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戦いの前夜

2026年1月3日 ウィレニア大陸 アルティーア帝国 首都クステファイ


 東方の列強国であるアルティーア帝国の首都クステファイの港には、いくつかの商船と数多の帆走軍艦が並んでいた。皇帝ウヴァーリト4世が東の果てにあるという謎の未開国家への侵攻を決定した為、軍事局の指示の下、各艦では物資の搬入などの出撃準備が整えられていた。


「・・・520隻の艦に250騎の竜による出撃か、極東の辺境国家相手に随分と過剰戦力ですよねぇ」


 アルティーア帝国海軍の佐官であるアフラ=アテリオルは、出撃準備中の帆走軍艦「アルサカス」を見上げながら、困惑した表情を浮かべていた。


「極東洋で何が起こったのかは分からないが、仮にも帝国に完勝した国が相手だ。海軍長殿や軍事大臣のシトス様も、二度と失態を犯したくないのだろう」


 同海軍の将軍であるテマ=シンパセティックは、上層部の思惑を推察する。

 現在、首都クステファイを含むアルティーア帝国の各港街では、日本国への侵攻の為に、軍艦や竜騎、上陸戦を行う陸軍兵などの出撃準備が進められている。その内容は、合計して帆走軍艦520隻に竜が250騎、加えて15万近い人員といった、元寇・弘安の役を彷彿とさせる途方もない戦力が動員されていた。

 大陸と比較して技術的に大きく劣る極東国家に対し、明らかに過剰と言える戦力だったが、これには、ロバーニア王国沖での敗戦というこれまでに無い大失態の二の舞いを万が一にも踏まないという軍事局の意志が現れている。


「首都からの出撃予定日は10日後、その後、各地から出撃する各艦隊と合流する」


「はい・・・承知しています」


 日本侵攻軍の総司令官に任命されているテマは、旗艦となる予定の軍艦「アルサカス」の艦長であるアフラ佐官に今後の予定を伝える。

 その時、1人の兵士が2人の下に駆け寄って来た。彼は上官であるテマとアフラに向かって敬礼をすると、軍事局から伝えられた知らせを報告する。


「ご報告します! ロバーニア王国へ派遣されていた艦隊の内、『ズサ』『リーマス』『ネミア』の3隻が、先程南港に到着したとの事です!」


「・・・何!?」


 兵士が告げたのは、ロバーニア王国沖海戦から逃げ延びた生き残りの艦の名前だった。その知らせを聞いたテマとアフラの2人は、その3隻が現れたという南の港へと向かう。


・・・


首都中心部 軍事局


 完勝する筈だった戦に敗れて帰って来た3隻の軍艦、そしてそれらに乗っていた700名近い兵士たちに向けられる視線は冷たく、その3隻の艦長であるゴルタ=カーティリッジ、クルベイユ=バウムガルデン、そしてマーフィー=マックバーニーの3人は、港に着くなりすぐに軍事局へと呼び出されていた。

 そして大臣室にて、軍事局大臣であるシトス=スフィーノイドの眼前で立たされている彼ら3人は、大臣室に集まっていた数多の将官たちから向けられる軽蔑の視線に晒されながら、シトスの第一声を待っていた。


「・・・で、何故負けて帰って来た? 極東洋で何があったのか、誤魔化さずに言え!」


 怒りの感情を含んだシトスの声が、室内に響き渡る。張り詰めた空気の中、3人の中の1人であるゴルタ佐官が口を開いた。


「い、以前にご報告申し上げた通りです。極東連合にはニホン国軍と名乗る軍勢の加勢があり・・・」


「それは分かっている。敵の名など聞いてはいない、私は何故負けたかと問うているんだ!」


 既にわかっていることを口にするゴルタに対して、シトスの苛つきが高まっていた。


「で、ですからそれは、彼の国の“空飛ぶ剣”が繰り出して来た“追尾する巨大な光の矢”によって竜騎士たちが堕とされ、更に“灰色の巨大艦”による長距離且つ超精密な連続砲撃に晒されて艦隊が1刻と絶たずに壊滅してしまい・・・」


