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オリンピック作戦 壱

3月11日 5:50 ヘムレイ湾 首都クステファイ 沖合


 日が水平線から顔を覗かせる明け方、「オリンピック作戦」始動の一報は、本隊から離れた場所に待機していた強襲揚陸艦の「しまばら」へも届けられていた。


「『あかぎ』より連絡、特殊作戦開始せよ!」


 「しまばら」に乗船する通信員は、旗艦から届けられた通信を復唱する。艦長の大崎淳也一等海佐/大佐はその知らせを受けて行動を開始した。


「分かった、そろそろ出撃か」


 「しまばら」の飛行甲板には5機のF−35B戦闘機が出撃に備えて待機している。F−35Bとは3つのサブタイプがあるF−35戦闘機の中で、強襲揚陸艦やカタパルトを持たない航空母艦からの離発着に対応した、短距離離陸・(STOVL)垂直着陸タイプの戦闘機である。

 大崎一佐は戦闘指揮所(CIC)から、各機の操縦席で待機しているパイロットたちに訓示を伝える。


「我々の目的は本隊のマックテーユ占領に先行して、首都を含む帝国主要部の防空能力を喪失させることである。本隊が遂行する作戦の成否は、一重に今作戦の成否に掛かっており、諸君にはそのことを十分に心に留めて、この作戦に臨んで貰いたい」


 アルティーア帝国の首都クステファイを護る「帝国首都警備隊」が有する2つの航空基地は、最重要の警護対象である首都に置かれている。そしてこれらは帝国主要3都市の防空を担う能力を持っていた。これらを破壊することで、マックテーユ占領を補助することがこの作戦の主目的である。


「全機発進用意!」


 艦長の命令を受けて、「しまばら」から5機のF−35Bが発艦する。その機体には“統合直接攻(LJDAM)撃弾”を装着した“1000ポンド(Mk83)汎用爆弾”が装着されていた。


・・・


アルティーア帝国 首都クステファイ 沖合 上空 


 首都警備隊の竜騎6体が哨戒活動を行っている。その構成は真っ赤な鱗に身を包む“紅龍”と青き体躯が美しい“青龍”からなっていた。

 この世界では、軍事戦闘用に飼育されている竜を騎馬になぞらえて「竜騎」と呼称している。一般的な国の軍隊では「翼龍」という全長5〜8m程の、飼育が容易くもっともスタンダードな種の龍が主に採用されているが、七龍アルティーア帝国軍では加えて「紅龍」と「青龍」という、翼龍より一回り大きい10〜13m程で、さらに機動力・飛行速度・火炎射程ともに翼龍を上回る種の竜騎を所有している。大国であるが故の豊富な資金力によって、その所有・飼育が可能になっているのだ。

 さらに「中央世界」と呼ばれる領域に位置するジュペリア大陸には「銀龍」という、紅龍と青龍よりさらに一段階高性能な種が固有種として存在し、航空戦力に採用している国家も存在するらしい。


 そしてこの日の早朝、哨戒活動中の首都警備隊第1竜騎部隊6騎が、南方より首都方面へ急速接近中の飛行物体を発見していた。


「なんだろう、あれは? 遠くて良く見えないな・・・」

「鳥じゃないのか?」


 竜騎兵たちはゴーグル越しに見える飛行物体について、思い思いの言葉を口にする。その時、彼らとF−35B部隊との距離は10km以上離れていた。この時点では竜騎部隊にとって、戦闘機はただの黒い点にしか見えなかっただろう。




首都クステファイ 南方 上空


 「しまばら」から飛び立ったF−35B部隊は、哨戒飛行中の敵機を避け、大きく南に回り込む飛行ルートで首都上空に侵入しようとしていた。

 彼らが目指しているのは、帝国の首都クステファイに2カ所存在する首都警備隊・竜騎部隊の基地である。イロア海戦にて対空ミサイルを大量に消費し、戦費がかさんでしまった為、地上の竜舎に保管してある首都警備隊の龍、合計70体を手早く始末しようという目論見で今作戦が立てられていた。この作戦が成功すれば、マックテーユを含む帝国主要都市圏の制空権は完全に失われ、今後の戦闘がより円滑に遂行出来るだろう。


