オリンピック作戦 弐
旗艦「あかぎ」 戦闘指揮所
空爆を終えたF−35C戦闘機が次々と「あかぎ」のアングルド・デッキに着艦する。艦上機であるF−35Cの機体尾部から展開されたアレスティング・フックが、飛行甲板に装備されるアレスティング・ワイヤーに引っかかり、着艦した機体の速度を強制的に減速させた。尚、あかぎ型航空母艦に装備されているアレスティング・ワイヤーは、カタパルトと同様にアメリカから購入したものである。
『工場地帯上空には変わらず敵影無し、上陸に問題ありません』
上空の監視を継続していた早期警戒機のホークアイから、旗艦「あかぎ」へ報告が入る。この地に駐在していた竜騎部隊はその全てがイロア海戦に出征していた為、この街には既に制空権を喪失していた。
「よし、上陸開始!」
艦隊司令である長谷川海将補の命令を受け、輸送艦「おおすみ」と強襲揚陸艦「おが」「こじま」のウェルドックからエアクッション揚陸艇や水陸両用強襲輸送車7型が飛び出した。
別働隊として動いている「しまばら」、そしてマックテーユ占領作戦に加わっている「おが」と「こじま」の3隻からなる「しまばら型強襲揚陸艦」は、2021年にネームシップである「しまばら」が就役した、海上自衛隊初の強襲揚陸艦である。
2014年に当時の防衛大臣がアメリカ海軍のワスプ級強襲揚陸艦である「マキン・アイランド」を視察するなど、日本が強襲揚陸艦を保有するという構想は比較的早くから存在しており、特に多数の離島を有する島国である日本国にとっては、本来、陸上部隊を一斉に輸送出来る強襲揚陸艦の保有は、海洋への進出を図る中国の存在も相まって急務であった。
その後、尖閣諸島での日中衝突、及び東亜戦争の勃発により建造期間が早められたこれらの艦は、東亜戦争の最中に就役した。国内の離島奪還を目的として建造されたが、東亜戦争においては国内離島への部隊の輸送だけでなく、中国大陸や朝鮮半島への派兵・揚陸にも従事したのである。
マックテーユ市 工場地帯付近の砂浜
陸上自衛隊や在日米軍が有する各種車輌や人員輸送用モジュールを乗せたエアクッション揚陸艇は、海の上を走る勢いそのままにマックテーユの海浜へ上陸した。そして陸上自衛隊の水陸機動団、そしてアメリカ海兵隊員からなる歩兵団が、破壊された工場地帯に足を付ける。
また、洋上で停泊していた輸送艦の甲板から飛び立った3機のオスプレイ部隊が、追加の歩兵団を乗せて離陸した。砂浜に降り立ったオスプレイは人員を降ろした後に再び飛び立ち、艦と浜を往復して次々と人員を上陸させていく。
「生存者を一カ所に集めろ! 抵抗するならば容赦はするな、力ずくで抑えるんだ!」
崩壊した工場群は廃墟と化しており、居たる所に息がある負傷者がうずくまっていた。上陸した歩兵たちはエアクッション揚陸艇によって陸揚げされた89式装甲戦闘車や16式機動戦闘車、そして海から上陸した水陸両用強襲輸送車7型を盾にしながら、内陸部へと進んで行く。
「おのれ・・・悪魔め!」
「これでも食ら・・・ブッ!」
時折、武器を持った警備兵が彼らの前に現れるものの、抵抗する意思を見せた者は、89式装甲戦闘車や水陸両用強襲輸送車7型に積まれていた車載機関銃で容赦無く殲滅されていく。
圧倒的な破壊力を見せつけられ、また帝国軍による保護も無く、多くの武器も失い、すでに反抗する力を失っていた工場地帯の制圧は、数時間後に滞り無く完了した。
マックテーユ市 上空
上陸部隊が海岸から攻め込んでいた時、「こじま」の甲板から2機のチヌークが飛び立っていた。タンデムローター式の大型輸送ヘリコプターであるチヌークは、1機辺り50名の隊員を乗せてこの街の北側にある領主の屋敷へと向かっていた。
「・・・この街を治める領主一族の屋敷を占拠する。攻撃してきた場合を除いて非戦闘員には発砲するな」
部隊の指揮を執る安田忠裕一等陸尉/大尉は100名の部下に注意を伝える。程なくして2機のチヌークは領主の屋敷の真上に到達した。バブルウィンドウから下方を確認したところ、屋敷の守備兵たちが武器を持って集まっていた。
「安全確保の為、上陸地点に集まる敵を掃討せよ!」