「もう良い・・・!」


 荒唐無稽な報告を続けるゴルタに対して、シトスの怒りが頂点に達する。彼は両の掌で机を思い切り叩くと、立ち上がって怒鳴り散らした。


「あくまで・・・その様な戯れ言で言い訳しようと言うのか、やはり気が狂ったな! お前たちには相応の罰則を負って貰う! 処分が決まるまで謹慎していろ!」


「・・・そ、そんな!」


 あの日あの場所で見たものをありのままに伝えているのにも関わらず、全く信じて貰えないことに、ゴルタは絶望していた。


「冗談でも気が狂った訳でもありません! ニホン国・・・奴らは神か悪魔そのものなのです! このまま彼の国との戦争に突入すれば、この国は間違い無く滅ぶ! シトス様・・・!」


 日本の力を目の当たりにしているゴルタは、アルティーア帝国に迫っている重大な危機を必死に訴える。だが、彼の言葉を気にする者など居らず、彼は他の2人の艦長と共に、兵士たちによって部屋から追い出されてしまった。

 その後、ゴルタたち3人は正式な処罰が決まるまで、軍の監視の下に自宅で謹慎することとなった。


〜〜〜〜〜


1月9日 首都クステファイ 皇城ニネヴァ城


 数日後、軍事局大臣であるシトス=スフィーノイドは、皇帝と皇族が住まう「ニネヴァ城」を訪れていた。玉座の間にて皇帝ウヴァーリト4世と謁見したシトスは、片膝を付きながら現在の状況について報告する。


「ニホン国への侵攻準備は滞りなく進行中です。4日後には予定通り出航できるかと思われます」


「そうかそうか・・・くれぐれも更なる恥を晒すことの無いようにな」


 ウヴァーリト4世はシトスの報告を満足げに聞いていた。因みに日本国の位置については、ノーザロイアの商人を拷問して聞き出していたのである。


「フフッ・・・精々同じ失敗を踏まぬよう、気を付けるんだな」


 数多の近衛兵と共に玉座の間に居た皇太子のルシム=バーパルは、くすくすと笑いながら報告を奏上するシトスの様子を見ていた。自身に向けられる数多の侮蔑の視線に耐えながら、シトスは玉座の間を後にする。


・・・


同日 イロア海 セーレン島 セーレン王国


 その頃、アルティーア帝国軍の占領下に置かれているセーレン王国では、国民たちが過酷な支配に苦しんでいた。碌な規律が無い帝国兵たちによる卑劣な行為が横行しており、彼らの司令部もそれをセーレンとの戦いに奮戦した恩賞として禁止しなかったのである。


「お願いだから止めてくれ! その麦まで取られたら、私らは飢え死にしてしまう!」


「お前たちの命なんか知ったことか! どけっ!」


 都市の郊外にある農村の倉から麦俵を持ちだそうとするアルティーア兵を、農夫たちが必死に止めている。しかし彼らの抵抗も空しく、屈強な兵士たちに足蹴にされた彼らは簡単に吹き飛ばされ、農村の食糧となる筈だったものは全て奪われてしまった。

 この様に、アルティーア兵はセーレン王国の各地にある農村で食糧の略奪を行っており、また都市部では、商店や貴族の屋敷に押し入り、金銭や金品の強奪などの横暴を働いていた。




セーレン王国 湾港都市シオン


 セーレン島の南端に位置する湾港都市のシオン市には、現在、占領軍の本拠地が置かれている。港にはアルティーア帝国海軍の帆走軍艦が並んでおり、それに混じっていくつかの商船が停泊していた。しかしそれらの商船は一般的な貿易船ではなく、ある特殊な商品を運ぶ為の船だった。


「高く買い取ってくださいよ、商人さん。この国の国民(・・)は、大陸ではえらく人気らしいじゃねェですか」


 1人の帝国兵が、船の持ち主である商人と商談をしている。彼らの背後には首と手首を縄で数珠つなぎにされた若いセーレン人たちが居た。彼らは大陸のアルティーア本国へ売られようとしている奴隷たちだ。

 合法的な人狩り場となったセーレン王国には、こうしてアルティーア本土の奴隷商人たちが度々、商船に乗って訪れており、“高貴な島国”と名高いこの国の民たちを連れ去っているのである。


「・・・」


 生気の無い目で奴隷商船に乗せられていく、余りにも悲惨な自国民の姿を目の当たりにして、怒りの炎を燃やしている人影がある。彼の名はセシリー=リンバス、元セーレン王国陸軍将軍であり、現在は祖国を不当に占領しているアルティーア帝国軍に対して抵抗を行うパルチザンのリーダーを勤めていた。


(くそっ・・・我々の国で好き勝手しやがって!)


