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イロア海戦 壱

2月25日 イロア海 海上


 アルティーア帝国の首都クステファイ、その他ノスペディ、マックテーユ等各地の港から出撃した「日本侵攻艦隊」は洋上にて合流し、軍艦1731隻、兵数384,500名、竜騎651体、実に帝国総戦力の9割近くに達する大艦隊となって、セーレン王国に進駐した自衛隊と米軍を殲滅する為に進軍を続けていた。

 その光景は荘厳の一言であり、砲を構えた軍艦が水平線の向こうまで続いている様に見える。艦隊の上空では竜騎兵によって手綱を引かれた“紅龍”や“青龍”が飛び回っていた。これら2種の龍は、この世界の航空戦力として最も一般的な“翼龍”よりも一回り大きな体躯を持ち、さらには飛行性能や火炎放射の射程と威力も“翼龍”以上の性能を誇っている。

 一方でその性能に比例する様に維持費も高く、完全な家畜化も成功していない為、非列強国の財力ではその飼育に手が出せない。まさに列強国とその他の国々との間に歴然と開く、財力と軍事力の差の象徴なのだ。




日本侵攻艦隊 旗艦「アルサカス」 司令執務室


 艦隊司令が座す椅子に1人の男の姿がある。日本侵攻軍の総司令官を務める海軍将軍のテマ=シンパセティックは、鳴ることの無かった“信念貝”を見てため息をついていた。


「交渉は拒否されたか・・・」


 セーレン王国に陣を取る敵将は約束の10日間が過ぎても、彼が施した情けに手を伸ばすことは無かった。即ち、日本軍はこの空前絶後の大艦隊に対して明確に対峙する姿勢を示したということである。


「だから申し上げたでしょう、蛮族相手に交渉など無駄だと。しかし、テマ様がこれ以上無いというべき慈悲を与えたというのに、それを拒否するとはやはり身の程知らずと称するしかありませんな。いや、単純に頭が悪いのか・・・そんな愚か者に付き合わされ、全滅する敵兵たちが実に気の毒ですなぁ」


 アルサカスの艦長である佐官のアフラ=アテリオルは、自ら破滅の道を選んだ敵将を嘲笑する。


「しかし相手は、我らがアルティーア帝国軍を2回も退けたニホンだぞ! 心して挑まねば、これ以上帝国の威信に泥を塗る訳にはいかん」


 アフラは自信を通り越して慢心するような態度を見せていた。テマはそんな部下をたしなめる。


「あなた程の方が不安を口にされるとは・・・。これほどの大戦力、極東の蛮国の軍1つをつぶすには本来不釣り合いと言うものですぞ。今の我らならばショーテーリア=サン帝国をも打ち破る事も可能! 今宵は皇帝陛下に良い報告が出来るでしょう」


