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セーレン王国奇襲作戦 壱

1月10日 アルティーア帝国 首都クステファイ 中心街


 日米合同艦隊がセーレン王国を占領しているアルティーア帝国軍への攻撃を開始しようとしていた頃、此処アルティーア帝国の首都クステファイでは、政府より謹慎を言い渡されていた海軍佐官のゴルタ=カーティリッジが眠れぬ夜を過ごしていた。

 彼が居るのは、貴族や傍系の皇族の住宅が建ち並ぶ煌びやかな首都中心街の一画にある屋敷である。彼の生家であるカーティリッジ家は、伯爵という爵位を持つ貴族なのだ。


(3日後には、ニホン国へ侵攻する艦隊が出撃してしまう。どれだけ頭数を揃えようが、あの悪魔共に勝てる筈が無い! このままでは・・・我が国は滅びかねない・・・!)


 帝国内部で数少ない、日本の真の実力を知る人物であるゴルタは、祖国アルティーア帝国が、自覚が無いまま亡国の道を突き進んでいることに焦っていた。

 ロバーニアでの戦いで生き残った仲間たちと共に、日本国の危険性をいくら訴えても、政府はそれを気が狂った者たちの狂言としか見なさなかった。そして今、彼は軍の監視下で謹慎中の身である為、何も行動を起こすことが出来ない。


「ゴルタ・・・? 居るの・・・?」


「!?」


 悩んでいたその時、部屋の窓から彼の名を呼ぶ女性の声が聞こえて来た。その声に聞き覚えがあったゴルタは、急いで窓を開ける。


「・・・サヴィーア!」


 窓の外にある庭に、軍の監視を抜けて此処へ来たのだろう1人の若い女性の姿がある。ゴルタは驚きながら、その女性の名を呼んだ。彼女の名はサヴィーア=イリアム、アルティーア帝国の第三皇女であり、ゴルタ=カーティリッジの恋人でもある女性だった。




 ゴルタは彼女を一先ず部屋の中に入れ、用意した椅子に彼女を座らせる。


「何故此処に・・・!?」


 皇女であるサヴィーアが、こんな夜更けに1人でこんな所に来ていたと知られれば大騒ぎになる。そのことを危惧していたゴルタは、何故危険を冒してまで此処に来たのかを尋ねた。


「・・・貴方が帰って来ていると聞いたの。そして・・・みんな、貴方たちが狂ってしまった、今は謹慎の身だって言っていたの。何があったのか・・・貴方から直接聞きたくて此処へ来たのよ」


 極東洋で敗れ、帰って来た者たちは皆狂ってしまった・・・皇城に仕える文官たちがそう話しているのを耳にしたサヴィーアは、ゴルタのことが気になる余り、ついに皇城から飛び出して来てしまったのである。


「・・・サヴィーア、君の眼から見て、俺は狂っている様に見えるか?」


 彼女の意思を知ったゴルタは、神妙な目つきでサヴィーアに問いかける。暖炉に焚かれた炎が、椅子に座る2人の若い男女の顔を暖かく照らしていた。


「・・・いえ」


 サヴィーアはそうつぶやくと、ゆっくりと首を左右に振る。彼女の答えに安心したゴルタは、再び口を開いた。


「俺の話を聞いて欲しい。あの日、あの海で何があったのかを、そしてこの国に迫っている危機を・・・」


 真剣な目つきで自分の顔を見つめるゴルタに応える様に、サヴィーアも神妙な目つきで彼の目を見つめていた。その後、ゴルタは極東洋での戦いで自分たちが目にしたもの、そして帝国軍の末路について彼女に語ったのである。


「・・・『ニホン国』、それが我々を打ち破った敵の名。彼らとの戦をこのまま続ければ、この国は間違いなく滅びる」


 極東の果てに現れたという謎の国、彼はその国が途轍もない力を持っていることを告げる。


「・・・そんな、信じられない。東の果てにそんな国が存在するなんて」


 サヴィーアはゴルタの話が信じられず、混乱している様子だ。彼女たちの常識から鑑みれば、列強であるアルティーア帝国ですら手も足も出ない様な国がいきなり世界の果てに現れたなど、信じる方が無理なのである。


「確かに・・・今は信じられないかも知れない。だが、もう間も無くすれば、嫌でも彼の国の力を思い知ることになる、君も・・・この国の上層部も。だが政府は・・・いや、陛下は・・・戦いを止めることは無いだろう。・・・決して!

