セーレン王国奇襲作戦 弐
1月10日・明朝 セーレン王国 港湾都市シオン・市街地
日米合同艦隊よる奇襲攻撃が生み出した爆音はシオン市全体に響き渡り、この街の住民たちを尽く叩き起こしていた。それはこの街のある酒屋の地下にある、元セーレン王国軍兵士や警吏たちが集う“パルチザンの総本部”でも同様であった。
5日前、それまで拠点としていた場所を帝国兵に発見されたパルチザンは、壮絶な脱出劇の末に命からがら逃げ延びていた。彼らは次なる戦いに備えて、地下アジトで休眠を取っており、建物の屋上では負傷を免れた者たちが交代しながら、見張りとして周囲の警戒及び占領軍基地の観察を行っていた。
「・・・!!」
見張りの男は、帝国軍の基地で発生した大きな爆炎に驚く。少し遅れて、爆音がシオンの街に響き渡った。それも1度ではない。爆炎は何度も基地を襲い、それに伴い爆音は何度も街中に響き渡る。
「な、何なんだ、一体!?」
爆音に叩き起こされた街の住民たちが、建物の中から続々と外へ出てくる。そして酒場の地下アジトからも、パルチザンのメンバーたちが謎の爆音の正体を確かめるために、見張り番がいる屋上に上がって来た。その中には元セーレン王国将軍の1人でパルチザンの総隊長であるセシリー=リンバスの姿もあった。
「一体どうなっているんだ!?」
セシリーは見張りのパルチザンメンバーに、尋常ではない今の状況について尋ねる。だが彼も、一体何故この様なことが起こっているのか全く分からなかった。
「・・・て、帝国軍基地にて大きな爆発が起こっている模様です。おそらく攻撃を受けているものかと!」
「何だと!?」
自国を長きに渡って苦しめていたアルティーア帝国の基地が、突如として奇襲攻撃を受けて炎上している。驚愕したセシリーは改めて基地の方へ視線を振った。
「一体・・・どこの国が?」
この極東洋には、アルティーア帝国に対抗出来る様な国は存在しない。それは帝国と2ヶ月間に渡って熾烈な戦いを繰り広げたセシリーたちが良く知っている。しかしたった今、現実として七龍・アルティーア帝国軍の基地は猛攻を浴びている。この距離からは確認のしようがないが、あの爆炎の下では帝国兵たちの死体の山が築かれているはずだ。
どういう理由かは分からないが、謎の勢力が自分たちの敵であるアルティーア帝国軍を攻撃している。彼らの目にはそのように見えた。恐らくはアルティーア帝国と同じ七龍国家の残り6カ国のいずれかだろうと、セシリーは考えていた。
「何にせよ、これは好機だ!」
セシリーに率いられたパルチザンたちは、馬に跨がってアジトを飛び出す。彼らは爆音に不安がるシオン市民の間を抜け、一路瀕死の状態に陥った帝国軍基地に向かって行った。
・・・
シオン市沖合 上空 早期警戒機ホークアイ 機内
第41航空群に属するF−35C戦闘機33機と強襲揚陸艦「しまばら」から飛び立ったF−35B戦闘機5機は、空爆を終えるとその機首を自分たちが飛行してきた海の方へ向ける。彼らの眼下に拡がる港には、敵の軍艦が並んでいた。
『港には何隻並んでいる?』
旗艦の「あかぎ」から、早期警戒機ホークアイに通信が入る。オペレーターの大門旭海曹長/兵曹長は、窓越しに海の上を見下ろした。
「目算ですが・・・50から70隻程かと」
『了解』
敵船の数を報告したところで通信が切れる。その後、空爆任務を終えた戦闘機部隊は帝国軍基地を後にし、母艦である「あかぎ」と「しまばら」へ向かった。
・・・
アルティーア帝国占領軍基地 司令部
空爆を受けたアルティーア帝国占領軍の基地では、相変わらず混乱が続いていた。数多の報告が舞い込んで来ている司令部に、ある一報が届けられる。
「艦当直の兵士から報告、敵航空戦力は海の方へ向かって行きました」
入室してきた部下の報告は、敵の航空戦力が去って行ったことを伝えるものだった。その報告を聞いて、基地司令のサファル将軍はひとまず安堵する。
「一体どれほど死者が出た・・・?」
被害状況を尋ねる質問に、部下の兵士は悲痛な顔で答える。
「竜は全滅・・・兵力についても宿舎が攻撃を受けたため7割方を喪失。生存者についてもそのほとんどが負傷し、満足な戦闘は不可能です。事実上、このシオン基地は軍事基地としての機能を失いました・・・」
