム街に位置する“ある建物”へと連れられて行った。
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3月13日 アルティーア帝国 マックテーユ市
「オリンピック作戦」から2日後、行政の中枢である“領主の屋敷”と、経済の中心である“工場地帯”と“ウレスティーオ鉱山”を制圧された「マックテーユ市」は、日米合同艦隊司令部による軍政下に置かれていた。街中では未だに混乱が続いており、わずかなアルティーア兵士たちが抵抗を続けようと躍起になっている。市民たちは自衛隊と在日アメリカ軍を恐れて、家屋の中から出てこようとはしなかった。
マックテーユ市の領主であるシュードモナス=エルジノーサ大公とその血族たちは、日米軍の監視下に置かれて事実上の軟禁状態になっている。そして今、シュードモナスは応接室にて日本側の代表者と顔を合わせるのを待っていた。
「・・・遅れて申し訳ありません」
応接間と廊下を隔てる扉の向こうから現れたのは、日米合同艦隊副司令の大久保利和一等海佐/大佐だった。緊張の面持ちを浮かべるシュードモナスとは対照的に、大久保一佐は余裕ある表情を浮かべていた。2人の心持ちの差は、勝者と敗者の力の差を在り在りと表していた。
「日本国海軍佐官の大久保利和と申します、日本政府からは艦隊副司令の任を仰せつかっております」
「マックテーユ領主、エルジノーサ大公家当主のシュードモナス=エルジノーサだ」
向かい合って座る両者は、互いの自己紹介を終える。シュードモナスは勝者の使いであるにも関わらず、礼を尽くす大久保一佐の態度を意外に感じていた。大久保一佐はクリアファイルから1枚の書類を取り出すと、それを読み上げながら此方の要件を説明する。
「まず・・・日本政府の意向を説明致します。我が国はアルティーア帝国との戦争が終了した後に、この都市を含む“ヤワ半島”全域の割譲を帝国政府に要求します」
「!?」
シュードモナスは目を見開いた。日本はウィレニア大陸有数の鉄鉱山地帯であるウレスティーオ鉱山を、この「ヤワ半島」ごと自国に編入するつもりだという。驚きの表情を浮かべる彼を余所に、大久保一佐は淡々と話を続ける。
「で・・・此処からはこの半島が我が国に編入された後の話なのですが、我が国には国家元首である“天皇陛下の位”を除いて、権勢者の世襲制というものは存在しません。かつては今のこの国の様に、特定の家系が地方領主の地位を得ていましたが、今は日本国内に存在する全ての地方公共団体の長は、例外無く住民の選挙によって選ばれています。
即ち、この半島が日本に併合された後は、エルジノーサ家をマックテーユ領主という今の地位に置いたままにすることは出来ないということになります」
「ちょ・・・ちょっと待て!」
大久保一佐は既に日本国が勝つ前提で話を進めている。シュードモナスも日本国の武力の一端を見せつけられた身である以上、自国が日本軍に勝てないことは感づいていた。だが、まだ勝負は付いていない今の状況でそんな話をされても納得が出来なかったのだ。
「我が国はまだ負けた訳では無いぞ! それにその様な事、皇帝陛下が認められる筈が・・・」
現皇帝であるウヴァーリト4世は、極東の辺境国家に舐められることを何より嫌う。そんな彼が日本国との講和を決意するとは到底思えなかった。
「・・・割譲が認められなければ、強制併合するだけです」
「・・・ッ!」
大久保一佐は一際冷徹な視線を放った。どうやら日本国はどんな手段を使ってでも、このヤワ半島を手中に収めるつもりらしい。
「・・・話を戻しましょう。もし貴方方“エルジノーサ家”が、ヤワ半島の日本統治に積極的な協力をしてくれるのであれば、然る後にこの街に設置される行政機関での要職の地位を約束する。それが日本政府からの伝言です」
「・・・なっ!」
シュードモナスは驚嘆の声を上げる。日本政府はアルティーア帝国がヤワ半島の自主的な割譲を拒んだ場合に備えて、現地の領主であるエルジノーサ大公家を味方に付けようと画策していたのである。
「・・・」
彼は顎を摩りながら思案を巡らせる。恐らく、アルティーア帝国は日本に勝つことは出来ない。そして今の彼らには日本軍をマックテーユから追い出す術も無い。家系の存続と家族の安全を考えるならば、此処で日本政府に媚びを売っておくのは、彼らにとって決して悪い話では無かった。
だが、シュードモナスにも皇帝の家臣としてのプライドがある。理にかなっているからと言って、そう易々と祖国を裏切ることは出来なかったのだ。
「・・・まあ、今すぐに返答は求めません。決心が付いたら何時でも仰ってください」
大久保一佐はそう言うと、書類を持って席を立つ。この日の交渉はこれにて終了した。
・・・
アルティーア帝国 首都クステファイ
その頃、首都クステファイを含む東方世界の各主要都市では、「世界魔法逓信社」が発行した朝刊紙が出回っていた。そこに書かれていた見出しと記事は、東方世界の人々を驚愕させていた。
『新鋭の超列強・ニホン国! その軍の秘密を探る!』
