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本土侵攻

3月1日 アルティーア帝国 首都クステファイ 中心街 元老院


 テマ将軍の意思も空しく、イロア海戦が大敗に終わったことは軍事局大臣のシトスによって隠匿されてしまった。そしてシトスは今、元老院の証人台に立って、玉座に座る皇帝ウヴァーリト4世に虚偽の報告を奏上している。


「ニホン軍は我らがアルティーア帝国の大艦隊を前に壊滅、侵攻軍は大勝利を収めました!」


「ふん、所詮は未開国だったということか」


 シトスの報告を聞いた皇帝ウヴァーリト4世は、平然を装いながら、しかし満足気に答えた。周りの議員席に座っている皇族や貴族の元老院議員たちも、ご満悦そうな顔をしている。


「それならば侵攻軍をすぐにニホン本土に向かわせろ。2回も帝国の顔に泥を塗った罪を償わせ、2度と舐めた真似が出来ぬように、ニホン人は念入りに苦しめて殺すように艦隊に伝えよ」


「はっ! 仰せの通りに!」


 皇帝の命令を受けたシトスは証人台を降り、自らの議員席へと戻る。そんな彼の様子を、猜疑の眼差しで見つめる視線があった。


(ニホン軍が負けた・・・? 本当かしら)


 その視線は帝国第三皇女、サヴィーア=イリアムのものであった。彼女はかつてロバーニア王国へ出征し、数少ない生き残りとして帰還したゴルタ=カーティリッジ佐官から日本軍の力について聞かされており、日本に勝ったというシトスの報告を疑っていたのである。

 だが、派遣された艦隊が今までに前例の無い大艦隊であったことも事実であり、彼女自身も常識的にそれらが負けるとは考えられなかった。だが、彼女の恋人であるゴルタは自軍が勝つことは無いと断言していた。


(・・・少し、探りを入れてみましょう)


 程なくして元老院は閉会し、議員たちは次々と退出する。彼らに混じって議事堂を出て行くシトスの後ろ姿を、サヴィーアは鋭く目で追いかけた。




 皇帝、そして元老院議員たちへの報告を終えたシトスは、俯きながら廊下を歩いていた。壁にもたれ掛かり、彼が来るのを待っていたサヴィーアは、妖しげな笑みでシトスに話しかける。


「ご機嫌よう、シトス殿」


「サ、サヴィーア殿下・・・!」


 皇族が話しかけて来たことに驚いたのか、シトスは声を震わせてしまう。挙動不審な素振りを見せる彼に、サヴィーアは更なる揺さぶりを掛ける。


「嘘ですね、帝国軍が勝ったというのは」


「!? は・・・はは! 何をおっしゃる!?」


 事実を突かれたその瞬間、シトスは凄まじい形相を浮かべる。必死に取り繕おうとするが、彼は動揺を隠し切れない。


「サヴィーア殿下も冗談がお好きな方だ!」


 シトスはそう言うと、笑いながらその場を立ち去って行く。そんな彼の姿を、サヴィーアは冷たい眼差しで見ていた。


(あの動揺振り・・・間違い無い、彼は嘘をついている。ニホンの本当の力を知っているのは、帝国の中枢では私とシトスだけ・・・。私もゴルタに教えてもらえなかったら、知る由も無かった)


 シトスの不審な様子を見て、サヴィーアは彼が嘘をついていることを直感した。それはイコール、アルティーア帝国艦隊が負けたということである。


(やはり・・・彼らに接触しなければ!)


 彼女の右手には、ゴルタより渡された紙が握られている。それには彼と共にロバーニア王国沖海戦から逃げ帰った“元”兵士たちの潜伏場所が記されていた。士官も兵士も関係無く、蛮族に負けた恥晒しとして軍から除名されてしまった彼らは、知らず知らずのうちに亡国の道へ突き進んでいる祖国を止める為、独自の行動を起こしていたのである。


・・・


同日・夜 首都クステファイ 南地区


 その日の夜、第三皇女であるサヴィーア=イリアムは、恋人から渡された紙に書かれている場所を訪れていた。そこは首都の南地区、貧民街の中にある「ウィルコック神殿」と呼ばれる建物である。古びた布を被って貧民階級の浮浪者に変装していた彼女は、その神殿の扉を叩いた。


