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王族の帰還

1月10日 セーレン王国 港湾都市シオン


 アルティーア帝国軍基地急襲作戦が完了した後、港に到着した日米合同艦隊司令の長谷川海将補、そして亡命政府の重鎮であるヘレナス王女とメネラス王子は、「ながと」から下船した自衛隊員や亡命政府の近衛兵たちによる護衛の下、亡命政府の人々とともに旧シオン領主の屋敷へ向かっていた。

 基地への奇襲攻撃によって多くの帝国兵が街中へ逃げ込んだことが予想される為、護衛に当たっているセーレン兵と自衛隊員たちは、周囲にくまなく目を光らせている。


「・・・王の子供たちが帰還なされた!」

「ヘレナス様が連れて来られた彼らは、一体どの国の軍なのだろう?」

「見たことの無い顔立ちだ・・・」


 王族の帰還に歓喜の雄叫びを挙げる一方で、占領軍を圧倒的な力で殲滅した異国の軍隊による凱旋を、シオンの市民は畏怖の目で眺めていた。その後、凱旋行列は街の内陸にあるシオン領主への屋敷へと到着する。尚、この屋敷の本来の持ち主である領主の一族を処刑し、屋敷を接収していた帝国兵たちは、既に何処かへ逃げ出した後の様だった。

 亡命政府改め「臨時政府」、そしてたった2人残った王族は、最早蛻の殻と化していた領主の屋敷へ脚を踏み入れる。


・・・


旧シオン領主の屋敷


 屋敷に入ったヘレナス王女は、荒れた様子の“晩餐の間”を見渡しながら、側に立っていた近衛師団長のシモフ=ラクリマルや臨時政府の役人たち、そしてメネラス王子に、今後の政府運営方針について告げる。


「破壊された首都セレニアに代わり、しばしの間、このシオン市を暫定の首都としましょう。ここをセーレン王国再生の拠点とします」


 王位継承順位に従い、次期国王に即位することが内定している彼女の言葉に異を唱える者など居ない。家臣たちは頭を深く下げながら、王女の決定を聞き入れた。何より本来の首都であるセレニアは、激しい戦いの末にほぼ完全に破壊されてしまっているので、致し方ない決定だろう。


「・・・確認ですがヘレナス殿下、セーレン王国奪回における協定に従い、この地に日本軍の基地を建設しますが・・・宜しいですね」


 そう問いかけるのは、彼らと共に晩餐の間に入室していた長谷川だ。


「・・・はい、約束を反故にするつもりはありません」


 長谷川の問いかけに、ヘレナスはきっぱりと答える。王女の答えを聞いた長谷川は彼女に向かって一礼した後、晩餐の間から退出して行った。間から出て行く自衛官たちの後ろ姿を眺めていた臨時政府の面々は、漠然とした不安感を抱いていた。




 その後、シオンの港に接岸した輸送艦「おおすみ」や護衛艦「かが」から、新たな基地建設のための物資やトラック、重機が下ろされる。屋敷のバルコニーからその様子を見ていたヘレナスは複雑な気持ちになっていた。


(あのアルティーア帝国軍があっという間に全滅した・・・)


 国を取り戻せたのは確かに奇跡である。だがそれは王国の勝利ではなく、日本国の勝利なのだ。彼女の記憶の中では、奇襲戦の凄惨さが何度もフラッシュバックしている。


(彼らは天使か、それとも悪魔か・・・)


 サファント王国で行った協議の内容、そして彼の国が掲げているという“憲法”とやらの条文を見るに、日本という国が好戦的な国ではないことは分かっている。彼らがアルティーア帝国とは違い、自ら侵略戦争を行うことを否定している平和主義国家であることも。


「シモフ、メネラス」


「はい、殿下」

「何でしょうか、姉上」


 ヘレナスはバルコニーの柵に手を触れながら、近くに立っていたシモフと第三王子のメネラスに話しかける。


「私はセーレン王国を救うつもりで、とんでもない怪物をこの国に呼び込んだのかも知れません」


「・・・」


 港に展開する異形の艦隊と、次々と上陸を果たす奇妙な軍隊、そして焼け焦げた廃墟と化したアルティーア帝国軍基地の跡地を見下ろしながら、ヘレナスは国の行く末に一抹の不安を抱くのだった。


〜〜〜〜〜


1月12日 セーレン王国 暫定首都シオン


 奇襲作戦を敢行した本隊に遅れること2日、基地の建築資材や追加の武器・弾薬を乗せた輸送隊17隻がシオン市に到着した。これにて2手に分かれていた日米合同艦隊は合流を果たし、合計して42隻の大艦隊となった。

