日本軍への取材
3月11日明け方 アルティーア帝国東北部 ヘムレイ湾 洋上
世界の東、“東方世界”に位置する「ウィレニア大陸」とは、南北に長く、左上と右下を鋭角とした歪んだ平行四辺形のような形をしている。この大陸とその所属島嶼には数多くの国があれど、事実上2つの国家によってその広大な大地を二分されている。
その2つの国家とは、大陸のほぼ中央を走る“ウィニレノン山脈”を境として、その東側を支配する「アルティーア帝国」、そして西側を統治する「ショーテーリア=サン帝国」だ。これら2つの大国はそれぞれ大陸の東西の領域や他国家を席巻し、いずれは大陸の統一を果たして東方世界の覇者とならんと互いに睨み合っていた。
現在、日本国と係争中であるアルティーア帝国の首都があるのは、大陸の北東に位置する、本州がすっぽり入る程の大きさを持つ“ヘムレイ湾”という海の沿岸地域だ。湾と呼ぶには少々広すぎる海である。首都クステファイは湾の最奥にあたる西部に位置しており、その他ノスペディ、マックテーユという名前の主要都市が、それぞれ湾の南西及び北に位置していた。
3日前にシオンを出港した日米合同艦隊は、ヘムレイ湾のほぼ中央、マックテーユから南に110kmほど離れた海上に停泊している。旗艦「あかぎ」の多目的区画に設けられた戦闘指揮所では、艦隊司令の長谷川海将補とする艦隊の幹部たちが集まり、作戦の確認を行っていた。
「これが偵察に出た無人機ブラックジャックが撮影した『マックテーユ市』です。“エリオ河”と呼ばれる大河が海へと流れ込む場所にある港湾都市で、製鉄を主な産業とする工業都市でもあります」
「あかぎ」の副艦長を兼任する船務長の飯島二佐が、標的となる敵地の説明を行う。彼が指差す先には、無人偵察機が撮影した航空写真が大型ディスプレイに映し出されていた。
「この街で生産される鉄は、エリオ河の上流・・・内陸部にある“ウレスティーオ鉄鉱山”から産出される“鉄鉱石”を、河を下る船に乗せて下流にあるこの街へと運び、製鉄や鉄製品生産を行う工場群にて加工することで生産されています。生み出された鉄や武器を含む鉄製品は港から国内各地へと運搬される・・・マックテーユ市は鉄の産業で成り立つ街の様です。以前の海戦に相当数の兵士が出征していましたから、この街の防御態勢は治安維持に最低限必要な兵士数を残すのみであると思われます」
イロア海戦にて、アルティーア帝国軍の死者は30万を超えていた。故に彼の国は軍事的に“丸腰”とも言うべき状況に陥っていたのである。
「まず始めに、今作戦に対してマックテーユ市に加勢し得る敵の航空戦力を殲滅する為、『首都クステファイ』に駐在している“首都警備隊”が有する竜騎部隊の本拠へ、統合直接攻撃弾を搭載した『F−35B戦闘機』による奇襲を敢行、竜の駐機場ごとそれらを葬ります。この任務は『しまばら』が行い、その護衛として『きりしま』が付きます」
速度は遅いものの、龍の作戦行動半径は意外と広く、首都の竜騎部隊はマックテーユ制圧を妨害しうるものと推測されている。故にこれらを葬る為の別動隊がすでに出撃しており、首都クステファイへと向かっていた。
「次に本隊はマックテーユへと接近し、武器生産の場である工場群を破壊する為、無誘導爆弾を可能な限り満載した『F−35C』33機、そしてセーレンから飛来する『B−52H』による空襲を行います。その後、エア・クッション型揚陸艇、及び輸送ヘリコプターを用いた強襲揚陸を敢行、河を挟んで東西に分かれる都市部へ同時に上陸する為、二手に分かれて揚陸を行います」
