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交渉

2月15日 セーレン島 セーレン王国 暫定首都シオン 自衛隊司令部


 敵の将軍から交渉の申し出が届けられてから30分後、長谷川の集合命令を受けた各護衛艦の艦長などの幹部や、米軍代表のアントニー=ロドリゲス海軍大佐、そして「信念貝」を使用するのに必要な「魔力」を貸してもらう為に来て貰った捕虜の帝国兵士などが、長谷川の司令室に集まり、着席した。


 この世界の「魔法」は「魔力」と呼ばれるものを変換することで具象化される。そしてその魔力とは、生きとし生きるもの全ての身体に宿る生命エネルギーである。しかし、その身1つで魔力を「魔法」へ変換できるのは、人間であれば「魔術師」と呼ばれる存在だけであり、非魔術師が体内に宿る魔力を使う為には、「魔法道具」と呼ばれる物理的な触媒が必要になるのだ。

 因みに異世界の人間である日本人は、魔力そのものを一切持たない。故に日本人が「信念貝」のような魔法道具を使う為には、魔力を持つ者による補佐が必要になる。このような補佐として、日本国内では主にノーザロイア出身の魔術師たちが、各国大使館では現地の魔術師が雇われていた。

 この世界では基本として全ての人間に魔力が宿るが、日本の他に1国だけ、「とある大国」の民は日本人同様に魔力を持たないらしい。


「録音準備OKです」


 「あかぎ」艦長の安藤一佐は、メンバーが取り囲んでいるテーブルの上に、スイッチが入った録音機を置く。防衛省への報告に備えて、敵の指揮官との会話を余さず録音する為だ。


「・・・マイネルト君、つなげてくれ」


「はい」


 準備完了を確認した長谷川は、魔力を提供して貰う為にこの場へ連れて来た捕虜の名を呼んだ。名を呼ばれたアルティーア帝国軍兵士のマイネルト=イノミニットは、貝の口に向けて帝国艦隊の指揮官に音信を繋ぐコードを唱える。その後、彼は貝の口を長谷川たちの方へ向けた。


「十数秒後、相手に音信が届きます。会話については聞くにしても話すにしても、この貝の口を介して行います。この貝まで届く声量で話せば良いのでそこまで大声を出す必要はありません」


 元々、本国と占領軍基地との音信を担当する“音信兵”であったマイネルトは、集まっていた幹部たちに「信念貝」について説明をする。


(なるほど、便利なもんだなあ。魔法って言うのは)


 米軍代表のロドリゲス大佐は、異世界で初めて触れるファンタジックな品物に少し心踊らせていた。その時、貝の向こうから声が聞こえて来る。


『・・・お時間頂き恐れ入る、私の名はテマ=シンパセティック。今回、ニホン侵攻軍総司令官の職を戴いている者です』


「・・・!」


 遂に日本侵攻の総指揮官との会話が繋がった。意外にも礼儀をわきまえた敵将の挨拶に、その場にいた全員が少し驚く。


「これはご丁寧に。私は日米合同艦隊総司令の長谷川誠といいます。さて、貴国に敵対する我々に対して一体どのようなご用件ですかな?」


 話を進める為、長谷川は早速相手の目的を探る。貝の向こう側に居るテマと名乗る男は、言葉を選びながら口を開いた。


『今回、セーレン基地占領の任に就かれたのは貴方かな?』


「・・・いかにも」


『前回の極東洋での戦いも?』


「・・・いえ、それは別の者が」


『ほう、奇跡的とはいい、ニホンという国の将は貴方を含め、圧倒的不利な戦況を逆転させる術に長けているようですね・・・』


「列強たるアルティーアの将からその様にお褒め頂けるとは、これは恐縮千万」


 しばらくお互いの腹の探り合いが続く。だが、長谷川はテマが大きな勘違いをしていることに気付いた。アルティーア帝国では日本の連戦連勝について、現場の指揮官の油断の為、もしくは日本軍の将にかなり優秀な人物が居た為だと考えており、テマもそうした連中と同じ穴の狢だったのだ。彼は本題の内容にもう一歩踏み込む。


『ニホンという国の名を、実は開戦前に耳に入れたことがありましてな・・・我が国の商人が港にて、どこから仕入れたのか分からぬ鮮やかな織物や奇妙な品を取引しているのを目にしたので、出所を尋ねたところ、彼らはそれらをノーザロイアを経て入って来たニホンという島国の産物だと答えた。

特に生地や織物の鮮やかさといったら、我が国の熟練した職人でもあのような品はそうそう作れはせぬほどのものだった。それに他の品々にも、我が帝国でも解明し得ぬ未知の技術が使われていることに実に衝撃を受けたのです。同じく、我が国の社交界でも大騒ぎになっていました』


「・・・」


 テマは開戦以前からニホンについて情報を掴んでいたことを伝える。ノーザロイア島の海上商人たちが非正規のルートでウィレニア大陸へもたらした日本の産物は、アルティーア帝国でちょっとした騒ぎを起こしていた。


『我々は早ければ11日後にセーレンに到達し、貴方方を殲滅したその後、ニホンを血と火の海にしなければならない。しかし私は、戦略眼に長けた貴方の様な指揮官や、世界の辺境にありながら長けた技術を持つ貴国の民を、政府の命のままに殺戮し尽くすことを口惜しく思っている』