 テマの忠告も空しく、アフラが態度を改めることは無かった。今回の戦いにおける勝利を疑う者など、この艦隊には誰1人として居なかったのである。しかし、彼らは思い知ることになる。自分たちの文明水準を遙かに凌駕した異次元の力を・・・。彼らの誰も、その運命に思いを馳せないでいた。


~~~~~


2月26日 セーレン王国 首都シオン・湾港部 旗艦「あかぎ」 艦橋


 敵将テマが予告した、アルティーア帝国艦隊がセーレン王国に到達する日を迎えた。自衛隊員や米軍兵士たちは既に各艦の艦内にて待機しており、いつ起きてもおかしくない戦闘のために備えている。

 艦隊を率いる長谷川海将補は司令席に座り、窓の外に見える水平線を眺めていた。そして遂に、戦いの時を告げる合図が鳴り響く。


シーホーク(SH-60K)より敵艦隊を発見したとの報告!」


「・・・!」


 洋上の監視に出かけていた哨戒ヘリコプターのシーホーク(SH-60K)から、帝国軍の大艦隊を発見したという報告が「あかぎ」へと届けられたのだ。




旗艦「あかぎ」 戦闘指揮所(CDC)


 シーホークの報告を聞いた長谷川は艦橋から戦闘指揮所(CDC)へと急ぐと、船務長の飯島二佐に現状を尋ねる。


「敵軍の状況は!?」


「このシオン市より西南西の方向へおよそ60kmの海上にて進軍中、速度は約9ノット。このままではおよそ4時間後にセーレン島へ到達します」


「あまり猶予は無いな・・・直ちに全艦出撃! 敵を迎え撃つ!」


「はっ!!」


 飯島二佐は敬礼を以て長谷川の命令を拝聴する。その後、飯島の命令を受けた通信員によって、指揮官の出撃命令が全艦へ通達された。




地上 自衛隊基地司令部 第2司令室


 その頃、陸の基地司令部でも、敵の襲来の知らせを受けて大騒ぎになっていた。基地司令を務める鈴木海将補は、部下から伝えられた報告を聞いて頭を抱える。


「毎度の事とは言え、17世紀の軍隊のくせに動きが早いんだよなぁ・・・全く」


 アルティーア帝国艦隊の進軍速度は、同時期の地球における帆船の速度を大きく凌駕していた。それは「風使い」と呼ばれる魔術師が全ての艦に乗船し、時に彼らの魔法による補助を受けながら進軍している為である。

 風使いの補助を受ける船は、自然の風向きにあまり左右されずに進むことが出来、さらに最高速度を10ノット以上に引き上げることも可能である。故にこの世界の列強国の海軍には、1隻の軍艦に1人居なくてはならない存在となっているのだ。


「念のため、敵兵が上陸した場合に備えて戦闘態勢を整えておこう。陸上自衛隊、及びアメリカ海兵隊の指揮官にそう伝えておいて。また、セーレン王国政府に現状報告を」


「はっ!」


 鈴木の命令を受けた隊員は、司令室を退出する。セーレン島でも戦いに向けた準備が進んでいた。


・・・


セーレンの沖合 イロア海 日本侵攻艦隊


 日本側がアルティーア帝国艦隊を発見した頃、アルティーア帝国艦隊側もセーレン王国を視界に捉えようとしていた。1700隻を超える艦隊の旗艦を務める「アルサカス」に報告が届く。

 旗艦「アルサカス」はアルティーア帝国海軍でも数隻しかない“戦列艦”のうちの1隻である。合計107門の大砲を有する3層の砲列甲板と3本の巨大なマストを持ち、そして3人の風使いが乗船している。


「哨戒任務に当たっていた竜騎兵より、陸地発見の報告がありました。あと3時間ほどでセーレン王国が見えます!」


 信念貝での連絡業務を担当する音信兵が、総司令官であるテマに報告をする。ついに敵地が目前に迫っていることを知り、甲板に立つテマは全艦に命令を下した。


「あと3時間か・・・よし、陸が見えたら総員に戦闘準備の命令を出せ!」


「はっ!」


 音信兵はすぐさま信念貝を通じて、総司令官の命令を全艦に伝える。こちらも着々と戦闘準備を整えつつあった。


・・・


シオン基地護衛艦停泊地 「あかぎ」艦内 戦闘指揮所(CDC)


 出撃準備が進む中、船務長の飯島二佐はシーホーク(SH-60K)が送る映像を呆れ顔で見つめていた。そこには水平線の先まで埋め付くさんばかりの帆走軍艦の群れが写っており、それは同年代のヨーロッパ各国が保有していた全軍艦を結集しても、届かない程の物量であった。


「すでに数騎の龍が飛翔しています」


 基地に設けられたレーダーサイトから送られる情報が、戦闘指揮所(CDC)へと転送される。そこには対空レーダーに反応する数機の飛行物体が写っていた。ちょうど艦隊が航行していると思しきエリアの上空を飛行している。