セーレン王国の滑走路が完成した後、そこには日本本土から多種の航空機が派遣されていた。その中でも最大なのが「B−52H・ストラトフォートレス」、アメリカ空軍が世界に誇る戦略爆撃機である。
西暦2022年、東アジアに戦乱が広がった時、中国大陸及び朝鮮半島北部への爆撃を行う為、アメリカから日本国内の嘉手納基地と三沢基地へ「ランサー」や「スピリット」、そしてストラトフォートレスといった爆撃機が派遣された。終戦によってその多くは本国へ帰って行ったが、帰還が後回しになった幾つかの機が転移に巻き込まれてしまったのである。
その中の1つがこのストラトフォートレスだ。日本政府としては正直なところ、持て余してしまう様な兵器であった為に解体も囁かれたが、こうしてこの世界でも戦場へ投入されることとなった。
「内陸部にある鉱山については、シオン基地より『C−2輸送機』5機を投入し、空挺部隊550名によってこれを制圧します」
飯島二佐はマックテーユ市を制圧しなければならない、最大の理由について言及する。それはこの地域の内陸に位置する巨大な鉄鉱石鉱山の「ウレスティーオ鉄鉱山」を確保する為である。日本政府が今回の戦争に対して積極的な姿勢を取った理由であり、例え賠償金を取ることに失敗しても、日本の産業を維持する為にこの鉱山だけは何としても我が物としなければならない。
その為、セーレン王国には、沖縄県読谷村のトリイステーションに駐在する「第1特殊部隊グループ・第1大隊」のアメリカ陸軍兵士200名と、習志野駐屯地に駐在する「第1空挺団」の陸上自衛隊員350名から成る空挺部隊が派遣されており、彼らは出撃の時を待ちわびていた。
「良し・・・作戦開始だ、総員配置に付け!」
「はいっ!」
指揮官から作戦開始命令が下される。集まっていた幹部たちはそれぞれの持ち場へと戻って行った。命令は無線を通して別地点に待機していた「しまばら」と「きりしま」にも伝達される。一寸先が見えない静寂の夜、マックテーユ制圧作戦、正式名「オリンピック作戦」が始動した。
〜〜〜〜〜
3月11日未明 セーレン王国 シオン市 沖合
その頃、報道団を乗せてミスタニア王国の首都ジェムデルトの港を出航した「世界魔法逓信社」の船が、いよいよセーレン王国に到着しようとしていた。甲板に立つ船員たちの目にはシオンの街の灯がわずかに見えており、このまま行けば夜明けには接岸出来る。
彼らがそんなことを思っていた時、目映いばかりの光が彼らに降り注いだ。
『我々は日本海軍である! これより先はセーレン王国の領海です! そこの船、止まりなさい!』
「!?」
視界に船舶が無いことを確認して静かに近づいたにも関わらず、日本海軍に見つかっていたことに、報道員を含む船員たちは驚きを隠せない。光を照らしている源へ目をやったところ、夜闇に紛れて分かりづらいが、暗い色をした巨大な艦が此方を向いていることに気付いた。
「私は世界魔法逓信社ミスタニア支部の記者、グランドゥラ=パラソルモンという者です! 貴国が上げたイロア海戦での戦果をお聞きし、その真実を確かめるためにここへ参りました!」
報道団の団長を務めるグランドゥラは、自らの素性と此処へ来た目的を告げる。この世界の音響機器に当たる“声響貝”で増幅された彼の声が、暗い海に響き渡った。彼は身分と所属を照会することで、アルティーアの人間でも、軍人でもスパイでも無いことを説明しようとしたのだ。船員たちは突如現れた日本軍に恐れおののいていたが、これは逆に好機であると彼は考えていた。