『まもなく目標地点に到達する』


『ホエール1、ホエール2、ホエール3、進路3−3−6、(turn)( left)( heading)! ホエール4、ホエール5、進路0−3−1、(turn)( right)( heading)!』


了解(Copy)!』


 首都上空突入20秒前、5機のF−35B編隊は3機と2機に別れて、それぞれ第1竜騎部隊と第2竜騎部隊の基地へと向かう。




首都クステファイ 市街地


 南の空から亜音速で接近する5機のF−35Bは、けたたましい轟音を放ちながら首都上空に侵入する。眠りに就いていた首都の市民たちは、南の空から徐々に近づいて来る轟音に驚き、次々と目を覚まし出す。


「おい、何だ!? あれは!」

「龍・・・いや、鳥?」

「生き物には見えないぞ!」


 首都の住人たちはこれから何が起こるのか分からず、謎の飛行物体の出現に不安を抱きながら空を眺めていた。




首都クステファイ 上空


 二手に分かれたF−35B部隊はそれぞれの目標地点へ到達する。そして機体の下部に設置してある電子式光学照準(EOTS)システムから、竜騎部隊の基地へレーザーが照射された。

 因みにF−35Bが搭載している“レーザー統合直(LJDAM)接攻撃弾”とは、無誘導爆弾に精密誘導能力を付加する誘導装置キットのことで、慣性航法とGPS誘導しか行えない一般的な統合直接攻(JDAM)撃弾と異なり、セミアクティブ・レーザー・ホーミングによる誘導能力が追加されている。

 これは発射母機や地上部隊から標的に照射されたレーザーの反射波を、誘導装置キットのシーカーが捉えることで、爆弾の本体を目標に誘導出来るというものであり、GPSが存在しないこの世界でも精密誘導が可能となっていた。


投下用意(Drop ready)・・・』

投下(Now)!』


 2機のF−35Bから投下された6発の統合直接攻(LJDAM)撃弾は、東の港に基地を置く第1竜騎部隊の竜舎に正確に命中した。首都の西端に基地を置く第2竜騎部隊の竜舎へ向かっていた3機のF−35Bも同様に、6発の統合直接攻(LJDAM)撃弾を第2竜騎部隊の竜舎に命中させる。

 12発の1000ポンド爆弾に内包された炸薬は、けたたましい爆発音と共に竜騎部隊の竜舎を吹き飛ばした。爆音は首都全域に響き渡り、首都市民は舞い上がる黒煙に釘付けとなっていた。




首都クステファイ・中心街 首都警備隊本部 司令室


 首都の治安・防衛を担当する首都警備隊の本部は、謎の急襲攻撃によって類を見ない混乱に陥っていた。そして首都警備隊の総隊長を務めるリーン=スプレーン将軍が執務を行う司令室に、1人の兵士が血相を変えて入室してきた。


「し、失礼します!」


「どうした、これは一体何が起こったんだ?」


 前例の無い未曾有の事態に狼狽するリーンは、その兵士に状況を問いかける。


「報告します! クステファイ港湾部と西部に位置する第1竜騎部隊と第2竜騎部隊の基地がほぼ同時に爆撃を受け、首都警備隊が所有する竜70騎が哨戒飛行中のものを除き、全滅しました!」


