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高貴なる島国 セーレン王国

書いてて滅茶苦茶腹立つなあ、この話(笑)

12月28日 日本国 東京・千代田区 首相官邸


 2025年12月25日に勃発した「ロバーニア王国沖海戦」から3日後、行われた戦闘に関する総括を行う為、首相や統合幕僚長を含め、国の重鎮たちが集まっていた。


「現地からの報告によりますと、此方の人的・物理的被害は同盟国であるロバーニア王国と共に0です。一方で敵方の被害は帆走軍艦324隻中321隻が沈没、竜騎と呼ばれる航空戦力は110体が墜落、加えて100名近い生存者が捕虜として自衛隊に収容されています」


 統合幕僚長である原田陸将は、閣僚たちに向かって戦闘の結果を説明する。


「しかし、今回の戦闘で我々は1千億円以上の弾薬・燃料を消費したと思われます。やはり、鉄鉱石資源を確保しなければ、軍事行動を行うことはこの先難しくなっていくでしょう」


 原田陸将は日本国を存続させていく上で障害になるであろう、重大な懸念について口にした。彼の言葉を聞いた経済産業大臣の宮島龍雄は、深いため息をつく。

 日本国が転移してからすでに4ヶ月近くが経過している。石油資源については転移後に併合した領土である「夢幻諸島」での採掘に目処が立っており、上手く行けば10ヶ月後に計画停電を段階的に解除出来るだろうという試算が出ている。その他、海浜部でリン鉱石、死火山の付近で銅鉱石、スズ、亜鉛などの分布が確認されており、これらも順次試掘が開始されていた。

 しかし、夢幻諸島のみで全ての鉱物を補い切れる訳が無く、特に現代文明に必須の資源である「鉄鉱石」の鉱床確保が急務の課題となっていたのである。


「レアアースについてはしばらく都市鉱山で持ちこたえるにしても・・・鉄は、やはり外部から供給しなければ文明を保つことすらままなりませんね。アルティーア帝国と刃を交えることになった場合、既存の弾薬だけで乗り切れたとしても、その先をどうやって保たせれば良いのか」


 首相の泉川はそう言うと、眉間に深いしわを寄せる。その場に居た閣僚たちは、鉄供給の断絶という切実な問題に頭を悩ませていた。


「あの・・・イラマニア王国に駐在する大使から送られて来た情報に、非常に興味深いものがあります。もしかしたら、鉄供給の問題に光明を差し込めるかも知れません」


「・・・!?」


 悩める閣僚たちに向かって、外務大臣の峰岸孝介が口を開く。言い出すタイミングを見計らっていたかの様な彼の発言に、その場に居た者たちは皆釘付けになるのだった。


〜〜〜〜〜


12月28日 ノーザロイア島西部 サファント王国 首都ポートレイ


 ちょうどその頃、日本本土から離れたノーザロイア島でもある事件が起こっていた。

 ノーザロイア5王国の一国である「サファント王国」の首都ポートレイに本拠を置く「セーレン王国亡命政府」から、日本政府と会談の場を設けたいという申し出があったと、サファント外務局より日本国大使館に伝えられたのだ。

 その為に、日本政府代表として、サファント王国駐箚特命全権大使である富田和重が会談に臨むこととなったのである。


「『セーレン王国』とはこの島とウィレニア大陸のちょうど中間地点に位置する島国です。ちょうど3ヶ月半くらい前、貴国が初めてノーザロイア島に現れた頃にアルティーア帝国からの宣戦を受け、2ヶ月に渡る戦いの末に首都セレニアを堕とされてしまい、一部の王族と政府首脳がこの国へと逃れて来ました。我らが国王陛下は彼らを受け入れ、この国での亡命政府の設置を許可したのです」


 会談場所である亡命政府本拠に向かう馬車の中、サファント王国の外務局長であるサリア=ネフロンは、セーレン王国に関する情報と、その国の亡命政府が此処ポートレイに存在している経緯について説明していた。


「ロバーニア海戦の後、彼らは貴国との対談を望みました。恐らくは援軍を求めてのことでしょう」


 亡命政府は国からの脱出を果たした一部の要人とわずかな兵士たちの集まりであり、彼らが有する戦力だけでは到底祖国の奪還など不可能である。亡命政府の設置を許可したサファント国王も、列強国に自ら喧嘩を売る様な真似は流石に出来ない為、セーレン王国奪回の為にサファント王国軍を派遣して欲しいという彼らの要望については却下していた。