『これより貴船の臨検を行う! 大人しく我々の指示に従って貰う』
世界魔法逓信社の船に対する臨検を行う為、護衛艦「ゆうぎり」が彼らのもとへ近づいて行く。その後、報道団が武器を有していないことを確認し、彼らの目的を理解した「ゆうぎり」艦長の大河清栄二等海佐/中佐によって、事の詳細が司令部へ報告された。
シオン市 自衛隊基地司令部 第二司令室
異世界の報道団が来たという知らせは、基地内を騒がしくさせていた。基地司令の鈴木は部下の報告を興味深そうに聞く。
「へぇ〜、この世界の報道員か・・・面白いじゃない。僕が接触しよう、上陸許可を出してくれ」
「分かりました」
自衛隊を宣伝する良い機会だと考えた鈴木海将補は、報道団を受け入れる許可を出す。その後、上陸許可が下りた逓信社の船は港に誘導され、報道員たちは基地へと足を踏み入れた。
1時間後、グランドゥラをはじめとする報道員たちは、基地に勤務する陸上自衛隊員によって司令室まで案内される。
「・・・遠路遙々、日本軍シオン基地へようこそ! 私はこの基地の司令を務めております鈴木実と申します」
鈴木はノーザロイア島からやって来たという報道団を歓迎ムードで迎え入れた。基地司令を名乗る男の柔和な態度を見て、報道員たちの緊張がほぐれる。
「世界魔法逓信社ジェムデルト支部取材部班長、グランドゥラ=パラソルモンと申します。人からはグランデと呼ばれるので、その様に呼んで頂けると有り難く存じます」
「成る程・・・宜しくお願いします、グランデさん」
互いに自己紹介を終えた鈴木とグランドゥラは固い握手を交わす。グランドゥラは日本軍の将である鈴木の丁寧な態度を見て意外に感じていた。軍の将官というものは多くの場合、社会的地位の高い者がその立場を占める為、彼らの様な平民には高圧的な態度を示すことが多いからだ。
「ご用件は伺っております。我々の基地を取材したいとか・・・」
「はい、イロア海戦の結果の確認も兼ねて此処へ来ました。ですが・・・どうやら貴国の発表が正しかった様ですね・・・」
2月26日に勃発したイロア海戦については、アルティーア帝国政府と日本政府の両政府がお互いに自軍が勝ったと発表している状態が続いていた。だが、健在な日本軍基地の様子、そして海に浮かんでいた膨大な瓦礫の山を見て、グランドゥラはアルティーア帝国政府の発表が虚偽だったことを悟る。
「我々としても、この世界の人々に日本国のことを知って貰う良い機会です。軍事機密等は勿論明かせませんが、それ以外のことならば是非記事にしていってください」
「ありがとうございます・・・!」
取材に前向きな鈴木の言葉を聞いて、グランドゥラは目を輝かせる。他の報道員たちも笑顔を浮かべていた。その後、鈴木はある幹部自衛官を彼らに紹介する。
「日本海軍中佐の辺土名光樹と申します。日本軍についての説明と基地の案内は私が行います」
基地司令の紹介に与った辺土名二佐は、グランドゥラに右手を差し出した。
「宜しくお願いします・・・ヘントナ中佐」
グランドゥラは彼の右手を固く握り返す。その後、基地の案内係として正式に任命された辺土名光樹二等海佐/中佐によって、報道員たちは基地の中を案内されることとなった。
基地港 「ゆうだち」艦内
辺土名二佐の先導により、彼らははじめに護衛艦「ゆうだち」へと案内される。艦橋の内部で所狭しと肩を並べる彼らに、辺土名二佐は窓の向こうに見えるオート・メラーラ76mm砲を指差しながら説明を行う。