だがそれでは、この国は完全に瓦解してしまう。その前に、君にはこの国を救って欲しい! 謹慎中の身である俺には、何も出来ないんだ・・・!」


 ゴルタはサヴィーアの両肩を強く掴みながら、アルティーア帝国の未来を救うように訴える。監視下に置かれている為、自ら行動を起こすことが出来ないもどかしさに、彼は涙していた。


「・・・」


 サヴィーアは当惑し、言葉が出て来ない。ゴルタはそんな彼女の様子からその心情を悟り、落ち着いた笑みを浮かべて諭す様に口を開いた。


「分かっている、君には立場がある。すまない・・・だが、時間はあまり残されていないんだ。もし、君が決心してくれたら、此処を訪ねると良い」


 ゴルタはそう言うと、懐の中に仕舞っていた紙切れを手渡す。その中には、ある場所の名前が書かれていた。


「此処に我々の仲間、ロバーニア王国から命からがら逃げてきた700名の兵士たちのアジトがある。いざとなれば、彼らが君に力を貸してくれるだろう」


 ゴルタが述べた協力者たち、それは彼を含めた3人の艦長が率いていた帆走軍艦の乗組員たちであった。


・・・


首都中心部 皇城ニネヴァ城


 その後、ゴルタに別れを告げたサヴィーアは、外に待たせていた御者と共に皇城へと帰ると、彼の言葉を心の中で反芻しながら眠れない夜を過ごしていた。


(・・・列強を遙かに超える力を持つニホン国、彼の言葉でも・・・やっぱり信じられない、私は一体どうすれば良いの?)


 柔らかな毛布を深く被りながら、彼女はベッドの上で悩みに悩んでいた。いくら恋人の言葉とは言えども、そんな突飛な国の存在はにわかに信じられなかったのだ。それに例え、ゴルタの言葉が真実だったとしても、市井の出自である力無き皇女に何が出来るというのか。

 悩みが解決しないまま、夜は更けていく。だが翌日、彼女は早々に日本国の実力を知る事になる。


〜〜〜〜〜


同時刻 セーレン王国から南東へ50kmの海上


 アルティーア帝国の占領下にあるセーレン王国を奪還する任務を帯びて、20隻を超える艦からなる日米合同艦隊が海上に浮かんでいた。その中の1隻である旗艦「あかぎ」の飛行甲板では、2機のF−35C戦闘機がカタパルトにセットされ、発艦の時を今か今かと待っている。


「・・・いよいよだな」


 「あかぎ」の艦橋にて、時計を見ていた長谷川はつぶやいた。数十秒後、秒針が12を差すと同時に、作戦開始のコードが全艦に向けて発信された。


『ニイタカヤマ、登レ。〇一一〇』


 「あかぎ」より艦隊全てに伝えられたその通信を合図に、空母「あかぎ」から早期警戒機ホークアイ(E-2D)2機、F−35C戦闘機33機が、強襲揚陸艦「しまばら」からはF−35B戦闘機5機が、大量の無誘導弾と少数の空対空ミサイルを乗せてシオンの帝国占領軍基地へ向けて飛び立った。

 この世界ではレーダーが存在せず、ステルス性を維持することが不必要だと判断され、各戦闘機はそれを無視した通常ならありえない弾装が施されている。また、戦闘機部隊の発進と同時に日米合同艦隊がシオンに向かって進軍を開始した。海空に戦力を分けた彼らの目的はただ一つ、敵基地の殲滅である。