その記事には、2日前にグランドゥラ=パラソルモンら、ジェムデルト支部に所属する取材班が自衛隊基地に赴き、そこでの取材によって基地から提供された情報が余さず掲載されていた。
“音の速さを超える航空機械”、“自動的に敵艦への標準を合わせる艦砲”、“1度に数十騎の龍を落とせる軍艦”、“狙われたら逃げられない超速の槍”、“1分間に数百発の弾丸を放てる銃”など・・・とても現実に存在するものとは思えない超兵器の数々が、その記事には掲載されていたのである。
「・・・な、何だこれは!」
「逓信社の気が狂ったのか? こんなことがあり得る筈がない!」
首都市民たちは、その紙面に書かれた兵器の存在を到底信じることが出来ない。そして下へ下へと読み進めて行くと、さらに衝撃の文面が掲載されていた。
『イロア海にて大敗したアルティーア帝国艦隊は、わずか4000名の生存者を残して全滅。そして首都クステファイへの奇襲攻撃に成功したニホン軍は、マックテーユの占領に成功した。次なる標的は首都クステファイかと思われるが、正規軍が壊滅した彼の国に、ニホン軍の快進撃を阻む術は有るのか?』
「・・・何だ、これは!?」
「これは本当なのか・・・ニホン国とは一体何者なんだ!」
「政府はこんな連中に喧嘩を売ったのか?」
首都クステファイの市民たちは、この時初めて自国が何と戦っているのかを知った。さらに正規軍が壊滅し、マックテーユが占領されたことも大々的に明らかになったことで、市民たちはパニックを起こしかけていたのである。
中心街 行政局 宰相執務室
逓信社の報道を受けて、各政府機関も大混乱に見舞われていた。行方を眩ませたシトス=スフィーノイドの捜索に躍起になっていた行政局では、新たに注ぎ込まれた火種によって、蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていたのである。
「おい・・・シトスを逃がした挙げ句に、一体何なのだ、この紙面は!」
宰相のイルタは、逓信社が発行した朝刊紙を机の上に叩き付けた。それにはシトスが隠匿してきた真実の全てが書かれていたのである。
「あの男・・・やはり我々を騙していたのだな! だからいずれ首都が攻撃を受けることも分かって、この街から逃げ出したという訳か!」
彼らは事此処に至って、セーレン島の日本軍が健在であること、そしてアルティーア帝国に戦える力が残っていないことを知る。国内には最低限の治安維持に必要なわずかな兵力と“国境警備隊”、“首都警備隊”、そして属領を統治する“治安維持軍”しか残っていないのだ。
普通の辺境国相手ならば、首都警備隊だけで十分な戦力になるのだが、1700隻の艦隊を打ち破った日本国相手では、到底太刀打ち出来ないだろう。
「あの報道が東方世界に広まった以上、ショーテーリア=サン帝国が何らかの行動に出る可能性がある。故に国境警備隊を動かす訳にはいかない・・・。斯くなる上は、属領に散らばる治安維持軍を首都に集めなければ・・・!」
イルタは頭を抱えながら、日本への対抗策を思案する。その時、1人の局員が執務室に飛び込んで来た。
「一部属領に情報が漏れました! 各地の治安維持軍より、被征服民たちが武装蜂起を開始したとの報告が入っています!」
「・・・何!?」
イルタは驚愕の声を上げる。アルティーア帝国に搾取されていた者たちが、彼の国の力が失われたことを知り、抑圧されている現状を打破する為に行動を開始したのだ。
・・・
ウィレニア大陸南部 アルティーア帝国属領 カシイート地方(旧カシイート国)
かつて「カシイート国」と呼ばれたこの国は、40年程前にアルティーア帝国に攻め込まれた。住民たちは徹底抗戦を行ったが、力及ばず首都だった街が陥落し、王族のほとんどが処刑されてしまったのである。
それ以降、属領の1つとしてアルティーア帝国の領土に組み込まれたこの国は、首都政府から派遣された統治機構による過酷な支配下に置かれ、旧国民のほぼ全員がアルティーア帝国に供給される作物の収穫と鉱石の採掘に駆り出されることとなった。酷使される人々は次々と倒れ、彼らは明日の見えない生活に悲鳴を上げていた。
だが、アルティーア帝国の覇に抗戦する国が現れた。名前すら聞いたことがないその“辺境国”は、アルティーア帝国に占領されたセーレン王国を救い出し、さらに総攻撃を仕掛けてきたアルティーア帝国の大艦隊を全滅させたというのだ。
「皆、聞け! アルティーア帝国はニホンという国によって正規軍の殆どが崩壊し、さらに主要都市の1つであるマックテーユが占領されたという! 即ち、現アルティーアはもう死んだ! この好機を逃すな、今こそアルティーアをこの地から駆逐し、カシイート国を我らの手に取り戻す時だ!」
「オォー!!」
カシイート国の王侯貴族の血を引く青年、ガンダシュ=カシュティリアンの演説に呼応し、蜂起した旧カシイート国民たちはツルハシやスコップ、鍬や鎌などの即興の武器を天に掲げる。同様の武装蜂起は属領内の各地で起こっており、統治機構に対する被征服民の大反乱が勃発したのだった。