「あれが我が艦の砲塔です。砲の発射角度は“射撃指揮装置”という計算装置で制御され、敵の未来の位置に向かって砲弾を発することが出来ます。射出速度は砲によりけりですが、この艦に搭載されている“オート・メラーラ76mm砲”ですと、1分間に80発ほどの速度で発射することが可能です」
「ほお〜・・・」
グランドゥラはあまりにも現実離れした砲の性能に実感が沸かず、間抜けな声を出してしまう。その後、彼は辺土名二佐に質問ぜめを行い、以下のことを聞き出した。
日本海軍の軍艦の砲は「エフ・シー・エス」という「射撃指揮装置」によって制御されており、戦闘時において「エフ・シー・エス」は、まず「レーダー」という目に見えない監視網によって捜索・探知された敵艦との距離、相対速度を算出する。これにかかる時間は刹那である。算出された情報から予測される敵の艦の未来の位置に向かって砲弾が放たれるのだ。このために、日本の軍艦の砲は、海を行く船であれ空を飛ぶ竜であれ、反則級の正確射撃が可能なのだという。
そこには、彼らの知る大砲の様に、砲弾を詰め、火薬を設置し、砲の角度を決めるという人の手による作業は入らない。それらは全て自動的に行われ、それ故あり得ない程の連射速度をも実現しているという。
驚くべきは砲の正確さだけではない。これは所詮、日本の軍艦の一装備に過ぎないからだ。艦の外に出た彼らは煙突の間の区画に案内され、次に「ミサイル」という兵器を紹介された。
「これはVLSと呼ばれている兵装なのですが、この縦に長い箱の物体の中に“ミサイル”が装填されています。ミサイルとは言わば、標的への誘導性能を持った弾薬であり、誘導の仕組みは様々ですが、音に近い速さで敵を攻撃することが出来ます。この艦が運用出来るミサイルは対空目標用、対艦用、対水中目標用の3種類ですね」
辺土名二佐が差し示す先には、説明用に蓋を開けた「ミサイル垂直発射システム」のセルがあり、その中には個艦防空ミサイルのシースパローが装填されていた。まるで大きな槍のような形をしたこれらは、艦のあらゆる場所にその発射装置が置かれている。むさらめ型護衛艦の場合は、中央部の煙突間及び艦橋構造物の前方にそれぞれ、Mk48垂直発射システムとMk41垂直発射システムが配置されている。
グランドゥラたちにとって恐るべきはその速度と射程、そして種類の多用さ、そして何より、ミサイルそのものに敵を追尾する機能があることだった。辺土名二佐は呆然とした表情を浮かべる彼らを次なる艦へと案内する。
輸送艦「しもきた」
報道団が次に案内された艦は、おおすみ型輸送艦の「しもきた」だった。全長が180m近い広大な全通甲板の上に立つ彼らは、まさに海の上に浮かぶ大地とも言うべきその異様な光景に辟易とする。
「これは“輸送艦”と呼ばれる艦種でして、艦の名を『しもきた』と申します。その名の通り物資や人員の輸送を主目的とする艦です。戦時においては陸上部隊の輸送を行ったり、航空機の離発着を行います。ちょうど甲板に止まっていますね」
辺土名二佐はそう言うと、「しもきた」の飛行甲板に駐機されているシーホークを指差した。
「実際はこれよりも135ルーブ(95m)程大きい飛行甲板を持つ『あかぎ』という艦もあるのですが、現在は出征中なのでこの基地にはおりません。『あかぎ』は“戦闘機”を離発着させる専用の艦でして、航空母艦と呼ばれています」
辺土名二佐は写真を交えながら「航空母艦」と「戦闘機」について説明する。戦闘機とは空を飛ぶ乗り物で、音の速度を超えることも出来ると伝えた。
(音の速さ、即ち毎秒485ルーブだと・・・!? 我々の知る航空戦力である竜では、とても迎撃することは出来ないじゃないか・・・!)