「それとどうか・・・気を悪くしないでくださいね」


「・・・どういうことです?」


 外務局長のサリアは、説明の最後に申し訳なさそうな表情でつぶやく。彼が発した言葉の意味を理解出来なかった日本国大使である富田は、その本意を尋ねた。


「・・・セーレン王国は島国ではありますが、“ウィレニア大陸文化圏”に属しているため、極東連合や我々ノーザロイア5王国の様な、他の極東諸国を軽蔑する風潮が根付いているのです。亡命政府の代表であるヘレナス殿下は心優しい方なのですが、その他の者はちょっと・・・言い方は悪いですがあれ(・・)でして・・・」


「・・・」


 会談の場に向かう中、富田は悪い予感に囚われる。その後程なくして、彼らを乗せた馬車はセーレン王国亡命政府が置かれているサファント王国駐在セーレン王国大使館へと到着した。


・・・


セーレン王国亡命政府(サファント王国駐在セーレン王国大使館)


 亡命政府本拠に到着後、富田とサリアの2人は会談場の扉へと案内される。富田がその扉を開けると3人の男女が彼らを待っていた。その内訳は厳つい顔をした中年男性が1人、15歳くらいの幼さが残る少年が1人、そして10代後半くらいに見える華麗な女性が1人である。3人の出で立ちを見るに、男性は兵士か軍人、少年と女性は地位の高い要人の様に見えた。

 富田とサリアは彼らが座っているものとは別の椅子へと脚を進め、木製のテーブルを挟んで彼らと向かい合う様な恰好でそれに座る。そしてサリアの仲介のもと、日本とセーレン王国の間で初めて行われる協議が始まったのだ。


「ヘレナス殿下、こちらがサファント王国に駐在されているニホン国大使の富田和重(カズシゲ=トミタ)殿です。カズシゲ殿、こちらは右から亡命政府代表にしてセーレン王国第一王女であるヘレナス=ミュケーナイ殿下、同じく第三王子のメネラス=ミュケーナイ殿下、そして近衛師団長のシモフ=ラクリマル殿です」


 サリアは右手で指し示しながら、両者に対して各人物の名前を紹介していく。富田の名を紹介されたヘレナス=ミュケーナイ、10代後半に見える見目麗しき女性は握手を交わす為に富田に向かって右手を出した。


「宜しくお願いします、カズシゲ殿」


「こちらこそ宜しくお願い致します。さて・・・我が国に一体どのようなご用件でしょうか?」


 富田はその手を握り返しながら、彼女に会談の場を求めた理由について尋ねる。ヘレナスは一瞬視線を左右させて言葉を選ぶ仕草を見せた。


「・・・ロバーニア王国沖海戦で貴国が上げた戦果、逓信社の報道にて目にしました。貴国は非常に優れた軍隊をお持ちのようですね」


 ヘレナスが口にしたのは、3日前のロバーニア王国沖海戦についてのことだった。あの戦いの結果はこの国でも大騒ぎを起こしていたのである。


「殿下御自らそう仰って頂けるとは、我々も鼻が高いですな」


 自衛隊の力を褒め称える王女の言葉に対して、富田は社交辞令的な返答を返す。その直後、富田はヘレナスの目つきが神妙になるのを感じた。


「・・・単刀直入に申しあげます。セーレン王国をアルティーア帝国から奪回するためニホン軍を派遣して頂きたいのです」


 サリアの予想通り、彼女は自衛隊による軍事支援を求める言葉を口にする。やはりそういう話か、富田は心の中でそうつぶやいた。


「それは・・・本国に連絡してみなければ返答しかねます。しかし、未だ国交の無い貴国の為に、日本政府が軍を出すかどうかは微妙な所ですな」


 富田は事実を淡々と述べる。今まで何の繋がりも無い国から、いきなり軍を出してくれと言われても、彼が首を縦に振る訳がなかった。友好国であり主要な食料輸入源だったロバーニア王国の時とは異なり、セーレン王国を絶対的に救援しなければならない理由など日本側に有りはしないのだから当然のことである。


「何より、我が国の兵士たちの貴重な命を懸けて貴国を救出することが、我が国に何らかの恩恵をもたらすものであるという保障がないですよね?」


 富田は遠回りな言い方で、何らかの見返りを用意する意志があるのか否かを尋ねた。言い換えれば、見返り次第では軍事支援を行う可能性があることを示唆したのである。


「・・・そ、それは」


 日本政府を動かせる程の見返りを思いつかず、ヘレナスは言葉を詰まらせる。会議場には沈黙が流れ、仲介役であるサリアは居心地の悪さを感じていた。


「先程から黙って聞いていれば、貴様あまりにも不遜ではないか!」


「・・・!?」


 突如として、野太い怒号が会議場に響き渡る。富田とサリアは鼓膜を破らんばかりの声量に身体をびくつかせた。声の主は近衛師団長のシモフ=ラクリマルである。彼は椅子から立ち上がり、憤怒と蔑視の視線で富田を見下ろしていた。