「・・・軍艦の方はどうだ?」
「爆発に巻き込まれて沈没した6隻をのぞき、各艦大きな被害はありません。しかし乗船する兵士の大半を喪失しています。当直として乗っている水夫だけでは、艦を動かすには人員不足です・・・」
「・・・くそ!」
何1つ救いようが無い状況に憤慨したサファルは、右の拳で壁を殴りつけた。今この状態でパルチザンの襲撃を受けたりすればひとたまりも無い。
「動ける兵士に銃を持たせ、パルチザンの襲撃に備えろ!」
「了解!」
サファルの命令を受け、部下は司令室を後にした。しかしその数十秒後、先程出て行った部下と入れ替わりで兵士の1人が血相を変えて飛び込んで来た。
「報告します! 南の海上に灰色の巨大船団が現れました!」
「なに!?」
戦闘機の空爆を凌ぎ、安堵した矢先の新たな敵の出現に、サファルは狼狽を隠せない。これ以上、強大な敵を防ぐ手立てなど彼らにはもう存在しなかった。
・・・
シオン市沖合 旗艦「あかぎ」 戦闘指揮所
シオン市の港へと近づく24隻の艦隊を率いる「あかぎ」の艦橋から、目指す港街の街並みが見えてくる。湾港部に建設されている帝国軍の基地からは、もくもくと黒煙が上がっていた。
『港に停泊している敵艦および敵基地を確認』
前方を進む護衛艦「まや」から各艦に報告が入る。それを聞いた艦隊司令の長谷川海将補は、展開する全ての艦に命令を下した。
「艦砲を持つ艦は打ち方始め! また『かが』と『しまばら』からヘリコプター部隊を出撃させよ!」
日米合同艦隊は長谷川の号令を合図に、停泊している敵軍艦に向けて艦砲による攻撃を開始した。ただ停泊しているだけの帆走軍艦など、彼らにとってはいい的にしかならない。帝国が誇る艦隊は、日米合同艦隊の連続射撃によって一隻ずつ確実に沈められて行った。
同時にヘリコプター搭載型護衛艦の『かが』と強襲揚陸艦の『しまばら』の飛行甲板では、甲板下の格納庫から対戦車ヘリコプターと汎用ヘリコプターが次々と姿を現し、発艦準備が整ったものから続々と飛び立って行ったのである。
・・・
シオン市 アルティーア帝国軍基地 沿岸部
海の向こうから近づいて来る巨大艦の砲から、不規則に連続した砲撃音が聞こえて来る。それに呼応する様に、港に並ぶ帆走軍艦は木片をまき散らして次々と沈んで行く。
「こんなことが・・・現実にある訳が無い、これは人の業じゃない!」
アルティーア帝国の兵士の1人が、唇を震わせながらつぶやく。彼を含む帝国兵士たちは、列強国の一角たる自軍が誇る艦隊が一方的に沈められていく光景をただただ見ていた。
その時、呆然と立ち尽くしている彼らの耳にパタパタパタ、と不思議な音が聞こえて来た。その音は軍艦から立ち昇る煙の向こう側から近づき、徐々に大きくなって行く。数秒後、立ち昇る煙を裂くようにしてその音源が姿を現した。緑色のまだら模様をしたそれらは彼らの上空を旋回すると、その腹部に装着されている鉄の筒から凶弾を吹き出した。
「じ、銃撃だ! 退避!」
音の正体は陸上自衛隊とアメリカ海兵隊第1航空団の対戦車ヘリコプターである「アパッチロングボウ」と「ヴァイパー」、そして汎用ヘリコプターである「ツインヒューイ」であった。地上の残存戦力掃討のために「かが」と「しまばら」から飛び立ったのだ。
「死にたく・・・ぎゃああ!」
「こっちに来るなああ!」
「腕・・・! 俺の腕がああ!」
空からの機関砲やロケット弾により、帝国の兵士や基地施設はまるで蟻の行列が人間に踏みつぶされるように殺戮、破壊されていく。その残虐な様相はまさしく地獄と呼ぶにふさわしかった。
基地 司令部
爆炎と爆発音、そして悲鳴があちこちで起こっている。その度に兵士たちは逃げ惑い、付近に住む市民たちは怯えて建物の中に籠もっていた。基地司令であるサファル将軍は何をすることも出来ず、無残に蹂躙される部下たちを司令部の窓から唯々見ていた。
「くそ・・・! あのうるさい羽虫どもを打ち落と・・・」
すでに錯乱していたのか、サファルは不可能だと分かっているはずの命令を出そうとする。だが、その全てを言い切る前に、司令部は対戦車ヘリコプターのロケット弾による集中砲火を受け、彼は他の部下諸共、建物ごと吹き飛んで絶命した。