「ながと」 艦橋


 この「ながと」を1番艦、そして「むつ」を2番艦とする「ながと型ミサイル護衛艦」は、日本で初めて巡航ミサイルの発射能力を備えた護衛艦である。アメリカのロッキード・マーティン社で開発された長距離対艦ミ(LRASM)サイル、ノルウェーで開発されたVL−JSMが発射可能であり、それらに加えて、転移前には対地/対艦攻撃が可能な国産巡航ミサイルの開発が進められていた。

 かつて、大日本帝国海軍聯合艦隊の旗艦を務めた「伝説の戦艦」、国民から日本の誇りと親しまれてきた艦の名を付けられたことから、この「護衛艦」に対する期待度が如何に高かったのかが分かるだろう。

 これら2隻の艦は、就役後の東亜戦争時には日本を護る矛として、南西諸島への上陸を謀る人民解放軍海軍への対艦攻撃を行い、また、先制的自衛権に基づき、日本本土を攻撃しうる武力攻撃予測事態への対処を行う為、在日米軍と共に日本海及び東シナ海に展開していたのだ。


「戦闘機の群れが飛び上がります。あれら各々の胴体には爆弾が装着してあり、敵基地へ爆弾の雨を降らせるのです」


 「ながと」の艦長である毛利勝元一等海佐/大佐は、艦橋から見える戦闘機部隊を指し示しながら、それらの説明を行う。彼の目の前には、客分兼観戦武官としてこの艦に乗船しているセーレン王国亡命政府の人々が立っていた。


「・・・」


 亡命政府の代表であるヘレナス=ミュケーナイは、故郷へと向かう異形の怪鳥の群れを、漠然とした不安に満ちた感情で見つめていた。


・・・


セーレン島 セーレン王国 港湾都市シオン沖合 10km地点


 夜間哨戒中の竜騎兵3騎が、シオン市の沖合を飛行している。哨戒とは言えども、辺り一帯は月光しかない漆黒の世界であり、当然ながら昼間に比べれば大分視界は狭まっている為、要はやらないよりはマシというレベルでしかない哨戒活動であるのだが、任務に当たっている兵士たちは、真剣な眼差しで付近の監視を行っていた。


「ん〜? 何だありゃ、鳥の群れ・・・にしちゃ速いな」


 竜騎兵の1人が、水平線の向こうから超スピードで接近する奇妙な飛行物体の群れを発見する。だが、夜明け前の漆黒の為にその姿を正確に視認できない。それらは次第に大きくなり、彼らにどんどん近づいていた。


「・・・?」


 その時、不思議な飛行物体の翼に、紅い炎の様な光が灯った。そしてその光は白い煙を棚引かせながら、あり得ないほどの速度で此方へ近づいて来る。


「か、回避!」


 本能的に危機を察知した竜騎兵たちは、思い思いの方向へと逃げ出す。だが時既に遅し、3つの爆発音と共に彼らの命は事切れ、文字通り肉塊へと化した彼らの骸は、海の中へと落ちて行った。

 早期警戒機ホークアイ(E-2D)の指示を受け、F−35C戦闘機から発射された短距離空対空(AAM)ミサイル「サイドワイン(AIM-9X)ダー」は、哨戒飛行を行っていた3騎の竜を難なく撃墜した。障害を排除した戦闘機部隊は敵基地の上空へと向かう。




セーレン王国 シオン市沿岸部 上空


 早期警戒機ホークアイ(E-2D)により、敵航空戦力が敵基地上空を飛行していないことが各戦闘機に無線で伝えられ、各機は任務を遂行するための態勢を整えていた。敵基地の内容は事前に「あかぎ」から飛ばされた無人偵察機により、すでに把握されている。


『最優先爆撃対象上空に到達』


 敵基地上空に到着した戦闘機部隊の眼下には、画一的に並んだ横に広い建物群があった。それは占領軍が保有する竜が飼育されている“竜舎”であり、先程撃墜した3騎の竜を除く全ての竜がここに保管されていた。暗視装置(ANVIS)を付けていたパイロットたちは、その標的を暗闇に惑わされることなく確認する。

 幾つかの機は統合直接攻(LJDAM)撃弾を装着した通常爆弾(Mk.82)を搭載しており、それらの機の電子・光学式照(EOTS)準システムは、地上に整然と並ぶ竜舎を目標として捉えていた。


