表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/44

イロア海戦 弐

2026年2月26日 セーレン島沖合 イロア海 海上


 セーレン王国から出撃した日米合同艦隊計35隻の姿は、まさに荘厳の一言である。後方から、F−35B戦闘機や各種ヘリの離発着艦である海上自衛隊の強襲揚陸艦3隻、その前を戦闘機搭載護衛艦・旗艦「あかぎ」が進む。

 そして旗艦の両側を、陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターであるアパッチ・ロン(AH-64D)グボウと、退役間近の対戦車ヘリコプターであるコブラ(AH-1S)、そしてその後継機であるヴァイパ(AH-1Z)ーを乗せた、ヘリコプター搭載型護衛艦である「いずも」と「かが」の2隻が走っていた。

 その前方では2列の隊列を成して、29隻の護衛艦、及び米軍の巡洋艦と駆逐艦が海上を進んでいる。またシオン市の沿岸部には、今回の出撃には参加しなかった日米の輸送艦や補給艦などが待機していた。




旗艦「あかぎ」 艦橋


 間も無く水平線の先に敵艦隊の姿が現れようとしていた。艦橋から双眼鏡を覗く司令の長谷川海将補は、各艦に命令を下す。


「敵艦隊前方との距離が10km以内に入ったところで艦砲による攻撃を開始する」


 この戦いでは前回のロバーニア王国沖海戦と同じく、敵にとっては遙かなアウトレンジから艦砲を使った一方的な連続砲撃という戦法で、敵艦の群れを殲滅する予定になっていた。だがその時、戦闘指揮所(CDC)の通信員から驚きの言葉が告げられたのである。


『・・・『あさひ』より入電、前方より突如異常な泡沫音を確認!』


「何!?」


 護衛艦の「あさひ」からパッシブソナーに異様な音が聴取されたことが伝えられた。泡沫音ということは“キャビテーション”か何かによって発生した泡である可能性がある。それはイコール、敵が潜水兵器を保有している可能性を示していた。


「敵の兵器か!?」


『わかりません! 数は3つ、距離は不明です!』


 ただ泡の音がしただけでは、その正体が何なのかは分からない。この世界の技術水準から推測すれば、潜水艦が存在する可能性は非常に低いが、ここは魔法が実在する異世界であり、何が有ったとしても不思議では無い。


「くっそ、対潜ミサイルなんて使うとは思って無かった・・・!」


 海上自衛隊の各護衛艦、そしてアメリカ海軍の巡洋艦及び駆逐艦はアルティーア帝国軍との戦いに対して、軍艦との対艦戦闘及び竜騎兵との対空戦闘を主眼に置いた態勢を敷いていた。故に、各艦のミサイル垂直(VLS)発射装置には主に「発展型シース(ESSM)パロー」や「スタンダード(SM-2)ミサイル」などの艦対空ミサイルが主に装填してある。

 だからといって艦対潜ミサイルが無い訳では無いのだが、長谷川を含めて、各艦の隊員たちは予想外の事態に動揺を隠せないでいた。


「敵は3つか・・・良し、『あさひ』『しらぬい』『ふゆづき』は対潜戦闘用意!」


 切迫した状況を前にして、長谷川は未確認潜水物体への攻撃準備命令を出す。


「攻撃効果確認のために、戦闘機2機を戦場から離脱させよ」


『了解! ただちに命令を送ります』


 戦闘指揮所(CDC)の隊員が答える。その後、命令を受けた戦闘指揮所(CDC)の通信員は対潜攻撃の攻撃効果を確認させる為、2機の戦闘機に向けて一時的な戦線離脱を通達した。

 旗艦の命令を受けたF−35C戦闘機2機は、未確認潜水物体が出現した帝国艦隊前方へ機首を向け、竜とのドッグファイトが繰り広げている戦闘空域から飛び去って行った。




「ふゆづき」 戦闘指揮所(CIC)