 シオン市の沿岸部には集まった巨大艦が所狭しと並んでおり、港の付近に住む住民たちは、その荘厳とも言うべき光景を見て唯々呆然とするばかりである。また「おおすみ」や「しもきた」「ハーパーズ・フェリー」などの輸送艦は、更なる追加物資を輸送する為に日本へと戻っていた。今後はピストン輸送を継続して行う予定である。


 そして港に建設されたプレハブの中では、艦隊の指揮に関わる幹部たちが集まっていた。仮司令部とも言うべきその場所で、長谷川海将補や鈴木海将補、在日米軍の代表であるアントニー=ロドリゲス海軍大佐を初めとする艦隊の幹部たちは、今後の予定について話しあっていた。


「大陸への進軍・・・“防衛出動”に先立ち、本土と艦隊の通信を仲介する為の通信設備、そして大陸への上陸を後方から支援する為の航空機滑走路をこの地に建設する」


 長谷川は会議の参加者たちに、今後の予定について説明する。尚、合流した艦隊の指揮は彼が執ることになっており、鈴木海将補はこの国に残り、基地司令として本国と艦隊の仲介役を務めることになっていた。


「滑走路の建設についてですが・・・1ヶ月半ください。1ヶ月半貰えれば、昼夜問わず8時間交代の24時間作業をして、少なくともC−2輸送機が難なく離着陸出来るレベルの滑走路を作り上げてみせます」


 陸上自衛隊から派遣された、施設科部隊の隊長を務める田宮重道二等陸佐/中佐は、滑走路の建設に掛かる最低限の時間を告げる。


「むしろ早すぎるくらいだ、流石は陸自の施設科だな。では頼むぞ、田宮二佐」


「はっ!!」


 上官の言葉に対して、田宮二佐は気合いの入った返事をした。


「滑走路の完成後、合同艦隊は最初の標的、アルティーア帝国主要都市の1つである『マックテーユ市』へ向かい、同都市とその近辺にあるとされる鉄鉱石鉱山を制圧する。その後、首都クステファイ市へ向かい、帝国政府の首脳たちを確保する。

尚、滑走路の建設期間中、この国を再び奪取しようと、彼の国の軍勢が攻撃をしかけて来る可能性が大いにある。各部署は何時戦闘になっても良い様、十分に準備をしておく様に!」


 長谷川は幹部たちに、戦闘への心構えをしておく様に伝える。その後、会議は終わり、幹部たちは各々の部署へと帰って行った。


・・・


同日 アルティーア帝国 首都クステファイ 皇城


 セーレン王国を占領している軍の基地から、帝国政府へある報告が届けられていた。それは、日本軍の攻撃により基地が破壊され、敗北したという知らせだった。軍事局大臣のシトス=スフィーノイドは足取りを重くしながら、その知らせを皇帝の下へ届けていた。


「今、何と言った?」


「うぅっ・・・申し訳ありま・・・」


「何と言ったと聞いたのだ」


 弁明を図ろうとするシトスの言葉を遮り、皇帝ウヴァーリト=バーパル4世は一際低い声で問いかける。玉座の間にはこれまでにない緊張が走っており、同じ間の中に居る近衛兵や皇族、官僚たちは心臓の鼓動を昂ぶらせていた。


「はい! 帝国軍シオン基地はニホン軍の奇襲を受け、壊滅しました! 100名近い兵士が捕虜となっている様であります!」


 静寂を装う皇帝ウヴァーリト4世の血走る目から分かる巨大な怒りに、軍事大臣シトスは萎縮しながらセーレン王国での大敗の報告を繰り返した。


「申し訳ありません!」


 彼は床につけんとばかりに頭を下げ続け、セーレン王国での敗戦を詫びる。怒鳴りつけられることを予測し、身体は小刻みに震えていた。


「・・・どうやら、ニホンの力を少々過小評価していた様だな、イルタ」


 ウヴァーリト4世は、側に控えていた宰相のイルタ=オービットに問いかける。


「はっ! ニホンの軍事力は極東の蛮国としては飛び抜けており、外務局東方貿易部の報告内容をはるかに超えていたものと思われます。何故その様な国が今まで知られて来なかったのかは分かりませんが・・・辺境の未開国という認識を改め、彼の国には本気でかからねばならないと思われます。さもなくば、属領・属国に対する統治が揺らぎかねません」


 イルタは日本国に関しての自らの見解を述べる。因みに、外務局東方貿易部とは、ロバーニア王国沖海戦が勃発する直前まで、日本国より派遣された使節と国交樹立交渉を行っていた部署の名だ。結局はロバーニア王国へ味方することを決めた日本政府より、使節には退去命令が下された為、事実上交渉は決裂状態となっている。