グランドゥラは驚きを隠しきれない。彼はこの世界に、日本国に対する優位性が存在しないことを思い知らされていた。さらにこの戦闘機も、ミサイルを発射する事が出来るという。
他にも日本軍の航空兵器には「ヘリコプター」と呼ばれるものがある。それはノーザロイアの住民たちが「巨大な羽虫」と騒いでいたものの正体であり、回転する羽から出される音は、確かにけたたましい羽音の様だ。
「すさまじい・・・これではアルティーア帝国軍が手も足も出ない訳ですね」
辺土名の説明を聞いたグランドゥラは息をのむ。日本の兵器については理解できない部分も多いが、この国の技術力が並外れていることはよく理解出来ていた。
「貴方方は国交を結んでいる各国に、異世界から来たと述べているそうですが、それは本当ですか?」
グランドゥラは最大の疑問を辺土名にぶつける。日本国が異世界から来たという話については、ノーザロイア島でも信じる者と信じない者に分かれていた。
「はい、もう半年は前になりますが・・・貴方たちから見れば異なる世界、または異なる惑星と呼べる場所から転移して来ました」
辺土名二佐はきっぱりと答える。グランドゥラはこの話について初めはただの戯れ言かと思っていたが、ここで見せられた日本の力の片鱗を考えると、その説明が1番理にかなっているだろう。
「ご案内したい艦がもう一種あります。こちらへどうぞ」
彼はそう言うと、報道団を次の艦へ案内する。
イージス艦「みょうこう」
報道団が次に案内されたのは、「イージス艦」である「みょうこう」だった。イージス艦とは対空戦闘に特化した艦のことであり、通常の護衛艦とは一線を画す存在である。グランドゥラらにとっては、外見だけでは他の艦とはどう違うのかが分からなかったが、彼らは後の説明により、その脅威性を思い知ることとなった。
「この『みょうこう』をはじめとするイージス艦は他の軍艦と異なり、“空の脅威”に対処することに特化した艦となっています。艦を中心に500リーグ(約350km)の範囲内に飛行している目標を、同時に200以上も捜索・探知、及び追尾、評定を行うことが出来、まさに空を飛ぶ敵から艦隊を守る絶対防御の盾と呼ぶべき艦になります」
イージス艦の根幹を成すのは「イージスシステム」と言うもので、空中の敵を探知・追尾する“多機能レーダー”、目標の脅威度を判定したり指令を送る“情報処理システム”、発射した艦対空ミサイルを最終的に誘導する“ミサイル射撃指揮装置”、そして実際に発射される“艦対空ミサイル”などから構成される。
艦に備え付けられている「SPYレーダー」はイージス艦を中心に400kmを超える探知距離を誇り、200以上もの目標を同時に追尾出来るという。これに捉えられた獲物を襲うのは、艦対空ミサイルによる正確射撃だ。また、イージス艦にも当然艦砲が搭載されている。
(この艦一隻を沈める為に、我々の知る軍艦と竜が、一体何隻と何騎必要となるのだろうか?)
グランドゥラは母国であるミスタニア王国が、この国と対立する道を選ばないことを願う。とは言っても、彼の国と日本は友好関係にあるので要らぬ心配であった。
「次に基地内部をご案内致します」
イージス艦の紹介を終えた辺土名二佐は、報道団の面々と共に「みょうこう」のタラップを下りると、彼らを次なる場所へと案内する。
シオン基地 航空施設
シオン自衛隊基地は大きく2つの施設に分かれている。1つが艦船や司令部が置かれている港湾部、そしてもう1つが内陸に建設された滑走路を中心にする航空基地だ。此処には日本本土から派遣された海上自衛隊の哨戒機であるオライオンの他、航空自衛隊の輸送機であるC−2、そして嘉手納の在日米軍基地から派遣された戦略爆撃機のストラトフォートレスが駐機していた。
「此処は空軍の基地になっています。我が国の航空機の他、前の世界で同盟関係にあった“アメリカ合衆国”の駐留軍が有している航空機が、此処に駐機されているのです」
「・・・駐留軍!?」