 旗艦からの命令を受けた「ふゆづき」では、隊員たちが慌ただしく動いていた。艦長の金谷裕介二等海佐/中佐は、戦闘指揮所(CIC)内に向かって指示を出す。


「対潜戦闘用意! アクティブ捜索始め!」


「了解! アクティブ捜索始め!」


 隊員たちの復唱がこだまする。その後、艦底のソナーから音波が放たれた。因みに艦や潜水艦に装備されるソナーには、敵が発する音を聴取して敵の方位を探る“パッシブ”と、自ら音波を発してその反射音を聴取し、敵の方位に加えて距離も探れる“アクティブ”の2種類がある。

 今彼らが使用しているのは後者のアクティブソナーであり、敵の居る方位しか分からないパッシブソナーと違って敵までの距離を明らかにすることが出来る。しかし、アクティブソナーは自ら音を発するソナーである為、これを使用することは自分の方位を敵にも知らせることを意味する。故にこのソナーが使われるのは、敵が確実に存在する場合、そして攻撃の直前といった限られた時だけなのだ。


「アクティブソナー目標探知、12時方向に巨大潜水物確認。推定距離は6km、数は3つです」


「測的完了、対潜戦闘、07式垂直発射魚雷(SUM)投射ロケット攻撃始め!」


 攻撃用意が整えられたことがソナー室より通達される。そしてミサイル垂直(VLS)発射装置の蓋が開き、対潜ミサイルである「07式垂直発射魚雷投射ロケット」の弾頭がその姿を現した。

 その弾頭には12式短魚雷が装備されており、対潜ミサイルはこれらの魚雷を一気に敵潜水艦の下へ運ぶことが出来るのだ。


「07式垂直発射魚雷(SUM)投射ロケット、発射用意よし!」


「撃て!」


 ミサイル垂直(VLS)発射装置のミサイル・セルから、1発の07式垂直発射魚雷投射ロケットが発射された。同時に他の2隻からも1発ずつ発射される。垂直方向に発射された3発のミサイルは、白煙を棚引かせながら大きな曲射弾道を描き、目標が潜む海へ落ちて行った。

 着水後、弾頭から切り離された「12式短魚雷」は、自らソナー音を発しながら目標へと向かう。


「短魚雷の爆発音を確認、数は2つです」


 目標に命中した魚雷が炸裂する音が、曳航式パッシブソナーに捉えられる。しかし、その音が2つしか聴取出来なかったということは、1発は命中しなかったということである。


「F−35C戦闘機シェパート8より、海面に浮遊する物体を発見したとの報告有り。2発の命中を確認、だが1発は攻撃評価不明!」


「ターゲット、サァーヴァイブ! 再攻撃の要有り!」


 正面から接近する正体不明の潜水物の内、1つを取り逃がしてしまったことが断定された。戦闘指揮所(CIC)は更なる緊張に包まれる。


「再度、アクティブ捜索始め!」


 魚雷の爆発音が収まり、アクティブソナーを使用できる様になる。水測員はソナーの音波が描く海中の様子を注視していた。


「方位20度、距離1.2km先に確認、かなり大きい!」


「なっ・・・! もうそんなところに!」


 ソナーが映し出した謎の巨大潜水物は、既に約1kmのところまで接近していた。艦長の金谷二佐は、潜水艦を大きく凌駕しているその機動力に愕然とする。


「右舷魚雷管発射用意!」


「了解、魚雷管発射用意!」


 艦長の命令を受けて、「ふゆづき」の右舷に配備されている3連装短魚雷発射管が発射準備に入る。その中には、先程発射した対潜ミサイルの弾頭に搭載されているものと同じ、12式短魚雷が装填されていた。


「右舷短魚雷発射管、発射用意良し!」


「連続発射! 撃て!」


 3連装短魚雷発射管より3発の12式短魚雷が発射された。それらは白い軌跡を描きながら一直線に目標が居る方向へと向かって行く。「ふゆづき」の隊員たちは、固唾を飲んでその成果を祈っていた。だが、彼らの期待はすぐに裏切られることになる。