「ヘレナス王女殿下御自ら、貴様ら今まで名も知られなかった様な“極東の未開国”にわざわざ対等な立場に立って頼んでいるのだ! 所詮まぐれでアルティーア帝国軍を退けたからっていい気になりおって!」


「!?」


 何かが切れた様にいきなり罵倒を口にする彼の姿を見て、富田は目を丸くする。その目は血走り、まるで理性の(たが)が外れた獣の様に見えた。


「お前の言う通りだ、シモフ。蛮族の使者よ、あまり姉上を煩わせるな。お前たちはただ我々の命令に従い軍を出せば良い。極東洋でもどうせ蛮族にふさわしき卑劣な罠でも使ったのだろう?」


 シモフに続いて、王子であるメネラス=ミュケーナイも一緒になって富田を罵倒する。

 大陸文化圏と辺境地域の狭間に立つ彼らは、辺境国家への優越感と列強への劣等感が心の中に共存するという民族性故に、自分たちが為す術も無く敗れた列強国相手に極東の未開国が大勝を収めたという事実を認められず、こういった言動に走ったのである。


「・・・ッ!!」


 “それが仮にも人にものを頼む態度か”、富田はそう叫びたいのをぐっと我慢する。ふとサリアの方を見れば、こちらに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべながら、顔を青ざめていた。彼が危惧していたことはこのことだったのだ。


「良いか・・・決して貴様らの力を認めている訳では無いぞ! 十分な準備期間さえ有れば、貴様ら蛮族の様に下劣な策など講じずとも、アルティーアの軍勢を跳ね返すことなど我らにとっては本来容易いことなのだ!」

「我らとて穢らわしい蛮族の軍など使いたくは無い。だがその下賤な軍を我らが高貴な祖国の為に使ってやろうと言っているのだ、むしろ名誉なことだと有り難く思え」


 シモフとメネラスは日本人を蛮族と罵り、自衛隊を扱き下ろす発言を続ける。そのうちに富田の怒りは頂点に達し、額に血管を浮かび上がらせていた。そして遂に我慢の限界に達したその時、再び鼓膜を劈く様な声が会議場の中に響き渡る。


「やめなさい! シモフ! メネラス!」


「!!」


 声の主はヘレナスであった。王女が発した怒号に、その場にいる全員がおののく。部下と弟を一喝する彼女の声を聞いて、富田の怒りはたちまちしぼんでしまった。

 先程まで見せていた、傲慢の度が過ぎる態度からは考えられない程に大人しくなったシモフとメネラスを抑え、彼女は富田に謝罪の言葉をかける。


「カズシゲ殿、臣下の非礼をお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」


 そう言うと、ヘレナスは富田に頭を下げる。愚かな身内の尻ぬぐいをさせられる彼女の姿を、仲介役のサリアは不憫に感じていた。


「もちろん今すぐ返答はもとめません。しかし家族と国を奪われた我々は、藁をもすがる思いでサリア殿にあなたと引き合わせてもらうようにお願いしたのです」


「・・・」


 富田は怪訝な表情を浮かべながら、王女の話を聞いていた。口を紡いでいる彼に対して、ヘレナスは更に続ける。


「どうかセーレン王国を取り戻すため、お力を貸してください! お願いします!」


 ヘレナスは再び富田に頭を下げる。見目麗しい王女の切実な思いと行動を目の当たりにして、一先ず溜飲を下げて気持ちが落ち着いた富田は、深いため息をついた。


「他国に占領された自国を奪還する為、別の他国に救いを求める・・・これがどういう事を意味するか分かりますか? 国家は人では無い、即ち純粋な善意では動かない・・・もし我々が貴国の奪還に成功すれば、貴方方は我が国に多大な借りを作ることになるんですよ? それでも良いんですか?」


 国家として借りを作る以上、今後日本国からどんな要求を提示されても、それを受け入れる覚悟があるのか、彼はそうヘレナスに尋ねた。


「・・・はい、貴国は平和を愛する国だと聞いていますから」


「・・・!」


 王女の口から出て来た予想外の言葉に、富田は面食らう。どうやら何処からか「日本国憲法」や平和主義に関する情報を掴んでいた様である。


「・・・分かりました。この件、一先ず日本政府に報告させて頂きます」


 富田はそう言って椅子から立ち上がると、ヘレナスと再び握手を交わす。斯くして、日本国とセーレン王国の間で初めて行われた会談は終了することとなった。

 その後、サファント王国駐在日本国大使館から日本政府へ、セーレン王国亡命政府からの軍事支援要求があったこと、そしてもし国の奪還に成功すれば、何らかの見返りを供出する意志が彼らにあることが伝えられたのである。

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