その後、日米合同艦隊は港に停泊していた帆走軍艦の掃射を難なく完了し、シオン基地に存在したアルティーア帝国の戦力は陸海空そのほぼ全てが文字通り消滅した。この奇襲で、アルティーア帝国は軍艦51隻、竜騎81体、兵士約32、000名を失うこととなった。
〜〜〜〜〜
同時刻 ノーザロイア島 南部沖合 「いずも」艦内
先にセーレン王国へ向かっていた長谷川海将補率いる“本隊”が、シオン市での戦いを終えていた頃、基地の建築資材や追加の物資を乗せた“輸送隊”が、ノーザロイア島の南の海上を進んでいた。この2つの艦隊は数日後にセーレン王国にて合流し、その後、全ての艦隊の指揮権は長谷川海将補が掌握する予定になっている。その間、輸送隊の司令を務める鈴木実海将補/少将は、後に完成する予定の基地にて指揮を執ることになっていた。
そして今、鈴木海将補が執務を行う司令室に1人の幹部自衛官が訪れていた。彼は本隊から伝えられた報告を、そのまま鈴木に伝える。
「先発していた本隊が、敵基地の破壊を完了したとの報告が入りました」
「おお〜、さすが長谷川君。仕事が早いねぇ〜」
本隊の後を追う日米合同艦隊・輸送隊の司令を務める鈴木海将補は、任務成功の報告に対して満足そうに答えた。彼らは本隊の後を追い、一路、セーレン王国に向かって進み続ける。
・・・
<日米合同艦隊・輸送隊>
司令 鈴木実海将補/少将(第1護衛隊群司令)
副司令 大田原知念一等海佐/大佐(第1護衛隊司令)
海上自衛隊/日本海軍
護衛艦「いずも」「まや」「しらぬい」「いかづち」「むらさめ」「やまぎり」「ゆうぎり」
強襲揚陸艦「おが」「こじま」
輸送艦「おおすみ」「しもきた」
補給艦「おうみ」「ときわ」
在日アメリカ海軍・第7艦隊
ミサイル駆逐艦「ジョン・S・マケイン」「マッキャンベル」「レナ・H・サトクリフ・ハイビー」
ドック型揚陸艦「グリーン・ベイ」「ハーパーズ・フェリー」
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午前9時頃 セーレン島 セーレン王国 シオン市沖合
度重なる爆発音は止み、屈強なアルティーア帝国軍の拠点があった筈の場所からは黒煙が立ち上っている。既に戦闘機部隊は母艦である「あかぎ」に格納されており、敵の残存戦力の掃討を終えたヘリコプター部隊は、続々と「しまばら」と「かが」に帰って来ていた。
そして今、「ながと」に乗船していた王女ヘレナスや王子メネラス、そしてシモフを初めとした近衛師団など亡命政府の面々は、目の前で行われた一方的な戦闘に愕然とし、声も出なくなっていた。遠目に見える黒煙の下では、遺体の山が築き上げられていることは想像に難くない。
この時の出来事を、セーレン王国近衛師団長のシモフ=ラクリマルは後に、以下の様に記している。
“我々はニホン国を蛮国だと侮っていた。それ故、アルティーア帝国を退けたという彼の国の戦績に対しては、所詮卑劣な罠でも使ったのだろうと根拠もない虚構を立てることで、我々が軍事力において蛮国よりも劣っていたという事実から目を背け、その中身もない自尊心を保っていた。それ故ニホン国を頼るというヘレナス殿下の提案にも私は断固として反対した。
しかし、事実は私が恐れた通りであった。サファント王国の港町ラーガシュに現れた彼の軍艦は城のように大きく、そして海を泳ぐ魚のように速い。とても辺境国家としてはふさわしくない、七龍すら遙かに超越する技術を目のあたりにすることになった。
そして戦の日、「あかぎ」という艦から飛び立った「戦闘機」という航空兵器は、目視出来ないほどの速さを誇っていた。あのようなものに対処、ましてや迎撃するなど、いかなる手段を執っても不可能だろう。
私はこの時、あの会談の場でカズシゲ=トミタ殿に働いた非礼の数々、その重大さを思い知らされた。次に彼に会う日には、私は彼の元に跪きその許しを請うてしまうかも知れない。もしかすると、蛮族は我々の方だったのかも知れないのだから”
「・・・作戦時間4時間半、アルティーア帝国軍の掃討を完了しました。どうです、日本は強いでしょう?」
「ながと」の艦長である毛利勝元一等海佐/大佐は、得意げな顔をしながら亡命政府の人々に話しかける。
「・・・! え・・・ええ、そうですね!」