「・・・何用か?」


 扉の向こうから男の声が聞こえて来る。


「ゴルタ=カーティリッジ佐官から、貴方方の事を聞かされました。ニホン国と戦った貴方方の力を借りたい」


「・・・なっ!?」


 自分たちの上官の名前を告げられ、驚いた男は神殿の扉を開ける。門番を務めていたその男をはじめとして、礼拝堂には軍から除名されてしまった兵士たちが集まっていた。サヴィーアは頭に被っていたフードを脱ぐと、その端正な顔立ちを彼らの前に晒す。彼女の顔に見覚えがあった兵士たちはさらに驚愕した。


 一国の皇女を扉の前に立たせたままにする訳にも行かず、元兵士たちは一先ず彼女を神殿の中に入れる。炎が焚かれた暖炉の前の椅子に座る彼女に、この場の代表者であるスペランカ=ヴァーヴァティが対談を始めた。


「貴方はゴルタ様とお知り合いだったのですね。一体どういう経緯でこんな場所にいらしたんですか?」


 軍の元尉官であるスペランカは、皇女が貧民街などにやって来た訳を尋ねる。


「私、アルティーア帝国第三皇女サヴィーア=イリアムは、ゴルタ=カーティリッジ佐官と目的を同じくしています。もし貴方方が祖国の亡びを防ぐ為、ニホンとの戦を終わらせることを心から望むならば、私の配下に下りなさい」


 サヴィーアは恐怖や緊張を押し殺し、毅然とした表情で兵士たちに従属を求めた。スペランカや他の兵士たちは、彼女の言葉に驚きを隠せない。


「直系の皇族である貴方様が・・・本気なんですか、殿下? 貴方の実の御父上、皇帝陛下に背くことになるんですよ!?」


 対日戦争の終結を目指す彼らが行おうとしていることは、皇城と元老院をターゲットにしたクーデタ計画である。そんな計画に皇女が加担するなどあり得なかった。


「・・・軍事局大臣のシトスは、イロア海でニホン軍を破ったと申していたけれど、それが虚言であることは目に見えている。恐らくはもうすでに、アルティーア帝国は壊滅状態に陥っています。この首都が戦場になる前に、戦を終わらせなければならない」


 サヴィーアは終戦への決意を語る。その目には覚悟を決めた者にのみ宿る炎が映っているように思えた。皇女の覚悟の深さを直感したスペランカは、サヴィーアに向かって深く頭を下げる。


「・・・分かりました、我々は貴方に命とこの国の命運を預けます」


 周りの兵士たちも彼に従い、片膝を床に付けて臣下の礼を取った。斯くして300人の兵力を手に入れたサヴィーアは、具体的な行動を起こしていくことになる。


〜〜〜〜〜 


3月4日 ミスタニア王国 首都ジェムデルト 世界魔法逓信社第42支部


 「ノーザロイア島」の南西に位置する「ミスタニア王国」の首都ジェムデルトには、この世界で唯一無二の国際報道機関である「世界魔法逓信社」の支部が置かれている。そしてこの日、ジェムデルト支部に所属する1人の報道員が、上司に呼び出されていた。


 世界魔法逓信社とは、この世界独自の通信手段である「信念貝」が開発された55年前、それをヒントに遠距離間における迅速な情報の提供、すなわち“報道”という新たな商業形態を生み出した当時の魔術師、プリートレット=フィリノーゲンによって設立された通信社である。

 何より正確な情報の収集、迅速な情報発信を社訓としており、どの国家にも属さず、今やこの世界の民の情報供給源として各国に支部を設置している世界規模の組織である。そうした徹底的な現場取材により、この会社の情報収集能力は各国家に属する諜報機関と同等かそれ以上に正確かつ迅速であると言われており、各国政府もこの社が発信する号外紙には常に目を光らせており、支部の設置も甘んじて受け容れている。

 しかし一方で、各国の利害を完全に無視し、ただひたすら正確性を追求した報道や取材活動を行うため、各国政府はこの社による自国の機密情報流出や汚点の暴露を何より恐れているのだ。


 報道員のグランドゥラ=パラソルモンは、支部長であるコルテクス=アドレナルの部屋に入る。彼を呼び出したコルテクスは、机の上に散らばる資料を眺めながら口を開いた。


「・・・グランデ君、現在この東方世界にて、列強アルティーア帝国と新進気鋭の辺境国であるニホン国との戦いが行われている。そして1週間ほど前、イロア海にて両軍が本格的に激突した。ミスタニアを含む極東各国政府の発表とロバーニア支部からの報告によれば、『イロア海戦』においてニホンが勝ったと発表されている。しかし、アルティーア帝国政府は帝国軍が勝利したと発表している。このことは知っているな」