「・・・何!?」


 兵士が告げた内容は、首都防空網の喪失というべき最悪の事態であった。部下の報告にリーンは驚きを隠し切れない。


「首都が攻撃を受けたのだな!?」


「恐らく!」


「敵・・・現在戦争中のニホンによる攻撃かも知れん。すぐに全部隊に警戒態勢を取らせろ!」


「了解!」


 司令官の命令を受けた兵士は敬礼をすると、すぐさま司令室から退出して行った。その後、首都警備隊に属する全部隊に特別警戒命令が伝達される。




首都クステファイ 上空


 その頃、哨戒飛行中だった為に唯一爆撃を逃れた第1竜騎部隊に属する6騎の竜騎は、第1部隊隊長を務めるクルース=セリブラル佐官の命令の下、奇襲を行った5機のF−35B戦闘機を追撃していた。


「追撃するんだ! 逃がすな!」


「了解!」


 各騎に乗る竜騎兵たちは信念貝で連絡を取り合いながら、敵の航空戦力の進行方向に立ちはだかる。




 戦闘機に立ち向かおうとする竜騎兵たちの姿は、F−35B戦闘機のパイロットたちも目視で確認していた。隊長機を操る甲斐信彦三等海佐/少佐は各機に攻撃命令を下す。


「撃墜する、各機用意!」


了解(Roger)!』


 隊長機の命令を受けたパイロットたちは竜が追いかけて来ている方へ機首を向け、護身用に搭載していた短距離空対空ミサイルの発射スイッチに手をかける。


『サイドワイン(AIM-9X)ダー、発射(Fox2)!』


 符丁のコールと共にサイドワイン(AIM-9X)ダーが発射された。放たれたミサイルは赤外線画像誘導によって6騎の竜騎兵を正確に貫く。マッハ2.5で飛行するミサイルに襲われた竜騎兵たちは為す術もなく肉塊へと変貌した。


『全機撃墜。周囲に敵影無し』

『戦闘終了。全機、帰還せよ』


 任務を完了したF−35B部隊は機首を東に転換し、急襲を受けて大混乱に陥った首都には目もくれず、首都東方20kmの海岸に停泊している母艦「しまばら」へと帰っていった。




首都クステファイ


 首都警備隊の基地を襲った不可避の爆撃に続いて、アルティーア帝国が誇る竜騎がいとも簡単に撃墜された様子は、空を見上げていた首都市民たちの目にしかと焼き付けられていた。


「キャアアア!!」


 手足と胴体が爆発四散し、最早生物としての形を残していない竜と兵士たちが空から落ちてくる。そのあまりにも無残な姿を目の当たりにした女性が、甲高い叫び声を上げた。


「こりゃ・・・一体どういうことだ!?」

「攻撃だ、首都が攻撃を受けたんだ!」

「まさか・・・極東で係争中というニホンとかいう国の仕業じゃ・・・」

「馬鹿な! セーレンを奪ったあの蛮族は既に討伐されている! 我が国に攻撃など出来るものか!」


 アルティーア帝国は100年程前に列強“七龍”の一角として数えられる様になってから、首都が攻撃を受けたことなど一度も無かった。だが、そのあり得無い事態が起こり、首都はパニックに陥る。

 空爆を受けた竜騎部隊の基地では、爆撃を免れた航空部隊と応援に駆けつけた陸上部隊の兵士たちによって、負傷者救援と現状の把握が行われていた。


「うっ!」


 第2竜騎部隊の隊長を務めるアレア=ウェルニック佐官は、かつて竜舎が建設されていた場所に竜の死体が一面に広がっているのを見て嘔吐いてしまう。息のある個体もいるが、いずれも負傷が激しく航空戦力としては使用出来そうにない。


「竜は全滅か・・・!」


 それは首都防空網が機能不全に陥ったことを意味していた。また敵が空から攻めて来たらどうすることも出来ない、その現実にアレアは絶望する。


・・・


3月11日 9:00 マックテーユ沖合 60km地点


 別動隊が作戦に成功したという連絡を受け、すでにマックテーユの60km沖合まで接近していた日米合同艦隊の旗艦「あかぎ」では、次なる作戦の実行のために隊員たちが慌ただしく動いていた。