安田一佐の命令を受けて、隊員たちはキャビンドアと非常脱出用ドアに取り付けられていたブローニングM2重機関銃とミニミ軽機関銃に手を掛ける。直後、各機関銃が火を噴き、集まっていた敵兵たちを粉微塵にした。庭園を彩っていた植木や花壇、石像といった装飾品も、為す術無く蜂の巣にされていく。
「着陸!」
ドスンッ・・・という鈍い音と共に、2機のチヌークが屋敷の庭園へ着陸した。同時に後方のランプドアが開放され、陸上自衛隊員やアメリカ海兵隊員が一斉に降りて行く。地上には機関銃に食い散らかされた守備兵の肉片が転がっていた。
「敵兵確認! 手榴弾用意!」
屋敷の中からどんどん敵が現れる。行く手を阻む敵を排除する為に手榴弾が投擲された。敵兵の真っ直中に投げ込まれた手榴弾は、その爆風と破片で次々と敵を殺傷していく。彼らの目的は敵兵の殲滅、及びマックテーユ領主であるシュードモナス=エルジノーサの確保である。
・・・
ウレスティーオ鉱山地帯 上空
セーレン王国・シオン基地から5機のC−2輸送機が飛来していた。各機には、沖縄県読谷村のトリイステーションに駐在する「第1特殊部隊グループ・第1大隊」のアメリカ陸軍兵士200名と、習志野駐屯地に駐在する「第1空挺団」の陸上自衛隊員350名から成る空挺部隊が乗り込んでいる。落下傘を背負う彼らは、険しい表情を浮かべながらその時を待っていた。
『降下20秒前です!』
C−2編隊は遂に目標地点上空に到達する。そこはアルティーア帝国が有する最大の鉄鉱山である「ウレスティーオ鉱山地帯」の真上だった。長年の採掘事業によって森が掘り返されており、荒れた丘陵地帯が広がっている。
「1番機、行くぞ!」
「おう!」
「行くぞ!」
「おう!」
「立て!」
指揮官である勅使河原一正三等陸佐/少佐の声かけによって、隊員たちは気合いを入れる。機体側面の扉が開かれ、降下兵たちが列を作る。
『ホエール1番機、コース良しコース良し、用意用意用意、降下降下降下!』
「ランプ青!」
「降下!」
落下傘を背負った隊員たちが次々とドアから飛び降りていく。
「反対扉、機内良し! お世話になりました!」
最後に指揮官が降下し、全ての空挺部隊が着地を完了する。任務を終えたC−2編隊はシオン基地へと帰って行った。
有名な五点着地法で怪我無く着地した550名の日米合同空挺部隊は、制圧目標であるウレスティーオ鉱山へと急ぐ。
ウレスティーオ鉱山
マックテーユ市から北へ100kmほど進んだ場所に、ウィレニア大陸でも最大規模の鉄鉱山である「ウレスティーオ鉱山」がある。鉱山の採掘方法は“坑道掘り”の様式になっており、鉱山の周りには採掘物から鉱石を選別する選鉱所が建ち並んでいた。
薄暗い坑内ではアルティーア兵の監視の下、属領・属国から集められた奴隷たちが鉄鉱石の採掘に従事している。皆一様に顔色が悪く、多大な疲労を反映した表情を浮かべていた。
「おい、大丈夫か!?」
作業を行っていた奴隷の1人が息切れを起こして倒れ込む。その様子を見ていた他の奴隷たちが、彼の下へ駆け寄った。粉塵が蔓延する坑内の空気を長期間に渡って吸引し続けたことで、塵肺を発症していたのである。塵肺とは肺組織に線維化を起こし、肺胞壁の破壊から肺気腫を発症させる不可逆的な病変で、最も古くから存在する職業病なのだ。
「もうこいつは駄目だ・・・つれて行け!」
「へっ・・・へい!」
アルティーア兵は、病に倒れたその奴隷を坑道の外へ連れて行く様に命じた。肺を蝕まれ、役に立たなくなった奴隷の辿り着く先は、腐乱した死体が無造作に積み重なった“死体置き場”である。
奴隷である無いに関わらず、鉱山という労働環境は歴史的に劣悪なものであった。採掘技術が発展し、安全な労働環境を確保することが事業主の義務となった21世紀の地球でも、特に発展途上国においては犠牲となる鉱山労働者が後を絶たない。
過去の鉱山奴隷として有名な事例としては、人類史上最も発達した奴隷制を有していたとされる古代ローマ帝国や、中世スペインが南米で開発したポトシ銀山でのインディオ強制労働などが上げられるだろう。いずれにしても鉱山奴隷の平均寿命は異様に短く、鉱山という場所は奴隷にとって最も劣悪な労働環境だったのだ。