ヘレナスは少し間をおいて、毛利一佐の問いかけに答える。その後、「ながと」を含む各艦はシオン市に向かって再び進み出した。
・・・
セーレン王国 シオン市
自衛隊と在日米軍による攻撃が終わった頃、セシリーを始めとするパルチザンはようやく基地に到着した。そして彼らの前に広がっていたのは、あまりにも悲惨な光景だった。
「っ・・・・!」
かつて敵の基地が存在したはずの場所は、ほとんど焼けた瓦礫の山になっており、また瓦礫に混じって、かつて人の体を成していたと思しきものが辺りに散乱していた。加えてなにやら黒こげになったものがうごめいているのも確認出来る。恐らくはそれも人“だった”ものだろう。その惨状は、彼らの心の中に、憎き敵だったはずの帝国軍に対する同情心が芽生えるほどだった。
(・・・これは、アルティーアの力の比じゃ無いぞ! 一体どこの国が・・・!?)
港を見れば、沿岸部を覆っていたアルティーア帝国艦隊がただの木片と化している。かつて自分たちを屈服させてしまった列強の力、それすらも叩き潰してしまう圧倒的な暴力を、セシリーたちは目の当たりにしていたのである。
「隊長、あれを!」
パルチザンの1人はそう言うと、海の向こうを指差す。占領軍を滅した謎の艦隊の1隻が、帝国軍の基地港だった場所とは別の港に停泊しようとしていたのだ。
「すぐに南西の港へ向かう! 全員警戒を怠るな! まだあの者たちが味方と決まった訳じゃない!」
セシリーはそう言うと、謎の巨大艦が泊まろうとしている南西の港へ向かって馬を走らせる。他のパルチザンのメンバーたちも、リーダーの後を追って行った。
シオン市 南西の港
パルチザンたちが南西の港に到着すると、すでに1隻の巨大艦が着岸していた。周りには街の住民が野次馬となって集まっている。その艦は全体的に灰色をしており、帆らしきものも付いていない異形の姿をしていた。大きさは視界に入りきらない程大きい。
「どいてくれ!」
突如現れた巨大艦に騒然としている野次馬をかき分け、パルチザンたちは民衆の前に出た。パルチザンの総隊長であるセシリーが、艦に向かって大声で話しかける。
「私はセーレン王国軍の将セシリー=リンバス! 我々の敵を滅してくれたことに礼を言いたい! 貴艦に尋ねる、指揮官は誰か!」
セシリーは港に着岸した護衛艦「ながと」に向かって、その素性を問いかけた。その後、艦から下船用のタラップが下ろされる。すると、そこから1人の人影が降りて来た。
「・・・!」
艦から降りて来るその人物に対して、セシリーたちは警戒心を露わにする。しかし、すぐにその緊張は解かれた。艦から降りて来たのは、彼らがよく知る人物だったからだ。
「・・・ヘレナス殿下、よくぞご無事で!」
元セーレン王国将軍の1人であるセシリーは、本来の主人である王女の元に駆け寄って膝を付き、その手を取って涙を流す。混じり気の無い忠誠心を露わにする家臣に対して、王国の第一王女であるヘレナスは微笑みかけた。
「申し訳ありません、セシリー。あなたたちには苦労をかけました」
「勿体無いお言葉・・・この度の戦いで命を落とした同志たちも浮かばれましょう!」
王女から労いの言葉を掛けられ、セシリーはさらに涙を流す。周りを見れば、他のパルチザンたちも大粒の涙を流しながら、王族の帰還を喜んでいた。その後、ヘレナスに続いて、かつて祖国を追われた亡命政府の人々が続々と「ながと」から下船し、再びセーレンの地に足をつける。その様子はシオンの市民から歓喜の声をもって迎えられた。君主と従者の再会の様子を、自衛隊の面々は「ながと」の甲板から満足気に眺めていた。
そのしばらく後、沖合に停泊していた「あかぎ」から、総司令である長谷川海将補以下、数名の自衛官を乗せた小型船が着港した。セーレン人からすれば見慣れない服飾を身に纏っている故に、好奇の目に晒されながらも、彼らはヘレナスたちが居る所に向かって脚を進める。
「紹介し遅れました、セシリー。こちらが此度の王国奪回のために援軍を出して下さった、ニホン国海軍の長谷川誠将軍です」
ヘレナスは港に姿を現した長谷川らの素性をセシリーたちに伝える。一国の上級軍人とは思えない地味な服飾に身を包む彼らの姿を見て、彼らは怪訝な表情を浮かべた。
(・・・ニホン? 列強国ではなかったのか・・・!?)