「ええ、我々は一般的に“在日アメリカ軍”と呼称していました。アメリカ合衆国とは我々の世界である“地球”にて誰もが認める世界最強の国家です。アメリカは自国内だけでなく世界各国に軍事基地を有しており、“世界の警察”としてその軍事バランスを保っていました。我が国とアメリカ合衆国は密接な同盟関係にあり、日本国内には多数のアメリカ軍基地が設置されています。この世界への転移に巻き込まれた彼らは、アルティーア帝国との戦いに協力してくれることになったのです」
辺土名二佐はアメリカ軍について言及する。グランドゥラが飛行場を見渡したところ、日本人とは明らかに人種が異なる兵士たちが日本兵と共に働いていた。彼らが“アメリカ人”であることは容易に理解出来た。
その後、辺土名二佐は彼らがこの世界での“アメリカ合衆国”の建国を条件に、戦争に全面協力していることを説明する。このことは報道団にとって、日本に続くさらなる強大な国家の誕生を示唆していた。
「・・・うわっ!」
哨戒活動を終えたオライオンが、轟音を響かせながら滑走路に降り立つ。グランドゥラたちはその轟音に驚き、堪らず身体をすくませた。
(あの巨大な飛行物体を自らの手で生み出し、飛行させる技術力・・・! 小さな龍を飼い慣らして空を制した様な顔をしている列強の竜騎兵たちは、恐怖で顔を歪めてしまうだろうな)
駐機場に並ぶ航空機の雄大な姿を見て、グランドゥラはため息をついた。
「グランデさん、この基地の事は記事になさるのでしょう? 基地内に宿泊施設がありますので、そちらを滞在場所として提供致します。作業も是非そちらで行ってください」
「・・・重ね重ねのご配慮、深謝致します」
辺土名二佐の申し出に対して、グランドゥラは深く頭を下げる。その後、自衛隊員たちへの質問や市街地でのインタビューを経て、世界魔法逓信社の取材は終了した。
その日の夕方、宿泊所に案内されたグランドゥラたちは、取材した内容を急いで記事にまとめてジェムデルト支部に報告した。取材内容の報告を受けた支部は、活版印刷を駆使して号外紙の印刷に着手し、さらに“中央世界”の総本部へその内容を報告する。
東の果ての支部から特ダネを提供された総本部は、これを東方世界に位置する全ての支部で発行することを決定し、グランドゥラたちの取材結果は東方世界全体に届けられることとなった。
・・・
グランドゥラ=パラソルモンの手記
ニホン軍の取材を行った我々はこのセーレン王国にて、世界から隔絶された技術力と高い道徳心を見た。我々が基地の中で驚いたのは、ニホン軍がアルティーア帝国軍兵士の捕虜を厚遇していたことだ。朝昼晩の3食が保証され、虐待も無い。傷を負った捕虜を治療するための施設もあった。さらにこの扱いを受けられるのは、上級の指揮官だけではない。末端の兵士1人1人にまでその好待遇は及んでいた。
なぜこのような一文にもならないことをしているのか尋ねたところ、武器を捨て敵の軍門に下った捕虜は人道的観点からそのように扱う決まりだということだった。ただ、そのせいで自分たちの食い口が貧相になってしまっていて困っていると笑いながら話すヘントナ中佐の思考は、我々には理解の及ばぬものである。
基地の見学を終えた我々は、その日得た情報をまとめる為、ニホン軍に提供された宿へと向かった。基地の中には、主に掃除夫としてニホン軍に雇われたシオン市民が居て、彼らにもニホン軍について取材を行ったが、その評価は総じて「いい人たち」であった。アルティーア帝国の占領から解放されて間も無く、国が疲弊しているところに、ニホン軍が提供した雇用はシオン市の経済に大きな活気を与えていた。給与の払いも破格の額だという。我々はこれらの事実をそのまま支部へ送ろうと思う。
私がこの取材で何より驚いたのは、これらの装置や驚異的な技術力、軍事力は魔法によるものではないことである。それどころかニホン人とアメリカ人を初めとする異世界の民は魔力を持たない民なのだ。「死の民」と呼ばれているジュペリア大陸北西部の「あの帝国」の民と同様に・・・。