「!」


 敵将による予想外の発言に、司令室にいる全員が顔を見合わせた。どうやらテマという男は日本に対して情けを掛けようとしているらしい。


『所詮、そちらにいるニホン軍兵士の数は数万かそこらでしょう。ですが我々は、1700隻の艦隊と38万の兵士を送り込む用意をしている。いくら貴方が優秀な指揮官でも、この兵力差をひっくり返すのは不可能でしょう。

そこでどうでしょうか、もしあなた方が降伏し、我々に協力するならば、ニホン国内における軍事行動は政府首脳と王の処刑に止め、あなた方と貴国の民の命は保証致しましょう。その為には、あなた方が持つニホン国についての情報提供が不可欠ですが』


「!!」


 長谷川たちは驚愕の表情を浮かべる。テマが提示してきた交渉とは、簡潔に言えば「命惜しくば降伏し、国を裏切り日本国内での道案内をしろ」という内容だったのだ。


「私たちにニホンを侵略する手助けをしろと!?」


 長谷川は少し興奮気味に聞き返すが、貝の向こうのテマは落ち着いた声で答える。


『貢献次第では戦後、軍事局に対してアルティーア軍のポストに貴方を推薦することも考えています。双方にとって悪い話では無いのでは?』


「・・・それはなんとも光栄な話ですがね、私がアルティーア軍の地位に就くなど不可能ではないのですか!? まず貴方が良くても、他の軍人たちや役人が私を信用しないでしょう!」


 長谷川を含め司令室にいる全員が、敵国の将を自軍の将官の地位に据えるというテマの発言内容を理解しかねていた。寝返った敵将を自軍に引き入れるという行為自体は地球の歴史でも珍しいことでは無く、戦国時代の日本などでは数多の前例があることなのだが、相手は日本を辺境の蛮国と見下しきっている列強国であり、そんな人事が通用するとは思えなかったからだ。


『私が軍事局の上層部に顔効きすれば人事を操作するなど訳ありません。貴方がどれほど信頼するに足る人物かということについては、ニホン本土占領戦における貴方の貢献度にて便宜を図りましょう。それに第一、どのような出自であれ能力に優れている者こそ上位の地位に座すべきだとは思いませんか?』


「!?」


 長谷川たちの頭上に感嘆符と疑問符が踊る。テマは持論を述べ始める。


『今、我が軍の将官はコネや身分によって幅を効かせただけの、本来その地位に就くべきではない無能者によって占められている。130年前、大陸統一に乗り出した当時の皇帝であるアシュール帝は、能力が優れている者を出自・身分に関わらず、時には占領した国々の遺臣や将でさえ積極的に登用されたと云われている。しかし彼が掲げた“能力主義”という気高い志は軍や政府からは今や完全に消え失せている。仕舞いには大陸統一が不可能だからと、今度はこのように極東洋へ向けて版図を拡げようとする始末。

しかし、大陸の統一が現実として行き詰まっている今この時こそ、能力主義を採るべきなのではないかと。その先駆けとして貴方を我が軍の将として迎え入れたいと考えているのです』


「・・・」


 どうやらアルティーア帝国軍の上層部は、貴族主義に染まって機能の低下に陥っている様だ。そういったことを他国の将である長谷川たちに堂々とばらすこと自体が、テマが心の中で日本国と自衛隊のことを見下し、過小評価していることの現れなのだろう。


『もちろん決断には悩まれるでしょう。今すぐに決めろとは申しません。返答期限は、そうですね・・・10日後の日の入りまでと言うことでどうでしょう?』


「・・・良いでしょう、10日後ですね」


 長谷川は少し間を置いて答える。当然ながら、彼の心は既に決まっていた。


『良い御返事を期待していますよ。兵と民の命を望むのでしたらね・・・』


 テマのこの言葉で音信が切れる。彼の声色には、情けを施す者としての余裕の現れが透けて見えていた。


(・・・随分と崇高な志だ。だが貴方は重大な勘違いをしている)


 長谷川はうんともすんとも言わなくなった信念貝を見つめていた。その後、彼は室内に居る全員に向けて指示を出す。


「敵が来襲する日取りが分かった。11日後の決戦に向けて各部署、滞り無く用意を進めろ!」


「はっ!」


 長谷川の命令を受けた幹部自衛官たちは、引き締まった顔で敬礼した後、司令室から次々と退出して行く。


「・・・返答はどうするので?」


 部屋に残っていたロドリゲス大佐が長谷川に尋ねる。


「・・・決まっているでしょう」


 長谷川は少し間を置いて答えた。当然ながら、彼にはテマの降伏勧告を受ける気などさらさら無い。


「確かに・・・愚問でしたね!」


 ロドリゲスは笑いながらそう言うと、司令室を後にする。そして誰もいなくなった司令室にて、長谷川は窓の外を眺めていた。夕日の光がブラインドの隙間から部屋の中へ差し込んでいる。


 この半日後、「アルティーア帝国日本侵攻艦隊」の旗艦を含む本隊は首都クステファイから出撃した。彼らは航路の途中途中においてノスペディ、マックテーユ等国内各地の港から出撃した別の艦隊と次々合流を果たし、その3日後には軍艦1731隻、兵数384,500名、竜騎651体、実に帝国総戦力の9割近くに達する大艦隊となって、一路自衛隊と在日米軍が駐留するセーレン王国へ向かうのだった。

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