 コルテクスは早速、彼を呼び出した理由について説明する。それはセーレン王国沖で勃発したイロア海戦に関わることだった。


「はい。今やミスタニア王国だけでなく極東世界が大騒ぎになっています」


 日本政府はイロア海戦の結果について、当然ながら国民に発表していた。アルティーア帝国軍を壊滅させたというその一報は、日本国内に存在する各国の大使館によってノーザロイア島や極東洋に伝えられ、これらの地域に住まう人々は歓喜の渦に包まれている。

 だが、アルティーア帝国はこの事実を明らかにしておらず、また、ロバーニア王国沖海戦の時の様に報道員による裏付けが取れていなかった為、世界魔法逓信社・ジェムデルト支部はこの一件について、“総本部”に報告することを保留していたのである。


「しかし、どちらの発表が正しいのかはまだ不明だ。これを白黒はっきり付けるために一番良い方法は何だと思う?」


 煙草を吹かしながらコルテクスは問いかける。尚、セーレン王国にも支部が有ったのだが、アルティーア帝国による侵攻の際に廃棄されていた為、現地との直接の連絡は出来なくなっていた。


「現場に行き、目で見て確かめることです」


 グランドゥラはきっぱりと答えた。何処の国家機関にも属さない彼らは、事実の報道と最前線での取材を社訓としているのだ。


「その通りだ、君にはセーレン王国に行ってもらう。船はすでに手配済だ。明日の朝に出発する」


 いきなりの出張命令にもグランドゥラは動揺することは無い。彼ら報道員にとって、この手のことはよくあることなのだ。


「さらに、もしニホン軍の勝利が真実であれば、ロバーニア沖海戦、セーレン奪還戦などで大国を2度も破った彼の国の軍についても詳しく調べてくれ」


「承知しました」


 上司の追加司令を拝聴した後、グランドゥラは部屋を後にする。翌日、彼をリーダーとする取材班を乗せた船が、ミスタニア王国から出港した。


〜〜〜〜〜


3月7日 セーレン王国 シオン市 自衛隊基地司令部


 「イロア海戦」から9日後、セーレン王国の自衛隊基地では、日本政府からの要請を受けてアルティーア帝国本土侵攻の為の準備を進めていた。出撃準備が整い、出港する時を待つ艦隊の前で、司令の長谷川海将補とアルティーア帝国のテマ将軍が話をしている。


「結局・・・アルティーア帝国は何らかのアクションを起こすことは無く、よって日本政府より、本土侵攻の命令が下されました」


「・・・」


 長谷川の説明を聞いていたテマは、暗い表情を浮かべる。まさか海戦の結果が隠匿されているとは知らない彼は、アルティーア帝国政府が彼の助言を無視したのだと思い、絶望していたのである。


「我々としても祖国の為に戦わなければならない。まあ・・・言わずもがな、民間人に対する攻撃は行いませんよ。では・・・」


 別れの挨拶を終えた長谷川は、タラップを登って旗艦「あかぎ」へと乗り込む。直後、出港を告げる汽笛の音がシオンの街に響き渡った。彼らは数多の隊員たちに見送られながら、アルティーア帝国の主要部に向かって行くのだった。


・・・


<日米合同艦隊>

司令 長谷川誠海将補/少将(第2護衛隊群司令)

副司令 大久保利和一等海佐/大佐(第6護衛隊司令)


海上自衛隊/日本海軍

航空母艦「あかぎ」(旗艦)

強襲揚陸艦「しまばら」「おが」「こじま」

護衛艦「いずも」「まや」「しらぬい」「いかづち」「かが」「あしがら」「あさひ」「ながと」「きりしま」「たかなみ」「おおなみ」「てるづき」「たかお」「きりさめ」「いなづま」「すずつき」

補給艦「はまな」「ときわ」

輸送艦「おおすみ」


在日アメリカ海軍・第7艦隊

ミサイル駆逐艦「ジョン・S・マイケン」「ベンフォールド」「マスティン」「レナ・H・サトクリフ・ハイビー」

ミサイル巡洋艦「シャイロー」

ドック型揚陸艦「グリーン・ベイ」

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