「・・・艦橋より報告、洋上に変化無し。また魚雷の爆発も探知出来ず。攻撃効果不明。ターゲット、サヴァイブ!」


 2度に渡る攻撃にも関わらず、魚雷の命中は確認出来なかった。潜水艦を大きく凌駕する機動力と速度に惑わされ、12式短魚雷は目標を見失ってしまった様である。


「再び異常な泡沫音を確認! 急速で接近しています!」

「アクティブソナー、目標探知! 距離300m、激突します!」


 ソナーの運用を担当する隊員たちは、再び謎の潜水物の探索に入る。しかしそれはもう、目と鼻の先にまで接近していた。


「回避運動始め、機関全速!」


 謎の潜水物から逃れる為に「ふゆづき」は全速でその場から離れる。だが時既に遅し、潜水物の速度は護衛艦を遙かに凌駕しており、それは瞬く間に「ふゆづき」へ激突した。


「ウワァッ・・・!!」


 鈍い金属音が艦内に響き渡り、船体は大きく揺れる。隊員たちはバランスを崩して椅子から転げ落ち、計器の上に置かれていたものは全て床の上に落ちた。


「艦首艦底、バルバス・バウに衝撃! アクティブソナー損壊!」

「艦底浸水! 該当部分を遮蔽します!」


 各部署からの被害報告が戦闘指揮所(CIC)へ届けられる。程なくして船体の揺れは収まり、戦闘指揮所(CIC)は静寂に包まれた。




「ふゆづき」 艦橋


 戦闘指揮所(CIC)で隊員たちが転げ落ちていた頃、艦橋でも航海科に属する隊員たちが被害を被っていた。海上の監視を行っていた見張り員は、壁に打ち付けてしまった頭を摩りながら双眼鏡を覗き込む。


「・・・何か浮かんで来ます!」


「!?」


 見張り員が何かを発見する。航海長の有川正信三等海佐/少佐が、彼の指差した所に視線を振ると、艦の前方右側で海が隆起している様子が見えた。それは徐々に大きくなり、彼らの前にその正体を示す。


「な、なんだこりゃー!!」


 隊員たちは堪らず叫んだ。航海科の彼らの前に姿を現したのは、体長50m・太さが直径5mはあろうかという巨大な海蛇だったのだ。


「か、海獣だ!」

「ば、ばかな! 本来海獣は極地の極寒地帯に生息していると聞いた! こんな所にいる訳が!」


 巨大潜水物の正体、それはこの世界特有の生き物である「海獣」だったのである。彼らは知識として、この世界に海獣が存在することは知っていたが、勿論実際に目にするのは初めてであった。隊員たちは地球の常識から離れたその姿に目を奪われ、唯々唖然としていた。




旗艦「あかぎ」 艦橋


 旗艦「あかぎ」よりこの様子を眺めていた長谷川海将補は、敵の魔法に対する戦術指南役として自衛隊に同行していたイラマニア王国の魔術師、ウィレムス=アストロサイトに状況を尋ねる。


「ウィレムス殿、あれは一体・・・?」


 長谷川は眉間にしわを寄せながら、「ふゆづき」の正面に鎮座する大海蛇の姿を双眼鏡越しに眺めていた。先程まで大暴れしていたのにも関わらず、それ以上の動きを見せることは無い。よく見れば額から血を流しており、表情を虚ろな感じである。


「我が国の外務局情報室が手に入れた情報に、アルティーア帝国軍が海獣を手なずけ、海上戦力とするための『操作魔法』の研究を行っているというものがありました。その時は真偽が定かではなく、そもそも海獣の捕獲自体がかなり困難であることから、政府でもあまり間に受けなかったのですが・・・どうやら本当だったらしい。恐らく近くに操っている魔術師がいるはずです」