「くそっ・・・俺たちも近いうちにああやって死ぬ運命なのか!」
鉱山奴隷の1人であるナスーク=ワイエンダルは、力尽きた奴隷の末路を目の当たりにして身震いする。彼は属領のメルターニ地方から献上された奴隷の1人であり、半年前から此処で働かされていた。奴隷たちは自らの運命を呪いながら、この日も過酷な採掘事業に従事していた。
その時、出口の方から騒々しい物音が聞こえて来た。加えてアルティーア兵の悲鳴と銃撃音が聞こえる。奴隷たちは何事かと思い、作業を中断して振り返った。その直後、顔を覆うマスクを装着した緑服の集団が、銃と思しき武器を携えて押しかけて来たのである。
「我々は日本軍だ、この鉱山は我々が占拠する! 全員、直ちに作業を中断し、坑道の外へ出ろ! 尚、命令に背く場合には容赦しない!」
「!?」
突如現れた謎の軍隊に投降を呼びかけられ、鉱山奴隷たちは一様に戸惑う。
「な、何を・・・ウッ!」
抵抗しようとしたアルティーア兵は言葉を全て述べる前に射殺された。鉱山奴隷たちの間にどよめきが走る。
「繰り返す! 即刻作業を中断し、外へ出ろ! 武器になりそうな作業道具は全て置いて行け!」
「・・・」
彼らは顔を見合わせながら、言われた通りにツルハシやスコップを手放していく。全ての鉱山奴隷たちは抵抗する意思を見せることなく投降し、坑道の外へ連行された。その他、選鉱に従事していた者や降伏したアルティーア兵など、全ての鉱山労働者が1カ所に集められた。その総数は2万人に登っていた。
動揺する彼らに対して、鉱山制圧の指揮を執った勅使河原三佐が演説を行う。
「日本国陸軍少佐、勅使河原一正だ。たった今から、このウレスティーオ鉱山は我々の配下に入る。大人しくしておけば命までは獲らん。尚、抵抗する者には情け容赦しないからそのつもりで・・・」
勅使河原三佐は淡々とした表情で投降者たちに釘を刺す。斯くして、ウレスティーオ鉱山は550名の空挺隊員によって制圧されたのだった。
・・・
首都クステファイ 行政局
その頃、首都クステファイの行政機関は、各方面からひっきりなしに入って来る被害報告の対処に追われて大混乱に見舞われていた。宰相イルタ=オービットの執務室にも被害報告や現状報告の為、扉を破るようにして次から次へと局員が入室して来ていた。
「首都警備隊の所有する竜は全滅。クステファイは制空権を失いました」
局員が被害状況を伝える。その直後、また別の局員が入室して来た。
「マックテーユにおいても“空飛ぶ剣”による爆撃により、多大な被害が出たとの報告が入っております! 現地からの詳細な報告によると、工場地帯は壊滅、製造されていた武器兵器全てが破壊されたとのこと!」
「何だと・・・!」
彼が伝えたのは、帝国の主要都市の1つであるマックテーユの状況についてであった。工場地帯が破壊されたということは、武器の新規製造どころか製鉄も出来ないということを意味している。イルタは軍需産業の破壊こそが敵の真の目的であったことを悟る。
「失礼します!」
「今度は何だ!」
その後、さらに別の局員が入室して来た。早朝から何度も繰り返すやりとりに嫌気が差したのか、イルタは声を荒げてしまう。
「はっ・・・! 爆撃の直後、マックテーユにニホン陸軍が上陸。マックテーユとウレスティーオ鉱山は敵の手中へ落ちました・・・!」
「・・・!」
それは主要都市陥落の知らせであった。イルタはまるで死人の様に顔を青ざめた。この事件はすぐに政府内を駆け回り、たちまち皇帝が知るところとなった。
・・・
マックテーユ市 沖合 旗艦「あかぎ」 艦橋
工場地帯と鉱山地帯に続き、領主の身柄を確保して屋敷を制圧したという報告が届けられた。各方面から送られてくる任務完了の報告に、艦隊司令の長谷川海将補は満足げな笑みをこぼす。
「作戦は成功だな。さて、これで帝国がどう出てくるか・・・」
最後の標的である首都クステファイは目前に迫っていた。それはアルティーア帝国の終わりが、既に目前にまで迫っていることを意味する。
「せめて、アルティーア皇帝が理性的な判断を伴うお方であることを祈りましょう」
長谷川の傍らに立っていた「あかぎ」航海長の佐浦道幸二等海佐/中佐は、アルティーア帝国の英断を祈る。