「確か敵の軍艦には龍が積んであるんですよね?」


 電測員長の津田武則一等海曹/一等兵曹が飯島二佐に尋ねる。アルティーア帝国を含むこの世界の列強国が保有する帆走軍艦は、竜騎兵が乗り込む龍を保管する為の設備を備えてある場合が多く、それによって重要な航空戦力である竜騎を運搬出来る様になっていた。


「ご存知とは思いますが、先の海戦にて拿捕された兵士から聴取した話によれば、以前の海戦では110騎の龍が参加していたようです」


 船務士の望月圭介二等海尉/中尉が横から補足を述べた。


「相手の艦数が1700隻だとすれば、単純に比例計算して軍艦6倍の竜6倍、600から700騎の龍を積んでいることになる。いや、もっとか・・・アルティーアの軍艦は1隻当たり大体5〜6騎の龍を搭載出来るらしいからな」


 船務長の飯島二佐は、敵の航空戦力の規模について推測する。


「しかし、全ての艦に積んである訳ではないようです。前回の戦いでもそうですが、外から見てどの艦に龍が乗っているのか判断するのは不可能です」


 望月二尉が再び口を開く。船で運搬可能な航空戦力が存在するにも関わらず、この世界にはまだ「航空母艦」という艦種の発想は無い。龍を乗せている帆走軍艦というのも、あくまで“通常の艦に龍を乗せる為のスペースを作った”ものでしか無い為、外から見ただけでは、龍を乗せている艦とそうでない艦の区別はほとんど付かないのだ。

 そもそも生き物である龍は、艦載機とは違って離着陸の為の滑走というものが必要無い為、わざわざ航空母艦などという特別な艦を設計する必要が無いのである。


「『いずも』などに搭載している攻撃ヘリコプターを対艦攻撃に用いることになった場合、可能な限り制空権を確保した後の方が確実でしょう。ここは作戦通り、龍は飛び立つ前に艦ごと沈めるのが得策です」


 望月二尉は対艦ミサイルを使用して、敵の艦内に保管されている龍を飛び立つ前に葬り去る様に提案する。しかし前述の通り、どの艦に龍が乗っているのかは分からない為、どれだけの龍を実際に葬り去ることが出来るかは分からない、言わば博打であった。

 総司令の長谷川は彼らの会話を耳に入れながら、敵船団に対処するための戦術を思案する。


「敵艦隊接近55km、十分に対艦ミサイルの射程圏内に入っています!」


 電測員長の津田一曹が敵艦隊との距離を告げる。彼の報告を聞いた長谷川海将補は、全艦に向けて最初の攻撃命令を下した。


「良し・・・当初の予定通りに行く! 各艦、艦対艦ミサイル発射! 同時に戦闘機部隊を先行して出撃させろ!」


 彼の命令を受けて、空母「あかぎ」及び強襲揚陸艦「しまばら」「おが」「こじま」の計4隻から、F−35C戦闘機とF−35B戦闘機が短距離空対空ミサイル「サイドワインダー」を乗せて次々と飛び立つ。そして海上自衛隊の護衛艦及び米軍の巡洋艦、駆逐艦から対艦ミサイルが次々と発射された。


・・・


アルティーア帝国艦隊 旗艦「アルサカス」


 亜音速で近づく艦対艦ミサイルの群れは、慣性航法による低空飛行の後に終末誘導に入る。ミサイルのシーカーから発せられるレーダーの波は、標的となる敵艦の姿を正確に捉えていた。目標を捉えたミサイルは一度高く飛び上がると、それぞれが目標と定めた敵艦に向かって行く。


「報告! セーレン方向から高速で接近中の飛行物体を発見!」


 アルティーア帝国軍の見張り員が対艦ミサイルを発見した。だが時既に遅し、突如として現れた正体不明の飛行物体は次々に軍艦へ着弾し、これらを撃沈したのである。


「軍艦200隻以上が撃沈!」


 ミサイルの直撃を受けた帆走軍艦は、爆発音と共に船体が真っ二つに裂け、大きな水柱を上げながら沈んで行った。


「ニホン軍の攻撃か!? ばかな、セーレン王国からはまだ遠すぎるぞ!」


 いきなり襲いかかって来た理解不能の攻撃にテマは愕然とする。兵士たちも突然の事態に大きく動揺していた。日米の各艦に装着されている4連装発射筒2基から、すなわち1隻から8発ずつ発射されたハープーンや90式艦対艦誘導弾、およそ200発を超える艦対艦ミサイルの雨が、正確にアルティーア帝国艦隊を襲撃したのである。

 この攻撃で艦隊が保有する全ての龍のうち、5分の1弱にあたる竜騎約110体が海の藻屑と消えてしまった。運良く脱出した竜騎も混乱のためか、騎乗している兵士の言うことを聞かずにデタラメに飛び回り、味方の軍艦を傷つけていた。


「暴れている竜騎を早く抑えろ!」