「・・・!?」


 巨大な海獣を操れる魔法が存在することを知り、長谷川は驚愕の表情を浮かべた。だが、彼はすぐに気を取り直すと、「ふゆづき」に向かって指示を出す。


「『ふゆづき』に連絡! 海獣の近くに魔術師を探す様に言え!」


 司令の命令を受けた「ふゆづき」艦橋の隊員たちは、双眼鏡にて大海蛇の付近を見渡した。その後、海獣の体表に奇妙な物体を発見した彼らから報告が届く。


『こちら「ふゆつき」! 海獣の頭頸部に操縦席らしき物体を確認!』


「!」


 「ふゆつき」の報告を耳にした艦橋の隊員たちは、すぐさま彼らが述べた通りの場所を双眼鏡で覗いた。するとちょうど人の大きさくらいの鉄の筒が、海蛇の首辺りに鎖で固定されているのを見つける。恐らくその中に魔術師が入っているのだろう。


「なるほど・・・まるで人間魚雷だ。あれで体当たりしてこちらの艦の底を片端からぶち抜くつもりだったんだな。だが護衛艦の艦体は、あの海蛇にとって少々硬かった様だな、脳震盪を起こしているんだろう」


 「ふゆづき」からの報告を受けた長谷川は、敵が目論んだ戦術と今の状況を冷静に考察する。




「ふゆづき」 戦闘指揮所(CIC)


「おい、呆然としている場合じゃないぞ、艦砲発射用意!」


「・・・!」


 隊員たちが唖然とする最中、艦長の金谷二佐は砲撃命令を出す。艦長の命令を受けて、「ふゆづき」の前方にある艦砲が旋回を始めた。


「方位20度、砲撃用意良し・・・撃てェ!」


ドォン! ドォン!


 砲術士が引き鉄を引く。連続して放たれた2発の砲弾は、大海蛇の身体を瞬く間に貫通した。身体を貫かれた衝撃のまま大海蛇は仰け反り、海面に巨大な身体を打ち付ける。その衝撃で水柱が立ち上り、「ふゆづき」の船体は再び大きく揺れた。

 大海蛇が沈んで行った後には、砲弾が貫通した箇所から流出したと思われる、大海蛇の血が漂っていた。


・・・


日本侵攻軍旗艦「アルサカス」 甲板


 秘密兵器として投入した海獣戦隊、だがそれらの内の2匹は対潜ミサイル攻撃によって戦うことの無いまま沈められ、最後に残った1匹は何とか一矢報いたものの、艦砲射撃になすすべもなく倒れていく。その姿を見て、旗艦を含む各艦の兵士たちは驚愕していた。


「特別部隊がこんな短時間で全滅するとは! あの艦、海中を行く敵に対する兵器をも隠していたと言うのか!」


 海の下からの攻撃は防ぎようがあるまい、そう思い込んでいた帝国軍の総司令官であるテマは、敵艦の装備の多彩さに驚きを隠せなかった。


・・・


旗艦「あかぎ」 艦橋


 予想外の対潜戦闘という一山を越え、日米合同艦隊は一先ず落ち着きを取り戻す。艦橋から外海を望む航海科隊員たちの視線は、水平線上に広がる敵艦隊を向いていた。


「さて・・・」


 司令である長谷川も、気を取り直したように前を向く。この時、アルティーア帝国艦隊は、距離にして約10kmのところまで日米合同艦隊に接近していた。


「今度はこちらの番だな」


 長谷川はそう言うと、首を鳴らしながら次なる命令を下す。


「・・・全艦、砲撃用意! 悪辣非道な侵略者共に地獄を見せてやれ、正義は我らにあり!」


「・・・了解!」


 指揮官の強い言葉に鼓舞され、隊員たちの士気が上がる。そして日米合同艦隊35隻のうち、29隻の艦砲が帝国艦隊へとその砲身を向けた。


「目標、前方の敵艦隊。撃ちぃ方始め!」


 射撃開始命令、司令官の口から発せられたそれは直ちに全艦へと通達されていく。それはアルティーア帝国艦隊にとって、悪夢の様な時間が始まることを告げる悪魔の言葉となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