「空爆作戦決行3時間前!」


 「あかぎ」を含む各艦の飛行甲板では、海上自衛隊に属する哨戒ヘリコプターのシーホー(SH-60K)クが並んでおり、ヘリコプターの操縦士や航空士たちが出撃準備を整えている。彼らの任務は空爆を行うにあたって、対象区域となる一帯の民間人に対する避難警告である。


「“警告部隊”出動!」


 艦隊司令を務める長谷川海将補より、警告部隊に対して発艦命令が下される。戦闘機部隊の離陸に先立ち、哨戒ヘリコプター部隊計15機が出撃した。




10:00 ヘムレイ湾北部沿岸 工業都市マックテーユ 沿岸の工場群


 アルティーア帝国の主要工業都市であるマックテーユ市には、街から16kmほど北側、すなわち内陸部に位置する“ウレスティーオ鉱山”から採掘されて運ばれて来る“鉄鉱石”を材料として、剣や砲、銃や甲冑などの鉄製武器を作製する軍需工場地帯が存在する。

 此処では軍から派遣された取締役や警備兵の監視の元、低賃金で雇用されている下層の帝国国民や、属領属国から献上、または連行され、融解した鉄の取り扱いなど危険な作業に無給で就かされる奴隷たちなど、実に3万人近い従業員が働いていた。

 そんな中、完成した大砲の運び出しを行っている1人の青年がいた。彼の名前はパルヴァナ=サラミック、アルティーア帝国の属国である「トミノ王国」から献上された奴隷の1人である。


「足が止まっているぞ!」


 夜明けから続く重労働に足が動かなくなったパルヴァナに対して、警備兵が怒号を飛ばす。ロバーニア王国沖海戦、そしてセーレン王国奇襲戦といった戦いで連敗が続き、喪失した武器兵器を補わなければならなくなった為、従業員たちの労働時間が大幅に増加し、その内容も過酷さを増していた。


「ご、ごめんなさい。し、しかし、昨日も3時間程しか眠らせてもらえず、そして今日もまだ休息を取らせて頂いていません。どうかご慈悲を!」


 パルヴァナは心からの懇願を警備兵に伝える。だが彼の悲鳴など、警備兵の心には響かない。


「何!? 貴様、奴隷の分際で口答えをするか!」


「い、いえ。そんなつもりは!」


 警備兵の怒りを買ってしまった彼は、必死に首を左右に振り弁明を図った。


「うるさい!」


 激高した警備兵は棍棒を高く振り上げる。


「ひっ!!」


 パルヴァナは腕で頭を覆い、保身の体勢を取る。警備兵が彼に殴りかかろうとした時、空の彼方からけたたましい羽音が鳴り響くと同時に、白い飛行物体の大群が姿を現した。


「なんだ、あれは!?」


 都市の上空に「あかぎ」や「おが」「こじま」、その他数隻から離陸した哨戒ヘリコプター部隊計15機が出現した。その異様な光景に、パルヴァナを殴ろうとした警備兵も思わず手を止め、空を見上げる。


『周囲に敵航空戦力は無い。これより予定通り任務を開始せよ』


 彼らの後方を進みながら、レーダーによって周辺空域の監視を行っていた早期警戒機のホークア(E-2D)イから通信が入る。その後、哨戒ヘリコプター部隊の機体に取り付けられた拡声器から、工業地帯全域に警告が発せられた。


『我々は日本国軍である! 今から2時間後、この都市の工場地帯全域を標的として空爆を開始する。民間人は即刻退避せよ! なお、2時間後この工場地帯に残っている者に命の保障は出来ない! 繰り返す、我々は・・・』