 自分たちの装備品で自分たちの船を沈められては堪らない。最悪の事態をさける為、竜騎兵や兵士たちが慌てふためく中、水夫が次なる厄災を発見した。


「報告、セーレン方向から再び飛行物体を発見! 先程のものとは違います!」


 テマを含め、甲板に立つ兵士たちは見張りが示した方向を注視する。すると、50機近い不可思議な飛行物体の群れが、此方に近づいているのが見えた。戦闘機部隊50機が対艦ミサイルに遅れてアルティーア帝国艦隊に接近していたのである。


「艦内に保管されている竜騎を全て上げろ! 全ての龍を以て迎え討て!」


 戦闘機を落とすため、軍艦から竜騎兵が次々飛び上がった。また、周辺の監視の為に空へ上がっていた竜騎兵たちも、戦闘態勢を整えて敵が近づく方へ視線を向ける。彼らは大編隊を成して戦闘機部隊の方へ飛び去って行った。




 その頃、戦闘機部隊の方でも敵を迎撃する準備を進めていた。「あかぎ」から飛び立った第41航空群第1飛行隊の隊長機を駆る笹沼豪祐三等海尉/少尉は、敵機に向かってミサイルの標準を合わせる。


「・・・目標捕捉(Target on)!」


 短距離空対空ミサイルであるサイドワイン(AIM-9X)ダーのシーカーが竜を目標として捉えた。その後、全ての戦闘機にて目標の捕捉が成功したことを確認した早期警戒機ホークアイ(E-2D)によって、攻撃命令が下される。


『全機、敵の龍に向け攻撃を開始せよ!』


「了解! シェパード1、発射(Fox2)!」

『シェパード2、発射(Fox2)!』

『シェパード3、発射(Fox2)!』


 直後、各機の翼から短距離空対空ミサイル(サイドワインダー)が竜に向かって発射される。それらは白煙を棚引かせながら、音を超える速さで目標に向かって行った。


・・・


シオン市・港  旗艦「あかぎ」 艦橋


 戦闘機と龍の戦いが始まった頃、シオン市の港に並ぶ全ての艦でようやく出撃準備が整っていた。艦橋から海を眺める長谷川海将補は、全艦に向けて指示を出す。


「全艦、出撃!」


 各艦のスクリューが回り始める。戦闘機に続き、シオンの港から日米合同艦隊35隻が遂に出撃した。それらは敵が待ち構える西南西の方角に進路を取る。


「このまま進めば約2時間半で敵艦隊と遭遇する。総員警戒を解くなよ!」


 「あかぎ」艦長の安藤一佐が乗員にアナウンスを行う。東亜戦争に続く2度目の戦いへ向かう隊員たちの心は、何処となくざわついていた。


・・・


アルティーア帝国艦隊 旗艦「アルサカス」


 帝国艦隊の上空では、戦闘機が繰り出す短距離空対空ミサイルと機関砲による攻撃の前に、竜騎兵が次々と撃墜されていた。


「うわあああ!」

「た、助けてくれ!」


 列強として名を馳せるアルティーア帝国、その国が世界に誇る竜騎兵部隊が、紙くずか何かの様に次々と落とされていく。竜騎兵たちの断末魔と戦闘機が発する轟音が混ざり合い、上空で奇妙な大合唱を繰り広げていた。


「龍は既に3分の2以上を失っております!」


 「アルサカス」の艦長であるアフラ佐官は、青ざめた顔で現状を報告する。


「これがニホンの力か・・・!」


 一方的にやられていく竜騎部隊の姿を見て、テマは驚愕する。彼が抱いていた最悪の予想が的中したのだ。悪魔の様な力を見せつけられた兵士たちの中には、恐怖の余り涙を浮かべる者さえ居た。そして彼らに追い打ちをかけるように次なる敵が出現する。


「艦隊前方より報告! 敵と思しき巨大艦の群れを発見!」


 艦隊の前方を進む軍艦より、敵艦隊発見の報告が届けられた。恐らくそれが日本軍であることは想像に難くない。


「先程、200隻あまりの軍艦を沈めた攻撃はそいつらか・・・! 最早、出し惜しみは出来ないな。少し早いが仕方がない・・・後ろに控える特別部隊を出動させよ!」


 全ての力を出し切らなければ負ける、そう直感した総司令官のテマは、戦いに初めて投入された“秘密兵器”を出動させる様に指示を出す。命令の後、アルティーア帝国艦隊の後ろを付いてくるように海の中を動いていた、全長50mはあろうかという3つの巨大な影が、海のさらに深くへと消えていった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  そもそも生き物である龍は、艦載機とは違って離着陸の為の滑走というものが必要無い為、わざわざ航空母艦などという特別な艦を設計する必要が無いのである。 ここは作戦通り、竜は飛び立つ前に艦ご…
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