 若き軍人であるセシリーは、その端正な顔に深いしわを刻み、苦虫を噛みつぶしたかの様な表情を浮かべていた。しかし、彼らには現状を変える力は無く、セーレン王国は占領軍による過酷な支配を甘んじて受け入れる他、選択肢は無かった。


(・・・ヘレナス殿下、メネラス殿下! どうかご無事で・・・!)


 セシリーは国が堕ちる時に、かろうじて国外脱出を果たした2人の王族の存在を思い出す。国の再興の為には必要不可欠な彼女たちの無事を、彼は心の底から祈っていた。


〜〜〜〜〜


1月10日 午前3時30分 セーレン島沖


 日付が変わって1月10日、セーレン王国から70kmほど離れた夜明け前の漆黒の海を、20隻を超える艦隊が進んでいた。その内容は海上自衛隊の第2護衛隊群を主体とした4個護衛隊に加えて、空母、強襲揚陸艦、補給艦、さらには在日アメリカ海軍・第7艦隊のイージスシステム搭載艦5隻が加わっている。

 その中で、旗艦をつとめる戦闘機搭載型護衛艦「あかぎ」の艦内にある多目的区画では、作戦の内容を確認する直前の会議が行われていた。


「無人偵察機ブラックジャック(RQ-21)が捉えたシオン市の映像だ。敵の基地があるのは街の港湾部・・・一部民家を取り壊した上に、兵舎や竜の駐機場・・・“竜舎”と呼ばれているらしいが、それらが並んでおり、港にはアルティーア帝国軍の帆走軍艦が並んでいる」


 艦隊の司令を務める長谷川誠海将補/少将は、背後に設置されている大型ディスプレイを指差しながら、敵陣の様子について説明する。彼を含む幹部たちの眼前では、「あかぎ」に乗る大勢の自衛隊員たちが、パイプ椅子に座って総指揮官の話を聞いていた。


「作戦の内容としては、まず第一段階として、『あかぎ』より第41航空群を発進させ、F−35C戦闘機33機による空爆を行う。続いて、湾港部に並んでいる敵艦隊を艦砲射撃で滅する。その後、対戦車ヘリコプター部隊で地上の敵を殲滅し、安全を確認したところで上陸・・・以上だ」


 長谷川海将補は作戦の確認の為、その概要を大雑把に伝える。その後、彼は立ち上がると、多目的区画全体に響き渡る張り詰めた声で、訓示を伝えた。


「我々の行動は全てが『正義』だ。我が国の外交官を殺傷した悪辣非道な侵略者共に、鉄槌を加えてやろう!」


「オォーッ!」


 力溢れる指揮官の訓示を受けて、隊員たちの士気が上がる。そして1時間後の午前4時、戦闘機の発艦と共に、アルティーア帝国との戦いの火蓋が、遂に切って落とされたのだった。


・・・


<日米合同艦隊・本隊>

司令 長谷川誠海将補/少将(第2護衛隊群司令)

副司令 大久保利和一等海佐/大佐(第6護衛隊司令)

在日米軍代表 アントニー=ロドリゲス海軍大佐(ミサイル巡洋艦『シャイロー』艦長)


海上自衛隊/日本海軍

護衛艦「かが」「あしがら」「あさひ」「ながと」「きりしま」「たかなみ」「おおなみ」「てるづき」「みょうこう」「ゆうだち」「ふゆづき」「むつ」「たかお」「きりさめ」「いなづま」「すずつき」

航空母艦「あかぎ」(旗艦)

強襲揚陸艦「しまばら」

補給艦「ましゅう」「はまな」


在日アメリカ海軍・第7艦隊

ミサイル巡洋艦「シャイロー」

ミサイル駆逐艦「フィッツジェラルド」「マスティン」「ベンフォールド」「ステザム」

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