予想外の事実を知らされたセシリーは、胸の内で驚愕していた。列強アルティーア帝国に打ち勝つ力を持ち得る国は同じ列強国しか存在し得ない、それが彼らの常識だったからだ。
「・・・宜しくお願いします、セシリー殿」
ヘレナスの紹介に与った長谷川は、セシリーに握手の右手を差し出した。セシリーはその右手を一瞥すると、長谷川の顔に目線を移す。
「・・・故郷を取り戻して頂いたことにはお礼申しあげます。しかし、私はニホンという国の名を聞いたことが無い。一体貴方の国はどこにあるのですか?」
ノーザロイア島の人々にとっては周知の存在となっていた日本国の名も、占領下に置かれて諸外国との接触が絶たれていたこの国の人々には、未だ知られていなかった。
「我々の国はノーザロイア島よりさらに東、極東世界と呼ばれる領域の東端に存在している島国です」
「なるほど・・・」
相づちを打つセシリーは少し間を開けた後、シオン市の沖合に展開している日米合同艦隊の方へ目線を移す。
「それにしてもあの艦隊や先程の攻撃を見るに、貴方方はとてつもない軍事力と技術をお持ちのようですが、一体どちらの“列強”から取り入れられた物なのでしょう?」
世界の果てにある、今まで名を知られていなかった様な辺境の島国が、自国を凌駕する軍事力を持つことなどあり得ない。故にセシリーは、日本国の力はアルティーア帝国以外の列強の恩恵を受けたものだと断じていた。
西の列強国には、帆を使わずに内部機関で自走する艦を開発している国もあるという。セシリーは海の上に浮かぶ護衛艦を見て、その様な艦なのだと考えていた。
「我が国はこの世界の列強たる七龍各国とは、いずれも国交や貿易交流などありません・・・。あちらに並んでいるのは、我が国で設計され我が国で建造された艦です。それとも貴方は、あれらと似た艦をどこか別の国で見たことがあるとでも仰るのですか?」
長谷川が述べた答えはあくまで、他の列強の力を借りているということを認めないものだった。事実なのだから仕方無いのだが、納得がいかないセシリーは怪訝な表情を浮かべる。直後、表情を戻した彼はヘレナスの方を向いた。
「我々は殿下のご帰還というこの吉報を、直ちに全国の同志たちに伝えて参ります。後にしかるべき場にて改めてお会いしましょう」
そう言うとセシリーはパルチザンを引き連れ、ヘレナスと長谷川の前から立ち去った。
「・・・ヘレナス殿下、この国には握手という習慣は無かったのでしょうか? 彼にはこの右手の意図を掴んで頂けなかったようですね」
長谷川はセシリーとの対話の最中、差し出し放ちで引っ込みがつかなくなっていた右手を握ったり開いたりしながら、ヘレナスに尋ねる。
「いいえ・・・そのようなことはありません」
ヘレナスは小さな声で答える。彼女はセシリーが握手を拒んだ理由が分かっていた。それは高すぎるプライド、辺境の未開国に助けられたという事実を認めたく無いが為の虚勢だったのである。