 哨戒ヘリコプター部隊は警告を繰り返す。工場地帯の住民たちは、無言のままにその警告文を聞いていた。


「に、逃げるぞ!!」


 従業員の1人が発したその一言を合図に、従業員たちがパニックを起こす。工場地帯はあっという間に大混乱となった。


「おい、勝手に持ち場を離れるな!」

「静まれ! 静まらんか!」


 警備兵たちは逃げ惑う従業員たちを押さえようと怒鳴り、棍棒を振るうが、焼け石に水という言葉がふさわしく、3万人のパニックは止まらない。

 施錠された工場地帯の出入口には、我先にと大群が押し寄せて団子状態となり、空爆に関わらず圧死や将棋倒しで今にも死人が出そうなほどになっていた。そしてついに大量の人の塊によって出入口の門が破られ、3万人の従業員たちは一気に市街地へと流れ出る。その中にはパルヴァナの姿もあった。


「あっ! しまった!」


 門から出たところでパルヴァナは足を止め、大群の流れに逆走しようとする。その様子を見ていた同僚の1人が、思わずパルヴァナの腕をつかんで引き留める。


「おい、パルヴァナ! 一体どこ行くつもりだ!?」


「忘れ物!」


「は!?」


 驚く同僚の手を振り払い、パルヴァナは工場地帯の中へ戻って行った。その後、自らの宿舎の中に入っていった彼は、寝床の下からネックレスを取り出す。


「これだけは置いて行くわけにはいかない・・・」


 彼が取り出したのは金色のネックレスであった。それは平民出身でありながら、彼の故国であるトミノ王国の独立を掲げ、大衆を束ねて独立運動を指揮し、そして散っていった彼の母親、“女傑”ロムネア=サラミックの形見だったのだ。


・・・


11:50 旗艦「あかぎ」 戦闘指揮所(CDC)


 警告を行った哨戒ヘリコプター部隊が各艦へ帰還した後、「あかぎ」の飛行甲板ではF−35C戦闘機が出撃の時を今か今かと待っていた。既に2機の前輪がカタパルトシャトルにセットしてあり、スイッチを押せば大空へと射出される。


「まもなく2時間経過! 空爆作戦決行時刻になります!」


 時計を観察していた船務士の望月二尉が、アルティーア帝国に与えた退避時間の終了を伝える。それを聞いた長谷川は各戦闘機に命令を下した。


「戦闘機部隊、離陸せよ!」


 2隻の強襲揚陸艦で待機していたF−35Bと、空母「あかぎ」にて出撃の時を待っていたF−35Cから成る戦闘機部隊計43機が、積めるだけの無誘導弾を携えてこれらの3隻から離陸した。彼らは空爆目標である工場地帯に機首を向ける。


・・・


マックテーユ 沿岸の工場群


 シーホー(SH-60K)クによる退避勧告から2時間後、従業員たちは工場地帯の中からほとんど姿を消し、そこに居るのは工場地帯の治安と運営を管理する警備兵と役人のみとなっていた。


「また何か来たぞ!」


 警備兵たちが哨戒ヘリコプター部隊に遅れて登場した戦闘機部隊を見つける。43機の群れは標的である工場群を覆い尽くした。各機の胴体にはステルス性を無視した爆装が施されており、1機当たりの兵装搭載量は8トン近い。そして各機から数百発という無誘導弾が工場地帯全域に投下された。


「何か落として・・・」


 警備兵たちは戦闘機が落として行く爆弾の雨を目の当たりした。直後、数え切れないほど爆音と爆風が炸裂する。鉄を作るための溶鉱炉、生産した新品の大砲や銃、その他多くの武器、鉄製品が爆発に巻き込まれて破壊されて行く。


「うわあぁ・・・!」

「ぎゃあぁ・・・!」


 逃げ遅れた者たちの悲鳴が、工場地帯の外まで響き渡る。工場地帯で繰り広げられる圧倒的な破壊、市民や逃げ出した従業員たちはこの都市を支える産業の中枢が無残に破壊されていくのを、ただ呆然と見ることしか出来なかった。

 空爆任務を終えたF−35部隊はそれぞれの母艦へと帰って行く。しかし市民たちがほっとしたのもつかの間、東の空から巨大な飛行物体が接近して来たのだ。真っ黒な外見をしたそれは細長い飛行機雲を棚引かせながら、工場地帯の上空へと向かう。