「外務局のたわけどもが、敵の力を見誤りおって・・・東方貿易部の連中にはそれ相応の処罰を与えるとしよう」


 ウヴァーリト4世はそう言いながら立ち上がると、軍事局大臣であるシトスに次なる命令を下した。


「軍全体に命じよ。我がアルティーア帝国軍の総力をセーレン王国へ向かわせ、そしてニホン軍を殲滅するのだ!」


「はっ! 仰せの通りに!」


 シトスは跪きながら、皇帝の命令を拝聴する。だがその時、皇帝の決定に異を唱える言葉が何処からか聞こえて来た。


「・・・お待ちください、父上」


 その発言に、玉座の間に居た全ての者たちがざわついた。声の主は彼らの間を掻き分け、皇帝の座る玉座の前に躍り出る。シトスは跪いたまま、その人物の姿を驚きの顔で見上げていた。


「・・・サヴィーア」


 皇帝の前に立ったのは、第三皇女であるサヴィーア=イリアムであった。ざわつく群衆を余所に、彼女は言葉を続ける。


「・・・ニホン国に対する2度の敗戦、総兵力をぶつける前に彼の国のことを良く調べ直すべきではないでしょうか?」


「・・・何が言いたい?」


 ウヴァーリト4世は低い声でサヴィーアに問いかける。その声色は、実の娘である彼女に対する愛情など、一欠片も感じられないほどに冷たいものだった。


「・・・これ以上、ニホン国と敵対し続けることは得策では無いかも知れない、ということです。失うものが多い戦争を続ける意味など無いでしょう」


 サヴィーアの言葉は、日本国との早期講和も視野に入れるべきと進言するものだった。だが、列強国が辺境国家に講和を申し入れるなどということが出来る筈はない。玉座の間に居る全員が、皇女の言葉を聞いて唖然としていた。


「ほう・・・確かに、ニホン国は他の極東諸国と比べて、戦上手であることは認めざるを得ないだろう。だが次は総兵力を向かわせる。さすればたかが未開国の外征軍など、取るに足るまい。セーレン島を占領しているニホン兵には残虐な死を以て、2度も帝国の顔に泥を塗った大罪を贖わせてやる」


 ウヴァーリト4世は自軍の勝利を疑わない。彼は日本軍の連勝を“現場指揮官の油断”、もしくは“敵方の参謀が劣勢を覆す作戦に長けていた為”と断じており、未だ日本軍の真の力については思いを馳せないでいたのである。


「で、ですが・・・彼の国の軍の力は、戦の巧みさがどうこうという問題では無いと思われます。万が一にも総兵力が敗れれば我が国は本当に・・・」


 考えを変える素振りを見せない皇帝に、サヴィーアは冷や汗を流しながら食い下がる。だが、何処からか聞こえて来た怒鳴り声が、彼女の言葉を遮ってしまった。


「くどいぞ! 穢らわしい遊女の子が、何時からものを言える立場になった!?」


 その声の主は第一皇子であるルシム=バーパルのものであった。彼は妾の子であるサヴィーアが、父親たる皇帝に意見するのが気に入らず、公衆の面前で彼女を罵倒する言葉を口にする。


「・・・!」


 周知のこととは言えども、家臣や近衛兵たちが見ている前で自身が非嫡出子であるという事実を口に出され、サヴィーアは羞恥心のあまり、顔を伏せてしまう。


「・・・あ、兄上。それは言い過ぎでは」


 第二皇子のズサル=バーパルは、実兄にあたるルシムを諫めようとする。だが、兄の鋭い眼光に怯み、彼は口を紡いでしまった。


「もういい・・・下がれ、サヴィーア」


 ウヴァーリト4世は左手で払い除ける様なジェスチャーをすると、サヴィーアに目の前から立ち去るように告げた。


「それよりシトス・・・ 次は期待しているぞ。お前の一族の血が、この先もこの国に息づいていられるかどうかは、次の戦いの成否に掛かっているのだからな・・・」


「・・・ッ!」


 シトスは恐怖のあまり、全身の血管に氷を通されるような思いがした。次の戦いに敗れれば、自分を含めて一族郎党の命は無い・・・皇帝はそう告げたのだ。脅し文句に身震いした彼は、愛する妻や子供たちに処刑人たちが刃を向ける様を想像し、堪らず生唾を飲み込む。

 その後、謁見の時間は終わり、シトスは皇城を後にする。彼が率いる軍事局は後に、アルティーア帝国内の各地に散らばる出撃可能な全兵力に対して、セーレン王国への出撃準備を整えるように伝達したのだった。

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