『全機、爆弾投下!』


了解(Roger)、爆撃開始します』

『3、2,1・・・投下(Drop)!』


 戦闘機部隊の隊長機を駆る笹沼豪祐三等海尉/少尉の号令と共に、各機に装着されていた通常爆弾が切り離され、基地全体に降り注ぎ爆発した。辺り一帯に響く爆音は、ある者にとっては強烈な目覚まし、そしてある者にとっては人生の幕切れを告げる音となったのである。


・・・


地上 アルティーア帝国占領軍基地


 突如として鳴り響いた轟音、それに続いて基地のあちこちに花開いた無数の爆発、突然の奇襲攻撃に見舞われたアルティーア帝国占領軍基地では、あちこちでパニックが起こっていた。


「敵襲! 敵襲!」

「竜舎が被弾した!」

「弟がやられた! 治療してくれ、頼む!」

「足が! 俺の足がどっか行っちまった!」

「司令に連絡を! 早く!」


 夜明け前の奇襲という攻撃は帝国軍に最悪の悲劇をもたらした。ほとんどの兵士が就寝中であったため、この第1撃で基地に属する大半の兵力を失ってしまったのである。運良く自分たちの宿舎が被弾せず生き残った兵士たちも、突然の奇襲爆撃に驚き、統率が取れなくなっていた。




同基地内 司令部 司令室


 運良く爆撃を免れていた基地の司令部では、他の兵士たちと同様に戦闘機の轟音と爆音で叩き起こされた基地司令のサファル=リブ陸軍将軍が、状況の把握に努めていた。


「一体何事だと言うのだ!」


 サファル将軍は司令室に入室してきた部下に状況を尋ねる。その兵士は顔色を真っ青にしながら、現在の状況について伝えた。


「敵襲を受けています! 敵の航空戦力より基地全体に爆撃を受けました!」


「何!? ・・・まさか、ニホン国か!」


 サファルの脳裏には、2週間程前に行われたロバーニア王国沖海戦で帝国軍を打ち破ったという、謎の国の名が浮かんでいた。アルティーア帝国政府から正式に宣戦布告を受けた彼の国が、このセーレン王国に攻め込んできたのだろうか。


「・・・すぐに竜騎を飛翔させろ! 敵を迎え撃つんだ!」


「了解!」


 空を飛んできた敵に対処する為、命令を受けた部下は司令室を退出する。するとその部下と入れ替わりで、もう1人の兵士が司令室に駆け込んできた。


「竜舎全てが敵の爆撃を受け、竜は全て死亡が確認されたそうです・・・!」


「何だって・・・!」


 信じがたい現実にサファルは声が出なくなる。この時、アルティーア帝国シオン基地は全ての航空戦力を失い、制空権を失っていたのである。


・・・


セーレン島沖 旗艦「あかぎ」 艦橋


 洋上を進む「あかぎ」に早期警戒機ホークアイ(E-2D)から通信が入っていた。


『我奇襲に成功せり!』


 ホークアイ(E-2D)から伝えられたそれは、奇襲成功を伝えるメッセージだった。


「作戦の第一段階は大成功だな」


 日米合同艦隊・本隊の司令である長谷川誠海将補は、ホークアイ(E-2D)の通信を聞き、満足そうにつぶやいた。ふと東の水平線を見ると、一筋の日の光が艦隊を照らしているのが見える。


(この世界でも、朝日は東から昇るのか)


 東の水平線から昇る日の出は、地球のそれと変わらない美しさをしている。長谷川はそれを眺めながら、懐かしさを感じていた。「セーレン王国シオン市奇襲作戦」・・・セーレン王国を侵略者の手から奪還する為の戦いが始まったのである。

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[一言] 誤字報告 「確かに・・・今は信じられないかも知れない。だが、もう間も無くすれば、嫌でも彼の国の力を思い知ることになる、君も・・・この国の上層部も。だが政府は・・・いや、陛下は・・・戦いを…
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