「な、何だあれは!?」


 それはシオン基地の飛行場から襲来した、アメリカ空軍の戦略爆撃機「ストラトフォ(B-52H)ートレス」であった。全長全幅共に約50mの大きさを誇る体躯と8発のエンジンを搭載している姿は、標的となった者たちをたちまち恐怖に陥れる怪物の様に見える。その雄大ともいうべき姿は、正に“成層圏の要塞”という二つ名に相応しい。

 最大ペイロード31トンを誇るその胴体内と翼下には、無誘導爆弾が満載されていた。そして工場地帯の真上に到着したストラトフォ(B-52H)ートレスは、胴体内爆弾槽を開放する。B−52Hに乗り込んでいるアメリカ兵たちは、虫の息となった工場地帯に向かってトドメとなる攻撃を繰り広げようとしていた。




工場地帯警備部 部長室


 F−35部隊による最初の空爆を幸運にも切り抜けていた“工場地帯警備部”の部長室には、各方面からの被害報告がひっきりなしに届けられていた。


「工場地帯全域に爆撃を受けています! 負傷者死者多数!」


「くそ! 何が一体どうなっているんだ!」


 マックテーユ工場地帯警備部長のポア=チャネル佐官は、想定外の出来事に右往左往するばかりである。爆撃によって数多の火災が発生し、工場地帯の全域から黒い煙が立ち上っていた。


「首都警備隊へ連絡しろ! 応援を要請するんだ!」


「それが・・・今朝から連絡が取れないんです!」


 この時、アルティーア帝国の竜騎部隊は「しまばら」から離陸したF−35B部隊による精密空爆で全滅しており、首都警備隊は大混乱に陥っていた。故にマックテーユからの救援要請に応じている暇など無かったのである。


「じゃあ一体どうすればいいんだ!?」


 警備部長ポアは頭を抱える。生き残った警備兵や役人たちが絶望に包まれる中、ストラトフォ(B-52H)ートレスによる空爆が開始された。辛うじて無事だった警備部の上にも無誘導弾が投下される。


「うわあああ!」


 警備部の建物は爆撃に耐えきれずに崩れ去り、その中にいた政府の役人や警備兵たちは瓦礫の下敷きとなる。その後、爆撃を終えた3機のB−52Hは機首を転回し、セーレン王国へと戻って行った。

 斯くして、合計500トンに迫る量の爆薬を投下された工場地帯はその機能を失い、アルティーア帝国は武器製造能力の大半を喪失することとなった。




工場群 従業員宿舎跡地


 爆撃によって崩れ去った従業員宿舎の瓦礫の下に、ごそごそとうごめく人影が居る。それは母親の形見であるネックレスを取りに戻っていたパルヴァナ=サラミックであった。爆撃を受けた彼はいつの間にか気絶していた。


「うっ・・・た、確か襲撃を受けて!」


 パルヴァナは最後の記憶を辿る。彼が居た宿舎にも無誘導弾が投下され、その爆風と爆発で建物が崩れてしまい、降ってきた瓦礫で頭を打って気を失ってしまったのだ。幸いにも、瓦礫が彼の身体を護る屋根の様に覆い被さっていた為、建物の完全な崩落から身を守ることが出来たのである。


「・・・」


 瓦礫の中から這い出たパルヴァナは上を見上げる。すると宿舎の屋根を成していた瓦礫の隙間から日の光が見えた。あれをどかせば外に出られそうだ、そう思った彼は腕に力を入れ、瓦礫を押し上げる。


「何なんだ・・・これは」


 壊れた宿舎の中から起き上がったパルヴァナは、辺りに広がる光景を見て言葉が出ない。彼が見たものは、無差別に破壊されて瓦礫の山と化したマックテーユ工場地帯の姿だった。

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